ひぐらしひなつさんの歌

017:陸       
大陸的な朝につらなる一日が合歓の木蔭に過ぎた日のこと
019:アラビア   
アラビアと口にするたび白い花こぼれますます遠いアラビア
020:楽      
あなたへと綴る手紙をあたらしい楽章として秋を奏でる
021:うたた寝   
六月の樹下のうたた寝 触れてくるものをやさしく握りかえして
022:弓      
弓形に眉をひくとき心持ちあかるく逸れて跳ぶ草雲雀
025:泳      
宛先のない葉書のようにはつなつの朝のはじめのひかりを泳ぐ
029:ならずもの  
ならずものと名前をつけたのらねこをボンネットにはべらせて五月は
035:禁      
バイオリンケースに禁書を匿って花散りやまぬ駅舎をくぐる
036:探偵     
海からの手紙をさがす色褪せて探偵小説ならぶ書棚に
046:泥      
やがて泥のように眠れば鴇色の花をたたえて舟が流れる
056:松      
満ち足りて窓に凭れた海に沿う松の林が途切れるまでは
060:影      
解き放つ鳥たちまちに影となり夢みるように錆びつく門扉
063:鬼      
楡の木に額をつけて鬼のままいつも終わった 失えもせず
075:続      
なにをやっても続かないねと両足を投げだす 外はひたひたと雪
094:進      
頬杖のまま聞いていた進化論あなたの耳のかたちを好きで



>035:禁
バイオリンケースに禁書を匿って花散りやまぬ駅舎をくぐる
>046:泥      
やがて泥のように眠れば鴇色の花をたたえて舟が流れる


目を瞠る色彩感覚の豊かさ。物語性。
修辞が空疎なものになるか効果的なものになるかは
読者を立ち止まらせるか去らせるかの決定的な違いとなる。
もしも大道芸人なら、その日の糧を得るか否かの死活問題である。

ひぐらしひなつさんの歌には、鳩や兎が隠されている。
帽子の中に隠れている手品師の鳩や兎。
それは誰にもわからない巧妙さで隠されているので
目を凝らして見つめている人にも解らない。
バイオリンケースに匿われた禁書のように隠されている鳩。官能の花びら。

祥  * 『2005年「題詠マラソン」』 * 11:20 * comments(2) * trackbacks(0)

飛永 京さんの歌

005:サラダ
睡蓮を風邪ひきさんの枕辺に 切り子のサラダボウルに浮かべ
011:都
銀色のイーストウッドが聳え立つ衰え知らぬ聖樹の都
013:焦
焦土には一番先に韮がでて真白い星を咲かせたという
019:アラビア
言いわけを信じたくてもアラビアの花文字ひとつどこかで揺れる
029:ならずもの
厭われて苅られるばかり庭の葛ならずものでも紫の花
030:橋
胡蝶蘭ふたつ並んで眼鏡橋のぞけばそこにインファント島が
034:背中
竜の髭、蛇の髭よけて雑草を摘むロンさんの背中は円く
038:横浜
横浜が開かれたとも知らないで帆柱を待つ出島の蘇鉄
039:紫
紫陽花の地球儀ひとつくださいな海の深さを示したものを
044:香
懐かしいひとの香りに似てもいて泰山木の花びら温し
050:変
今ごろは実のひとつくらい成してるか私の愛した唐変木は
056:松
馬尾松(ばびしょう)の花粉を乗せた西風はしゅうゆしゅうゆと知将を喚んで
062:風邪
暑邪(しょじゃ)燥邪(そうじゃ)
風邪(ふうじゃ)寒邪(かんじゃ)
火邪(かじゃ )厚邪(こうじゃ)
邪神の花見は
なんじゃもんじゃで
063:鬼
指のないお地蔵さんに仏手柑(ぶっしゅかん)ひとつ供えて鬼っ子は去り
077:櫛
こぎつねが使っていったか柘植の櫛からみついてる柔らか栗毛
079:ぬいぐるみ
綿の実を食べるコアラのぬいぐるみ耳の先まで胃袋にして
080:書
訳本を書いた人の名うつくしい蓮池薫 大地に根ざす



>焦土には一番先に韮がでて真白い星を咲かせたという

泥土にも、否、泥土ゆえに命のエッセンスを咲かせる蓮があるように、
原爆が投下された地、一木一草生えないと思われるほど完全な焦土と化した街に、
真っ先に芽生え、祈りのように「真白い星を咲かせた」という白い韮の花。
声高に叫ぶのではなく嘆くのでもなく淡々と歌われているだけに印象深い。

>横浜が開かれたとも知らないで帆柱を待つ出島の蘇鉄

ゆったりと車間距離とスピードを守るように書かれている100首の中に見え隠れする懐かしい郷愁を呼ぶような人々の暮らしと風景。愛惜の思い。
作者の自画像でもあり、時代の自画像でもあり、ある精神的特長をもつ人々の自画像でもあるような。
豪奢な夕陽を浴びながら無防備に無心に佇んでいる出島の蘇鉄。
没落してゆくことにも無関心に、無関心であるほどに裕福さに馴れて。

>暑邪(しょじゃ)燥邪(そうじゃ)
 風邪(ふうじゃ)寒邪(かんじゃ)
 火邪(かじゃ )厚邪(こうじゃ)
 邪神の花見は
 なんじゃもんじゃで

大津絵の神の酒宴のよう。
諧謔の精神は文体にも表れて、最も見事な意味で昇華された遊びに。
祥  * 『2005年「題詠マラソン」』 * 09:05 * comments(2) * trackbacks(0)

荻原裕幸さんの歌

001:声
それからは声だけがあなたのなかへ入つて春の雪を降らせた
008:鞄
旅をしないときの鞄に絵葉書の折れまがる南島のしづけさ
014:主義
パスタ巻く春の右手の辺りから主義が気化してゐるのが見えた
017:陸 荻原裕幸
あまつぶがにはかに沁みて夏服にひろがつてゐる大陸がある
024:チョコレート分
チョコレートのやうにたやすく八月のあの風景も折れて曲つた
025:泳
別の世界で泳がせてゐた群れるのをとりわけ嫌ふ別のひとりを
032:乾電池
使ひ切つた乾電池にて動きだすふたりの夜のやはらかな羽根
035:禁
禁止したはずだつたのに内側へまぶしき街を拡げてゐたか
041:迷
夏つばめゆんゆん飛んでさしせまる悲しみに迷彩をほどこす
042:官僚
官僚的なひとことのみが残されて夾竹桃の揺れてゐる午後
046:泥
春の泥と書くときだけは美しきものとしてある泥にまみれて
049:ワイン
ワイングラスの水平線にわけられた空の向かうのあなたは笑ふ
063:鬼
鬼としてあなたを追つてゐるうちに戦争が二度起きて終つた
068:四
四枚のキングのなかで髭のないひとりのやうに秋を見てゐる
081:洗濯
洗濯ばさみで冷ややかな晴天に拘束されたシャツを見てゐる



024:チョコレート
>チョコレートのやうにたやすく八月のあの風景も折れて曲つた


日本人なら誰でも忘れられない風景だったのも過去のことになっていこうと
している現在、文学に出来ることは何だろう。
なかんずく短歌に出来ることは。

言葉による表現を不毛とあきらめないことしかない。
あらゆる技法、修辞を用いて衝撃力を持つ表現を獲得し、
深層へと降りてゆく言語の梯子を架けるしかない。

(この歌の場合、二つの時空を結び、そのどちらからの読みも可能にし、
二重の感慨をもたらすような歌い方。)


>063:鬼
鬼としてあなたを追つてゐるうちに戦争が二度起きて終つた

亡くなった塚本邦雄は、まさにそのような作家だった。
荻原裕幸の眼もまた現実の中心にあるものを透視しているように見える。

祥  * 『2005年「題詠マラソン」』 * 19:44 * comments(2) * trackbacks(0)

萩原留衣さんの歌

004:淡
まだ淡い光だけれどやりたいと思えることに出会って嬉しい
003:つぼみ
傷ついて閉篭る君にもう一度咲いて欲しくてつぼみを贈る
011:都
東京都であること忘れてしまいそう滝乃川には静かな時間
008:鞄
夢だけがまだ貼り付いておりました。ぼろぼろになった鞄のなかで
007:発見
良い風が吹く筋発見するたびに似合う風鈴探して吊るす
014:主義
頑張らないでもあきらめないその主義で壁を扉に変えていきたい
024:チョコレート
画用紙にチョコレート色の江の電を走らせている十月の画家
023:うさぎ
本当は飼育小屋には抜け穴があってうさぎはときどき月へ
021:うたた寝
うたた寝をしている透明人間を踏んではいけない法律がある
026:蜘蛛
星からの手紙が入った水滴が届きましたと学者の蜘蛛が
031:盗
図書室に優雅な秘密盗まれたはずの名画は栞にされて
028:母
星祭りをひらきますので雲母粉塗っておいでになってください
052:螺旋
日本には四季があるので思い出は花を纏った螺旋になります
070:曲
曲がり角冒険家に教わった通りに楽しい迷子になった
095:翼
翼よりつかめる指がいいのです貴方の役にたちたいのです



人はどうやって希望を見失わないで生きることが出来るか。
その答えは誰にも見つからないかもしれない。
でも留衣さんの歌を読むと、いつでも内側から射しているような
仄かな明かりを感じて励まされます。

その感触は宮澤賢治に似ています。
温かで基本的に人間を信じている。
科学的な好奇心と、信頼を素にした愛情の幸福な結合。

周囲の価値観に迷わされない自分の世界を持っていることが、
萩原留衣さんの歌に創造的な光りをもたらしているのでしょう。



祥  * 『2005年「題詠マラソン」』 * 11:53 * comments(0) * trackbacks(0)

野樹かずみさんの歌

021:うたた寝
亡き祖父がこうもり傘を日傘としうたた寝もした支那の平原
025:泳
死んでまた生まれて死んで一匹のメダカが泳いでいく天の川
039:紫
花ゆれる 盲目の子が紫と信じたゆえのむらさきいろの
040:おとうと
母逝きし午後の片隅たよりない心がおとうとの姿していた
060:影
わたしたちどこへ行こうかびしょぬれの路上七色の影踏みながら
064:科学
休日の港に五隻の潜水艦さびしい科学の鯨が浮かぶ
065:城
死者たちの影長くなるふるさとのお城の坂は夕陽に染まり
067:スーツ
出廷する在外被爆者ぎこちないスーツ姿で遺影を抱いて
069:花束
演奏会の少女のために花束を 六十年目の被爆ピアノの
070:曲
あの日々に君が弾いてた練習曲の音符が梢でいまも鳴ってる
071:次元
つなぐ手の向こうは異次元世界かもしれない霧ふかき夜をゆく
072:インク
君からの葉書のインクがにじんでる降る雨のなか紫陽花色に
073:額
テーブルのコップやバナナやジャム瓶のあいだから子の額
081:洗濯
八月の乾いた地面にゆれている洗濯物の影と不安と
096:留守
ゲットーの四角い空から降る雪を見ているもうすぐ永遠に留守




1991年「短歌研究新人賞」受賞の野樹かずみさんの題詠マラソンの100首
読み応えがありました。
通奏低音としての戦争、ジェノサイド、死者の語りかけ。
ラストの一首の「もうすぐ永遠に留守」が心にしみます。


祥  * 『2005年「題詠マラソン」』 * 18:46 * comments(3) * trackbacks(0)

久野はすみさんの歌

013:焦
焦燥というタイトルの壁画から馬がつぎつぎ駆け出す朝(あした)
004:淡
酌み交わす淡麗のさけ、川面にはたくさんの火がゆれていました
029:ならずもの
海沿いに白い風車が建ち並びならずものにはなれないふたり
039:紫 
紫蘇の実の佃煮すこし皿に取るしょせんは他人の出来事なのだ
034:背中
かたくなな背中を曲げて菜の花の中にあなたがうずもれてゆく
043:馬 
負け犬の、いや負け馬の足裏(あうら)にも春うららかな草のぬくもり
056:松 
もういまは切り株だけとなりし松 老いたるひざにひだまりを乗せ
067:スーツ
たぶんわたし泣くのでしょうねピッシリと折り目の付いたビジネススーツ
075:続
永遠に続く葬列 雨粒が空に戻ればまた雨となる
077:櫛
つげの櫛、べっこうの櫛、銀の櫛、あなたがくれた月光の櫛
081:洗濯 
洗濯がまだ終わらないゆうぐれの三本松まで歩いてきたが
083:キャベツ
千切りのキャベツを水に放つときふいに乱れる窓辺のひかり
089:巻 
巻き貝と思ったものは特大のかたつむりでした 南の島にて
092:届 
届かない手紙であれば仕舞い込むオルゴール付き宝石箱に



>029:ならずもの
海沿いに白い風車が建ち並びならずものにはなれないふたり
>039:紫 
紫蘇の実の佃煮すこし皿に取るしょせんは他人の出来事なのだ


ここ(100首)にあるのはちょっぴりシニカルで悪が好きで、伝法肌のところもあって、でもどうしても白が基調で清潔な、決して本物の悪にもならず者にもなれない、謂わばやさぐれた作者、または作中主体。


祥  * 『2005年「題詠マラソン」』 * 14:14 * comments(0) * trackbacks(0)

花山周子さんの歌

010:線路
朝まだき恋ヶ窪駅に佇みぬ単線線路の見えくるまで
011:都
都会には都会の美学夕暮れを低きところで煙草吸う人
013:焦
海の向こうも空は同じと言うならばしだいに空は焦げてゆくかも
017:陸
われ立ちぬ大陸の果て草原に等身大の鏡はありて
030:橋
人は橋、鳥は空を渡りいる利根川の上に長き夕影
028:母
春の日を母の歩めるは地にあらず意志にあらずして風に吹かれる
022:弓
弓ほどに張りし湖面にトンボの尾触れれば風の立ち初むるらし
046:泥
地下街に風の動ける気配して泥の目をした人の振り向く
054:
また鬱になりくる夕べ弟の靴下履きしゆえに叱らる
059:十字
デッサンのモデルをしつつ画用紙に十字よりわれの顔は始まる
091:暖
心配をさせたことのみ残りたり夕べ暖かき風の吹き始め
093:ナイフ
ナイフにて絵の具を混ぜる秋の朝、否、光を混ぜている朝
90:薔薇
手つかずの哀しみ窓におとづれて小さき薔薇は窓越しに咲く
099:動
動物の匂いを沈め雨の降る木下サーカスのテントの上に




>013:焦
海の向こうも空は同じと言うならばしだいに空は焦げてゆくかも
>017:陸
われ立ちぬ大陸の果て草原に等身大の鏡はありて

ダイナミックでスケールの大きい歌を歌う作者。
海の向こうで起こっている戦争、焼け焦げているその地の空、
であるならば、この国の空も必然的に焦げてゆくはずではないか。
世界のどこも対岸ではなくひとつながりの地であり空であり、
人であるはず。他者に起きていることはやがて自分にも起きること。
ただ身代わりのように今誰かに、今どこかに、でもいつかは此処に、私に。

祥  * 『2005年「題詠マラソン」』 * 09:59 * comments(0) * trackbacks(0)

しのざき香澄さんの歌

001:声 
歓声の中きみは鳥になったね 体育館の外は雪です
003:つぼみ
気がつけばつぼみの混じる桜湯のゆげの向こうに微笑む父の
007:発見
発見はちいさくとおく指先をのぼって消えたてんとう虫の
010:線路
黒緋(くろあけ)の線路に頬を押しつけて昨日と明日の声聞く子らよ
026:蜘蛛
蜘蛛の巣に嵌った蝶の海松色(みるいろ)の震えが枝へ雲へと そして
032:乾電池
乾電池外したままの置時計 風を待つためだけにある部屋
050:変
もう秋がきていますよと書きはじめ明朝体にフォントを変える
061:じゃがいも
何もかもうまくいく気がして今夜のじゃがいもスープの塩加減
070:曲 
この先を曲がれば薫る沈丁花けんぱけんぱで近づいてゆく
077:櫛
引き出しの鮫皮ヤスリ取り出してつげ櫛つくる十四代目
080:書
桐箱に柚子の香りの金平糖 熨斗紙に「内祝」と書かれ
084:林 
アッサムに林檎の皮と芯をいれ世界のことを少し忘れる
089:巻
少年のひとさし指のあおしろき竹飛行機のゴム巻く時の
095:翼  
美しいいいわけでした6月の紙飛行機の翼に乗って



懐かしく優しく郷愁を呼ぶような世界。
小津安二郎の描く映画の世界のような骨格と輪郭とモラルのしっかりした世界。
定型のフレームに収められた日常の静寂。



祥  * 『2005年「題詠マラソン」』 * 07:10 * comments(2) * trackbacks(0)

立花るつさんの歌

017:陸
017陸ガメのカシオペアだけが友と言う患者の時空を超えた眼差し
018:教室
虐待の連鎖を断ち切れ教室の隅でミミズは切り刻まれて
019:アラビア
写真集開けば頬を吹き抜ける黄砂を含んだアラビアの風
022:弓
弓弦羽(ゆづるは)の森は黙って泣いていた崩れた街のそのまんなかで
032:乾電池
乾電池ならばがんばれ切れるまで己の生を淡々と生きよ
034:背中
夢でしか会えない人の背中追う雨音耳にやさしい夕べ
039:紫
聞こえない窓辺に立って見た世界たとえば紫色した空気
040:おとうと
おとうとが母の胎内で死んだ日の雪の匂いを覚えています
043:馬
左手で風を起こせば弦が揺れ馬頭琴から秋が始まる
063:鬼
さみしさは絵本の中にも充ち満ちて鬼は成敗され続けている
072:インク
インクだと思えば悲しい絵本からロールシャッハの鷹が飛び立つ
087:計画
計画に組み込まれていく私なら私でなくてもよいのでしょうね
089:巻
不特定多数の人を巻き込んでネットの議論は歪んで膨らむ
095:翼 立花るつ
「翼さえあったら飛んでいくのにな」あっても来ないと知りながら待つ
096:留守
留守録の声一つずつ消していく「死にたい」「苦しい」クリニックの朝



日常に潜む暴力、残酷。
痛みが行間から立ち上ってくる。
一首一首の背景に人間が生きてゆくことの大変さが深く息づいている。
そのことに敏感な作者がいる。
最も醒めた観察者であり、
同時に最も傷つきやすい作者であるのだろう。


祥  * 『2005年「題詠マラソン」』 * 22:06 * comments(0) * trackbacks(0)

春村蓬さんの歌

001:声
聞こえるよ振り返るとき待つときに「よもぎよもぎ」こひびとの声が
006:時
飛ぶ鳥の一瞬の影、屋久杉の千年の影、時は影をひく
007:発見
うつくしくほこり積れる古書店に岩波新書の『ゼロの発見』 
010:線路
始まりと終はりと継ぎ目 線路にも人生のやうなしづけさがある
009:眠
雨ですと告げたきひともおそらくは相聞のそとに眠りたるころ
015:友
横顔の美しかつた級友の真正面なる写真仰ぎぬ
021:うたた寝  
思ひ出はうたた寝のなかいきいきと時計を磨く壮年の父
023:うさぎ
やさしさを与へるときはやさしさに触れてみたいとき白いうさぎの
026:蜘蛛
コンサートチケットを手に秋を待つ やさしい蜘蛛を歌つたひとの
043:馬  
あるときは母でも子でもなき顔の馬となり丘を駈け登りゆく
047:大和
この国の名も知らず渡る鳥たちへ大和やまとと吹く風あるか
061:じゃがいも
じやがいもの花みな白く傾きて雪のあらしのアンデス山脈
080:書
書道家の手紙きちんとたたまれて鶴の飛来は明日かと思ふ
082:罠
簡単に罠にかかると思ふまで犬はかなしく洗はれてをり
084:林
よろこびは一本の立木かなしみも一本の立木同じ林の
088:食
うを食めば魚のかなしみ水飲めばみづのさみしさ充ちてうつそみ
091:暖
根は土にふかく還りて暖かし木はどこまでも自由であるよ
095:翼
烏山、飛鳥山、ひばりが丘と翼焦がれて一世過ぎなむ
096:留守
ながくながく留守のこひびとその庭に薔薇咲くらむか木香の黄の
097:静
木香の冬のさみどりこの庭にさやさや咲けばこひびとの静




>097:静
木香の冬のさみどりこの庭にさやさや咲けばこひびとの静

よろこびも悲しみも植物や小動物の愛しい生に還元されてゆく。
いや逆かな。愛しい生き物たちが、生の深淵を深めるのかもしれない。
優しい人の生と別れがある。




祥  * 『2005年「題詠マラソン」』 * 14:47 * comments(2) * trackbacks(0)
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