『森岡貞香の秀歌』/花山多佳子

















2015年12月10日 砂子屋書房発行 
定価2000円+税


確かにね、確かにね、と思いながら読んだ。
今も読んでいる。
肩の凝らない花山さんらしい筆致で、
官能的で軽やかで突き抜けている森山貞香さんの歌の魅力を解読している。


・たとへていはば守勢にあらむ一部屋をかくも片付けたるきのふけふ

・亡ぶるも羽ある骸かろがろと箒の先きを日向へ飛べり

・人よりもしづかにありて秋の日にすずめは雀いろの風切羽を干す

・子どもらのあそびにまじる棒切れがそそのかしをりあそびながらに

・悲哀(かなしみ)この朝にあり鈍感な昨夜ありけり からうじて私


                                                                   森山貞香さんの歌より
祥  * 『歌集、歌書、歌誌、その他書評』 * 11:16 * comments(0) * trackbacks(0)

中澤系歌集 『uta0001,txt』













・3番線快速電車が通過します理解できない人は下がって  

・靴底がわずかに滑るたぶんこのままの世界にしかいられない

・糖衣がけだった飲み込むべきだった口に含んでいたばっかりに

・戦術としての無垢、だよ満員の電車を群衆とともに下車する

・じゃあぼくの手の中にあるこの意味ときみの意味とを比べてみよう

・中心で焼かれる牛の脊椎の白さよゆるく海風が吹く

・なつかしき地球最後の日をぼくはあしたにはもう去らねばならぬ

・ぼくたちはゆるされていた そのあとだ それに気づかずいたのも悪い

・このようである必要があるのかと問う特急の過ぎてゆく間に

・小さめにきざんでおいてくれないか口を大きく開ける気はない

・そのままの速度でよいが確実に逃げおおせよという声がする

・負けたのだ 任意にぼくは ひろびろとした三叉路の中央にいた

・未だこの手に触れもみぬ知の薫り綴ることばを透き流れ来る

・まがまがしいほどの過剰がうず巻いている存在証明を持たぬまま

・変化することのないままぼくはこの空間を占め続けてはいる

・キャンディーはゆっくりと溶けてゆくこのよどみない時の流れの中で

・とりあえずこの場に置いた石ころを世界の中心として定義する

・述べられていないものには意味がない沈黙の向こうには何もない

・ぼくたちはこわれてしまったぼくたちはこわれてしまったぼくたちはこわ


 
          
 中澤系歌集『uta0001,txt』より





・3番線快速電車が通過します理解できない人は下がって 


そこに死がある。
必然の死がある。
抗いようなく自分を攫いに来る運命。
避け難い、迫り来る運命や、
生き難い生の象徴としての快速電車。

社会という巨大な暴力的なものと衝突せざるを得ない生でもある。
一丸の塊りが轟音を立てて通り過ぎる。
彼自身もまた、仮面とも言えぬ仮面をつけて或る日は紛れ込んでいる塊。
紛れて疾走する塊。

生きながら、まるごと木端微塵になるような不条理な生。
生きながら木端微塵になることも受け入れて、
多くの人がさまよう生。
少しずつ違和を抱えながら、全うしようとする生。
懐かしくも、愛しき生。

しかしながら、口に含んだ錠剤が、致死量の錠剤が、
ゆっくりと溶ける頃、天の軍団が降ってくる。
芥川龍之介の言葉を借りて言えば、「彼を滅しに来る運命」。
明らかに彼は死の、或いは死の予感の至近距離に居る。

そして、またこうも考える。
作中主体は、加害的主体でもある。
異端、異分子として、群れにとって危険な存在。
近づき触れれば、容赦なく破壊する精神的モンスター。
天才的な自信と自負に満ちたパワー。
危ないよ、ぼくに触れると危ないよ、
理解できないなら、とりあえず下がって、と警告するもの。


この歌集、冒頭に置かれたこの一首にして
最初にして最後であっていい一首。
他にも歌は沢山収録されていたが、
ほぼこの歌で完了している。
それほど突き抜けた歌を持つこと以上の幸福はない。






祥  * 『歌集、歌書、歌誌、その他書評』 * 10:28 * comments(0) * trackbacks(0)

『やがて秋茄子へと到る』/堂園昌彦















定価2200円(税別)
発行所 港の人

一頁一首。
塚本邦雄さんの歌集のような、
今は稀有になった金属活字活版印刷、フランス装の美しい本。

19歳から29歳までの195首を収録しているそうだ。
亡くなった笹井宏之さんともまた違うが、
同じように詩集を読むような感覚がある。
人生に対して肯定的な健全さが際立つ。
この世を共生する感覚を持ち、
不安を越え、共に生きる人たちの再起をも促すような温かさを
根底に宿しているようだ。



・秋茄子を両手に乗せて光らせてどうして死ぬんだろう僕たちは

・空中にわずかとどまる海鳥のこころあなたと雪を分け合う

・生きるならまずは冷たい冬の陽を手のひらにに乗せ手を温める

祥  * 『歌集、歌書、歌誌、その他書評』 * 20:53 * comments(0) * trackbacks(0)

歌集『シネマ・ルナティック』/久野はすみ著













跋文 岡井 隆
装画、挿絵  カバー画「灯」スミダ ヒロミ
装本 倉本 修
収録歌数 253首
発行日 2013年11月10日
発行所 砂子屋書房
ISBN978-4-7904-1489-6
C0092 ¥2400E
定価 本体2400円+税



『シネマ・ルナティック』
何というお洒落なタイトル。
(ほんとうにある映画館の名前だとしても、
まるで、その映画館は、この本のために存在したかのようだ。)
このタイトルと、瀟洒なブックデザインが内容とぴったり合っている。
版画も造本も愛情が込められている。
この簡素であり贅沢でもあるフランス装の歌集『シネマ・ルナティック』は、
『未来』に所属する久野はすみさんの第一歌集だ。

私は、最後の頁から読んだ。
好きな歌も後半に多かった。
才気を抑え沈めて、対象の本質に迫る歌たちだ。
湧き立つような情熱を日常の中に潜ませながら、
何気ない日々を送る作歌主体。
比喩的表象の中に隠され語られる物語。


・その木だけ小鳥が群をなすふしぎ学園前の並木の中の

・人のいい役者は下手と決まってるわけではないが概ねはそう

・両うでにダイヤ毛糸を巻かれた日、その日より母の呪縛が解けぬ

・さみどりの草かんむりをのせてみる「お陰様で」の陰の頭上に

・いつまでも舌が憶えているでしょう薄きはがきを噛むシュレッダー

・格差とは闘わないときめたのでニセアカシアの蜂蜜とろり

・海沿いのちいさな町のミシン屋のシンガーミシンに砂ふりつもる

・悔しさに嗚咽のやまぬ少年はたまねぎのよう転がしておく

・思い出を溜めてゆくにはせますぎて脳(なずき)の隅にダリヤを燃やす

・これは絽よこちらは袷この無地を着せてと母は喪を待つごとく

・とおくとおく北の地平に火を見たと 十二の父の八月六日

・きまじめな朝の鏡をのぞきこみ母とはちがう眉山を描く

・貝印カミソリいつもしまわれて鏡台は母のしずかな浜辺

・長いものはもう書けないと答えたりなぜ歌なのかときみに問われて

・それじゃまた生きてるうちにと言いて立つ濃き珈琲を飲み干してのち


祥  * 『歌集、歌書、歌誌、その他書評』 * 20:11 * comments(0) * trackbacks(0)

歌集『21世紀君はしあはせか』/田村富夫第二歌集















発行所 現代短歌社
収録歌数 700首
定価2800円(2633円+税)


・町廃れ自転車を駆る老いの坂上りゆらゆらどこへ行くやら

・よそ事を思ふ一瞬大腿骨骨折る油断に見舞はる、不覚な

・目の前に家のガレージ立つものの五センチの距離手の届かずな

・福山ゆ迂回して入る尾道のホテルの窓に海は展けて

・尾道に文人墨客刻む文字辿れば寺・坂・海・島の街

・造船所の銅を溶かしたやうな火と「暗夜行路」は映る灯に触れ

・倒れしも逝きしも突如川崎の病院の報、令状のやう

・ダンボール住まひに通ふ部屋に住み塵芥に埋もるる貯蓄(そなへ)、息のむ

・中秋の満月いづこも発光ダイオード二十一世紀君はしあはせか

・乗客は一瞬凍りヒロシマを目に焼きつけて車両動きぬ

・そしてまた一月が来て月日めぐりバラが咲いたり雪が降つたり


巻末に、ヴァレリー、サルトルなどへの思索の跡をたどる
「文学と世界を過(よ)ぎる窓」(P314〜P363)がある。
文学とは何か、人生とは何か、絶えず考え続け問い続けた
思惟の足跡が記されている。
祥  * 『歌集、歌書、歌誌、その他書評』 * 19:50 * comments(0) * trackbacks(0)

『日暮れの足』 入野早代子第六歌集













2013年11月1日発行
砂子屋書房発行 定価3000円

・どのひとも御身第一それぞれの許容範囲に愛されて来し

・おそらくは楽なんだらう死んじやうとだあれもこの世に戻つてこない

・「痛いのは生きてる証拠」どのくらゐ言はれたらうか 痛いのはわたし

・もう一度いつておきたいことがあるわたしのこころに土足で入るな

・わが最後で最高の人 言ひやれば怖気づきしか返信あらず

・あのときに闇のふかさを知つたからもうこはくない仲間はづれも

・詳細をお尋ねですがなんでせう代はつて下さるおつもりですか

・さやうならはいはないはうがいいらしい日暮れの足が永遠を踏む

・なかなかに名の出で来ずば待ちてをりけふのあなたはあしたのわたし

・白椿ひらかぬうちにぽとりぽとり こんな静かな惨劇もある
祥  * 『歌集、歌書、歌誌、その他書評』 * 22:13 * comments(0) * trackbacks(0)

『天皇の短歌は何を語るのか』━現代短歌と天皇制━/内野光子著


















276ページ
発行所 御茶の水書房
定価3800円+税(3990円)
ISBN978-4-275-0144-5
C3095
2013/8/27発行





目次より

1 天皇の短歌は何を語るのか━その政治的メッセージ性

2 勲章が欲しい歌人たち━歌人にとって「歌会始」とは

3 メディア・教科書の中の短歌

4 『ポトナム』をさかのぼる

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内野光子さんの労作。
タブーを恐れないということは、
口で言うほど簡単なことではない。

誰かが書かなければならない。
でも誰にも書けることではない。

暗然と存在する権威、権力に対峙して、
文学が本来取らなければならなかったスタンスは、
現代短歌と呼ばれているものからは、すっかり失われ、
見えない権力に抵抗するどころか、
むしろ自ら、権威・権力に擦り寄り、跪き、頭を垂れて、
嘉されることを良しとする風潮が蔓延し、
それに連なる隅々までも裾野を広げる。

歌人たちが、如何にして取り込まれて行ったか。
歌人の前にぶら下がる勲章、名誉、地位の誘惑。
芸術院会員、文化功労章、文化勲章etc 終身の栄誉へのステップ。
歌会始選者、皇室御用掛、というもののの隠然たる影響力。
さりげなく、こともなげに、完成する輪。


祥  * 『歌集、歌書、歌誌、その他書評』 * 05:18 * comments(0) * trackbacks(0)

『類人鳥』 /蝦名泰洋×野樹かずみ

  












2013年5月1日発行
著者: 蝦名泰洋 野樹かずみ
定価: 1000円(送料込み)



歌が成熟すること。
歌人が成熟すること。

処女作が一番いいとはよく言われることで、
だんだんマンネリに陥るものと、
映画でも小説でも詩でも、
しばしばそういう感想を持つが、
書き続けることの意味もあるのだと、
この歌集を読んで思った。

言葉が磨かれて、
生きた言葉として、心に入ってくるまでには、
時間が要るのだと思った。

1992年から幾つかの章があるが、
そしてどの章にもきらめく歌はあるが、
2013年1月15日起首、満尾3月22日の
「キラル アキラル」
一番新しく書かれた章がいい。
最も溌溂と新鮮な光を放ち、
二人の歌人の生きた時間が無駄になっていない。
現在があるから過去に値打ちがあり、
過去があるから現在に価値がある。


かつてカミュが生き、カフカが生きた世界。
芥川龍之介が生き、寺山修司が生きた世界。
不条理な世界。
言葉を肌身離さぬ武器のように携えた戦士のような二人の戦いは、
これからも続く。

・はね橋の近くの画家は待っている見えないものが渡りきるのを  泰洋
・十字架の影であったとふと気づく空飛ぶ鳥も飛べない鳥も  かずみ
・あの角を曲がればきっと家に着くそう思わずに生きられますか  泰洋
・赤錆びし鉄路でつながれいるゆえにふいに愛おし他人の故郷  かずみ
・まっすぐに私を見なくなったのは私が汚れたせいかも知れぬ 泰洋
・耳の中に深い夜あり歯車のような地球が回りつづける  かずみ

          短歌両吟『類人鳥』全6巻より  アトランダムに抜粋
  
祥  * 『歌集、歌書、歌誌、その他書評』 * 09:36 * comments(2) * trackbacks(0)

足立尚彦歌集『でろんでろ』












2013 年5月10日発行
発行所 ミューズ・コーポレーション
定価 本体、2000円(税別)




・新聞をやめてもいいが発見が遅れるだろう我が孤独死の  

・逝くために君が入院した春のまた巡り来る咲けチューリップ

・宮崎に足立尚彦棲むというこの真実のようなさびしさ

・世の中は東西南北で出来ている。それなら我が真ん中らしい

・信号機が月より美しい未明ダウ平均は続伸だった

・枕カバー破れ枕も破れそう孤独はつまりぼろぼろである

・サラダには何かふわふわ隠されて昨日もあった殺人事件

・何組の恋人たちの跡だろう跡を消し去り貰う賃金

・モップにも沈黙にも力を込めオフィスの隅を仕上げれば、朝

・スーパーの食えないものの代表としてお揃いのカゴが行き交う

・コンビニは明るくきれいその場所が事件現場となったとしても

・面積を持たぬ直線ありありと引くとき人はきわめて真面目

・またの名は湯豆腐ならん豆腐鍋ひとりつつけばあくまでひとり

・焼き魚食いつつ小骨にいらいらとしおり背中をすこしまるめて

・食後なることは明白、だがしかし食後の薬を飲んだかどうか

・内視鏡の先がするると迫り来て我の無頼がひるみおりたり

・誰に何をしてあげられたのだろうそもそも生きてきたのだろうか

・涙もろくなってしまった白髪が増えてしまったよきにはからえ

・合法か非合法かはわからぬがまたもやひとを捨ててしまえり



5年の月日が長いか短いか。
前歌集から5年ののちに上梓された、これは第4歌集になるという。

普通の顔をした日常に、殺人事件の容疑者がひそむように、
人生は、私たち自身の複雑な顔も隠している。
葉の1枚1枚の陰に隠れるように、
多重な心が隠れている。

未来が少し明るく強調されるが故に不穏さも増す2013年の初夏、
人々が西へ東へと移動するゴールデンウイークのさなか、
煌々と照らされたコンビニ的2013年の真白さの中で、
この歌集を手に取ると、5首目の怖さに震える。
自分自身が、容疑者となって追い詰められて行くようだ。

祥  * 『歌集、歌書、歌誌、その他書評』 * 22:58 * comments(0) * trackbacks(0)

松木 秀歌集『親切な郷愁』












平成25年4月13日発行
発行所:いりの舎
四六判ソフトカバー装・144ページ      
定価:1,470円(本体1400円+税)



・飛行機と飛行機雲を産み出して二十世紀のはじめごろ美し  

・大津波によって完全犯罪が成功したる例もあるやも

・韓国というと理性をなくす人おんな韓流おとこ嫌韓

・人生に待つ〈天国と地獄〉とを運動会で子も親も聴いた

・枯野には枯野の役目ありにけり草を抱きしめ雪を抱きしめ

・「日本人が慢心だとかありえない」その言葉自体すでに慢心

・ごみ収集日にあらざればカラスさえ大人しく空をよぎりたるのみ

・あわれさの入門編としておこうカラスが食べるスズメの死骸

・戦争を知らぬ世代といわれても大丈夫いつか知ることになる

・自民党になぜか都合のいい時期に北朝鮮は衛星(ミサイル)を撃つ

・自民党になぜか都合のいい時期に領空侵犯する中国は

・ニッポンヲトリモドシマス親切な郷愁がほら大手をふるう



 

后.魁璽澄_鸛曄Ε罅璽肇團∨匸譴砲

という最後の章がいい。

草原をそよぐ風のような一章。


・くさはらの片隅、目立たぬ場所にあるライスシャワーの墓静かなり

・秋風に吹かれつついま思い出す競馬の〈春の季節〉のことを

・馬の名はライスシャワー、人気無けれども名前の横に「ユートピア牧場」

・急激に成績落とす黒き馬われの心も病みはじめたり

・わたくしが短歌を詠みし十五年単なる空白の十五年

・ユートピア牧場をわれ去りにけりいつかは消える思い出のため

祥  * 『歌集、歌書、歌誌、その他書評』 * 07:01 * comments(0) * trackbacks(0)
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