この世の中はこんなものと思って生きる他はないのか

こちら側が頭が悪いんだろうな。

安倍政権の無茶苦茶ぶりを毎日見ていても、

支持率が下がるどころか、

上がったりするのだから。

 

昨日も、自分たちの首を絞める

働き方法案が強行採決されても、

テレビは、日大、日大。

 

その何万倍も悪質な安倍政権を

まともに批判するメディアもなければ、

国民も不在。

 

これでは、

過労死しても、

誰も文句も言えない。

 

強行採決されるのを

手をこまねいて眺めているほかないばかりか、

経団連と安倍政権の祝賀会にでも出席して、

祝杯をあげそうなムードなんだから。

 

 

 

風間祥  * 『時事』 * 12:10 * comments(0) * trackbacks(0)

一昨日ベッドを捨てた 今日、着物と帯を捨てた 明日何を捨てようか

昨日は、市の粗大ゴミ回収係に電話して炬燵の回収を依頼。

他には、捨てられるものは無かったかな、と見回す。

まだまだ沢山ありそう。

要らないと思えば、要らないものばかり。

燃えないゴミで出せるもの。

燃えるゴミで出せるもの。

古紙、古着の資源回収で出せるもの。

 

絵や版画や壺は捨てるに惜しいが、

オークションは、買う分には間違い・手違いがあっても、

自分が損をするだけだから別にいいけれど、

出すのはトラブルが怖くてできないから、

枠だけ外して、粗大ゴ三と燃えるゴミに分けて出そうか。

前回は、何枚か、枠を外して処分して、

中味だけ残したのもあり、捨てたのもあり。

 

壺は袋を被せて金槌で割って砕けば、

少しずつ分けて不燃物で出せるだろうか。

いやいや土石の類は、市は受付けないんだっけ。

 

二年前、漬物石と物干し台の石や園芸用の土や

煉瓦や縁石や水鉢の処分で困ったことがあった。

あの時は、市から紹介された土石処理業者に

頼んだんだった。

 

美術、骨董で売れるほどのものでもなく、

捨てるにも心残りで、そのままにしているけれど、

場所塞ぎだし、最終的にはゼロにしたいと思うものの

今すぐは、処分方法を判断できないものが多い。

 

DVDや音楽CDもロッカー半分くらいまだ残っている。

何年も視ないし、聴かないのだから、

処分するのが正解。

何も要らないのだ。

 

今は便利な世の中で、

次々新しい音楽でも映画でも配信されるから、

古いものを持っている必要はないのだ。

 

二年前も山ほど不燃物で捨てた。

オレンジ色の不燃物袋を何袋も出した。

今回は、パッケージが薄くなった分だけ少なく出来る。

 

本も段ボールに2箱分くらいだが、昨日処分した。

まだまだある。

いやになるくらいある。

本は、なぜか捨てても捨てても、

また溜まってしまう。

 

本棚というものを失くしたいと思いつつ、

まだ果たせない。

これでも随分処分したのだけれど、

愛着があって手放せないのもあるし、

語学CD付きのように、

まだ使うかもと思って捨てないものもある。

 

どんどん買っちゃうから、いけないので、

捨てなくても済むよう、

初めから、買わなければいいのだ。

なるだけそうしようとおもうけれど、

それがなかなか。

 

陶器や磁器の大皿、小皿。

調理器具。

包丁も何本も要らないね。

今年になって註文した鍛冶屋の包丁が

素晴らしく良く切れるから、

その三徳庖丁と菜切り庖丁と

出刃包丁を残して後は処分しようか。

 

鍋は大きいのは処分したし、

数も少なくしてはあるけれど、

まだ捨てられるものがあるかもしれない。

 

漆器の類もあまり使わないね。

不用、不急のものは、ほぼ無くてもいいものだ。

代用、代理できるものも。

 

ただね、布団の類も、

前回、思い切りよく捨て過ぎて、

結局、また新調したりしたこともあったから、

ほどほどにしないと。

 

それでも、物が少なくなるのは、

何より快感ではある。

綺麗に全部片づけてしまうわけにもいかないけれど、

無駄なものをカットして、

極小単位まで落とせたら最高ではある。

 

とは言いながら、どれだけ無駄が多いのだろう。

時計だけでも何個あるか。

必要最小限どころではない。

 

もっと捨てられる、もっと捨てられると、

見回せば、まだまだ沢山ありそうだ。

洋服のカットから始めようか。

明日は。

 

いつか死ぬ前に処分しておかなければ

いけないものは沢山ある。

一番手に負えないものは、田舎の家かな。

売れるものではなし、

壊して更地にするにも何百万円もかかるし、

県からは空き家対策どうしていますか、のお尋ねが来るし、

知ったことではないと放置しているけれど、

空き家に誰か忍び込んで山火事でも出したら、

管理者の賠償責任問題かもしれないし。

 

風間祥  * 『時事』 * 01:06 * comments(2) * trackbacks(0)

日大には正しく反応するマスコミ 安倍政権には怯むばかりで

全く同じ構図なのに。

どうしてなんだろう。

強者には逆らえず、

間違いを指摘することもない。

権力に立ち向かえない報道なんて、

意味がない。

存在の根拠を自ら潰している。

 

指示をしていないと主張する内田監督。

私が指示したとは、前川さんを含めて誰も言っていないんですよ。

と手柄顔の安倍首相。

選手が勝手に解釈した、

私が言った意味とは違うと、

監督が言い張っても、

視聴者を騙せないけれど、

なぜか安倍さんには甘い国民。

 

どういうわけで、

日本はこういう構図になってしまうのか。

家父長制度の名残りかしら。

どんな馬鹿殿様でも、

馬鹿殿様だからか、

長期政権になる。

それにしても、

歴史に残る愚かしくも

あからさまに悪を成す総理大臣。

 

自分たちのためのギロチンはまだ作れないの?

 

 

風間祥  * 『時事』 * 12:55 * comments(0) * trackbacks(0)

美学とかロマンティシズムとか説明のつかないものに支配される一生

が、片方にあり、もう一方に現実がある。

 

説明のつかないものは、

それ自体が、この世では価値無く、

敗者決定プログラムが稼働する。

 

この世を生きる処世術としては、

好き嫌いではなく、

ただもう生きる上で有利な職業に就き、

ただもうひたすら生涯賃金の何十%かを貯蓄し、

後にも先にも無い人生の中で、

己の尊厳を守るため、

自らの好まない人生であれ、

生きるために生きるという最低限の現実を
最後まで、全うし、終えられるよう、

整うべきこと。

 

などと言っても、

それを思って出来るものでもない。

生まれつきの性格というものがある。
げに、性格こそは運命であり、

所詮、人生は、「運とめぐりあわせ」

死んでから後悔しても遅いのも事実。

できることもせず、

究極の怠け者として生きるのも

自分自身の尊厳一つ守れないのも、

思慮無く生きた結末なれば

致し方もなく、

以て瞑すべし。

 

 

風間祥  * 『時事』 * 07:45 * comments(0) * trackbacks(0)

<東京新聞5月23日版「生活部記者の両親ダブル介護「ほどよい所得階層」で助かる>の巻。

ここに書かれてあるのは、
非課税で助かった人の話。


「ほどよい所得階層」とは、
「非課税者」の話。


実際には、世帯の全員が非課税
になれるなんてことはほぼなく、
僅かな年金しかなくても、
一般の人はだいたい課税世帯となるのであり、
団塊の世代ともなれば、大抵の人は、
年金生活であっても課税は免れない。
そのように政府の線引きがされているのだから。


ゆえに、その線引きによる分類によって、
医療費も介護保険料も住民税も高くなり、
後期高齢者医療制度などは、
65歳以下の2倍の所得掛け率となるのであり、
(ここでも非課税者には、特別な軽減措置があり、
後期高齢者医療保険制度への不満を吸収する装置としている。)
65歳以下時代の2倍の健康保険料であり、
それは、一般的なイメージにはまだ無いものだ。


そのため、特別養護老人ホームに入所したとしても、
この記事の記者の両親の場合のようには、
限度額認定も受けられず、規定の満額負担を強いられ、
要介護による利用料の減額も受けられず、
入居費用や食費の減額も受けられない。

この記者の両親は、
年金が少ないからこそ「ほどよい所得」の
恩恵を受けられるが、
実際には貧しい年金生活者であっても、
団塊世代にあたる人は大方が、
政府の引いた苛酷な課税ラインを超えてしまうから、
「非課税」にはならず、
ほどよくない所得者は、非課税という魔法のような
黄金枠の恩恵を受けられない。


それさえあれば、程よい負担も、
残念なことに、一般所得と分類されれば、
終生、課税され、終生、限度額認定による減額もない
満額を支払うよう義務づけられることになる。


もしも倒れて動けなくなっても、月々の負担は、
この記者の両親の場合のように
一人7・8万円程度で済むことはなく、
老健なり特養老人ホームなりへの支払いは、
(特養は、最も負担が軽いとされる待機者何百人の公的機関であるが)
最低でも一人につき、12・3万円プラス実費2万円の負担を
強いられることになる。

その他の税金、社会保険料、医療費、生活費を除いて。
自宅も維持していれば、そのためにかかる費用も。

ダブル介護なら、いったい、いくらかかるのだろう。
それも、これは、運よく、待機組の中から選ばれて、
何年待つか知れないが、公的な特別養護老人ホームに
入れた時の話だ。
一般の老人ホームなら、当然さらに上増す負担となる。


終生利用することになれば、
課税者と、非課税になった運の良い人とは、
どれほどの差になるのだろう。
税金や医療費や社会保険料の差を無視するとしても。


この非課税者優遇は、欠陥がある制度だ。
なぜなら、最近は貯金や不動産など、
少し調整も入れたようだが、
実際の所得差や資産差を、
正確に反映しているわけではないからだ。


非課税所得者を狭い範囲で、
ほぼ意味なく、細かく3段階にも分類しながら。
そしてそこに僅かな負担額の差を設けながら、
ほんの少しでも非課税のラインを超えれば、
いきなり月々5万円ほども利用料をアップするという制度。


その上に、収入によっては、
年収346万円(単身者280万円)で、
(控除後の所得ではない。控除前の収入である)
何と「高額所得者」になり、
2割負担や、ユニットタイプ利用ともなれば、
特養と言えど、月々20万円では収まらないだろう。
居宅介護の要介護度別利用料にしても、
36万円の一割負担なら3.万6千円ほどだが、
2割負担では、7万円を超える。
医療費と介護費用と、さらにそれぞれの掛け金と、
一旦健康を失えば、若い時と違って、回復する見込みはないのだから、
ただ、無限に収奪される穴が赤い口を開けて待っていることになる。
どんな老後設計も空しいのではないだろうか。
非課税なら、全てに緩和緩急措置が付いているが、
名ばかりの「高額所得者」や、
現役並みどころか、半分も無い「現役並み所得者」や、
等しく貧しい「課税者」には、情け容赦のない制度。

ともかく、課税と非課税の間に、
その中間がないという不思議な制度。


どこかで線引きをするのはやむをえないとしても、
裕福な課税所得者は、それでいいけれど、
政府が線引きする、非課税者と、大して変わらない、
程よくない貧乏な課税所得者と
この記者の両親のような「程よい所得」の
実際の所得差を反映しない非課税所得者の間の落差が大きすぎ、
負担の差が大きすぎる。

緩衝地帯としての中間が、何事にも必要だと思う。
逆に中間に、矛盾や不利益を引き受けさせ、
負担は大きく、需給は少ないという
制度の受難層としてはいけないと思う。



貧しい年金生活者でありながら、
「課税」となった途端、
同じく低所得の中でも非課税になった人との間には、
最低でも施設支払い額だけでも、
年間60万円もの支払額の差が発生するのは、
政府の作った制度の欠陥でしかない。
人々の関心が薄いからだ。
施設の需要が限りなく爆発的に大きくなる時代、
これをどう説明するのだろう。


何たって、政府の決めた非課税って、
「年所得35万円以下」である。
つまり、年金収入で言えば、
単身で155万円、夫婦で211万円を、
1万円でも超えれば、立派な課税所得者と分類されるのだ。
(一方、代々の資産でもあってサツマイモでも作っていることにしていて、
アルバイトもせず、年収的には少なければ、非課税者という分類となる。)


そんなに低所得でも、非課税枠にある減額措置無くなり、
いきなり年間60万円の差を上乗せされてしまうのだとすれば、
寧ろ年金額が、少ない方がいいということになる。
「ほどよく」あるためには。


ほんの少しの差で、
課税所得者には、
不利な支払いが義務づけられるのは
どういうわけだろう。

政策立案者は、
考えたことがあるのだろうか。
想像力が全く無いのではないのだろうか。


僅かな年金支給額の差で、
後期高齢者医療保険が2倍となり、
全然現役並みならぬ低所得者も「現役並み」と、
振り分けられれば、医療窓口負担も3割とされ、
入院時の限度額負担も、現役並み負担を強いられ、
掛けるほうの介護保険料も、
一人課税所得者がいるだけで、
家族分も高くなり、
住民税もあり、全てにおいて
収入に対して、大きな負担を強いられる。

非課税でさえあれば、免れる高額負担。
入院時の限度額も違い、
窓口負担率も、みな違う。

歳を取ったら、
なまじっか人並みの年金収入と看做されて、
非課税にならなければ、
生きて行くのが、なおさら厳しくなる。


寧ろ、このような非課税枠は生活保護者を除いて
全員課税として公平に全廃するか、
或いは、大きな段差を設けず、
段階的に緩やかな制度に変更すべきだ。
いきなり大きな滝のような差にせず、
ゆるやかな堰程度の差にすべきだ。
何と言っても、年金生活者の収入に、
その他の別収入がなければ、
所詮大した差は無いのだから。


でなければ、大方の一般所得と分類される
年金所得者が堪えられないだろう。
これから、団塊の世代の70歳越え人口が爆発し、
医療や介護が主題になるというのに、
この欠陥を修正するのは、政府に課せられた急務だ。


こんなに課税、非課税で極端な差を設けて、
非課税枠を設けることで、弱者対策への言い訳とし、
その蔭で、大方の人に酷な税制を強い、
酷な社会保障を取り続けて、
社会保障を自己責任、自己負担にするならば、
大抵の一般所得者は、高負担で幅広く徴税されることとなって、
即ち、様々に優遇される非課税者よりも、実質貧困者となる。


間に一線を設けて、実質低所得の課税所得者を
救うべきだ。
その所得に応じて、負担も公平に強いるべきで、
不当な線引きの在り方をするべきではない。



今は、まだだ他人事と思っている人も、
すぐに、自分の問題になる。
その前に、少しずつでも関心を持って、
制度を改革しておかないと、
全員が地獄の憂き目に遭う。
コロリと全員が死ねれば別だが。







いや、何と言っても、一番必要なのは、
安楽死法案を可決すること。

まだ日本の国会では話にも上がっていないが。
必ず必要になる。
でなければ、地獄をさまようばかりだ。


過信してはいけない。
誰も健康でいる保証はないし、
健康を失えば、それも今想像する自分の姿を
超えれば、生きている勇気のある人が何人いるだろう。
ただ、知らないということだけで、
暢気にしていられるだけなのかもしれないのに。

 
風間祥  * 『時事』 * 18:00 * comments(0) * trackbacks(0)

リスク回避モードに入り警戒と利食いの売りも出て市場にも暗雲たなびき

今日は、昨日の快晴とは違って、どんよりと曇り空。

午後は雨という。

 

風間祥  * 『時事』 * 10:59 * comments(0) * trackbacks(0)

速やかに廃棄するのが決まりなら、そもそも記録とは何のためにある。

「総理大臣官邸への入邸記録は業務終了後に廃棄される取り扱いとなっており」

 

事も無げに言えるもの。

何があっても、ぼそぼそと、

『ボヴァリー夫人』が住む村の薬剤師か、

村役場の書記か何かのように。

 

業務終了時点って、いつ?

財務省の記録も、廃棄したって佐川さんは言っていたけど、

一枚や二枚じゃない、何千ページも出て来たし、

防衛省の日報も、

並べてうず高く積まれるほど出て来た。

 

出て来たところで、主旨に変わりがない、とか、
意図的な隠蔽ではないとか、
故意ではなく、
あたかもちょっとした注意不足でといったように装って
お咎めなしになるよう、閣議決定でもされるだけ。
この内閣では、一切「問題無い」で、済んでしまうのだ。


「知らぬ存ぜぬ」と首相が言えば
「問題ない」と菅氏が収めるだけ。
それで不足なら、閣議決定という得意技もあるし。

 

 

 

15年2月25日がどうこうと言うより、

いずれにせよ、早い段階で、

加計理事長は、親友である安倍総理に、

事業計画を伝え、安倍さんもそれはいいいねと思い、

その結果、事が明るみに出ても、

うそがうそを呼び、今治の出張記録も、

(安倍さんに)迷惑をかけるからと黒塗りにされ、

非開示にされ、と、

地元の今治市の菅市長も巻き込んで、

隠蔽協力も行われているが、

愛媛県知事は、筋を通す人で、

なかなか思うようにならないというところか。

 

こうなって来ると、

また官邸から知事潰し、

記録潰しの策略がめぐらされたり、

前川さんの時にやったように、
官邸の諜報活動屋さんの領分で何かやらせる恐れさえある。

地元の不利益な証言をしたと、市民の分裂を図って、

担当者や知事に批判が向かうよう、

何かされないことを願う。

 

お上の意に逆らうと、
立ち上がれないほどの見せしめに合わせる安倍官邸
のことだから。

 

この地域の国会議員は、中世の水軍の末裔、村上誠一郎さんだから、

権力の横暴には強い抵抗心を比較的に残しており、

その点では救いでもある。

 

 

安倍さんが、全く知らなかったなんてあり得ないことで、

それまでも、加計氏の教育ビジネスに関わったことがなく、

互いの仕事には無関心で、清きこと水の如く、

どの計画についても全く知らなかったというような人ならいざ知らず、

 

安倍さんは、加計学園の監事を、

現最高裁判所の判事、木澤克之氏と共に

務めたこともあり、

 

昭恵夫人は、加計氏の学園関係の御影インターナショナルの、

名誉園長など勤め、

 

千葉科学大の10周年記念には、

洋子母を含め、閣僚や役人を沢山引き連れて、

お祝いの式に駆け付け、

壇上にのぼって、「魔法の学園」(by前愛媛県知事、加戸さん)

っぽい、帽子や服を着て、祝辞を述べ、その中でも、

新しい事業への関心を示している。


その上に、自身の息のかかった萩生田光一さんたちを、

複数、千葉科学大の客員教授にしたり、

内閣府の木曽功氏を学長にしたりしている。
それでいて、仕事の話はしたことがないと言う。

 

全く知らなかったなどと言うのは、

人を欺くのが習い性となった安倍さんにしかできない

芸当だが、さすがに、「息を吐くようにうそを言う」

と言われる安倍さんだけのことはある。

自らもそのウソを信じ切った無我の境地にあるらしい。

 

お見事な、チーム安倍の連携プレーで、

誰かが、真実を語るなどという20歳の真実は出て来ない。

 

風間祥  * 『時事』 * 08:16 * comments(0) * trackbacks(0)

公への信頼など木っ端微塵に踏み躙り有ることも無いことにして恥じない首相

本当に特異な性格。

そして、そんな人と、

そんな人が率いる政府が、

非難されることもなく、

のさばっていられる国。

不思議な国。

風間祥  * 『時事』 * 14:38 * comments(0) * trackbacks(0)

官邸の入館記録は破棄されたり復活したり忙しいこと

兄弟相和してと言うけれど、

その兄弟も及ばぬ親友同士の阿吽の呼吸で即否定して、

聞いたことも言ったこともないと。

念のため、

官邸の記録を確かめたって、どうやって。

この間、破棄したって、言っていたはずなのに。

融通無碍で臨機応変。

何が何でも朕が法律。

お好きになさいませ。

と投げ出されるのを待っているのね。

 

安倍さんくらいのうそ名人にとって、

これくらいのうそは、うそのうちにも入らない、

ペラペラのペラ。

こちらうそ本舗。

どんなうそでもお任せあれと。

 

こんな人が首相なのだから

日本もうそ国家になってしまう。

安倍さんと麻生さん。

二頭立ての目隠しされた馬車、

只今日本爆走中。

 

仮に、この日、安倍さんが、加計さんとは会っていないとしても、

そうすると、加計さんが、安倍さんの名を利用して、

愛媛県に説明を施したということになり、

加計さんの説明が求められる。

 

不正な過程を加計理事長が、あえて計らって辿ったとなれば、

認可自体が不正の結果となる。

 

 

風間祥  * 『時事』 * 10:18 * comments(0) * trackbacks(0)

安倍さんの悪質タックルは断罪されず 「もっと強気でいけ PMより」

「もっと強気で行け。PM(プライムミニスター)より」

 

咎められることなき総理のタックル。

風間祥  * 『時事』 * 08:27 * comments(0) * trackbacks(0)
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