硝子の狐


【題詠・硝子】


『硝子の狐』
─ 硝子のための103の断章 ─ 


<濡れているのは私 ガラス越しではない雨の秋>

瑠璃、青玉、翡翠、水晶、硝子体 ルネ・ラリックの硝子の小壜

ぎやまんに金魚浮かべて芥子ゆれて、阿片の誘う夢幻極楽

室内の硝子の床の下見れば錦の鯉も泳ぐ悪趣味

この空の見えない玻璃を突き抜けてあなたの鳥が飛んでゆく秋

あの夏の焦熱地獄一本の硝子の壜に立つきのこ雲

硝子溶け鉄筋が溶け人が溶け街は焦熱地獄 向日葵

向日葵は焦げ傾きて日静か頭上に割れるガラスの太陽

断頭台そのギロチンの露と消えるガラスのように繊い血脈

血は血にて贖うものを血の樽を硝子一個に換えて携う



血の色の葡萄酒色の硝子壷 一族全て死に絶えながら

こんなにもきれいな虹を夏空の東の空の七色硝子

真実は誰にも見えず明かされずガラスの兎耳垂れている

太陽を憎んだサティ窓硝子つたう雨だけ愛したサティ

ジムノペディ、グノシェンヌ、三つの夜想曲 硝子越しに見る裏庭の雨

夜がきて電車の窓に見えるのはあの人が住む遠い街の灯

城の奥、鏡の部屋に使われた硝子職人生き埋めの森

死が染めているのだろうか夢硝子 黄昏れてゆく窓の夕映え

薔薇・菫・オリーブ・檸檬・黄昏が硝子に射した夏の花束

硝子窓つたう水滴、雨のしずく窓に映っている灯と私



この窓も窓の硝子もカーテンも古き佳き日の忘れ物でしょう

終電車レール軋ませ走るから疲れた男もいる硝子窓

夜明け前、その茄子紺の空の下 中村豆腐の硝子戸が開く

その人に夕べの愁いあるらしき うすむらさきの硝子の埃

見ていたわ焚き火が消えたあの庭と硝子の破片のような夕映え

高熱にうなされながら死んだのねステンドグラスの百合と黒薔薇

熱い熱い炎える夕陽の紅の運河の街の硝子工房

それはあのガラスの靴のお話の燃えないゴミになった結末

クセナキス ホロス、エヴァリアリ、ノモス・ガンマ曇り硝子のような音楽

<雪の夜にランタン赤き窓ありて 若き主人の古美術の店>



退屈は夢見る硝子 ベネチアの、ローマの酒盃に注ぐ葡萄酒

その街に大きな硝子窓があり 通りを歩く人と樹が見え

街路樹が桜並木の葉が触れる大きな硝子窓のレストランがあり

学生も子供を連れたお母さんものんびり歩いている硝子窓の向こう

食卓の硝子の小壜 紫の露草に似た花が一輪

薄藍色の煙草の煙微かにゆれ燐寸は消える硝子の灰皿

飼猫はそこに居たはずだったのに 硝子の函が骨壷となる

透き通る仄かに点るペルシアンブルーのような瞳、硝子の

烏羽玉の夢かと思う夢なれと冬の硝子のような愛恋

「聖なる樹、ゲルニカの樹よ 永遠に」 硝子のように砕ける地球



我はもや花のもとにて春死なん 満月、湖(うみ)に硝子のように

それからは死がすべてとなったから硝子戸を開け出てゆくゴースト

さびしくて心砕けて散る硝子うすくれないの焼き場の煙

野火炎えて心焼かれてさまよって何処の土に帰る 玻璃割れ

武蔵野は昔、飛火野 飛火野の野焼きしてみよ 硝子の狐

蓬莱の山に鶴立ち鶴帰る鶴来という町の大通りの硝子屋

破綻する破水破裂破砕破船破調 硝子の白鳥

黄昏の野をゆく水の逃げ水の硝子のようなきらめきの秋

その人のピアノの中のアラジンの魔法のランプ・硝子の小舟

海があるピアノの中に海がある硝子の小舟・水晶の舟



森には樹、海には魚 この街のガラスのような薄いニンゲン

焼けた砂、海辺の町にゆったりと時は流れて八月六日の硝子の太陽

ああ、とうとう思考回路は遮断され脳は硝子のように溶けるよ

今宵八時と限られてみればまた書く玻璃の歌 あはれ涼しき死もあるらむに

硝子のこと昔は瑠璃と言ったのね 瑠璃、玻璃、硝子  水の透明

影法師 影踏み遊び硝子戸に影が重なる死の影遊び

ピアノ聴くけだるき午后の瑠璃色のサティを聴けば夏の雪降る

あてもなく無益に時を徒に玻璃、瑠璃、硝子 九月の驟雨

鸚鵡にはおやすみなさいを教えよう硝子の小壜が涙壷とも

月蝕のほおずき姉の産褥の枕辺に硝子のトレー



胎内にあかるき光りともす子の指を映して液晶硝子

夏蝉は遠く遥かに死絶えて私を待つ瑠璃の一族

蛇が巻く後ろの森の夜の月 硝子のような眼の梟よ

飛騨高山、四国内子町の和蝋燭 古い硝子戸開ければ燈る

秋の旅 古き湯宿の硝子窓、瑠璃紺青の海と白波

「出部屋」には産婦が抱く子が眠る硝子を染める海の夕焼け

海が凪ぎ月光があり炎えつきた硝子成分のような心音

いいえまだ人生のプリズムのその一面しか知らなかったの

太陽を私は集めているのです この集光器の午后の太陽

悪徳の旗が靡いておりました背徳もまた硝子の仮面に



熱病に曇る瞳に黒天使 薔薇をかざして硝子のランプ

火の髪の火の飲食(おんじき)の弱法師 夏来ればニンゲンを返せと

もの憂くて倦んで疲れて死にたくて心の奥の硝子砕けて

野火もえてまた野火もえて身は焼けて瑠璃の仮面の砕けて落ちて

天翔ける天使が私に言いました硝子をお前に与える野を焼け

詩と音楽、珍味佳肴につきものの二つも盛って硝子の器

ボローニャの腸詰、マラガの干し葡萄、海老も冷たく硝子の大皿

難題は遡っても玻璃に映る残照のような当主の浪費

山海の珍味蒐めて還暦の馳走配って血潮の玻璃皿

露西亜からは硝子の壷とサモワール思い出だけを帰国の友に



火のように淋しがってるあなたには硝子の猫や白梟を

水槽にメダカ泳げば透明な硝子に水藻ゆれて夏来る

発作以来人が変ったようになり硝子の水盤には睡蓮を

憂愁・苦悩・絶望・悲惨・呪詛・傲慢あなたが見ていたのは万華鏡

一冊の書物のように傍に置く 氷のような硝子の文鎮

何という美しさだろう硝子より星より水は涼しく湧いて

街道の中心にして馬留めて清水を汲んだ硝子井の井戸

カナリヤは死んでしまった坑道の空気、硝子のように吸い込み

この水を空の真中に汲み上げる硝子のような刻があること

その恋も額の熱も奪うためガラスに氷、水には花を



舟歌ははるかに川を下るから硝子の舟も泥の小舟も

終戦の直後には居た傷病兵 傷痍軍人義眼の兵士

笛吹いて少年少女鼓笛隊ガラスの仮面がパレードをする

焼かれたる金の野山の明烏 再び告げよ瑠璃の王国

遠く来て呼べど答えず谺せず玻璃の湖面に白鳥一羽

沈丁花、梔子、白きえごの花 花影ゆれる瑠璃色の日没

見殺しの父と母との杜子春の銀の硝子に似る蜘蛛の糸

遠火事を見ている夜の硝子窓 燃えればいいと誰かが言った

炎上をしている三島屋火薬店 冬の花火が硝子を揺らす

火の壷も炎の硝子瓶もある ただ着火する動機薄弱



青空の硝子のような輝きの真中を進む黒の一隊

卑弥呼病めば卑弥呼の国もまた病んで瑠璃色の海もまた病む

今日もまた夢を見ている夢見ればあなたに逢える 硝子の狐




【イエティ】

淡々とこのかなしみに堪えること イエティの棲むネパールの空
大きな大きなイブキの木 貝塚伊吹の雪男という
そういえばユウマのママはどうしてる 女優だったね擦れた声の
アシベにはいつ頃さようならをして芥子の思い出ヒマラヤの芥子
明け方の大学構内歩く時 ヒマラヤ杉がピラミッドに見え
薔薇色の空をバックに立っているヒマラヤシーダの大きな影が
シャドウとかシルエットとか好きだから いつか消えても影になっても
足跡は氷河の壁に残された恐竜X ぼくの友だち
捜しても見つからないって知っている雪の陽だまりから消えたきみ
人里に近づいたとき聞こえたね きみのきらいな雪崩の音も
ヒマラヤの水に雪(すす)がれ氷より透明な色、欠片の形
淋しくてひとりぼっちで悲しくて ヒマラヤシーダの枝走る栗鼠
雪だるま スノウマンにも春は来て 溶けてしまった夢の紫
そんなにも羞ずかしがりやのきみだから残して帰る 春のヒマラヤ
ふかふかの綿毛の中の小さくてやさしい瞳 きみの青空
桃色のてのひらにただひとひらの茉莉花にぎって息絶えていた
薔薇、水仙、ジャスミン香る春の夜 月光降りて蘇る花



【美濃太のロース】

火の罠も水音もない陥牢も忘れぬ人の幻のため
見憶えがあると思ったそのわけを教えてくれる伽羅香る森
無位無官、世に用の無き災いに知のみに生きる薔薇色の蛇
見憶えはこの薔薇色の蛇にして石棺守る女王の蛇
知に遊び知に背かれてスフィンクス王墓の側にありて眠らず
序幕から終章までを 石柱の青空までも届く劇場
終楽章どこで聞いたか失楽園 そういえば観客のいない劇場
瞳には愛と憎しみ紫の水晶煙る花もあること
凝血の肉塊などは食べませぬ 行列嫌う菜食主義者
夢を喰う獏より獏は夢殺し出血多量の美濃太のロース
香辛料たくさんたくさんふりかけて召し上がるがよい××のスープ



【リラの向こうに】

雨の日は川にも見える坂道は ヒマラヤシーダとリラの向こうね
南側の窓の向こうに木が繁り リラが咲くという四月の真昼
合法的脱出をしたのね透明なある日世界の隙間を抜けて
帰るべき家も故郷もないという 川遡る鮭にない自由さに
最後に望むこと一つ私に目覚めることのない死をどうぞって嘘
秒針があなたを支配しない場所 涼しい心だけが待つ場所
天空に満ちている黄金 秋だから木の葉のように心も染まる
いつだってどこだっていい何でもいい生きていようね美しい秋


【僕たち順番に】

・新しい時代の夕陽眺めたら僕たち順番に死ぬんだね
・北向きの角の部屋から見えたんだ君が立っていた夕陽の屋上
・静脈が透けていたから簡単に点滴の針刺せる腕でした
・逢いたくて逢えない人に逢う時は終りから始まる歌聴きながら行く
・骨格も脳梁までも似ていたが兄と私は異母兄妹です
・草笛の上手な兄は笹舟を折って夕陽の川へ流した
・川面がゆれ風が通って行くように兄の額が微かに触れる
・陽が翳り日没までのひとときの河原の石の水光る隙間
・流星の見える空間 白樺の林を抜けて近づく湖面
・山荘の石段のぼる坂道は蝉の抜け殻みたいな小径
・草原をそよがせて去る風のこと鎧戸の中聴こえるピアノ
・木々の中、木々の谷間を風渡り 蝶が通って行く道がある
・その人の「愛のテーマ」と「砂の城」遠ざかりゆく春の旋律
・尖塔に夕陽が落ちてその町の時計台から飛び立つカラス
・芙蓉咲く繊細にして陽気な花 富貴の歓楽充ちる夕闇




【月下の秘曲】

雪じゃない花が散ります桜ですこれが最後の波瀾万丈
風が棲む春の空洞、痛ければ痛いと泣いて 月は上弦
生木裂ける甲羅砕ける木っ端微塵 いずれにしても壊れる形
玄象の琵琶弾く人よ蝉丸よ 法師奏でる月下の秘曲
陰陽師、阿部晴明 漆黒の闇に産声 妖し春の夜
朱雀院 四条大路を行く牛車 絹の端が見ゆ優しき色の
堀川の大殿様の御屋敷が未明に炎える美しく炎える
救世観音、百済観音、阿修羅像 異国に果てる渡来の仏師




【光り零れる】

・泣き兎、月跳ぶときは古傷が微かに痛む しっかりと跳べ
・心がねちょっと火傷をしたのですだからね少しだけやすみます
・重力を持って飛べたら歌えたら水平線が霞んでいるね 
・不忍の池の雁たち飛び立てば忍ばぬ空の光り零れる
・花魁草ほんとうの名は草夾竹桃 温和な日々が流れますように
・梅が咲き、雪柳が咲き、桜が咲き、咲く花の下 鬱々と猫
・卵割る 幾つも幾つも割る卵 千も二千も産んだ疑問符
・夜明けにはまた産みたての卵を抱いて途方にくれる
・ためつすがめつしているうちに一本の樹になってしまえり翠の桜 
・さくら散る春の日の夢消えてゆく ひとりぼっちの獏を残して
・日の暮れの蛇崩れ坂に行き惑う 菜の花色の月も滲んで
・桜散る絢爛豪華な崩壊をしばらく見ない水たまりの空
・一度も孤独だったことなんてなかった獏 いつでも一緒だった 夢と
・よく出来ていたよ「夕焼け」 はらはらと散る雪だって本物みたいに
・吊るされしまま削がれゆく鮟鱇の体内にありしころの水嵩
・始まりもなく終りもなく私たちにはただ現在進行形
・腐るもの時に馳走の曼陀羅に 夢もしずかに貴腐となりゆく
・バルセロナ、サグラダ・ファミリア教会の尖塔の穂の穂の上の青
・日の出から日没までの空想のブランコはねて夕月浮かぶ
・蔓薔薇がまた咲きました白い薔薇二度目の夏を迎えています
・百合の茎まっすぐ昇る真水あり ブナの森なれば水の合唱
・いつだって素手で掴んでいる未来 ひまわり咲けば向日葵の夏
・人の顔人の声して火喰鳥 火を放ちゆく 微かに燃える
・どんなにでも冷たいものは生まれます 氷塊一つ夏の彫刻  
・しばらくは不信の心癒されることなく過ぎむ 白き半月
・風ならば無人の島の廃屋の枇杷の木の葉もそよがせるのに
・卒塔婆といい慰霊碑といい墓碑といいやがて夕陽の照らす石や木
・秒針があなたを支配しない場所 涼しい心だけが待つ場所
・天空に満ちている黄金 秋だから木の葉のように心も染まる
・いつだってどこだっていい何でもいい生きていようね美しい秋



・朝空に紋白蝶の舞うを見し 六月の朝生まれざる夢
・ウオーターレタス浮かべる水槽とウォーター・ヒヤシンス植える 夏の水辺に
・ふくらんだ葉ッパに何の想い秘め揺れているのかウオーター・ヒヤシンス
・真昼間も中空にある月にして夜の輝きを失う紙片
・晩年がそこにあること晩年という敷石の石畳道
・さらになお夜見る月の薄曇り とある頃より見えなくなりぬ
・水遁の、火遁の夜を奔る風 忍びがたくて葛篭重蔵
・そのおもわ赤きはだらの雪兎生まれた山の六羽の骸
・次々と啓く手紙のそのように雪兎の噛む歯型現る
・流星雨 プラネタリウムの地平線 最後の星が去ってゆく夏
・水鉢の底の小石のその陰に命を終る水の息して 
・緋の色の琉金しずかに眠らせて花びらに降る七月の雨
・幸福は厩に炉辺に母の背に 葡萄畑の葡萄の露に
・幸福と不幸の縄の捩り目の悲しみ少し織り込みながら
・空き地には蛇苺熟れ三輪車漕ぐ幼子の足も見えてくる
・港から上がる坂道 降る雨のたちまち過ぎて海は薔薇色
・自転車で入ってみたよ水溜り 灰色の木を映す水溜り
・夕映えも映して今日の日は過ぎて自転車の輪が通って行った  
・雪降れば雪降る巌 雨降れば雨の岩礁 入り江の村の
・蜜柑箱一つに黴があったこと 傷んだ果実二つ並んで
・どこまでも続いて空は透明の悲しみも抱く羊雲あり
・空想と空想むすぶ接点に空の巣があり燕やすらう  
・秋の街、こんな静かな雨の日の遥かに海が見える隠れ家
・夕焼けと雑木林と降る木の実 もう帰れない烏のお宿 
・レクイエム聴こえて愛の第二章 ページに挿む木の葉の栞
・アダージョが流れる海辺 廃船と水平線に溶ける太陽
・瞬いて消える夜明けの星たちのさよならだった風の終章
・いいのだもう何があってもなくっても雲は水分から出来ている
・汚されて汚され尽くす何かなら花鳥風月雪の如く死ね
・ゆくりなく迷走電流起こるから殺意静かに満ちてゆく午後
・密やかに這わされている蜘蛛の巣の発光を待つ迷走電流  
・五月闇、誰もここには来ないから起こるのだろう迷走電流  
・「悲の器」、「砂の器」があるという ロマンの終焉匿う器
・あらかじめ毀れているから電流を迷走させる隙間があるから
・異次元の入り口近き地下室に黴の雨降る梅雨前線  
・誤作動を繰り返すからセキュリティ無効なるゆえ窓を開けるだけ  
・武蔵野は梅雨の雨降る雨降れば今日も私は迷走電流
・約束の席にあなたがいなくても午前の陽射しそこにある秋
・青色のインク滲めば海色のイルカが泳ぐ夏の絵葉書
・太陽が水平線に沈むから 今炎えさかる舟があるから
・外はまた冷たい雨だ中空に燕飛ぶ夏 枇杷に降る雨
・石畳、甍の町の夕暮れに雨の燕がよぎる一瞬
・流れゆく線の形の美しさ 夕暮れの町横切るツバメ
・軒下の燕は牛乳育ちだから少しひ弱でやさしい燕
・山峡の畑に咲いた馬鈴薯の花に雨降る夏が来ている
・「愛の通夜」いったいどうしてそんなことに 茉莉花(ジャスミン)の花祭り
・使者の首を奪っておいで イチハツの花咲きいでて美しい月
・空に鳥、水に魚というこの春の空の愁いのよう 濁る空
・音楽が聴こえていたら 死に呼ばれ目覚める鳥の鼓膜ふるわせ
・私が夢喰う獏であったとしても夢は獏よりいつでも大きい
・胎内に春風に逢う温もりを感じていたかもしれない鳥の笹鳴き
・いいじゃないかひとりでもニッポ二アニッポンに降る春の雨
・短かかった今年の桜あの人には最後になるかもしれない花吹雪
・夕立は来たらず父の背も見えず 驟雨の夏の記憶も去り




【海の絵】

人はみな酔生夢死の旅人で竜宮城の浦島太郎
海の底歩いていたり海老や蟹 そよいでいたり若布や昆布
海の底虹色の夢見る珊瑚 海の底にも月光の道
魚眠り海草眠り貝眠り海辺はあさき春のトレモロ
深海魚、春の渚に横たわる 渚の砂に葬られるという
先週は鯨が死んだ入り江があり海豚も死んだ 四月の渚
さようなら黄金の月が出ています 春の渚の蛤、浅蜊
平家蟹、怨み忘れぬ月の夜、凪渡る海、鳴き砂の海
船玉を祀った船の船尾にも魚群監視機みたいな鴎
春だから海は薔薇色、その空も水平線も幸福の色
雪の道、海まで続く北国の海辺の藁や板囲いの小屋
北国は雪と氷に閉ざされて 春待つという時化の海という
瀬戸内のぽんぽん船はないけれど夕凪の海、金の巻き砂
瀬戸内の海見る座敷、七卿を匿っていた離れの石蕗
海の絵の傷だったかもしれなくて 水平線に隠れる夕日
夜明けには太陽昇るその海の水平線の傷よ 海の絵



深海

深海の底に眠っていた卵 星の卵を生んだあのひと
翡翠の卵(らん)、碧玉の卵、勾玉も真珠のようなやさしい卵(たまご)
あぁもしも夢であったら夢のまに うつつ、うたかた、さゆらぐ水藻
夢だったそれはひとときその夢のひとときのため生まれた雫
夢をみるその夢よりもうつくしい翡翠の色を奏でるぴあの
海の絵の海の底には残されたaquamarineの眠る揺り籠




海亀
浦島を乗せた海亀、月の夜 人魚と遊ぶ青い海亀
スナメリの伝言を見た月翳るラッコもジュゴンももういない海
海亀が卵を産むよ泣きながら潮騒が呼ぶ海へ帰るよ
スナメリは漁師の網にとらえられ 鱶の餌になる月夜の浜辺
スナメリは網切って逃げ月の夜 王子の舟に救われました



月読

月燭の「片っぽ鋏」の蟹ならば切ってください夢の海草
二ュ―トリノ心に降れば眠れない夜のあなたを連れ去る銀河
崩壊の過程を生きているらしい遠い海まで行けたらいいね
海珊瑚 私ハ遠イ世界カラ来タガ 月読ノコト忘レテイナイ
私の呼んでいる声聞こえます?深夜に星の降る海の底
入り江には黄金の波、油凪 夕日に赤い帆 絵葉書の海
絵葉書の海の底にはプランクトン 鮫や鯨の重なる屍骸



プログラムX

虹色の螺旋階段昇りきるペガサスだったことも伝説
無意識の構造物の仮の名を幸福の木と呼んでもいいが
プログラムXとして存在し、終焉の時迎える君か
試みに宇宙を縮小してみよう 君の存在が見えるかな?
創造の中心にある粒子のこと誰かが神と呼ぶこともある
創造のネットワークの中心がまばゆい光で見えない理由も
鯨にもイルカにもある中枢を人間もまた持つということ
発信は遥か南極凍る海 鯨の言葉は虹の変数
海豚から鯨へ 今日も元気かい 南氷洋に星が墜ちたよ
存在の中心地点であることに気づき始めた鯨が出てきた
大昔遥か昔のその昔 ぼくらが鳥であったその頃
大昔遥か昔のその昔 あなたが鳥であったその頃
大昔遥か昔のその昔 私が魚であったその頃
一枚の羽は素直にたたまれて珊瑚の林の木に架かってる
翼竜と呼ばれた恐竜Xは海が大好き 翼を棄てた
少しずつ海を歩いてみた彼は泳げることに気づいてしまう
認識の主体であるからこの蚕 白い繭玉の真中で眠る
遮断剤RやDのその効果遮光されうる限りの暗さ
あるものは空に昇ってあるものは海に潜った 僕たち、鯨
でもひとり残されちゃった恐竜がいたのさあの日のきみの足跡
晴れた日は僕たち仲間を呼んでいる渚が僕らを分断している
野遊びに行った子供を捜してた 誰もいなくなったその朝
草食の蜥蜴、子育て恐竜のマイアサウラは陸に残った
仲間たち海に潜った君たちが鯨と呼ばれていることを知る
退化する足と手の指、ジャンプして時々は見る陸の故郷
研究の成果を語りあうように、マッコウクジラ挨拶をする
観測船Uの船尾と船首にはイルカがついて先導をする
鯨骨や駱駝の骨で彫った亀・梟の透かしの部分





【百年の孤独】



・「二百年後に最高の音を出す」 ヴァイオリンは夢を見ている


・百年後私は来る千年後あなたに会える 今かも知れない


・百年後千年のちも、さがそうよ 朝の露に濡れる蛍草


・ももとせもちとせもひとを待つゆえに人待つ姿残す渚に


・いつまでも愛しているし待っている海の果てには夕陽が沈む


・永遠の愛を誓ったわけじゃない ただ好きだった水の透明


・百年の恋より恋を焼き尽くす恋してみたく夏の終わりは


・千年の時超え君に逢うために生まれてきたと雨月の虚言


・吉野道・熊野古道 いにしえも今も変らぬ蝉しぐれ降る



・思い出せ君くる夜の足音を千年恋いて待ちわびる蛇


・うばたまの刻すごす身の朝霧に草露にぬれ帰る武蔵野


・遠く来て体温つたえ息はてし 瑠璃色の羽ふるわせながら


・海亀が卵を産むよ泣きながら 潮騒が呼ぶ海へ帰るよ


・浦島を乗せた海亀 月の夜人魚と遊ぶ僕は海亀


・さぁもう言い訳もできないくらい時間一杯とうとう告白しなけりゃならない


・だけどこれが難しいのさ 百年も君を恋していたなんて言えやしない


・ニュートリノ心に降れば眠れない夜のあなたを連れ去る銀河


・千年の愉楽極めて逝くゆえにもう怖くない一人で行ける


・みほとけにも神にも用はありませぬ百年後にも一人でもいい


・雨や風、降る雪ならば信じます レースのように薄い雪でも


・百年の愛と孤独は裏あわせ葉脈のぼる夏のソリトン


・求めなさい霞ヶ浦の面積を 百年後も帆船浮かべ


・その二人偕老同穴の誓いする 土星の環のような空隙


・カッシーニ、その空隙は誰のもの 愛のためこそディスタンスはあり
























白い孔雀







大空に虹でお絵描きプテラノドン、マイアサウラが遊ぶ夏空  

退屈をもてあましたら大空の遊園地までおいで虹の子  

虹の子の雉も孔雀も眠る午後 白い孔雀が生まれた報せ  

汚されて傷つく白い孔雀にも螺旋の時間がまだ僅かある  

アダージョが流れる午後の海辺には廃船を描く人とカモメと  

ハマユウが岬に咲いたその海の水平線に溶ける太陽  

飛べない鳥と誰かが言った 飛びたくなかった火の鳥、朱雀  

洋上を遥か風立ち 飛べざればヤンバルクイナは夢見るばかり  

遠い島八重山群島亜熱帯降雨樹林のヤンバルクイナ  

この島に咲いている花 この島の他には命育たない稀種  

類稀れ、その稀少さに惹かれゆきその身その種も絶滅種となる  

その花の光集めて桃色の微かに透けて揺れている卵  

ヌレエフとプリセツカヤの赤い月「レダ」は二人の残した手紙  

官能の蛇が月夜に舞踏する「ボレロ」もう戦争は終ったかしら  

連打する鼓、鼓が木霊する 月面に飛ぶ黒い鳥影  

さびしくてたまらないから逢いに来てマイアサウラの木霊する声  

また明日夜間飛行機飛び立つよ サン=テグジュペリの郵便飛行機  

眠いから眠りましょうか疲れたし空が黄色い 夕立かしら











午睡の時間







腫瘍G大蝸牛の脳髄に紫陽花を食む花降る時間


爆心地グランド・ゼロの記憶より無花果の夕べ滴る乳の


学名はポリキアンサス・トルメキア二重螺旋を昇る蔓草


紫陽花の海の青さにいだかれて人はどこまでゆるしあえるか


永遠のはらわたを抜く作業して「レ・ミゼラブル」バック・ステージ


接線を一本引けば現れる まだ生傷の絶えない地球


からだ中からっぽにしてあの鳥はぼーぼー鳥は啼くのだろうか


明日の朝だあれもいない校庭に葉っぱ生やした木に似た鳥が


ゆうべ聞く冬の雷(いかずち)、冬の雨 草木地下に眠る幸福


ロシアには永久凍土(ツンドラ)という水凍り水を湛える森林がある





曇りなく晴れた東京 人工の渚に遊ぶヤドカリの群れ


蜘蛛の巣も蟻の巣もあり蜂の巣になるかもしれない東京に住む


一度だけ破ってしまうかもしれない「悲の器」にはしない約束


前日に食べた手紙の白い束 消化できない山羊の「ヤギハシ」


火の鳥に似ている白色矮星をティコブラーエに教えてあげる


もう終わりもう死にたいよ枇杷色の空に溶けてゆく夢の水色


溜息と絶望歌うことのない夏が来るのね白いサルスベリ


まどろみの時間があなたを癒すよう祈っています 温かいね 雨


すべて終り、もう何もないと歩く時、道にはツツジ炎え始めている


もう言わないもうさよならも永遠も いつ終ってもいい優しい時間





リンパ腺、耳下腺腫れて五月闇 灯ともし頃は鬱兆す頃


初夏の朝は薄紫の悲しみに浸されていることに気づいたりする


夕空と無花果持った少年と墓地のくさはら見ている烏


水棲人、木棲人の洞の奥瞼開かぬ魚や蜂の子


「森の詩」鳥の切手を貼って出す アトリ科アトリさんへ速達


メジロ、カルガモ、モズ、カケス合計420円。鳥獣戯画の鳥の部を貼る


せせらぎは初夏の山の音、風の音 樫の木蔭をよぎる翡翠


私たちはいったいどうなってゆくのだろうか もう真っ暗かもしれない明日


ためつすがめつしているうちに一本の樹になってしまえり翠の桜


川沿いの道を歩けば見えてくる海の背中と白い帆船





痛いとか疲れたとか言わないの 春雷の裂く木々の裂傷


退屈で万華鏡など見ていますゆうべ壊した硝子の破片


空に鳥、水に魚というこの春の空の愁いのよう 濁る空


海と砂、水の記憶のたどりゆく指の向こうはすべて水色


合法的脱出をした 透明なある日世界の隙間を抜けて


つつまれて眠る幸福 まどろみに千の蝶々通う四阿


春の夜の夢ばかりなる手枕のざぁざぁ降りを歩むザリガニ


渦巻いているね世界がゆっくりと流れるように死んでゆくのか


誰一人待たない故郷と知ったとき柱時計も止まった気配


青空にレモン一個が吸い込まれ遥かな空でキャッチする少年






約束の席にあなたがいなくても午前の陽射しそこにある秋

町の空、飛行船とかアドバルーン上がっていた日の春秋の青


夜明けには太陽昇るその海の水平線の傷よ 海の絵


起動音、受信する音 機能する音はしずかに充ちて来る潮


病む馬は群れを離れて遅るらし風の岬の烈しさ避けて


洋上を遥か風立ち飛べざればヤンバルクイナは夢見るばかり


永遠をただ待つ亀がいてもいい セント・ジョージはガラパゴスで待つ


さびしくてたまらないから逢いに来てマイアサウラの木霊する声


また明日夜間飛行機飛び立つよ サン=テグジュペリの郵便飛行機


木は眠り木は育つ霧の森 木の海は遥かな心育てて眠る











縮小形







私という値が部分で全体の縮小形なら 私は世界



私がもしも羊歯なら「ヌカイタチ」「へビノネコザ」のどちらを選ぶ?



ゼフィランサスいったいどんな花なのと期待たかまる「潔癖な愛」



百日は長いね一日だってこんなに長いさびしい時間



夢なればいつかは醒める花びらの一片に似た一刻がある



蜥蜴なら怖くはないが蠍なら打たれることも毒も怖くて



晩秋の空を蠍が昇るとき半神半馬のケンタウロスは・・・



命運が尽きる時来るそれまでは冬茜射す野を駆けめぐる



鳥さえも近づきさえもしない街イスカンダルの名を持つ都



ウサマ・ビンラディンの煙る眼の行方 病身らしき断崖絶壁



ビンラディン病いの篤さ思われる朦朧と立つ靄の瞬き



薔薇、夕日、硝子の壜の中にすむ魔術師現れ出でて秋の日本



魔術師の名前はジニ― ご主人様のために働くランプの精です



日本の晴れた空にも曇り日の遠い海辺の墓地にも秋が





                              2001.秋







「海図」







海の名で呼ばれたことも忘れ果て貝や鯨の墓場になって



海峡を浮き沈みして漂ってボトルが届くような初夏



櫂も櫨も海図も羅針盤もない星降る夜の風の鳥舟



逢いたくて探して来たよ君が住む星の海図は僕が持っていた



砂浜に砂紋を描く波でした 海の夜明けを見ておりました



生きているその確かさを知るために星の海図の示す海に出る



青嵐吹くころ船出した船が太平洋を漂っている



まどろみに一艘の船出てゆけば帆柱の消えてゆくまでの水平線



夢ならばまだ水平線の向こう側 光る海見る海岸電車



薔薇色の海に逢ったら伝えよう あの船ならば銀河に消えた



薔薇色の海に日輪沈むころ天空をゆく舟のあること



唯一の望み断たれてここまでと水の波紋の中心の渦



櫂も櫨もなくした船が午後の海、曳航されてゆく春の湾



逢うために生まれて来たよあの星に天空図には載っていないよ



あの星は宙の海図の指し示す天上の芯凍らせている



海に降る雨や潮騒、桜貝 まだ見ぬ丘に咲く花のこと



紅海の香油のような金色の凪の海見る水夫も火夫も



夕風も夜風も夏の甲板で誰かが歌っている遠国の歌



夜の船、南十字が導けば心は奔る帆柱の風



海溝で澪で岩場で見失う 細く傾く帆柱がある



生き難いこの世を生きる空しさに星の海図を開いてみたよ



これがもう最後と思う航海に連れて行きます鸚鵡と烏



座礁する船の傾き、真二つの裂けた心の血だらけの船



夕闇に横顔見せて金管や木管の人、席に着くデッキ



僕たちの救命ボート降ろされて夕焼けてゆく死のシルエット



海に降る雨が走って海の果て水平線の虹となるまで



潮風に吹かれて立っている船医、イルカの海のノイズ集める



トビウオが付いてくるからこの船の行く先々に海鳥の島



水夫たち清しき朝漕ぐオール 小舟に乗って行く無人島



波が見え水夫のオール流れ来てやがて小舟も綱も流れて



春の雪、驟雨、小さな船に降り 海の楽器のような風吹き



一生を海図もたない旅をして海に降ります珊瑚の粒子



夏の夜、冬の夜明けの海の色 水が燿めく真珠色して



波の音、連続あるいは不連続 戦士休息する波の音



夜明けには茂る葉蔭に一艘の小舟を隠す海人の村



海に生き海に死ぬ人さびしさは限りなくとも海はゆりかご



双魚棲む大陸棚の窪みにはアトランティスの隕石の跡



曽祖父の航海日誌は燃え尽きた海の記憶の一章匿す













「音」







突然に子の命奪う終り来る 薫風に鯉幟無き五月の矢車



などという悪夢を見たり子は笑みて花野を カタカタはカタカタと鳴る



白馬童子、「月光仮面」を知っている?夕ぐれの路地で聞く「怪傑ハリマオ」



洞窟の奥の地底瑚 水脈の何処より来て鳴らす水琴



地下水の音聴く町の底深く 酒造会社の地下伝う音



でんでんむしまいまいつぶりかたつむり陸生巻貝、若葉食む音



蛙、蛇、鰐、棲む河に雨が降る 雨のアマゾン昼の遠雷



春の日の地下水の音、武蔵野の機関区最後のトンネルの



その殻の内側からもつつく音 やがてあなたのヒナが生まれる



桃、杏、さくらんぼうの実るころ虹の子どもの孔雀の産声



竹林を驟雨過ぎ行く暁に雉子鳴くゆえに明日は善き事



雨の町、鈴鳴るように初燕 燕が飛べば美しい夏



バタァ溶けジュワと焼ける匂いして 今が檸檬を絞り込む瞬間



鎖曳く犬がいるからチャリチャリと鎖鳴るから引きずる世界



起動音、受信する音 機能する音はしずかに充ちて来る潮



魚眠り海草眠り貝眠り海辺はあさき春のトレモロ



海沿いの旧街道の宿場町 鶯が鳴く酒舗の梅林



洋上を遥か風立ち 飛べざればヤンバルクイナは啼くばかり



明日まだ生まれない風が痛みに堪えて生まれてくるよ



千年の時を流れてきた風のその音を聴く風過ぎる音



剥落は音なく目にも見えなくていつか私の全てとなって



瀬戸内のポンポン船の船止まり 潮待ち船を洗うさざなみ



海と砂、水の記憶のたどりゆく指の向こうはすべて水色



虹を呼ぶ始祖鳥の子は虹を呼ぶ だって迎えに来てねいつかね



起動音だって思った不死鳥が宙の故郷めざし翔ぶ音



石たちがお喋りしているカワラヒワ蝦夷山鳥のように日溜りで



ひとすじの血をもて繋がる雛の声雛の羽ばたき殻が破れて



池の面に龍頭鷁首の船浮かべ桜かざして舞を舞う光源氏に楽奏じよう



管弦と詩歌の他に用もなき春の夕べは音もなく暮れ



竹群に雪吹き付けて過ぎる頃 春の音立て流れる清水



禽獣はなべて楽しむ春の日は若草を焼く草炎える音







移植







草薙の剣もつ皇子 日の国の火の鳥となり天翔る愛



恋しくてサラマンドラが越えている 額に炎える火を奪うため



誰もまだ見ていない星探していた その少年の星になる宇宙(そら)



世界樹が空を支えているならば木枯らしに散る落葉もあろう


葡萄酒のような血の色、血の祝祭 滅びるものは血に帰りゆく



いにしえの赤の広場に風もなく 死者のたましい降る雪の朝



人生を楽しみましょう 降誕祭 冬には冬の日の美しさ


五月雨の晴れ間に訪ね物語る〈花散る里〉は巻の拾壱



今は亡き桐壺帝が遺された 優しい人は夢の儚さ


永遠は心の中にこそあって 『2001年宇宙の旅』も



海の底プランクトンも漂えば水母(クラゲ)も水の宇宙漂う



我魚、一糸纏わぬ海水魚 日向の海の水海月かも



薔薇色の火は一度だけ噴くのです ぼくの命の火だからこれは



透明な炎がもえている星のゆりかごがゆれディナが生まれる



どこか遠い宇宙の彼方にディナの星 真珠のように淡く小さく



あぁまた月が傾いて悲しくなるいつもひとりぼっちのドラキュラ



風の国、風の谷から来た風子 ナイテイルトキタスケテクレタ



愛してる木の実、茱萸の実、萱の実を見て見て見てって手足汚して



明日また膝で眠るね 明日またこの柔らかな身体あずけて



花びらのような五つの肉球で優しい手足で押しなさい私を



空飛ぶ猫、翼もつ猫 空を翔びどこへゆくのか青いアルジュナ



病み疲れほろりはらりと紫木蓮 月へ帰ってゆく泣き兎



月に飛ぶ猫になったらいらっしゃい もう泣いたりなんかしない









禅林寺





禅林寺へ行ってみました三鷹で降りて 昨日どこへも行くところなく

森茉莉も納骨されるはずだという森家の墓地の花枯れている

花と酒、それも津軽の酒がある 太宰治は幸福な死者

鴎外忌初めて暑い夏の日のその日の墓地に風もない日の

絶版の「父の帽子」の中にいる父鴎外と森家の人々

三鷹にも雨は降るかもみぞれかも 春の雪降る禅林寺かも

茉莉さんが冷たい雨に濡れている茉莉さんは雨が好きだったけれど

この星に少し後先になって生まれてもしかしたら出逢えて

森鴎外、太宰治と森茉莉と静かに眠れ梅雨まだ明けず

桜桃忌・鴎外忌など来ると思う 明るい雨の降る街に出て

鴎外の口髭に見るダンディな明治の男 恋しきは秋

鴎外は優しい父であったから微笑の似合う父だったから

漱石やマイケル・ファラデーとは違う 森林太郎的生き方




【思い出の時計】





水よりも静かに時を刻む音、ユンハンス製目覚し時計


金属のベルトの一部が歪んでる鈍い光沢、遺品の時計


チクタクチクタク古時計、古さの中によさがありチクタクチクタク


正確さ堅牢無比の野良時計、時を報せて建つ村時計


しっかりと時を報せて眠るのだ 旧家の時計は止まれば終り


茴香のウヰのかなしみ禍事の砂時計の砂降り続くよう


宮殿のエカテリーナの孔雀時計 優雅な刻の証人でした


太陽の百億倍の超新星 ちぢみを解けば花びら宇宙


宇宙定数、その考えに誤りが アインシュタインの時の文字盤


古楽器や古時計には何があるの 永遠という涼しい時間


夢に来るあなたはいつでも悲しげでそれが何時でも気になっていた


からすなぜ鳴くのからすは山に かあさん烏が子を呼ぶ時計


やわらかなことばが響く夜がある 冷たい針のような月が出ている


その時もう十分な古時計 終焉すらも知らぬ眠りに


気づかずに終ってしまっていたのだろう 逢魔が刻も二度と巡らず


突然にさよならは来て大時計 百年経った空洞に鳴れ


空洞に時は沈んでしまうから二度と鳴らない おじいさんの時計


えごの木やサモワールかもしれないね 私にとっての古時計って


降り積もる雪より白い空白の領域に棲む獣かもしれない


階段や坂道の多い街だから酒蔵も多い町だったから


過ぎた日の後悔に似て海馬には沈澱してゆく時の残骸


思い出の回転木馬の遊園地、長針の馬と短針の驢馬


カリヨンの橋を渡れば見えてくる双瘤駱駝のような山並み


寺院では鐘を鳴らしてその鐘の聞こえるまでの町を保存する


水時計、日時計、砂の時計あり 終身無言の歌を歌って


江戸の鐘、ノートルダムの鐘の音、川面に春を告げていた音


明治×年、形見の時計、懐中の銀の時計を遺し人逝く


その翌年鉄道が来て時計塔も建ち海辺の町は菜の花の春


長屋門その片側は局舎になり時計塔から時報は町へ


ドクドクと流れています血の半身 出血多量の柱時計です


夕闇の蔵座敷には斜の光 柱時計が鳴ったみたいです


もう既に死に絶えている血の系図 人気ない夜軋む秒針


お別れにもう一度だけゆっくりと螺旋階段上る日時計












【題詠 水と光】



・水・光、希臘の調和と均斉を春の泉は湛えています


・うつくしい海の底には何がある熱水の湧く光る洞窟


・グリズリー、コヨーテ歩く草原に光と水の蜃気楼立つ


・バッファロー、イエロー・バイソン横切れば光は捩れ水は溢れる


・東大寺二月堂では三月の光と水の神事始まる


・歓びに光りが満ちるその海の水の青さを魚は忘れず


・さようなら私の海の島影のさ揺らぐ舟の光りと水と


・武蔵野の野川、野火止、逃げ水の透明となり遠ざかる光り


・山川に山川の水、水青く、光る黄金色の秋も来る


・冬ゆえに満ちる光りも水もある 川のほとりに咲く花もある


・草萌えて光りが充ちて新しい生命生まれる光りの子ども


・氷には氷の花が咲くという光る氷の花という水


・野生種の牛一頭が立つ河口 海と川とが戯れる水際


・人間も動物もまた水湛え、光を湛え、生きゆく器


・獺を見逃さなかった狼が遊んでいます水辺の光


・汚されて朽ちて腐っていくけれど水と光が育てる新芽


・透明な光りとなって消えてゆく水惑星の青き夕ぐれ


・金銀の砂巻き躍る水底に眼の無き魚と歌いし詩人


・花震う水のようなる愁いあり 燿めく春の光る渦あり


・日のひかり水のひかりを集めつつ今落日の湖のしずけさ


・糖衣錠服用すれば湯冷ましに光る雫の涙の形


・墓地の風、桜若葉をそよがせて水も光も塔婆も春日


・単線の駅に降り立つその駅の清水湧く場所光りも湧きて


・春雨の雨水の流れゆくところ 水禽群れる野川の光


・深層水、沖縄の水のむ時にそのエメラルド・グリーンの光


・港には港の匂い魚市場ある町なれば水際の光


・廃駅に来たればやがて街道に水と光とのみ残す村


・鋼打ち火溶かす鍛冶屋、硝子屋の甍並べて光と水を


・春紫苑、菜の花、土筆 水照らし光り溢れる空掘川に


・峠道降りて来るとき振り返るまた忘れたよ春の光(ひ)と水


・言語外言語をもちて話すべし水鶏は白菜にて光る鳥


・夢街道夢の中にも水湧きて光り求める男女が歩く


・自転車の部品を修理する人が水を入れながら光に透かす


・包丁に水走らせて魚を切る 光り忘れぬ海の目の青


・渚には風紋がある 風紋は水と光が書いた文様


・見上げれば飛行機雲も描く一線 水平線と光る銀翅目


・遠ざかる海岸線は箕浦の水と光らしい海岸線


・波が来て波が去るときこの水とこの光りこそ私の海


・紅の舟が燃えれば薔薇に似て 水と光の海の祝祭


・夕月を浮かべて湖にひかりあり 水切ってゆく蛇(くちなわ)もいる


・まだ眠るくぬぎ林や楢の木に光りと水の春が来たよと


・憂愁の水であったりしたことも記憶のように光る雨降る


・傷痕のように孤島は穿たれて水惑星に光射すとき


・その島は淋しき島か陸を離れ光りと水のたゆたう島か


・血痕と見えた孤島も誰かには光と水の溢れる故郷


・甲斐武田「城崩し」住む隠れ里 砂金も光る鉱泉の水


・夕闇に透ける硝子の花瓶には透明ないま光り成す水


・雨の日の脳下垂体、蜻蛉を飼い馴らしている光る水あり


・気休めの時が終れば蜻蛉は光の中に沈むよ水に


・終の日は微かに兆しつつ老いて命を終える水藻の光


・ガリレオの望遠鏡と光る海 遊星はまだ水の揺籃


・懐かしいものの一つに光る夏 燿めく水と盥(たらい)の金魚


・風にゆれ水を走って木の葉舟 笹舟折れば川面の光


・ドングリがいつか芽を出し水欲す黄金色の落葉に帰る


・蜻蛉は鳰(にお)の浮巣の水の上 夕べの光がつつむ湖


・水槽にメダカを飼えば水槽は粒子集めて光の器


・その傍を過ぎ行く時の霊柩車 閼伽(あか)の水にも似て光る雨


・睡蓮は水に浮かんでいるけれど蛙も乗って雨光る朝


・幸福の王子の光る宝石も終末時計のような水色


・滾々と水が湧くから光り湧く砂が動いて山の鉱泉


・春の夜は脳(なずき)も光る夢を見る 静かに水に浮く宇宙船


・洞門を舟がくぐれば海光る 水の耀き海の輝き


・築港の漁協の朝を賑わせて大海亀は水光らせて


・海水を一杯入れた大盥(たらい)大海亀の甲羅も光る


・水海月、海の光りを一身に 海に浮かんだ満月の影


・そんなこと浮力にしても仕方ない 水が求める浮力は光


・シンクレア もう一度だけ逢いたいね ライラのように光る水だよ


・残骸を放り込んでいるだけのこと 光りと水の宙に生まれて


・ニュアンスが伝わらないよいつだって 光りも水も此処にあるのに


・傲慢なバイソンだって思うだろう光りが水を裏切ったのさ


・光あるダウンタウンの街角で雨水の誘う街の迷路で


・病める薔薇、饐える鯨肉 地球には分解できない光りと水が


・さようならいつかもう一度会いたくて光る水面に飛び込んでみた


・水のない光る砂漠で会えるのは炭素と窒素と乾いた薔薇と


・太陽の光に問題があった 水が汚れていたせいじゃない 
 

・ある意味で怖いものがある日光と水素と誰かの微笑の欠片


・春の雉、春の光の中歩む 朝(あした)の水の流れるほとり


・黄昏と夜明けと風が吹く夜の水の従順、光の屈折


・そしてある水無月の寒い朝 光りを零す鳥が来たこと


・蜃気楼、陽炎、野には野の光 水には水の匂いあること


・昏睡の花目覚めれば地の光 レプトン・ボソン、中間子の水


・白木蓮、 山査子、デイジー、蝶の道  四阿とその水光る庭


・あるいはまた摂取過少や摂取過多 のすたるじっくな水の光よ


・日曜の朝の猫たち集う庭 光と水と約束の虹


・向日葵は焦げ傾きて日静か 目眩む光 ミズヲクダサイ


・もしかしたら光や水や風のこと考えていたかもしれないいつでも


・それまでに終った手術や臓器のことトレーに光る水滴のこと


・落葉の季節になればその森は光る落ち葉と水鳥の沼


・幾つもの橋を過ぎゆく幾つもの光と水を過ぎてその店


・その人が待っているからその道に木洩れ日ひかる水の情景


・やがてまたいつかあなたもひとりになる 水と光に分解される


・日光はそれ自身では透明で水藻育てる碧にもなる


・最後には何を求める私か「つよさの光やさしさの水」?


・行動と無為の間の眠り草 水も光りも中途半端で













【美女と野獣】 1



偏頭痛起こるときにはわかるのよ眩しい光に包まれるから

遠い蝉鳴いてるこの世の果てに立つ一本の樹が落とす病葉

眠りすぎ?眠らなさすぎ?どちらでも冷たい水ね指がよろこぶ

左から稲妻が来て引き裂いて疼かせて去る脳葉の森

先生が処方を変えたらしくってノンダラネムクナルクスリデス

雪の日を思い出します雪の日の酸っぱいような痛さが来ます

鏡には何でも映る城館も空も湖もあなたの夢も




【美女と野獣】 2



もう私騙されないわ見せかけに 棘が刺さっている指見てる

美しい薔薇にも美しくない木にだって刺があること

さようなら私の地球、青い星 未来世紀にわたる虹立つ

この空の九億九千光年を 億光年の虹を渡るよ

さようなら手を振っているあの子はねポットにされた料理係さ

お城には何でもあった我儘な王子を愚かにするものならば

我儘な王子をとても甘やかし愚かにさせた家来たちもいた

王子さま野獣になった王子さま 優しい娘だけが救える

お城には何でもあった図書室も貝も名馬のたてがみ耀く琴も

崑崙の峰越えて来る風があり 西域を吹く青氷河の風 
 
地底瑚に棲む魚いつの頃よりか香木の森夢見て盲い

祝杯をあげよう君の新しい詩集のために宴開こう

もうやめよう涙も汗も嫌いだよ シーツに包んで棄てておしまい

鬱陶しい空も今月限りだよ 雨は絞って真夏の海へ

夕暮れの蝙蝠だれを探してる 行方不明の幼時の私

我儘も気ままもゆるしてくれたのは父さん母さん猫のガストン

いつかね いつかきっとね 捧げます 野獣になった王子のために

太陽が森の彼方のみずうみの透明な魚連れ出す頃さ

踊ろうよ歌おうよ遊ぼうよ生きている限り朝は来るから

読み書きも教わらないで育ったから全てが新鮮 伝説の王子

優しさが瞳の中にあるなんて湖よりも青いだなんて

怖かったあなたに逢えるそれまでの人の瞳は邪悪に見えて

だけどもう怖くないのさ瞳には優しさ、喜び、耀くひかり

「王子には読み書きよりも何よりも教えることが」マダム・ボンボン

恋すること愛することのよろこびを日が昇るとも日が沈むとも

王子様もう我儘はできませんよ いいんだベルがいるそれがすべてだ

魔女はもう森を出たんだ明日からは僕たちが陽で月になるんだ

「まだ森のあちらこちらに魔女がいて呪いが生きていて襲うだろう」

だとしても、もう恐れない 篝火を焚いて夜明けを待てば夜明けが

いつかは そういつかは そう信じて生きてきた いつかは・・・

未来って信じる心に生まれるよ そうだよ夜更けの森の梟

炯々と眼光らせ白梟 森の奥には野獣の王子

剥製の白鳥、螺鈿の琴、翡翠、碧玉、華麗な薄闇もあれ

現実さ、これは現実 存在は確かめなければ無いのだガストン

でも夢はこの現実の中にある それが解れば怖くないんだ

明日また君に逢えるね明日また秘密の森を探索しよう

お客様、ミセス・ポットやナプキンやみんなの心尽くしの馳走をどうぞ

哀れな奴、醜い奴と蔑まれ、悶え苦しみ王子は知った 

この世には大切なものがあることを それなしでは生きていけないものがあることを

見つけたよ たとえ醜く傷ついて病んでぼろぼろでも愛する愛を

そしてついに呪いは解けて我儘な王子は野獣の王子は 消えた 
      



 

祥  * 『硝子の狐』連作再録 * 20:10 * comments(0) * trackbacks(0)
このページの先頭へ