毅垈硫颪竜録『眩惑』歌会

【無題】



感情は食べてはならないと文殊菩薩 食べていいのは萵苣(ちしゃ)や白菜 

山あいの生姜の花の薄紫 雨の日、雨のひかりあること




【黄金週間短歌】



野火止のムラサキシキブ花盛り 水辺が好きな一本の樹は  


夏来ればさやぐ身なれば白い旅 水呑む龍が睨む一水 




【人名短歌】2001/05/04



午が丘、夕陽が丘に挟まれて 朝日が丘の磯野波平 


春風頼母(たのも) 今頃どうしているだろう 去年初恋のひとを喪くして 








【路線短歌】



観音寺・箕浦、燧灘めぐる海岸線の予讃本線





【夏を詠む】2001/04/30



〈もしもこのコンピューターが薔薇ならば♪〉と たとえば踊る夏の聖人(セイ
ント)


薔薇病めば棘もまた病む 桜桃忌・鴎外忌など来る雨季の憂鬱 






【題詠・河野小百合】2001/04/28



殺されて幸福だったと言えるほど煮詰めてあげる幸福のジャム 

野焼きした春の煙も憶えている山桃のジャム届ける 君に 





【連想・辰巳泰子】2001/04/20






<詠草>


路地の奥、赤子に乳を含ませて腕に抱けば夕餉の時間

<番外>≪薔薇の柩≫

穀潰し、死に極道され、碌でなし そんなあんたも見ている満月

百本の薔薇を柩に入れたのは百合や菊など嫌いな娘だから

恋人はやくざな次郎 命日にいつでも薔薇を抱えて墓地へ

嫁かせたくなかった馬鹿な親だった まさか死ぬとは思わなかった

棺桶の蓋取った時、約束のキスをしていた ひとりにしない

一晩中、遺体の傍を動かない愛犬ゴンとやくざな次郎





【記念日短歌】2001/04/17



そういえば手持ちの花の歌ばかり 変われるかしら私の花 

ゆっくりと孵る卵を待つように死が待っている モウスグ枯レル 

モデラート・カンタービレ冬逝き花は咲いていて何でもない日にあなたがいな
い 



【待ち合わせ場所】2001/04/08



あの人は待っていました郊外の小さな駅に車をとめて

点在し時間と距離を超えて会う おちあう場所は風の洞窟









【題詠「桜 」歌会】2001/03/28



<詠草>

ほんとうの歌が歌えてはいない木の精霊を探していただけ
 
熱のためたぶん昨夜の夢のため千の花びら曳く黒い谷
 
もしも明日、あしたいのちが終っても一度は花の微笑みを見た 


<番外>



≪桜幻想≫


<夢無限恋の奈落の仇桜 六道地獄の闇に咲く花> 
永遠(とことは)に桜は咲けり血を吸って地獄極楽花明かりせよ 

病む桜 桜は老樹となりました 春の精霊呼んで息絶え 

花咲かぬ樹は倒されて伐り出され往時の春を夢見ています 

夢見ても帰らぬ春は去年の春 宴の春を酔って歌った 

この世とは人・我となく何となく、酔生夢死の花となること 

病む母の夜の心のさくら・さくら 桜を待たず母は逝きたり 

あと少しあともう少し生きていたら 今さらのこと 桜を見れば 

桜ならいのちを惜しむこともなく さよならだけが人生だって 

でも今年は 今年の春は思ったよ 浩平はもう大学生だよ 

母がまだ若かった頃の隣家なる「櫻正宗」砂地続きに 

防火水槽代わりに酒の大樽を隣家より頂くという 家焼け残る 

その年の神戸は焼かれ焼け残り 昔の「洋館」の暖炉と酒樽 

ロシアより帰った人が建てたからニコライ時代のサモワールもあり 

その古い役に立たない湯沸かしは今も私の部屋の片隅に 

震災後その街を訪ねてはいません おそらく潰れてしまっているから 

東京に桜咲き満ちる春の、日比谷帝劇・日生・東京宝塚劇場 

ゆりかもめ空に舞う城、江戸城の名残りを偲ぶ皇居の桜 

花咲ける花のお江戸の大江戸線、ゆめもぐらともいう青空はどこ 

観覧車ゆらりと高しお台場の水に浮かんだブルー・クラフト
 
真実はいずこにもなく双瘤の駱駝のような議事堂の桜 

いにしえも今も変わらぬ民衆の快楽の餌食 断頭台(ギロチン)の王 

王のみで足りない時は魔女狩りも常に平行する民の快楽
 
さらにまだ足りない時は新しき餌食求めて新王擁立(た)てる 

桜闇、デフレーションも深まれば日本列島卯月の花冷え 

してそしてすべて血祭りが終っても足元照らす灯りが見えぬ 

白い船遠く見えます富士山も夕陽の中のシルエットです 

水青き水泥も深き墨田川 ベイエリアという河口までの旅 

国立の大学通りの桜も咲く 銀杏書房の洋書に挿む 

一ツ橋大学図書館、時計塔 枝垂れ桜が咲く入学期 

池水に浮く花びらが風紋を 甲羅を見せた亀も数匹 

その赤い三角屋根の駅ももう何時までだろう ビル聳り立つ 

並木道十字に交差するところ交番前の桜と桜 

珈琲店の一面硝子窓に見る 爛漫の春大学通り 

一斉に花は葉桜、街路樹は欅若葉の萌え出る五月 

ご城下に桜咲くころ家中川の魚も旨いと源さんは言う  

お茶壺は夏を氷室の城山で 夏が終れば江戸城内へ  

ずいずいずっころばしごまみそずい 茶壺は下に下にと江戸へ  

堀割に雪溶け水は滔々とご城下の田を潤してゆく  

用水の淵には桜の花びらが渦巻き流れる春の奔流 
 
城代や高禄の武士住居する家中川橋渡る一画  

石垣を低くめぐらし椿植え、桜を植えて池に水も引く  

桜散る無人の駅の善光寺、甲府盆地を静岡へ発つ  

急行も止まらない駅善光寺、高台にあり桜散る駅 

身延線 中央線に平行し桜吹雪の銀河鉄道  

その村でいちばん旧い家がある薄墨色の夕闇も来る



【誰かをしあわせにするような恋の歌】2001/03/28



・赤とんぼ夕焼けからの贈りものキミヲナカセタヤツユルサナイ

・世界中で一番好きな人だから一番きれいな夕日をあげる







【リフレイン短歌】2001.03.25





火のように淋しい日本 春地球 孤愁を描く日本列島 


旋回、旋回、旋回、旋回 グラン・ジュテ! 薔薇、薔薇の精、跳ぶニジンス

キー  


生きていてほしいあなたは死なないで 凍れる湖の遠き白鳥





【テーマ・手紙の場面】2001/03/17

<詠草>



再見!」とあなたは行ってしまったね 春の日逢った人が春逝く  



ヒマラヤの青い芥子よりなお青い、手紙の中の二人 さよなら  



あの世から今日も降る雪・降るみぞれ この世からも書くあなたへの手紙 



<番外>


いつからかあなたのことを思っていた 手紙のような歌書いていた

見知らない人の写真と手紙がある 母の箪笥の小さな抽き出し

「緩やかに物価は下がる」政府月例報告は資産デフレを国民に告ぐ

絵葉書の余白に滲む海の色 桜前線黒潮育ち

約束はまだ果たせない花便り 渡海船は一日二便

さびれゆく旧街道の本陣の、七卿落ちの名残りの手紙

秋山の無生野というところには護良親王親筆の信 

「この子は私の大事な子で〜」 作家が残した命名の手紙

手形押し、「僕は元気だ安心して」 戦地から来た兵士の手紙

夜空より九億九光年の彼方 瞬く星が生まれる便り 

亡くなった政田岑生氏デザインの玲瓏箋の藤沢蛍 


≪関連旧作≫
・ひとときに人は死ねないものだから幼き者へ手紙を書こう
・思い軽く生きているよと告げている 花と木のことだけ書いてある
・何の夢も希望もないと思える日 「ヒマラヤの芥子」の絵葉書が来る
・郵便はまだ来ていないかもしれない 春の便りは少し遅れて 
・傾いて立つ樹のように傾いて 風の手紙を待っているだけ 
・私がいつか死んでも日付のない宛名すらない手紙のように
・遠く住む友の葉書を読んでいるその街はもう雪が降ってる






【借詠・伊藤一彦】2001/03/09



・茜雲 赤い峠の赤とんぼ 富士見る村の馬頭観音 

・揚雲雀 ちからのかぎり飛翔して悲しみ告げる茜空あり  

・森の奥しづかに水はきよらかに野生の樹林貫いてゆく 







【連想伊藤一彦】2001/03/06





もう飛べない飛びたい夢ももう持たない 東京湾に夕日が落ちる 



泣くたびに美しくなる死ぬたびに美しくなる 風の不死鳥  


そして風! 天翔る鳥、火の鳥は 光になるよ 《グランド・ゼロ》の 





【卒業】2001/03/02



春怒濤 憂鬱症の猫となる 卒業写真から遠い日々 

春早き神戸の街の花吹雪 さよなら雨に煙る聖母子(像) 

道はない そんな時でもあきらめない 地図のない旅、卒業旅行




〈卒業・番外〉
・ナスダック暴落してもアメリカは卒業しない懲りない人々 
・〈やがて死が愛する二人を別つまで〉 経済指標卒業するまで 
・そうそしてついでといえば何だけど 世界の警察官も卒業 
・それからの日々を思えばかなしくて あのひとのことだけ思っていて 
・多感な日 まだゆれやすく夢を見て、恋を恋していただけだった 
・聖母子が海を見ていた 遠い春の卒業の日も海を見ていた 
・卒論は13枚の『地獄変』 締切の日の窓口で書く 







【無記名歌会】2001/02/23



・雨上がり ひかりを曳いてツバメ飛ぶ 街が大好き人間が好き 


・この世の外ならどこだって 白い綿毛の旅がはじまる 




【雪の果て】<ゆ・き・の・は・て>2001/02/18


・雪を割って陽だまりに咲く野の花の小さく炎える春の絵手紙


・弓矢捨て鬼無里の里の野を打って春待つ人の手にも来る蝶


・ゆっくりと記憶の野火は放たれて手負いの獣追いつめてゆく







【バレンタイン短歌】2001/2/14




・あのひとに届けたい明日・チョコレート 春の雪降る聖バレンタイン


・アイシテル、アイシテイナイ、アイシテル 五弁の花の愛チョコレート


・小惑星〈エロス〉発見、探査せよ 聖バレンタイン星の祝祭 


・誰よりも愛しているというように 春の雪降る生まれたばかり








【連作大作戦】 2001/02/09





左眼の下にあるという動脈瘤 明るい報せのように告げる人


簡単に死ねるからいいと言い 手術はしないと決心している


現実に私は何をすればいい 失う前に教えてほしい


病室の窓の向こうに積乱雲 母が入院していた夏も


いつだって言葉にならない言葉だけ ためらうように月が出ている







【連想・藤原龍一郎】2001/02/08




・原潜が浮上している 春うらら 東京湾に立つ蜃気楼  

・昨日また誰か死んだね、雨の燕 「いつもこの駅で降りていた人」

・ブック・オフに知は100円で売られけり 海を渡って死んだマンモス  





【さりげなく立春】2001/02/07




蕗の薹、どっさり採った裏山の斜面に去年の鬼灯(ほおずき)の赤 


たらの芽の天麩羅もよし、ふきのとう・たらの芽、籠に入れて下る坂道 


<山道に湧き水ありて富士山の伏流水で源水> 


木小屋あり竹藪あれば踏み迷う 蜥蜴、かなへび、洞の蝙蝠


ホップには薄緑色の花が咲き、夏の雨降る微かに匂う 







【公園短歌】




そういえば昔も花を見ていたね 六香公園の冬の日だまり  


大きな木 勇気・元気と名づけられ雨の公園の真ん中に立つ 







【題詠・旅】



逢うために生まれてきたのそのために旅をしている白鳥座行き



夜がきて夕顔ぬれて君帰る そんな書割りみたいな町よ



どこへでも飛んでいきたいどこへでも どこにもいたくない時もある



そんな時どこへ行ったらいいのだろう 真夏のロシア青い尖塔






【家事短歌】




情熱のバラを窓辺に お掃除や洗濯だけで終わりそうな日 .


簡単な引っ越しが済んで ラーラと呼んでる犬の小屋も作って 


失った時間や物は数えない 料理・洗濯、普通の暮らし 






【題詠・子供 】



・人生は悲しすぎる何かである 私は歌を歌いはしない


・手をつなぐ黄色いレインコートを着た浩平 雨の日はいつも手をつないで


・あれから何年経ったのだあれから何年行方不明 迷子になった私の心 




【花・社会詠】




・野の果てにタンポポ枯れて綿毛飛ぶ 日本に帰りたいしゃれこうべ


・人が死ぬ その時何が起こるのか 花束を乗せた始発電車よ 

・定点で観測しても………その街の山陰深く病む人と薔薇


・「酒鬼薔薇」 海見る丘のニュータウン 殺意の薔薇の棘もびっしり






【借詠・伊藤一彦】



「世の道のすべてが舗装されゆかむわが家のまへ呼吸する土  伊藤一彦」


<詠草>


≪魚善川勝≫

・下町の工場街の一角にもんじゃ焼き屋のおばちゃんはいた


・小母ちゃんの店には、もんじゃ焼きのほか、めんこも独楽もマンガもあった


・ろうせきはいつでもおばちゃんの店で買う 絵が上手だねってほめてくれたよ


・路地の辻、みんなで行った紙芝居 小父さんはもういないこの夏 


・佃煮屋、魚善川勝ぼくの家 竈の灰だけもらった感じ


・でもぼくもそろそろ跡を継ぐ覚悟 父ちゃんはもう店に立てない


・新しいことはしないよ爺ちゃんや父ちゃんと同じ佃煮を煮る


・酒、醤油、味醂、ざらめでゆっくりと鮒、煮含める暖簾も守る


・遠い日の夏の日暮れの路地の奥 蝋石で絵を描いていた少女


・けんけんぱけんけんけんぱ日が暮れる 夕日が落ちる海が見えない 



【借詠・小野茂樹・数字】


・表情に出さない出せないこともある 一瞬、数秒ほどの空白 


・数字では孤独死一人 表面に見えない千人切り捨てている 


・数字には変換できない言葉にも表現できない あなた一人を 


・数知れぬ航路をデジタル表示する 夜間飛行の灯一つ 


・表まで聞こえる噂までなって 数馬の恋は一期の夢と 



<信天翁、海の貴婦人、アホウドリ 絶滅候補数種の一種の海鳥>
・十数羽のみ生き残っていたアホウドリ「発表によれば一千羽」南の島に無数に殖えよ 






祥  * 『 I T 歌会「眩惑」』 * 18:22 * comments(2) * trackbacks(0)
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