水たまりの空

明日また



風の国、風の谷から来た風子 ナイテイルトキタスケテクレタ

愛してる木の実、茱萸の実、萱の実を見て見て見てって手足汚して

明日また膝で眠るね 明日またこの柔らかな身体あずけて

花びらのような五つの肉球で優しい手足で押しなさい私を

空飛ぶ猫、翼もつ猫 空を翔びどこへゆくのか青いアルジュナ

病み疲れほろりはらりと紫木蓮 月へ帰ってゆく泣き兎

月に飛ぶ猫になったらいらっしゃい もう泣いたりなんかしない






睡蓮




睡蓮の花咲く朝 芥川龍之介死す芥川死す

河童忌や<蝶の舌ぜんまいに似る大暑かな>と芥川

デンマーク・モビール吊るす回廊の窓の中の海、海の中の魚

七月に君は生まれた男の子 戌のお守りとイルカのモビール

七月の二十七日午後七時府中病院 新生児室

足頸に透明な輪のその名札 母親の名でまだ区別して

【〇〇〇〇・子】直径4cm いつか見なさいね箪笥の抽出し

裕ちゃんを初めて見た日の浩平は 吃驚してたね退院の日のロビー

浩平を抱いて帰った国分寺崖線(ハケ)の家 雑木林の石段登り






予言の鳥




血みどろの鳩、血まみれの鳩のその骸を曳いて灰色の猫

流された血は拭うべき?青空の惨たらしくて予言の鳥も

ぼんやりと記憶の中の私を流れ下って行くかなしみか

その時の流れやまない血の浸すたましいの傷 タマシイワレル

フェイドアウトしてゆくだろうゆっくりとギンヨウアカシア退去の言い訳

しばらくは不信の心癒されることなく過ぎむ 白き半月

真昼間も中空にある月にして夜の輝きを失う紙片

さらになお夜見る月の薄曇り とある頃より見えなくなりぬ

水遁の、火遁の夜を奔る風 忍びがたくて葛篭重蔵




迷宮の鳥


『悲しみよこんにちは』『ブラームスはお好き?』老いたサガンも見る春の鳥

その人の瞳の中の迷宮をさまよっている瑠璃色の鳥

ゆうべから寝汗をかいてジャスミンが枯れてしまったベロニカもまた

沼地には無数の睡蓮咲きみだれ精霊とんぼ眠っているよ

廃園の石の下にも幼い日うずめた秘密、坂道の家

烏飛ぶサンレミ療養所の空にも双子の太陽輝いていた

焦点は必ず一つと言う人のさみしさまでも映す青空

二重画像二重螺旋の蔓草をマイマイツブリがのぼっていくよ

忘れたいことは霧立つ河舟に 記憶の海を離かる小舟に

後朝の別れの朝に浮かぶという東の空の有明の月

巡る時、めぐる太陽、廻る水 渦巻きながら花ながれ去る





七 竈




「七年目の浮気」というより「逢びき」を偶々ピアノ協奏曲第二番を

ニコライの刻印のあるサモワール 祖国を逃れ此処にある鬱

バーバ・ヤーガ古城の奥の暗闇の地底に棲めば魔物は白い

さよなら三角また来て四角豆腐もミルクも五月の七竈も白い

七竈、晩秋なれば七度も火にかけ竈に入れても燃えず

お城から微かに聞こえる洩れてくる小さな灯りと悪魔のトリル

風はもうここに吹かない何処にも風が死んだ日めざめた獣

キエフの門いのちの愛の火をくぐる獣めざめてその輪をくぐる

大いなる道が広がる獣たち歩め走れよ羽無くば行け

あるものは今宵離れゆく大空を火の粉が舞う火の鳥だろう

冬空にカノンが流れ灯がともる小さな窓の明かりが見える






月下の秘曲




雪じゃない花が散ります桜ですこれが最後の波瀾万丈

風が棲む春の空洞、痛ければ痛いと泣いて 月は上弦

生木裂ける甲羅砕ける木っ端微塵 いずれにしても壊れる形

玄象の琵琶弾く人よ蝉丸よ 法師奏でる月下の秘曲

陰陽師、阿部晴明 漆黒の闇に産声 妖し春の夜

朱雀院 四条大路を行く牛車 絹の端が見ゆ優しき色の

堀川の大殿様の御屋敷が未明に炎える美しく炎える

救世観音、百済観音、阿修羅像 異国に果てる渡来の仏師






火の色




救援の部隊は来ないどこからも 未来の地図のない国がある

マルメロに驟雨過ぎ行く こんなにも静かな朝の五億人の死

なんとなく木曜日には戦争も悲劇もなかったような気がする

あの街で人が死んだりしたことも語られながら忘れられながら

小舟にも魚がついて来るという 大きな河があるという国

白濁は天にもあってミルキーウェイ 星降る夜の風の鳥舟

降りたくてたまらない空 泣きたかったら泣けばいいのに痩せ我慢の空

蜘蛛の巣は幾何学模様 線形のその芯の芯 火の鳥の羽

アメリカの星条旗には★★★ まだうら若い仔羊のソテー

あの時もあの日も頼りない風がマルメロの葉をそよがせていた

金色の筋が燿めく桜色 イトヨリ鯛より細く美しい魚

もう一度眠りましょうかもう一度腕を休ませ頭を休ませ

あの人の心がどこかへ行った日の 遠い火の色の曼殊沙華

夢 願えば叶う菜の花と月の名をもつ大地と宇宙(そら)の

蜻蛉飼う私の脳は可哀想 あまり眠りもせずに夜もすがら

真っ白に青空に咲くさるすべり夏がまったりと来ていると思う

水底に水が湧くとき砂も湧き 石舞い上げる光の器

白昼に石割る男それだけでなんだか怖い気もする秋だ

情念の満ちている夏やぶこうじ白い花咲く散るために咲く

血の池も針の山路も恐れぬが賽の河原に児の積む石は

水痛み心も痛む水無月は六ヶ所村に火?蜴這うらし

海の絵の傷だったかも知れなくて水平線に隠れる夕日






蜜蜂部隊




永遠の無国籍軍フェルマータ国境越える蜜蜂部隊

クレッシェンド・デクレッシェンドどうしろというのだ降ったり止んだり雨は

台風が来ているらしいこんな夜「薔薇への三つの願い」聴こうね

一抜ける一抜けようか一抜けた だあれも信じられないメダカ

仲秋の名月見えず降る雨の雨降る雨月ゆえのさびしさ

空がこんなに青いということを忘れていたわ風が優しい

萩、桔梗、葛、菊、薄、女郎花 空蝉よりも透ける酸漿

雨月には透明石のような曲 ピアノと管弦楽の組曲






花蘇芳





エロティック生まれつきだと花蘇芳 狂う牛とか狂う月とか

テランセラさよならまでの気持ちなら誰にも負けず愛しているよ

熱すると冷める恋ゆえ海に降る雪が心に霙している

見送ればまた逢いたくて雨月の空 月見る人は恋をする人

見送ればまた逢いたくて雨月の空 見えない月はやがて幻

繋がらない二つの言葉つながらない二つの心 ホップの苦さ

張り裂けた二つの顔のどちらかに懐かしい人優しい人の

こんな時かも知れないね白蟻の近親憎悪とテロルの秋と

しっかりと遺伝子を巻き閉じこもる巻貝にして憎悪のシチュー

アメリカは滅びの秋を迎えたと告げているのは二通の手紙

ところでさ今日は終わりの始まりで何かが微妙に違って来ている






浮御殿





琵琶法師哀れを語る宮島の社殿冠水している九月

朱の回廊、朱の厳島 海に浮く浮き御殿ゆえ滅びが似合う

回廊を御柱を打つ波があり寄せくるときも青き潮騒






百合の香り





からっぽの中吹き抜ける風になれその空洞の夜の蝙蝠

何かこの世への手紙書きたくて書けないままに死んだ蝙蝠

猫の名はけむり、煙の名は無いひとすじ昇る

太陽が落ちてきそうで手を受けて支えたくて海は薔薇色

静脈の透き通る手に挿す花の 百合の香りの夜はこれから

マンダラゲ花の名、香り知らざりし「華岡青洲」のみにて知れリ

海色の猫の瞳の郷愁のブラインド越しに見る雨の街

誘惑 あともう少しやってみようかな こうして汚い死に際






鬼 灯





酸漿は山の斜面の一面を覆ってすがれ枯れて鬼灯に

道案内する女人には気をつけて狐が化けて誘う死の谷

落武者や修験者歩く尾根の道 獣の道を照らす鬼灯

彼岸花桃色に咲く寺の道 無住の寺の雉子鳴く林

旧街道、峠の道がカーブする五湖輝けば富士は青空

桐の花たおやかに咲く桐の木の等間隔の林見ている

山中の桐はアオギリむらさきの藤の木藤の色の花咲く






青 蛙





薔薇の実はフェンスの薔薇の黄色い実 薔薇の実、薔薇のかたちを残す

腐葉土の中に埋もれて冬眠の蝦蟇の王女と名づけた蛙

雨の日の青蛙こそ愛しけれ 薄い緑のひかりの雫

今日の花言葉は苦手領域 媚を知らずに少女の媚は

やや淡くややしどけなき鄙桔梗 初秋の風に乗る赤蜻蛉

鄙桔梗、山かげに咲く風車 夏蝉だけが知っている青

鄙稀の可憐、汚れを知らぬ青 本陣油屋秘蔵の青磁

花言葉は「迷信」という 今日までに信じた空を明日も信じる

花言葉は「迷信」という 今日までに信じた空は明日は無いかも

血まみれで生まれてきたから私たち「貴方をうらむ」なんてできない






区分機





七桁の区分機稼動する早朝 本局の門出て行く1便

VC機入力50000 住所及び郵便番号打鍵する指

十万通大口顧客バーコード瞬時に分けて格納される

打鍵する画面に見える誤記誤植 リジェクトされる葉書・封筒

消印の時間は愛の証印と思う人もいる「定型外手区分」






羊歯眠る森





勢力の分散和音 薄には薄の立場 金銀穂波

冷たいわけじゃない 炎える曼殊沙華を見ていた蜻蛉

遡ること何年何十年 どこまでも昏き遊星

美しい処女地に足を踏み入れる怖さ切なさ 薄れゆく愛

『ピッコロは地上最後の鳥の声』 バルトーク的危篤の山河

どんよりと乳白色の空の下 唐辛子の実の赤、花の紫

折鶴蘭どこまでのびてゆく茎の辿りゆく先 地上の機影

秋茗荷 雨月の闇の底に根を生やししとどの朝露に濡れ

苦しいね歌がないのに歌を書く 秋冷驟雨、夜明けの眠り

胡桃食む栗鼠より忙(せわ)し朝の駅 隣の町の羊歯眠る森

荒草の繁れば薔薇もジャスミンもたちまち煙る霧雨の秋

重ね書く枕詞の連なりの二重懸かりの幻視幻聴

数ならぬ身にもあはれの秋来れば待つにもあらず待つ虫の声

離れ住む人ゆえ遠き空の歌 月を歌えば月見る人を

そろそろもうシャツフルなんかされる頃希望と不正横抱きにして

終るのも消えるのも好き滅ぶのもなんて強がり言って短い秋

なぜか突然終る愛に似てゆきどまる道の傾いた道しるべ

いっそもう私が闇であることを再び闇から戻らぬことを

三千年に一度花咲く優曇華の玉の一枝 佛の鉢に

鷽という鳥もいるからいい加減見も知りもしない言の葉にのせ

燕の子安貝、火鼠の皮衣、龍の頸の玉、絵で憶えてる

阿修羅はきれいな仏像である 石窟破壊する国もあり

ビザンチン、トルコ、トプカピ宮殿のスルタンの剣、聖なる祈り

死も刺も怖れないから薔薇月氏金国起こる彷徨う湖

アラベスク回教寺院のタペストリー 坂道からは海がモスクが

印度の曲、中国の曲、ペルシャの曲 海の向こうも戦争だけど







雨は甍を





名古屋発雨は甍を踏みながら雨脚早く過ぎ去っており

もう一度眠りましょうかもう一度腕を休ませ頭を休ませ

「七年目の浮気」というより「逢びき」を偶々ピアノ協奏曲第二番を

寝苦しくて暑苦しい夜ラフマニノフピアノ協奏曲第二番とか第三番とか

ニコライの刻印のあるサモワール 祖国を逃れ此処にある鬱

また今日も聴いてしまったラフマニノフピアノ協奏曲第二番が好き

バルトーク、ショスタコビッチ、プロコフィエフ 圧政ありて鳴り出だす音

バルトーク、ベラ・バルトークいずれでもいずれにしても生き難き生






悲しいね 秋





紫の斑点あればそこに血が滲み出すらん 死に至る傷

ゼラチンが使えない2001秋 甘味処の葛や寒天

肉食科ヒト類ゆえに牛脂目牛の叛乱悼み参らせる

されど吾は魚科魚属魚が好き 海の一族最後の宴

くらやみの中で言葉を探す手をひいてあげる手がない悲しいね 秋

意地悪な人生だって怖くないイラクサ炎える黄昏の秋

ここからが胸突き八丁刺草の日が暮れてゆく秋の坂道

ここからは独りさがして歩く道 蕁麻茂る荒野残照

オナモミっていったいどんな花なのと、「怠け」だなんて他人事じゃない

怠け者オブローモフの東洋の末裔にして見知らぬ植物

ほろほろと頭の芯が酔った気分 「無関心」の花咲き

「無関心に最も近い優しさ」と「優しさに最もよく似た無関心」月が隠れる






風に吹かれる





別の風景が見えて来たと思ったら月光に吊られたここは夢の公園

無関心になった自分の心にはエノコログサもほとほと手を焼く

ほんとうは誰にも何にも興味なくエノコログサは風に吹かれる

もっとブランコつよく漕ぎもっと放り出しなさいすべて もっと月光燦々と降れ






狐の曾孫





ふぇいと読む中国読みも似つかわしい人にも何度か逢った気がする

街中の坂が海まで続く街 異国へ続く海が故郷

うなだれて主人の下知を待つように控えるように咲く弁慶草

静穏に過ぎ行く五億人の死が贖われたるや降誕祭

飛ぶ鳥の飛鳥の宮の塔の上のひとひらの雲、微笑む如来

魂に金銭投げてくれという 終に来たらぬ救援部隊

許されることがなくても美しい ひっそりと咲く狐の曾孫






紙の力士





欲張りな紅葉。「自制、謹慎、隠退、保存」 露払い・太刀持ちにして

いつだってセットで登場する場合 紙の力士の相撲の場合

羞恥心隠れもなくて冬紅葉 夕日・酸漿より炎える赤

WEBの削除の嵐、砂嵐 『表現者』=「覚悟」と言っていたのはだぁれ

獅子の谷のその谷の底白百合も黒百合も咲く採りにいらっしゃい

誘われて血も引く道を辿りゆく谷間の百合に続く剣崖

外界は内郭の外その外の世界へ向けて飛び立てよ鳥

「チョロギ」って何だほんとに花なのか今さら驚くのも能がない

頭骸骨に響く音聴く午前五時 掲示板なる河は流れる

泣かないでおやすみなさい大人たち善男子たち騒ぐ夜の河

ほとぼりは冷めてるかしら閉じられて溶鉄炎が青くなるまで

冷却を望んで閉じているガス管 圧力釜の煮え滾る音






永遠のはらわた





永遠のはらわたを抜く作業して「レ・ミゼラブル」バック・ステージ

「ムスターキあちらは軍艦で来るよ わかったハチドリに運ばせよう」

尻尾しゅわしゅわギャロップで駆けたモンゴル懐かしい私はいつから楽器になった






ひかりの卵





岩場には岩場の色のイグアナが重なりあって海を見ていた

てのひらに残るぬくもり月光の生み落したるひかりの卵

透かし見る光の卵 なきやまぬ小さき薄紅きモンスター






螺 旋




音階の螺旋階段昇るとき連れ去ってゆけこの世の外へ

12音、無調、非音の無段階螺旋階段昇る火の鳥

汚されぬ光と音と音楽と 少し歪んで赤方偏移

螺旋の輪超えて翔ぶ鳥 銀河系青方偏移してゆく宇宙

 





螺 旋 2

 




煌々と闇の中にも輝いて互いの姿見ている双眸

熱いだろう鎧戸下し扉を閉めて砂嵐舞う町に潜めば

ひっそりと墓場のように静まって人影もない真昼の街路

おはようとまたご挨拶、でもおはよう 日曜日の朝のいつもの時間

不機嫌な象になったらどうしよう私は私を理解できない

うたあそびうたにあそんでくらしたらかなしきこともみえずなるかも

見たたけで泣きそうになるのだとしたらそれがあなたの歌なのだとしたら

音楽も絵画も舞踏もスポーツももちろん遥かにバロックではある

天上へ天上へって伸びてゆくループ 歌が通って行けない螺旋

でもだからだから何だというのですもちろん論争なんか虚しい

 






冬の一章





海の底、夢見ています虹珊瑚 海の底にも月光の道

海の底歩いていたり海老や蟹 そよいでいたり若布や昆布

紫の葡萄の房や野薔薇の実 黄金色の秋の饗宴

とうとうもう最後に近い一頁、捲っています冬の一章

目が醒めてみれば現実 儚い夢のコスモス畑

アケビには白い心の疚しさが才より樹液溢れる果肉

人はみな酔生夢死の旅人で竜宮城の浦島太郎

静かなる炎が見えてほんとうのあなたが見える阿修羅の裸像

後悔とモシは無しだよ一度だけ一首限りの短歌な人生

君がすむ宙への螺旋階段を虹色の馬が昇っていった  

有平棒くるくる回る街角に昨日の君が僕を待っている

白銀の黄金のそして薄墨の月を見ていた雲動く夜

森林と巨木と鑿と彫刻と 川の流れと空の満月

命かけ産んで生まれた子のイクラ見向きもされず干からびてゆく









さみしくて死ぬコアラ ユーカリの森よ育て

思い出は夏のあの人 輝いていた海 鉛色

複雑にしないで 朱雀血を吐いたか









海に降る雪





春のように眠る空母が目覚めたら誰にも止めることができない

夜が来た不安な夜だ世界樹が葉を湿らせる孤独な夜だ

明日またどこかで虹が立つだろう誰も知らない海に立つ虹

市場は今日先行き不安そういえば非常危険水域にいた

ホトトギス紫の血の饐えるゆえ血脈絶えるまでを猶咲く

「永遠」の橋を渡って風の彼方から 紫けむる海に降る





華麗な秋の





秋ですがもう張り裂けるもう終る冬眠前の殿様蛙

その角を曲がってもまた立ち往生 ラビュリントスを彷徨う死霊

幽霊になっても迷っているだろう 海が見えない山が見えない

東京駅離れる電車いつだって思わぬ方へ発車する謎

錦紫蘇・金襴紫蘇と呼ばれたり何の関係?家風と恋と

気をつけて警戒しても麒麟草とどめさされるまでわからない

心臓が苦しくなって目が覚めるシャローム!警戒怠らぬ秋

どんぐりが帽子被って落ちている 華麗な秋のさみしい一個

つくづくとがっかりしたとうなだれて十六夜の月、背に帰る獏

風の日は木の実降らせて雨の夜は銀鱗降らす交信記録

水面にも晩秋の雨ふりしきるせめて榛の木まっすぐに立て

満月の夜の乱心の気疎さに渦巻きながら消えるシャコンヌ

明暗はフェイドアウトを承認せず漱石居士の黒い塊り

露天骨董商某の傍らの乳母車 夜の漱石の乳母車

鏡花の言う「春は朧でご縁日」夜を燈して怠惰に暮れて

やがてもう人は誰をも非難せず春陽炎のようなたつきを

クリスマスツリーを肩に歩く人 ピエール&シベールの樅






夕空とこうもり





落書きの後はそのまま残されて 夕空低く町の蝙蝠

神戸市の御影・芦屋の真ん中の白砂青松 流され稲荷

廃船の中に蟹這うその蟹の行方を追えば海は蜃気楼

ひかり満ちひかり溢れて充たされて砂の城には砂の湖






未来の地図





なんとなく木曜日には戦争も悲劇もなかったような気がする

降りたくてたまらない空 泣きたかったら泣けばいいのに痩せ我慢の空

あの街で人が死んだりしたことも語られながら忘れられながら

救援の部隊は来ないどこからも 未来の地図のない国がある

「七年目の浮気」というより「逢びき」を偶々ピアノ協奏曲第二番を

ニコライの刻印のあるサモワール 祖国を逃れ此処にある鬱

バーバ・ヤーガ古城の奥の暗闇の地底に棲めば魔物は白い

さよなら三角また来て四角豆腐もミルクも五月の七竈も白い

七竈、晩秋なれば七度も火にかけ竈に入れても燃えず

お城から微かに聞こえる洩れてくる小さな灯りと悪魔のトリル

風はもうここに吹かない何処にも風が死んだ日めざめた獣

キエフの門いのちの愛の火をくぐる獣めざめてその輪をくぐる

大いなる道が広がる獣たち歩め走れよ羽無くば行け

あるものは今宵離れゆく大空を火の粉が舞う火の鳥だろう

冬空にカノンが流れ灯がともる小さな窓の明かりが見える

遅すぎるもう遅すぎる用心も慎重ももう間に合わない

気をつけるためならもっと早くからナナカマドもっと炎やして赤く

なおさらに深山分けて踏み入って漸くに見る炎えるナナカマド

散策は古城のほとり人生の黄昏だってこわくない小径

そして散華 東の空にかかる虹 明日は朦朧体の小説

バーバ・ヤーガ 呪! 死人など放っておけばいいのに蘇生させなければいいのに

死人たち呪われ死んだ死人など死者の谷から帰さねばよい

バーバ・ヤーガ古城の奥の暗闇の地底に棲めば魔物は白い

さよなら三角また来て四角豆腐もミルクも五月の七竈も白い

七竈、晩秋なれば七度も火にかけ竈に入れても燃えず

バーバ・ヤーガそんな恋でも炎えるかい呪いを解くかい火喰鳥(サラマンドラ)は

お城から微かに聞こえる洩れてくる小さな灯りと悪魔のトリル

風はもうここに吹かない何処にも風が死んだ日めざめた獣

キエフの門いのちの愛の火をくぐる獣めざめてその輪をくぐる

大いなる道が広がる獣たち歩め走れよ羽無くば行け

あるものは今宵離れゆく大空を火の粉が舞う火の鳥だろう






スピノザのレンズ





それだって朝陽は昇る夜は明ける薔薇色に染まる海と街がある

海のない街の屋上水惑星地球の水が溢れる入江

「街は無い」街の近鉄百貨店 母船(マザーシップ)が飛来している

人生の危篤状態脱出し巣箱のことなど考えている

スピノザはレンズを磨くゆっくりと 秋はエチカとマロングラッセ

身体と心理は分離されざるものとしてエチカ2001年秋の断章

胃袋は天才じゃないスピノザのレンズ磨きの生計の技

ゆっくりとレンズ磨けば見えてくる哲学的誤謬や愛の欠落

怠惰とももうしばらくは。さようならオブローモフさようならアドルフ

灰色の鴎はどこへ消えたんだシシィおまえのなくした翼

玉葱のような尖塔見えて来た 雪のロシアは国境がない

パタリロやバンコランにもよろしくねマリネラ王国タマネギ部隊

トナカイもサンタも疲れているらしい日本に降る雪の重たさ

修辞法、その一、その二、何よりも気配消し去る文体序説

朦朧と夢見るようにありがちなロシア気質の巣ごもり卵

葉脈の残る酸漿 残照の芯の芯まで透明な核

まどろみの中から外へ出たくないつまりそういう獏の一生

崩壊の過程を生きているらしい遠い海まで行けたらいいね

春のように眠る空母が目覚めたら誰にも止めることができない

浪人の張った唐傘 あるいはまた異邦人の夏のビーチパラソル

チェルネンコ光?この青い光のこと?

風の谷ではナウシカの青い衣。金色の王蟲の触手。






狩り





上野には冷酷な烏がいて浮浪者狩りをしているという

行き倒れたる箱 あるいはずぶぬれの「香川県産レタス」

吐瀉物にまみれてどこかへ運ばれた男の箱の「銀河高原麦酒」









ウサマ・ビンラディンの煙る眼のゆくえ病身らしき断崖絶壁

鳥すらも近づきさえもしない街イスカンダルの名を持つ都

しっかりと遺伝子を巻き閉じこもる巻貝にして憎悪のシチュー

玉葱のような尖塔見えて来た 雪のロシアは国境がない

その指紋ならニコライのサモワールにもエカテリーナの孔雀時計にも

そして家出したレフ・トルストイの残されたカップにも

そして黒船でやってきたゴンチャロフにも どうぞオブローモフによろしく






巣の枝





灰色の鴎はどこへ消えたんだシシィおまえのなくした翼

花筏、葉に実を乗せる花筏 飛蝗も蜻蛉も乗せておくれよ

今朝の空気の中に薄がゆれる大きな橡の樹がその中に一本

背景と余白のバランスが気圧だって言うTVの写真家

   

風景を切り取りなさいというけれど、どこかで聞いた話に似ている

サンカヨウ、一本蕨、ツルシキネ 怪人二十面相の夢

光りより闇を闇の帳を 帳を開く屋根裏の散歩者を

殆どもうお終いと思うのは頤や顎、涼しげな項などのせい  

湖のほとりを車が去って行く電話している女主人公  

もう一歩車が岸に近づけば「突然炎の如く」の最後の情景

知らないでいるのはいつも一人だけ鴉が運ぶ巣の枝一枝  

鬱兆す雨期の森には幽かながら杳い遥かな麝香の匂い 

海に立つ波の墓標が虹を呼ぶ 滴く屍や座礁する船

治癒祈る枇杷の実琵琶の形して杳い敗北滅びの歌を

外はまた冷たい雨だ中空に燕飛ぶ夏 枇杷に降る雨

カイツブリ葦の湖岸のカイツブリ潜って浮いて波紋に乗って

湖の岸辺に寄せる葦の枝 うみ見る岸に巣ごもる卵

「アカショウビン」その名の通り赤い鳥 嘴までも紅い鳥という

郵便の記念切手のその一つ「水辺の鳥シリーズ」の鳥たち 

 

荒城の月の武田の岡城址 歌う心の夏不如帰  

花の宴、月のまどろみ湖の水の表に映る鳥影  

美しい契りかさねるその朝 北のキャンドル灯る明け方

茴香のウィのかなしみ水無月は憂いある月、上水に雨






馬鈴薯




山峡の畑に咲いた馬鈴薯の花に雨降る夏が来ている

じゃがいもの花咲く花に雨降れば雀来ている雀のお宿

山里の斜面を夕日つつむ頃 馬鈴薯の花零れる畑

穿たれて畑の土はならされてじゃがいも畑に陽の射す時間

石榴咲き朱の花を抱く木があって夏蝶・光りの薄羽蜻蛉






甲州百目





〈甲州百目〉、烏が好んで食べるから一つ残して 夕陽の梢

柿の木を扱う商人やって来てゴルフのクラブにするという話

二百年、樹は身を太らせて実を届け 本日解体される材木

約束の天国なんてどこにもない明日地球を離れる想い

アフリカは乾いた大地 牛連れて少年帰る真白き砂漠

風立ちぬいざ生きめやもこの秋の愛一身に風の青さに

流星を見た夜のこと忘れない 巨大流星、夢箒星

大空の雲吹き払い夜空劈いて東へ奔る巨大流星

白々と長い尾を引き流れたよ シリウスよりも明るい星が

東南に星の墓場があるように星が墜ちゆく花散るように

ひるまからまっくらやみのコノハズク夜には星も流れたものを

木菟、仏法僧と夏鳴いて冬は如何にか過ごすとすらむ

自虐、自壊、自滅 どこへも行くことができない行き止まり

傾いた道標なら見たけれど、深谷へ行く岨道だった霧が深くて

家中の埃叩き出しても蛇の子一匹出はしない だから良いとも言えるが

もう回り道なんかよして帰ったらいい 巣穴に敷藁敷き詰めたはず

断然空っぽの樽だから鳴るはずだった 生木の頃に裂けていなければ

いっそもうよしてしまえと声がする卑怯者という声もする

書けないなら書けない方がまだましかも書けて書けないヒサンをわらえ






三日月





まどろみの中から外へ出たくないつまりそういう獏の一生

忘れられさびしかったと三日月が小舟浮かべる星の湖

三日月のぼんやり浮かぶ空も好き母なる地球に近いお星さま

クレセント浮かぶ空には迷路あり銀河系にもラビュリントスが

迷わずにお行きなさいな宇宙船 マザーシップが帰って行くよ

百人のガリレオがいてガリレオが 聖水を継ぐような音楽

誰ゆえに名づけられしか万年草 記憶の底の花に逢いにゆく






献身





風立ちぬいざ生きめやもこの秋の愛一身に風の青さに

献身の言葉はあなたに捧げよう政田岑生氏没し人無く

次々と啓く手紙のそのように雪兎の噛む歯型現る

卒塔婆といい慰霊碑といい墓碑といいやがて夕陽の照らす石や木

夏雲の沸くときすべき旅人は雨具持たざる旅人ははや

さびしからむかなしかるらむ(あなたがいれば)老い知らざらむに塚本邦雄氏






炎える秋





降誕祭 林檎の蜜が充ちるころ 素裸の木と真裸の基督すっぴんの人

どんな夢見ていたのかは忘れたが夢の最後のあなたの言葉

丸窓や四角い窓を額縁に京都落西錦繍の秋

竹、紅葉 千年過ぎて会いにゆく鹿も通らぬ深谷の道

炎える秋、火を恋う冬の水澄める修学院離宮隣家の能面






草木地下に





魂に沸え湯飲まして湯煎してその器割る土器(かわらけ)を割る

死んじゃいたい。そんな気分になったりするルピナスおまえは貪欲すぎる

苦しくて林檎倉庫に住まいしたまだ若い日の素敵な歌人(斎藤史さん)

降誕祭 林檎の蜜が充ちるころ 素裸の木と真裸の基督すっぴんの人

クロッカスやリボンで飾るスイートピー マラガの葡萄も素敵な晩餐

ロングアンドワイディングロード旅は終ったのねジョージ・ハリスン亡くなる 

エリナーリグビー、ペニーレイン、ガール また氷雨降る冬の甲虫 

ゆうべ聴く冬の雷(いかずち)冬の雨 草木地下に眠る幸福

たいせつなあなたをなくしたあの日からたいせつな日がなくなりました

大切な一日のため雨よ降れ しずかにひらいてゆく花がある






冬の香草





童謡や童話の中に身を隠すお月さまって羞ずかしがりや

忍冬、白から黄へと色変えて咲きつぐことに疲れたるかも

別世界ここにもあれど紫も源氏の君もいのちなきひと

この年の終わりの終わり極月のこころは空に紛れ消ぬべき

源氏が舞う 花の乱れの舞を舞う 雪月花、誰に散りゆく

カナダには雪が降るらし バンクーバーはマイナス三度

パリ、モスクワ、フランクフルト凍てる朝 東京は降水確率、零%

祝祭の季節が終わる木枯しが扉を叩く夕べの時間

燻製のサーモンの匂いが消えなくて どうしたらいい冬の香草






海の背中





ひらり 蝶 ひらり ふわり と街川の 流れをこえて 春の野に出づ

川沿いの道を歩けば見えてくる海の背中と白い帆船

架橋駅その橋の下通る風 海辺の町の匂いしている

夙川の堤防の道、香櫨園駅より海へ一本の道

山肌は今にも赤く露出してこの街を呑むと断頭見せる

芦屋川、住吉川が氾濫し「細雪」にも書かれた洪水

今はただ穏やかな顔見せいている濁流だった過去を消し去り











どこがどういいのか今は言えないと言っているのに無理を言う人

それが今私に表現できるならこんなにうちのめされたりはしない

それは多分たぶん kkや私に深いためいきをつかせて去った精霊のせい

言霊は何気ないような顔をしてあなたの隣に坐っています

ふりむくとそこには風が風の精霊が微かに触れた木々のざわめき

そよぐ葉もひかりの渦も断片も 僕には見えなかった一瞬

でもいつかKKや僕の眼にも見える 誰かがここに押した徽章も






湯の里





湯村という温泉がある甲府の外れ 太宰冶が逗留したという

湯村という温泉がある鳥取の、夢千代日記の舞台と言われる

山梨の下部温泉 滞在し、傷を治して帰る人たち

川浦の湯は信玄の隠し湯と言われ湯治に猿も鹿も来る

有馬の湯 黄色くタオルを染めながら宝塚歌劇団の生徒さざめく

五箇荘 七卿落ちの満月瑚 その傍らの薬袋(みない)温泉

奈良田には奈良田温泉、七不思議、石や烏が話を運ぶ

お天狗が攫って行った殿様の若君のほか入らぬ湯宿






魂は濡れて





砂糖菓子崩れる魂は濡れて 晴れた空から降る天気雨

角砂糖詰めても詰めても残るなら砕いてしまえとは言えませぬ

透明の硝子の壜のその隙間 愛の隙間と誰かに見られ

空間の隙間もそして時間という見えないものの隙間も抱く

虚数時間はるかに超えて生きている夢とリアルの狭間を生きる

人間が人間だったことなんて時の空隙 束の間の夢

ひとときの夢ゆえ人の美しさ 一挙手一投足も幻

明日また生きているなら逢えるなら そのディスタンス埋めて逢おうね

夜は闇 闇はあなたが支配する 時の狭間を流星一つ

空間にその空白に命の尾引いて流れて消えてゆく星

優しくてただ優しくて優しくて青い地球に花咲くように

極月のその半ば過ぎ降誕祭近づく夜を 夜の間隙を

タイタンは探査するともカッシーニ計画既に老いつつあらん

土星には土星の環があるように銀河は乳と蜜の河であるように

至福より未だ帰れず このまま死んでしまえば夢の波照間






モルダウ





せせらぎに大河に海に注ぐ川にブナの森から注ぐモルダウ

何処にもあるらし地獄坂というこの世の坂をのぼる冬の日

「ゆきどまりの海を見ていた」あの人がもういない冬 遠く点れ灯 

一本の樹にとまる鳥 一枚の画布に描く空 その空の青

森の香も清しき樫の木の舟も二人の櫂も流されていた

赤い月鼓鳴る冬の公演の レダよあなたは官能の蛇

猫語など覚えてみてもしようがない私の猫は死んでしまった






白い旋律





グロリア アンダルシアの火の心マノロ・カラスコ風のバラード

ストラホフ修道院のコンサート冬のプラハの雪のセレナーデ

雪よりも白い旋律聴こえてくる ドヴォルザーク弦楽セレナーデ第一楽章

森の奥 予言の鳥は飛んだかしら シューマンの鳥、眠りの森の

天井に天使舞うから図書室の空に予言の鳥も羽ばたく

貝殻も海に生まれた神もいるその良心のような音楽

魂を楽器にしたらどんな形? 掬ってみたい海の透明

ラルケット 天使が喇叭吹くときに 始まるだろう世界の終わり

再生も蘇生もここにない人の片骨一つでも呼び出せる?

書き終わるその一瞬に[送信]を押していたから憶えていないの

いつだってリアルタイムで書いていて私の鳥は記憶喪失

移り気な小鳥のように気紛れな予言の鳥も抱えるユーロ

予言の鳥、記憶のない鳥 言葉など忘れていたから幸福だった

ブナの森、ヴルダヴァ、エルベ、凍る海 雪も流れて言葉も消えて

せせらぎに大河に海に注ぐ川にブナの森から注ぐモルダウ





大四楽章「生」





屋根裏に光る茸生えるならそれもよし 渡辺松男氏の水須ゆき子さんの

暖炉には火が炎えている 囲炉裏にも火が炎えている 手をかざしている

冬空にカノンが流れ灯がともる小さな窓の明かりが見える

元気になってよかったね羽毛3枚=300g軽やかに熱も引け

銀の月、黄金の月、凍る花 雪さらさらと平和公園

大四楽章「生」 九十歳、朝比奈隆が振る終楽章

野の花は冬枯れている春を待つ小さな芽吹き日溜りにある

エゴの木は天と地に咲く清々と二度咲く花も今は枯れている






白い教会





野の花は冬枯れている春を待つ小さな芽吹き日溜りにある

エゴの木は天と地に咲く清々と白々と咲く天上の花

張り裂けたと思ったらそこは青空 水の無い月が始まる

「五ヶ月間、水の無い生活でした。」旧友からの年賀状の余白

神々しい満月だけが空にあり 張り裂けた街の残骸があり

回送の電車が千切れそうだった 高架下商店街のある駅

定点で観測してもわからない 山襞深く病む人までは

傾いた街を歩けば傾いた十字架と基督 坂道の白い教会

無意識と記憶喪失 その二つ、病と言えば病かもしれず

孤独死という名の震災死亡者は数えられずに1・17






(寓話(『林檎貫通式』より)





つめたいよさむいよ凍りそうなんだよ誰かが噛んでいるよ真上で

寓話風 永久凍土に眠る象 寒いから毛むくじゃらで氷の中

北の海辺で出逢ったのはアザラシ 雪斑の子連れの海豹






黒 鍵





あなた様のF・ショパンをお借りしてもいいですか構いませんか

また眠ってしまっていたけれど目が覚めたらもうこんな時間 静かね

ああ、またこうして出逢う長崎 血に呼ばれてしまう故郷ですね

神戸にも南蛮美術館があったよ 阿蘭陀人・葡萄牙人、そしてその頃の日本人

貴女の血の中にそよぐ草、戦ぐ風 聞こえるよポルトガルの歌

ノクチュルヌ半音階と対位法 ノアンの日々の草光る日々の

NOHANTその村かつてショパンの卓の花野菜など摘んだ畑道

サロンにはリストがショパンがドラクロアが ジョルジュ・サンドは饗応夫人

今は少し暗い館もその頃は終日太陽笑うようなさざなみ

虹がかかることが多いのは夢の漣にフレデリックが時を奏でるからか

黒鍵の痛み激しく雨季が来て村は静かに眠りについた

私には遠いショパンも貴女には草の匂いのするピアニスト






空の愁い 





空に鳥、水に魚というこの春の空の愁いのよう 濁る空

誰一人待たない故郷と知ったとき柱時計も止まった気配

この葉書、青夕焼けのふるさとを紋白蝶の動きにひらり

遠い日は湧水の池めぐる道その道に咲く花のいろいろ

名水の道を、お鷹の道と呼ぶ 将軍様の鷹狩の道

私の中の何かが拒んでいる どうやらそれがはっきりしてきた





♪一寸法師

<遥々と京へ法師は上りゆくお椀の舟に箸の櫂漕ぎ

三条の大殿様にお仕えし、姫のお供の清水参り

清水の急坂鬼が待ち伏せる 針の太刀持つ一寸法師

針の太刀、チクリチクリと鬼刺せば鬼はたまらず逃げ出すばかり

鬼達の忘れた小槌振るならば輝く若き公達一人

背も伸びた一寸法師は大好きな姫と結ばれました お終い>



寝返りをうつとき痛む痛みなら おんかかかびさんまえいそわか針は抜けたよ

赤鬼も青鬼もまた眠る刻 月の小舟も池を離れる

四阿にお伽噺の水晶の月が輝くそんな冬の日

月の舟、お椀の舟に箸の櫂 絵本の中の舟遠ざかる





砂の城 





とぷとぷとたぷたぷたぷと波の音 沖は夕凪、港は小凪

こちやぼら 棄てる魚でございます やさぐれ仲間にあらずグレなど

黒鯛はチヌと呼ばれることもある グレと呼ぶのはいつからのこと

不器用な私にできないことができる 手蚕糸を針に結ぶ老人

紫雲出山、荘内半島、浦島と遊ぶ子供の一人であった(昔私は)

綿の実さん?海綿うさぎって何でしょう?〈卵で産みたい〉秋吉久美子

富士壺は藤壺ならず宮ならずbarnacleなる甲殻の類

グレという巻き餌の魚あるらしき 黒鯛に似て非なる下魚

砂の城 築く、崩れる、繰り返す 波がさらった二人のお城

塩水に沁みた傷口、富士壺で切れた傷口治りましたか






冬 眠





秋ですがもう張り裂けるもう終わり冬眠前の殿様蛙

その角を曲がってもまた立ち往生ラビュリントスを彷徨う死霊

東京駅離れる電車いつだって思わぬ方へ発車する謎

水がほしい水がほしいと根を張って根ばかり張って瘤だらけの樹だ

苦蓬・チェルノブイリの4号炉覆う石棺 雨のロシアの

ミルク吐きダンボール箱の隅っこに硬く冷たい塊になり

睡蓮よ薄桃色の夢蓮華 微笑蓮華は極楽に咲く






孔雀時計





1907年製のサモワール 刻印された帝政ロシア

ニコライの刻印のあるサモワール祖国を逃れ此処にある鬱

エルミタージュ サントペテルブルグの灯がともる「この世に完全な幸福はない」

〈休みなさい。陽気であれ!〉と告げている 『孔雀時計』が時を報せる

プルースト的憂鬱に効く濃い紅茶 血糖値上がる〈私〉の晩年

アポロンの双子の姉よディアナよ 私を鹿に変えないでくれ ……アクタシィオン

紡ぎ手であるゆえクロトは黙々とただ黙々と織るよ〈運命〉

ヘルメスとアフロディーテの一人の子 両性具有のヘルマプロディトス

アフロディーテ 大洋の泡から生まれ大いなる帆立貝背に描かれる倣い

アイリスに似てヒヤシンス儚くて 少年にして少女のように






海の絵





人はみな酔生夢死の旅人で竜宮城の浦島太郎

海の底歩いていたり海老や蟹 そよいでいたり若布や昆布

海の底虹色の夢見る珊瑚 海の底にも月光の道

魚眠り海草眠り貝眠り海辺はあさき春のトレモロ

深海魚、春の渚に横たわる 渚の砂に葬られるという  

先週は鯨が死んだ入り江があり海豚も死んだ 四月の渚

さようなら黄金の月が出ています 春の渚の蛤、浅蜊

平家蟹、怨み忘れぬ月の夜、凪渡る海、鳴き砂の海

船玉を祀った船の船尾にも魚群監視機みたいな鴎  

春だから海は薔薇色、その空も水平線も幸福の色

雪の道、海まで続く北国の海辺の藁や板囲いの小屋

北国は雪と氷に閉ざされて 春待つという時化の海という

瀬戸内のぽんぽん船はないけれど夕凪の海、金の巻き砂

瀬戸内の海見る座敷、七卿を匿っていた離れの石蕗

海の絵の傷だったかもしれなくて 水平線に隠れる夕日

夜明けには太陽昇るその海の水平線の傷よ 海の絵






深 海





深海の底に眠っていた卵 星の卵を生んだあのひと

翡翠の卵(らん)、碧玉の卵、勾玉も真珠のようなやさしい卵(たまご)

あぁもしも夢であったら夢のまに うつつ、うたかた、さゆらぐ水藻

夢だったそれはひとときその夢のひとときのため生まれた雫

夢をみるその夢よりもうつくしい翡翠の色を奏でるぴあの

海の絵の海の底には残されたaquamarineの眠る揺り籠






海 亀





浦島を乗せた海亀、月の夜 人魚と遊ぶ青い海亀

スナメリの伝言を見た月翳るラッコもジュゴンももういない海

海亀が卵を産むよ泣きながら潮騒が呼ぶ海へ帰るよ

スナメリは漁師の網にとらえられ 鱶の餌になる月夜の浜辺

スナメリは網切って逃げ月の夜 王子の舟に救われました






月 読





月燭の「片っぽ鋏」の蟹ならば切ってください夢の海草

二ュ―トリノ心に降れば眠れない夜のあなたを連れ去る銀河

崩壊の過程を生きているらしい遠い海まで行けたらいいね

海珊瑚 私ハ遠イ世界カラ来タガ 月読ノコト忘レテイナイ

私の呼んでいる声聞こえます?深夜に星の降る海の底

入り江には黄金の波、油凪 夕日に赤い帆 絵葉書の海

絵葉書の海の底にはプランクトン 鮫や鯨の重なる屍骸






プログラムX





虹色の螺旋階段昇りきるペガサスだったことも伝説

無意識の構造物の仮の名を幸福の木と呼んでもいいが

プログラムXとして存在し、終焉の時迎える君か

試みに宇宙を縮小してみよう 君の存在が見えるかな?

創造の中心にある粒子のこと誰かが神と呼ぶこともある

創造のネットワークの中心がまばゆい光で見えない理由も

鯨にもイルカにもある中枢を人間もまた持つということ

発信は遥か南極凍る海 鯨の言葉は虹の変数

海豚から鯨へ 今日も元気かい 南氷洋に星が墜ちたよ

存在の中心地点であることに気づき始めた鯨が出てきた

大昔遥か昔のその昔 ぼくらが鳥であったその頃

大昔遥か昔のその昔 あなたが鳥であったその頃

大昔遥か昔のその昔 私が魚であったその頃

一枚の羽は素直にたたまれて珊瑚の林の木に架かってる

翼竜と呼ばれた恐竜Xは海が大好き 翼を棄てた

少しずつ海を歩いてみた彼は泳げることに気づいてしまう

認識の主体であるからこの蚕 白い繭玉の真中で眠る

遮断剤RやDのその効果遮光されうる限りの暗さ

カイロにはカイロの薔薇がそして光りと碧なすアレキサンドリア

あるものは空に昇ってあるものは海に潜った 僕たち、鯨

でもひとり残されちゃった恐竜がいたのさあの日のきみの足跡

晴れた日は僕たち仲間を呼んでいる渚が僕らを分断している

野遊びに行った子供を捜していた 誰もいなくなったその朝

草食の蜥蜴、子育て恐竜のマイアサウラは陸に残った

仲間たち海に潜った君たちが鯨と呼ばれていることを知る

退化する足と手の指、ジャンプして時々は見る陸の故郷

研究の成果を語りあうように、マッコウクジラ挨拶をする

観測船Uの船尾と船首にはイルカがついて先導をする

鯨骨や駱駝の骨で彫った亀・梟の透かしの部分






雪の水色





腫瘍G大蝸牛の脳髄に紫陽花を食む花降る時間

列島を寒波がおおい俄か雪降るという午後まだ日向ぼっこ

いつだって二重に歌う歌の意味虹の内側からの発信

見なかったTV画面の翼竜が羽ばたく時の雪の水色

孔雀とか雉とか虹の子みたいだね虹が落とした卵が孵る

起動音だって思った不死鳥が宙の故郷めざし翔ぶ音

あの時の風が連れて来た雉の子が虹の子どもであったことから












月光を浴びてアマリア・ロドリゲスが歌うファド「暗いはしけ」

夜の河、黒い小舟がゆらゆらとゆれてゆられてゆく黄泉の国

桟橋を離れる船の描く波 ただそれだけを残して消えた

梅が咲き、雪柳が咲き、桜が咲き、咲く花の下 鬱々と猫

蛍飛びヤマメが泳ぐ川のこと父が伝えるまぼろしの川

微塵切りされてゆくのに玉葱がじっとこらえている二分半

川辛子クレソンの濃い緑敷きガーリック牛肉ソテーに赤い冷采






これからどこへ





訪ねたい町も通りもなくなってこれからどこへゆくの私

どの町も街角ももう私には遠く見知らぬ町になるだけ

薬膳や薬湯煎じどんよりと湿った空の下生きている

南無大師遍照金剛、四国路の遍路の道の破れ蝙蝠

私はどこへ行きたいのだろう それがわからなかったりする私  

どこへでも行けた頃そんな日があったとして今ではなくて

音楽が聴こえていたら 死に呼ばれ目覚める鳥の鼓膜ふるわせ

空も海も雲も遠ざかった日の中にだけあったとは思わないが

私が夢喰う獏であったとしても夢は獏よりいつでも大きい

卵割る 幾つも幾つも割る卵 千も二千も産んだ疑問符

夜明けにはまた産みたての卵を抱いて途方にくれる

胎内に春風に逢う温もりを感じていたかもしれない鳥の笹鳴き

もう終わりもう死にたいよ枇杷色の空に溶けてゆく夢の水色

日の暮れの蛇崩れ坂に行き惑う 菜の花色の月も滲んで

桜散る絢爛豪華な崩壊をしばらく見ない水たまりの空











終焉




きっと今日投函するよ あの町の夕焼け色の丸いポストに

春の雨しずかに降れば黄昏の心満たしてゆく水位線

ソノヒトガモウイナイコト 秋の日にふしぎな楽器空にあること
祥  * 『水たまりの空』』(フリー:インターネット) * 18:51 * - * -
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