佐藤成晃さんの歌集『地津震波』

  佐藤成晃歌集『地津震波(じつしんぱ)』

今日の東京新聞「一首のものがたり」で紹介されていた
佐藤成晃さんの歌集『地津震波』、
web上で、全文を読むことが出来るようですので、
掲載されている「おながわ.me」から、
勝手にリンクを張らせていただきます。

すべてを失った小生には、いわゆる歌集を出版するゆとりはありません。「仮設みなし住宅」の薄暗い部屋でパソコンとプリンターを使い、私家版歌集を編むしかありませんでした。私の記念として、私の家族(子孫)の記念として残ればいいかと思っての公開です。アドレスのわかる知人にはメールで送ろうと思っております。メールで受け取った知人が、さらに友人にメールで送っていただければこれにまさる幸せはありません。何人かの友人にはCD歌集にして送りました。「歌集」のすがたはどうであれ、被災した歌詠みの作品として誰かに届いてくれればうれしく思います。

        歌集「あとがき」より一部抜粋引用)
祥  * 『今日の歌 :インターネット 』 * 00:07 * comments(0) * trackbacks(0)

「百円硬貨のさくら」/今日の歌

財布から出すとき少しひんやりとしてゐる百円硬貨のさくら/荻原裕幸

この歌はいい歌だ。
何故、どういいのか。
それが説明できるのか。
何となく、ではなく、
何が、
どう、いいのか。

漠然と良いと言ってもいいのならこの歌はいい歌だと言う

しかしながらやっぱり説明できなくて「ゐ」のあたり眺める

どこにでもある素材にも美はあってその微けさに歌が生まれて

さくらさくらさくら花びら「百円」の図柄の桜 荻原裕幸さんの歌の桜

質感と表記が一致しているといい歌が生まれるのだろうか「百円硬貨のさくら」
祥  * 『今日の歌 :インターネット 』 * 07:17 * comments(2) * trackbacks(0)

ほんとうに来るのだろうかこの街を流れ海へと光求めて/荻原裕幸さんの今日の一首



・再び明るい時代は来るか無理なのか牛乳を噛んで飲む春の朝/荻原裕幸

                                           ogihara.com
                                           2010年3月13日(土)




「ぼんやりした不安」と言ったのは芥川だった。

社会の暗さや、変革期の不透明さが、
心にも影響を与えるということはある。

ほんとうに明るい時代があったかどうかはともかく
まだパイが大きかった時代の、
経済が右肩上がりで成長するというような、
特別、明るい時代に精神的歩調を合わせるわけでもなく、
むしろ多少の陰影を好む種族であったとしても、
先進国の不況を横目に、経済的に若く元気のいいアジア諸国にあって、
一人置き去りになっているかのような債務大国に暮らすことは、
いつの日か、得体の知れない獣に噛み殺されるような不安と共にあることであり、
社会システムの老朽化、デフレマインドからの脱却の遅れる日本にあって、
未来に向けて、最低限の生活の保障や雇用の安定を求める心は黙するのみ。
明けない靄の中に立ち、永遠の花曇り、花冷えの中に座すようだ。

漠然とした不安の進行に歯止めをかけ、スピード調整するように、
運命と自らに確かめ問いかけるように、
用心深く慎重に生きていかなければならない。
どちらにしても、もう自分がこの世で出来ることは知れている、
未来への可能性が少なくなった分、他人事のような、
ひとときの気楽で安逸な今、
かもしれない春の朝。



どんな時代に生まれ、生きていても、
書くことで、自己を支えられているうちは、生の根幹は揺るがない。
書くことで世界を掬い取り、自己を掬い取り、文体を見い出す。
しかしもし、そこに不安が生じたら、
その不安は、生の根底を揺るがす。
あらゆる光は消え去る。
その境界は、海と川との汽水域のように混じりあっている。



・花の種やゼムクリップや五円玉がなぜか下駄箱の隅に置かれて/荻原裕幸
                                           ogiwara.com
3月5日(金)




そうそうあるあると無条件に共感をするような歌。
どんどん平易な表現になって行っている。
この方向は、いいな、と思う。
深遠は望むところに生まれるものとも限らない。
思わず生まれる深遠がいい。
今すぐではないにしても、
いつか生まれる「な鳴きそ鳴きそ」。


・春の鳥な鳴きそ鳴きそあかあかと外の面の草に日の入る夕  /北原白秋


この歌のように、ただの叙景歌で、これといって深い意味もなさそうで、
でもとてもいい。
そういう歌がいいな、と思う。



祥  * 『今日の歌 :インターネット 』 * 00:52 * comments(0) * trackbacks(0)

今日の歌。/荻原裕幸さんの「きょうの一首」より

URLogihara.com
2008年10月12日(日)
きょうの一首


 兵隊となるなりゆきのなささうなからだを秋のひざしに解く/荻原裕幸



ものみな移ろう季節の入り口にあって誘われるのは
明るい虚脱、それとも憂愁、それとも。。。
人は何を思うのだろう。
季節が連れてゆく陽ざしの下。

若さを喪失し、諦念の時代に入る、季節で言えば秋。
その秋の陽ざしにほどく身体。
それは、事と次第によっては、
政権や、世界情勢によっては、
理屈としては、徴兵されていたかもしれない身体。
いつ再来するかもしれない常にある政権への危惧。
現実には当面はなさそうとは言え、
主人公に襲いかからないとは言えない仮説。

その可能性は少ないとはいえ、
まして切迫している事態でもないが、
それゆえに有り得ることを憂いなく憂うことがある。
押しやった不安の兆し。
それは、日常の一瞬であり、同時にその日常はやがて過ぎ去れば、
民族の歴史の中の時間ともなる。

国家ニ属スル男子タルモノ、
ひとたび国家が、牙を剥く狼に、
とぐろを巻く大蛇ともなれば、
武器を携えて戦線へかり出される身体でもある。

そして、その身体を所望すると言われれば、
徴兵忌避はなかなか、なし難しい事。
徴兵年齢の対象に達していないわけでなく、
まだ老年となって抜け出したわけでもなく、
しかしもし徴兵制が敷かれたとしても、
大戦にでもならない限り、行くことも無さそうな、実感の湧かない戦線。

だが、人を殺しに行ったかもしれない戦線。
とりあえずは免れていまここある安心。
とりあえずはここは戦場ではない秋のやわらかな陽ざしの下。

しかしまた、仮定としては、
奥村氏の評論集『戦争の歌』の、宮柊二氏や渡辺直己氏のように、
徴兵を受ける可能性が全然無いというわけでも無かったからだが、
今日の何事もない柔らかな秋の陽ざしの下にある。

とりあえずは、急ぎの用も仕事もなくなって、
急に呼び出される心配がなくなった時にも似て、
ひところの憲法を変え軍隊を持ち、へ直行しそうな政権的危惧が、
安倍政権の退場とともに去り、緩るやかな日常が続きそうな気さえするこの頃、
ふと長閑で甘やかな小春日和の中にさえいる感覚に、束の間の安閑となって
とけほどけてゆくもの。

青年期を過ぎ、初老には達しない微妙な翳りある年齢。
その年齢的なもの、世界観的なものが、もたらす気分か。
歌の中の秋の陽ざしが、魂の休息を贖うようにその緊張をほぐしている。
心身の休息を望んでいる皮膚感覚に、放散するような安息感をもたらすのだろうか。
それとも、暫らくは、と括弧付きの、反語に満ちた束の間の感慨だろうか。
鹿革のようにしなやかでしたたかな、ひらがな書き、旧仮名遣いの使用が、
硬派な主題と柔軟な思考を文体化しているようだ。




祥  * 『今日の歌 :インターネット 』 * 11:36 * comments(2) * trackbacks(0)

今日の歌/荻原裕幸さんの歌

 むかし銭湯だつた空地に秋草の名もなく揺れてやがて静まる/荻原裕幸


いいですね。
今日の荻原裕幸さんの歌。
祥  * 『今日の歌 :インターネット 』 * 15:58 * comments(0) * trackbacks(0)

格子戸の際に時間が淀むという坂口弘の歌のフレーズ

・わが胸にリンチに死にし友らいて雪折れの枝叫び居るなり  /坂口弘
・この冬の寒くなれかし雪降らばリンチの記憶鮮やかにならむ  
・そこのみが時間の淀みあるごとし通路のはての格子戸のきわ  
・今われが切りたる爪を黒蟻が運びゆきたり獄のグラウンド  
・にわとりの小屋と呼ばるる運動場に覗きて咲ける薊いとしも  
・これが最後 これが最後と思いつつ 面会の母は八十五になる 


前の方の文にコメントを頂いたので、
坂口弘の歌を、インターネットから拾ってみた。
祥  * 『今日の歌 :インターネット 』 * 19:15 * comments(0) * trackbacks(0)

今日の短歌誘拐

屋上に見えている海ふゆのいろ無言の黒いタンカーが浮く  /相沢光恵                                                                              blog「まがたま」より

祥  * 『今日の歌 :インターネット 』 * 14:02 * comments(0) * trackbacks(0)

今日の歌/笹井宏之さんの歌(題詠100首blog)

093:落(笹井宏之)
投稿日:2006-09-30 Sat

集落を追われたひとと釣りをする とてもただしいひとだったのに

085:富(笹井宏之)
投稿日:2006-08-26 Sat
富だけを持つひとたちが哀しみの椎茸を金盥で洗う




いいですねぇ。
笹井宏之さん。
文学における『リアル』を書くことの出来る人って、
こういう人だと思います。



089:無理(笹井宏之)
投稿日:2006-08-26 Sat
ありったけの安心感を差し出してあなたは無理のあることをした

080:響(笹井宏之)
投稿日:2006-07-13 Thu
どちらからともなく音になりすまし夜の海へと響いていった

079:芽(笹井宏之)
投稿日:2006-07-13 Thu
おむかいの倉本さんが発芽しているので水を買わねばならぬ

076:あくび(笹井宏之)
投稿日:2006-07-13 Thu
あくびするあなたの横を爆撃機のように飛び立つ鳩の一群

064:百合(笹井宏之)
投稿日:2006-06-17 Sat
シゲヨさん、むかしのことをはなすとき百合にならなくてもいいからね

045:コピー(笹井宏之)
投稿日:2006-05-24 Wed
太陽と月と砂しかない場所でひっそりと震えだすコピー機

034:シャンプー(笹井宏之)
投稿日:2006-05-11 Thu
知られてはならないことをひとつずつシャンプーの原液へと溶かす


祥  * 『今日の歌 :インターネット 』 * 11:05 * comments(0) * trackbacks(0)

今日の一首 

一切のものが眠りにつく夜の向こう側より雨は香りき   田中笙子




静かな祈りのようなこの歌。
「夜の向こう側より雨は香りき」   
こういうフレーズに逢うと、
文語体のよさを、
心地よい流れに浸る韻律の幸福を感じます。

シンプルで無駄のない言葉。雨の日の静謐さ。
雨の匂いについて書かれた歌は多いけれど、
こんな風に精神的な気品ある香りをもって
書かれた歌はなかったですね。

優しい雨の歌、
雨が大好きな人の
美しい雨の歌ですね。

祥  * 『今日の歌 :インターネット 』 * 11:08 * comments(2) * trackbacks(0)

今日の歌

子を産んでいいものかしらねぇあなた閃光浴びた父母の青春    飛永京


この歌で私は飛永京さんに出会った。
実際は、この歌以前にもこの歌以後にも、
飛永さんの歌には何度も驚嘆させられているけれど、
この歌を初めて読んだときの、形容しがたい思いほど、
私を原点に立ち戻らせるものはない。

そして、今日、同じ思いになったものがある。
京さんの題詠マラソン感想ページ「薔薇螺旋主義」
一枚の写真があった。
祥  * 『今日の歌 :インターネット 』 * 09:23 * comments(1) * trackbacks(0)
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