アンソロジー

旋律


宙をゆく風の帆舟や月の馬 虚空の底に湧く星の砂
不弥国も狗邪韓国も末盧国も卑弥呼の国も風と火の繭 
真珠より小さく青く光る星 蛍集まる木があるという
猫族の習性かしら爪研いでジャンプしようとしているresolution 
絶望の痕跡残し去っていく蜘蛛の銀糸の透明となる

なぜこんなにさびしいのですか 鼬(いたち)だったらわかりますか
なぜこんなにさびしいのですか 白ふくろうにはわかりませんか
なぜこんなにさびしいのですか 面ふくろうって可笑しいですね
なぜこんなにさびしいのですか なぜ教会の屋根裏が好きなのですか
なぜこんなにさびしいのですか とうとう鷹と争ったのですか
なぜこんなにさびしいのですか もう夏は終ったって知っていますか

どんなにでも冷たいものは生まれます 氷塊一つ夏の彫刻
人の顔人の声して火喰鳥 火を放ちゆく微かに燃える
バルセロナ、サグラダ・ファミリア教会の尖塔の穂の穂の上の青
薔薇色の空をバックに立っているヒマラヤシーダの大きな影が
シャドウとかシルエットとか好きだから いつか消えても影になっても
淋しくてひとりぼっちで悲しくて ヒマラヤシーダの枝走る栗鼠

雪だるま スノウマンにも春は来て 溶けてしまった夢の紫
そんなにも羞ずかしがりやのきみだから残して帰る 春のヒマラヤ
ふかふかの綿毛の中の小さくてやさしい瞳 きみの青空
薔薇、水仙、ジャスミン香る春の夜 月光降りて蘇る花
雨の日は川にも見える坂道は ヒマラヤシーダとリラの向こうね
南側の窓の向こうに木が繁り リラが咲くという四月の真昼

合法的脱出をしたのね透明なある日世界の隙間を抜けて
天空に満ちている黄金 秋だから木の葉のように心も染まる
いつだってどこだっていい何でもいい生きていようね美しい秋
花筏、葉に実を乗せる花筏 飛蝗も蜻蛉も乗せておくれよ
荷風が愛し乱歩が愛し茉莉さんが愛し 回転木馬まわる浅草
春の夜の夢ばかりなる手枕のざぁざぁ降りを歩むザリガニ

渦巻いているね世界がゆっくりと流れるように死んでゆくのか
森の抱く鳥囀れば逢いたくてまた来る春の桜はなびら
光りながら回りながら近づいて最終回の字幕は消えた 
ジャケットに三人見える 眼差しの深い人から死は来るという
そしてまたあなたの声の漣を行きつ戻りつ漂いながら
音楽はジムノペディに変るから希臘の空の青い蝙蝠

もう言わないもうさよならも永遠も いつ終ってもいい優しい時間
水棲人、木棲人の洞の奥瞼開かぬ魚や蜂の子
ヌレエフとプリセツカヤの赤い月 「レダ」は二人の残した手紙
官能の蛇が月夜に舞踏する「ボレロ」もう戦争は終ったかしら
さびしくてたまらないから逢いに来てマイアサウラの木霊する声

また明日夜間飛行機飛び立つよ サン=テグジュペリの郵便飛行機
火の鳥に似ている白色矮星をティコブラーエに教えてあげる
≪理科室の血管クン≫によろしくね夕日が照らす窓を見ていたら
人体の模型も蝶の標本も一糸纏わぬ半身像も
シディ・ブ・サイド美しい街の褐色のキック 梅雨の日本に
淡々と凭れるカーンの表情を見せてゆっくりVideoは切れる

子はグレー孫はアルビノ遺伝子の表現形式、検定交雑
吹っ切れた顔をしていた爽やかな声が聞こえた 理由とルールが
一輪の薔薇の花さえ汲み上げるいのちの水が渾身あがる  
百合の茎まっすぐ昇る真水あり ブナの森なれば水の合唱   
密林の雨に打たれている芭蕉 田中一村の芭蕉の葉っぱ  
モルダウは流れる合唱も聞こえるヴルダヴァ、エルベ、森の国の河

ブナの森、ヴルダヴァ、エルベ、凍る海 雪も流れて言葉も消えて
せせらぎに大河に海に注ぐ川にブナの森から注ぐモルダウ
緊迫が常態としてあるゆえに精悍な顔見せるアフガン  
夕食の支度しなければ こんな時突然聴きたいカザルスの「鳥の歌」
石をもて去りゆく人を追うような文が続いて水無月の雨
一度だけ破ってしまうかもしれない「悲の器」にはしない約束

大連から届いた本に挿まれた栞一葉、涼しい栞
トラックを追って走った道くんとロンが見送る鉄路のほとり  
国立の三角屋根の後にも卒塔婆のような灰色のビル  
百合が咲き水仙が咲く断崖のせり上がりゆく波の先端 
何事もなく過ぎたわけじゃない何事もない毎日を望んだ狐

失ったものは言葉や物じゃない燃えていたのは火鼠の皮衣
空き地には蛇苺熟れ三輪車漕ぐ幼子の足も見えてくる
リンパ腺、耳下腺腫れて五月闇 灯ともし頃は鬱兆す頃
木は眠り木は育つ霧の森 木の海は遥かな心育てて眠る 
ためつすがめつしているうちに一本の樹になってしまえり翠の桜
愛の通夜さみどりの通夜 もう誰も愛を無理やり殺しはしない
  
空飛ぶ猫、翼もつ猫 空を翔びどこへゆくのか青いアルジュナ
病み疲れほろりはらりと紫木蓮 月へ帰ってゆく泣き兎
月に飛ぶ猫になったらいらっしゃい もう泣いたりなんかしない
デンマーク・モビール吊るす回廊の窓の中の海、海の中の魚
七月に君は生まれた男の子 戌のお守りとイルカのモビール

あの人の心がどこかへ行った日の 遠い火の色の曼殊沙華
蜻蛉飼う私の脳は可哀想 あまり眠りもせずに夜もすがら
真っ白に青空に咲くさるすべり 夏がまったりと来ていると思う
永遠の無国籍軍フェルマータ国境越える蜜蜂部隊
クレッシェンド・デクレッシェンドどうしろというのだ降ったり止んだり雨は
雨月には透明石のような曲 ピアノと管弦楽の組曲

エロティック生まれつきだと花蘇芳 狂う牛とか狂う月とか
ティエンセラさよならまでの気持ちなら誰にも負けず愛しているよ
張り裂けた二つの顔のどちらかに懐かしい顔優しい人の
誘惑 あともう少しやってみようかな こうして汚い死に際
雨の日の青蛙こそ愛しけれ 薄い緑のひかりの雫
海の絵の傷だったかも知れなくて水平線に隠れる夕日

ニコライの刻印のあるサモワール 祖国を逃れ此処にある鬱
バルトーク、ショスタコビッチ、プロコフィエフ 圧政ありて鳴り出だす音
バルトーク、ベラ・バルトークいずれでもいずれにしても生き難き生
秋ですがもう張り裂けるもう終る 冬眠前の殿様蛙
春のように眠る空母が目覚めたら誰にも止めることができない

夜が来た不安な夜だ世界樹が葉を湿らせる孤独な夜だ
くらやみの中で言葉を探す手をひいてあげる手がない悲しいね 秋
意地悪な人生だって怖くないイラクサ炎える黄昏の秋
ここからが胸突き八丁刺草の日が暮れてゆく秋の坂道
ここからは独りさがして歩く道 蕁麻茂る荒野残照

オナモミっていったいどんな花なのと、「怠け」だなんて他人事じゃない
怠け者オブローモフの東洋の末裔にして見知らぬ植物
ほろほろと頭の芯が酔った気分 「無関心」の花咲き
「無関心に最も近い優しさ」と「優しさに最もよく似た無関心」月が隠れる
別の風景が見えて来たと思ったら月光に吊られたここは夢の公園
無関心になった自分の心にはエノコログサもほとほと手を焼く

ほんとうは誰にも何にも興味なくエノコログサは風に吹かれる
もっとブランコつよく漕ぎもっと放り出しなさいすべて もっと月光燦々と降れ
許されることがなくても美しい ひっそりと咲く狐の曾孫
永遠のはらわたを抜く作業して『レ・ミゼラブル』バック・ステージ
「ムスターキあちらは軍艦で来るよ わかったハチドリに運ばせよう」

尻尾しゅわしゅわギャロップで駆けたモンゴル懐かしい私はいつから楽器になった
岩場には岩場の色のイグアナが重なりあって海を見ていた
てのひらに残るぬくもり月光の生み落したるひかりの卵
透かし見る光の卵 なきやまぬ小さき薄紅きモンスター
海の底、夢見ています虹珊瑚 海の底にも月光の道
海の底歩いていたり海老や蟹 そよいでいたり若布や昆布

紫の葡萄の房や野薔薇の実 黄金色の秋の饗宴
とうとうもう最後に近い一頁、捲っています冬の一章
目が醒めてみれば現実 儚い夢のコスモス畑
アケビには白い心の疚しさが才より樹液溢れる果肉
人はみな酔生夢死の旅人で竜宮城の浦島太郎
静かなる炎が見えてほんとうのあなたが見える阿修羅の裸像

どんぐりが帽子被って落ちている 華麗な秋のさみしい一個
つくづくとがっかりしたとうなだれて十六夜の月、背に帰る獏
風の日は木の実降らせて雨の夜は銀鱗降らす交信記録
水面にも晩秋の雨ふりしきるせめて榛の木まっすぐに立て
満月の夜の乱心の気疎さに渦巻きながら消えるシャコンヌ
クリスマスツリーを肩に歩く人 ピエール&シベールの樅

降りたくてたまらない空 泣きたかったら泣けばいいのに痩せ我慢の空
お城から微かに聞こえる洩れてくる小さな灯りと「悪魔のトリル」
あるものは今宵離れゆく大空を火の粉が舞う火の鳥だろう
スピノザはレンズを磨くゆっくりと 秋はエチカとマロングラッセ
身体と心理は分離されざるものとしてエチカ2001年秋の断章
灰色の鴎はどこへ消えたんだシシィおまえのなくした翼

修辞法、その一、その二、何よりも気配消し去る文体序説
朦朧と夢見るようにありがちなロシア気質の巣ごもり卵
葉脈の残る酸漿 残照の芯の芯まで透明な核
まどろみの中から外へ出たくないつまりそういう獏の一生
崩壊の過程を生きているらしい遠い海まで行けたらいいね
浪人の張った唐傘 あるいはまた異邦人の夏のビーチパラソル

ウサマ・ビンラディンの煙る眼のゆくえ病身らしき断崖絶壁
しっかりと遺伝子を巻き閉じこもる巻貝にして憎悪のシチュー
その指紋ならニコライのサモワールにもエカテリーナの孔雀時計にも
そして家出したレフ・トルストイの残されたカップにも
そして黒船でやってきたゴンチャロフにも どうぞオブローモフによろしく
茴香のウィのかなしみ水無月は憂いある月、上水に雨

忘れられさびしかったと三日月が小舟浮かべる星の湖
誰ゆえに名づけられしか万年草 記憶の底の花に逢いにゆく
死んじゃいたい。そんな気分になったりする「ルピナス」おまえは貪欲すぎる
クロッカスやリボンで飾るスイートピー マラガの葡萄も素敵な晩餐
ゆうべ聴く冬の雷(いかずち)冬の雨 草木地下に眠る幸福
たいせつなあなたをなくしたあの日からたいせつな日がなくなりました

大切な一日のため雨よ降れ しずかにひらいてゆく花がある
燻製のサーモンの匂いが消えなくて どうしたらいい冬の香草
ひらり 蝶 ひらり ふわり と街川の 流れをこえて 春の野に出づ
川沿いの道を歩けば見えてくる海の背中と白い帆船
せせらぎに大河に海に注ぐ川にブナの森から注ぐモルダウ
何処にもあるらし地獄坂というこの世の坂をのぼる冬の日

一本の樹にとまる鳥 一枚の画布に描く空 その空の青
森の香も清しき樫の木の舟も二人の櫂も流されていた
赤い月鼓鳴る冬の公演のレダよあなたは官能の蛇
猫語など覚えてみてもしようがない私の猫は死んでしまった
グロリア アンダルシアの火の心マノロ・カラスコ風のバラード
ストラホフ修道院のコンサート冬のプラハの雪のセレナーデ

雪よりも白い旋律聴こえてくる 「ドヴォルザーク弦楽セレナーデ第一楽章」
森の奥 予言の鳥は飛んだかしら シューマンの鳥、眠りの森の
天井に天使舞うから図書室の空に予言の鳥も羽ばたく
貝殻も海に生まれた神もいるその良心のような音楽
魂を楽器にしたらどんな形? 掬ってみたい海の透明
ラルケット 天使が喇叭吹くときに 始まるだろう世界の終わり

再生も蘇生もここにない人の片骨一つでも呼び出せる?
書き終わるその一瞬に[送信]を押していたから憶えていないの
いつだってリアルタイムで書いていて私の鳥は記憶喪失
移り気な小鳥のように気紛れな予言の鳥も抱えるユーロ
予言の鳥、記憶のない鳥 言葉など忘れていたから幸福だった
ブナの森、ヴルダヴァ、エルベ、凍る海 雪も流れて言葉も消えて

せせらぎに大河に海に注ぐ川にブナの森から注ぐモルダウ
銀の月、黄金の月、凍る花 雪さらさらと六香公園
大四楽章「生」 九十歳、朝比奈隆が振る終楽章
定点で観測してもわからない 山襞深く病む人までは
傾いた街を歩けば傾いた十字架と基督 坂道の白い教会
孤独死という名の震災死亡者は数えられずに1・17

無意識と記憶喪失 その二つ、病と言えば病かもしれず
つめたいよさむいよ凍りそうなんだよ誰かが噛んでいるよ真上で
寓話風 永久凍土に眠る象 寒いから毛むくじゃらで氷の中
北の海辺で出逢ったのはアザラシ 雪斑の子連れの海豹
ノクチュルヌ半音階と対位法 ノアンの日々の草光る日々の
NOHANTその村かつてショパンの卓の花野菜など摘んだ畑道

空に鳥、水に魚というこの春の空の愁いのよう 濁る空
エルミタージュ サントペテルブルグの灯がともる「この世に完全な幸福はない」
〈休みなさい。陽気であれ!〉と告げている 『孔雀時計』が時を報せる
アイリスに似てヒヤシンス儚くて 少年にして少女のように
深海の底に眠っていた卵 星の卵を生んだあのひと
翡翠の卵(らん)、碧玉の卵、勾玉も真珠のようなやさしい卵

あぁもしも夢であったら夢のまに うつつ、うたかた、さゆらぐ水藻
夢だったそれはひとときその夢のひとときのため生まれた雫
夢をみるその夢よりもうつくしい翡翠の色を奏でるぴあの
海の絵の海の底には残されたaquamarineの眠る揺り籠
浦島を乗せた海亀、月の夜 人魚と遊ぶ青い海亀
スナメリの伝言を見た月翳るラッコもジュゴンももういない海

海亀が卵を産むよ泣きながら潮騒が呼ぶ海へ帰るよ
スナメリは漁師の網にとらえられ 鱶の餌になる月夜の浜辺
スナメリは網切って逃げ月の夜 王子の舟に救われました
月燭の「片っぽ鋏」の蟹ならば切ってください夢の海草
二ュ―トリノ心に降れば眠れない夜のあなたを連れ去る銀河
海珊瑚 私ハ遠イ世界カラ来タガ 月読ノコト忘レテイナイ

私の呼んでいる声聞こえます?深夜に星の降る海の底
入り江には黄金の波、油凪 夕日に赤い帆 絵葉書の海
絵葉書の海の底にはプランクトン 鮫や鯨の重なる屍骸
虹色の螺旋階段昇りきるペガサスだったことも伝説
無意識の構造物の仮の名を幸福の木と呼んでもいいが
プログラムXとして存在し、終焉の時迎える君か

試みに宇宙を縮小してみよう 君の存在が見えるかな?
創造の中心にある粒子のこと誰かが神と呼ぶこともある
創造のネットワークの中心がまばゆい光で見えない理由も
鯨にもイルカにもある中枢を人間もまた持つということ
発信は遥か南極凍る海 鯨の言葉は虹の変数
イルカから鯨へ 今日も元気かい 南氷洋に星が墜ちたよ

存在の中心地点であることに気づき始めた鯨が出てきた
大昔遥か昔のその昔 ぼくらが鳥であったその頃
大昔遥か昔のその昔 あなたが鳥であったその頃
大昔遥か昔のその昔 私が魚であったその頃
一枚の羽は素直にたたまれて珊瑚の林の木に架かってる
翼竜と呼ばれた恐竜Xは海が大好き 翼を棄てた

少しずつ海を歩いてみた彼は泳げることに気づいてしまう
認識の主体であるからこの蚕 白い繭玉の真中で眠る
遮断剤RやDのその効果遮光されうる限りの暗さ
カイロにはカイロの薔薇がそして碧なすアレキサンドリア
あるものは空に昇ってあるものは海に潜った 僕たち、鯨
でもひとり残されちゃった恐竜がいたのさあの日のきみの足跡

晴れた日は僕たち仲間を呼んでいる渚が僕らを分断している
野遊びに行った子供を捜してた 誰もいなくなったその朝
草食の蜥蜴、子育て恐竜のマイアサウラは陸に残った
仲間たち海に潜った君たちが鯨と呼ばれていることを知る
退化する足と手の指、ジャンプして時々は見る陸の故郷
研究の成果を語りあうように、マッコウクジラ挨拶をする

観測船Uの船尾と船首にはイルカがついて先導をする
鯨骨や駱駝の骨で彫った亀・梟の透かしの部分
腫瘍G大蝸牛の脳髄に紫陽花を食む花降る時間
いつだって二重に歌う歌の意味虹の内側からの発信
見なかったTV画面の翼竜が羽ばたく時の雪の水色
孔雀とか雉とか虹の子みたいだね虹が落とした卵が孵る

起動音だって思った不死鳥が宙の故郷めざし翔ぶ音
あの時の風が連れて来た雉の子が虹の子どもであったことから
月光を浴びてアマリア・ロドリゲスが歌うファド暗いはしけ
夜の河、黒い小舟がゆらゆらとゆれてゆられてゆく黄泉の国
桟橋を離れる船の描く波 ただそれだけを残して消えた
梅が咲き、雪柳が咲き、桜が咲き、咲く花の下 鬱々と猫

蛍飛びヤマメが泳ぐ川のこと父が伝えるまぼろしの川
微塵切りされてゆくのに玉葱がじっとこらえている二分半
川辛子クレソンの濃い緑敷きガーリック牛肉ソテーに赤い冷采
音楽が聴こえていたら 死に呼ばれ目覚める鳥の鼓膜ふるわせ
私が夢喰う獏であったとしても夢は獏よりいつでも大きい
夜明けにはまた産みたての卵を抱いて途方にくれる

胎内に春風に逢う温もりを感じていたかもしれない鳥の笹鳴き
もう終わりもう死にたいよ枇杷色の空に溶けてゆく夢の水色
日の暮れの蛇崩れ坂に行き惑う 菜の花色の月も滲んで
桜散る絢爛豪華な崩壊をしばらく見ない水たまりの空
きっと今日投函するよ あの町の夕焼け色の丸いポストに
春の雨しずかに降れば黄昏の心満たしてゆく水位線
ソノヒトガモウイナイコト秋の日にふしぎな楽器空にあること










題詠マラソン 2003

001:月
線虫の名は「シー・エレガンス」月満ちて生まれ生まれる千個の命
002:輪
輪をくぐるサーカスの獅子 火の輪抜け月の輪を抜けやがて暗闇
003:さよなら
坂道の向こうに海が見えていたさよならまでの短い時間
004:木曜
木曜の午後はけだるい 七曜の宙ぶらりんの十字架の愛
005:音
宇宙には音の泉があるのでしょう星の音階たどった母船
006:脱ぐ
雪を脱ぐカミツレ、ローマンカモミール 露西亜の花は春の香草
007:ふと
ふと開くページに跳ねる月の王 魔王は可愛い三月兎
011:イオン
透明なイオンのような魚だとあなたが笑った骨だけの魚
013:愛  
致死量の愛を点滴するように深夜に雫する雨の音
016:紅  
向日葵も菜種も燃やす紅花も灯明の芯燃え尽きるまで
017:雲
消えてゆく飛行機雲のその向こう 永遠よりも優しい時間
021:窓
坂道の窓を覗いたお月さま海辺の町が傾いていた
022:素
心室に酸素が足りなくなっていきゆっくり死滅する夏鮑
023:詩
詩は死んだ 海に鴎もいなくなり白梟ももう森を去る
024:きらきら
砂糖黍畑に月を見る朝 きらきらと月は雫している
025:匿う
究極の避難所である洞窟に二人匿う月光の海
029:森
石炭を燃やして走る列車なら見えただろうか被弾する森
031:猫
雉猫やロシアン・ブルー お隣りのマイケルのいま尻尾も見えた
032:星
星祭り、魚降る森 熊祭り 北の大地の古式の祭り
036:遺伝
蚕豆がそうであるならニンゲンもそうであろうと遺伝を語る
037:とんかつ
霙降る春の名古屋の味噌とんかつ 灯ともし頃の大須観音
038:明日
苦しみを忘れて一歩また一歩 明日への階をくだる糸杉
040:走る 
抽出し構築すること他でもない走りながらも火柱となり
045:がらんどう
消えてゆく意思持つ者が生物的進化を遂げてもうがらんどう
046:南
タッちゃんと浅倉南と白犬のパンチの関係ほどに繋がる
047:沿う
湾曲に沿って走ってゆく電車 海岸線の青に染まって
048:死
薔薇色の海には死とか永遠が貝殻のように沈んでいます
050:南瓜
うらなりの胡瓜か南瓜の方がましウッツ男爵蒐集のレオポルド
051:敵
天敵を知らずに生きて来たように覚束なくて頼りが無くて
053:サナトリウム 
松林の向こうに海と水色のサナトリウムが見えていました
056:野
名もなくて果てた仏や羅漢さま地蔵微笑む風のあだし野
057:蛇
泳ぐ蛇 月のひかりを纏う蛇 龍神が棲む湖という
059:夢
疲れたね夢を見るのも語るのも酔生夢死とこの世を生きて
060:奪う
奪うなら私を奪えと誰か言う略奪婚の慣わしという
061:祈る
シュメールの文字に祈っている言葉 水を求めて刻んだ言葉
062:渡世
私は何を渡世の種として生きているのか不安ではある
063:海女
海女がいる三重は豪雨か尾鷲傘さして歩いた尾鷲の雨か
065:光
物語一つ終わって朝が来て光に向かって歩くデルボイ
066:僕
僕のこと愛しているならほっといて誰にも似たくない少年期
068:似る
基督がそこに吊られていたことや金鳳花にも似ていたことも
070:玄関
玄関に猫が待ってるオランダ人商館の猫は絵の中
072:席  
席順を決める形で割り振られ帰国の道は閉ざされていた
075:痒い  
アレルギー物質一杯溜め込んで痒いのだろう漆、櫨の木
076:てかてか 
春の夜の夢の去り際 去り際の夢の足跡 てかてかと傷
086:とらんぽりん 
胡桃の実、猿がゆすって落ちました 谷底までのとらんぽりんです
096:石鹸  
石鹸はナチスが作る 草木染め始めた義妹も石鹸を作る
097:支  
支えられ支えて生きているという日向の席に微笑むふたり
098:傷  
切開の傷痕かしら痛々しい頚部の白い包帯を見る
099:かさかさ  
かさかさと何の足音 秋の日に落とした卵拾いに来たのね
100:短歌  
水よりも淡き卵を生む魚とその儚さと遊ぶ 短歌と
祥  * 『アンソロジー』 * 00:01 * comments(0) * trackbacks(0)
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