初期作品集  (『未来より』)

 



少しだけ暗いところが好きだった陽あたる丘に住んでいたから


 


音のない雨を見ている音のない風を見ている一年の後


 


向かいあい一人は絵地図一人は歌のようなものなど書いている午後


 


煙突の見える場所から描いている五歳の地図の空の拡がり


 


星空の下のテントで眠っている消息絶った重信房子


 


隠れ家に日常があり石鹸の匂いしている幼児がいる


 


地下鉄の地下に水湧き流れる音淋しい人が背中押される


 


思う程死ぬのは簡単じゃないと呼吸不全に陥りながら


 


病院の地下には霊安室があり待機している葬儀屋もいる


 


究極のなれの果てなる同窓会初夏の銀座の三笠会館


 


一九九〇年の街角でグレタ・ガルボの死を聞くばかり


 


若い日は誰にもあったはずなのにシーラカンスのように眠って


 


私のためというなら何のため私は生きているのだろうか


 


日曜日の教会の裏は荒井呉服店 春の燕が通り抜けする


 


体制は黄昏の色、世紀末漂流民は流氷に乗り


 


黙示録開いてみたくなるような額の象徴もつゴルバチョフ


 


魂の蛍明滅しただろうあなたが病んでいた夏の日々


 


白い手のさよならだった細くなり小さくなって優しくなって


 


長い夢みているような気がします醒めない夢をみているような


 


エルドラド幻の郷エルドラド金の釣針のむ魚たち


 


蛙、蛇、鰐棲む河の流域に栄えて滅ぶ エルドラドという


 


地球儀の文字書き換えるミャンマーと、昔「ビルマの竪琴」を観た


 


教科書も地図もすっかり役立たない世界史に風、新しい風


 


NHK「七色村」のマリエさんプラハの春は再びめぐり


 


さよならがどうもになって終ること長い時間が流れていたこと


 


東洋の小男一人立っていてマチスの聖母子眺めているよ


 


ドミニコ会ロザリオ礼拝堂の壁、線で描かれたマリアとキリスト


 


美しいものは戦国乱世の落城の日の天守の自害


 


国分寺の家に行ったら咲いているえごの花びらもう泥だらけ


 


雨降れば傘さしてみる萼あじさい去年と同じ色に咲いてる


 


降る雨のように触れられないならばいっそ何にも無いほうがいい


 


気がつけば横になりたくなっている雨の日は雨の音聴きながら


 


何一つ残さず消えてゆくのがいい感動だけがすべてだったと


 


講習会「ゴキブリ団子のつくり方」、PTAの総会にいる


 


学校は金太郎飴本舗ゆえ熟練工のような教師もいる


 


規律説き正義押し売る人もいて胡桃を潰すように個を潰す


 


まだ見えない雨を感じているような雨の匂いのする日曜日


 


世界はもう遠くへ行ってしまったと微熱ある日の夕べの風が


 


異型の子みごもる地球いつしかにチェルノブイリに雨は降りつつ


 


家庭という殻が重たくなっている葉裏にひそむわがかたつむり


 


鬱々と鬱を重ねてゆくばかり生気失せゆく今日鴎外忌


 


難破した船から救い出すように絶版の書の数冊を購う


 


言葉とは冬の桜と詩人が言う風たちの歌聴いて育てば


 


「火薬庫」で火薬爆発、容赦なく苛酷に生きよと中東の風


 


新安値つけている日の市場ゆえ避暑地の猫のように眠ろう


 


そしてまた黄昏刻の映画館 「秋津温泉」「雪国」の恋


 


完結が死であるならばこの旅は滅びの歌がよく似合うはず


 


日本へこの子を連れていって下さいとチェルノブイリの若い母親


 


誰が死んでも空は照り風は真夏の街馳け抜ける


 


夕焼けが窓染めている安っぽい映画みたいだけれど綺麗だ


 


午前五時「桑の都」の蒸気立ち「中村豆腐」の硝子戸が開く


 


俊ちゃんと夏中行った香炉園、海水浴場だった昔に


 


私の生まれた頃の魚崎の海もきれいに澄んでいたはず


 


流木で沸かした産湯に入ったわけで漂いながら生きてるわけで


 


去年まで母が元気でいた家が八月の雨と草木の中に立っている


 


わけもなく今日は心が軽くなり九月初めの雨に濡れている


 


空はもう秋の空だと雲が言う日本海には高気圧がある


 


一顧だにかえりみられないもののため 石を積んだり崩してみたり


 


そしてもう春は最後の春になり秋は最後の秋になるかのかも


 


汗ばんで眠っていたのは睡蓮の葉かげに眠るおやゆび姫


 


万人に見放されている気がしているたった一人の人を失い


 


負へ負へと退却していた私の兵隊たちを呼び戻している


 


ひまわりに似た花が咲く夏の朝それも晩夏の雨上りの朝


 


〈カグー〉君は飛べない鳥と呼ばれているなぜそうなったのか誰も知らない


 


深海魚うちあげている秋の海何を嘆いている海だろう


 


国分寺の家の樹に似て太い幹蝉がとまっている夏の闇


 


窓際に誰かが忘れていった本 風が読んでる「梁塵秘抄」


 


私も月の小舟を一人漕ぐ「梁塵秘抄」の桂男のように


 


始まりはイエスの方舟、ものみの塔、富士の裾野にオウム鳴くまで


 


「オッチャン」は元気でいるか 方舟は夏の終りの海漂うか


 


また空が小さくなったまた青いシートが空へ伸びてゆく街


 


火炎ビン葦簀に移って燃え尽きた。三島屋商店炎上の経緯


 


不安との道連れであるあまりいい人生送っていないのである


 


その心見えなくなって長い日が、長い時間が過ぎてしまった


 


思い出を少し残して消えてゆくいつかあなたもいつかあなたも


 


レコードの針を降ろした時の音、多分忘れてしまうだろう音


 


振ってごらん揺すってごらんもしかしたら記憶の底の音がするから


 


生きて逢う最後の夏を見るように積乱雲をあなたは見ていた


 


悲しみは時が癒すという嘘を信じるふりを誰もがしていた


 


「苦楽園」誰が名付けし駅名と 小さな駅に人を待つ時


 


北側の窓から猫が出入りするすすきが白い川べりのアパート


 


じゃがいもを剥きながら思う一節 お皿を洗いながら思う一章


 


つい二年前まで母は生きていたその街角を曲って消えた


 


母だって死んでしまった神無月 見捨て給うな月は欠けても


 


悲しみに胸を切られて血を流す出血多量の夕焼けがある


 


「あなたさえいれば私は生きられる」久しぶりに読む恋愛小説


 


健全な市民のように生きたいと泥棒貴族の最後の仕事


 


そしてもし明日があるなら始めましょう貴方と二人の子供の暮し


 


何でもない普通の日々でも薔薇の日々、明日があるなら明日も薔薇色


 


世界中が留守になったと思うでしょうあなたのいない世界の夜明け


 


何の夢も希望もないと思える日「ヒマラヤの芥子」の絵葉書が来る


 


揺れている揺れて何かを想っている落葉前線移りゆく頃


 


虫喰いも形不揃いなるもよしその新鮮さ食してみたし


 


マーケット情報今日も変化なし大いなる雲空を覆えど


 


秋の午後歯医者の椅子に座っている「夜半には雨」と気象情報


 


究極は心の壁を持たないこと ホームレスヨーコ ニューヨークにいる


 


今そこを風が通っていったのは きっと精霊になったあなただ


 


「ジェラス・ガイ」レノンの口笛聴いている雨だれを聞くこともないから


 


恋しさに似たるは水の悲しさに母病むときは血のかなしさに


 


いずれ死屍累々の私だ 廃墟のような胸の洞だ


 


暮れかけた空見上げれば空さえも雲ばかりその蛇腹を見せて


 


投げている石の行方は知りません海がさらってゆくのでしょうか


 


誰かが幸福になれば私も幸福になれる 羊のような雲も浮かんで


 


人一人たとえ病んでも狂っても笑い話になるだけだろう


 


住む人が変われば家も変わるのさ あなたのいない人生だって


 


今もまだ病院にいると思おうか私は一人と思わないため


 


ざわざわと樹を揺する風 起きなさい目覚めなさいと樹を揺らす風


 


素裸で立っている樹が美しい何にも飾ってない樹が好き


 


「アフリカは悲し雲も森も無く」滅びゆくものみな美しく


 


紙吹雪一枚残る青春は誰のものでもないプロローグ


 


あきらかにほがらかに声充ちる時、永遠の別れと誰思うらん


 


戦争が終れば次の戦争が、終らなくてもまた戦争が


 


結局はお伽話であるらしい生まれも育ちもひよわなる花


 


つるされてあまくだりくるたかみくらたみのかまどはにぎわうらしも


 


戦略も計画もなく生きていて、いつか身ぐるみ剥がされていて


 


多国籍軍兵士のための子守唄、女優メリル・ストリープも歌う


 


今日からは見えない犬を飼いましょう「犬でも飼えば」終る憂鬱


 


中東に今陽は射していたりけり青き地球の病み初むる頃


 


言ってみればこの雨のひとしずくのようなものかもしれない私は


 


タランチュラ赤い年老いた星雲 銀河に咲いた昏い紫陽花


 


太陽が暗くなるまで炉を燃やす ほろりほろりと人が死ぬまで


 


無条件降伏強いる強いられる貧しき者は幸いならず


 


一度だけ不用意だったことがあるあの時そしてそれからはない


 


充電を予告している赤ランプ かく果てしなく膨らむ宇宙


 


昔々地球という星があった 天満宮には桜も咲いて


 


三鷹にも雨は降るかもみぞれかも 春の雪降る禅林寺かも


 


茉莉さんが冷たい雨に濡れている茉莉さんは雨が好きだったけれど


 


この星に少し後先になって生まれてもしかしたら出逢えて


 


人生はこうして流れ去ってゆく「淡雪流る」その春の日に


 


「問題は数学ですね。」今回は私は母として聞いている


 


放心をしているような午后の空、春のプールに揺れている影


 


教室の窓から遠く眺めていた 鉛色したある日の海を


 


青谷を降りれば海星女学院、聖母子像も遥かなる街


 


春早き神戸の街の花吹雪今年の桜見ずに終りぬ


 


昨日来て今日帰りゆくような旅 親しみ薄き街になりゆく


 


この駅は久坂葉子の死んだ駅、阪急六甲通過している


 


もう一度風に逢うため私も一つの風となるための旅


 


私は急ぎ始めているらしい生き急ぐというほどではないが


 


老残を見せたくはない見たくない、風を誘って散る花がある


 


距離感が私を誘う 水流は風を含むと中国の詩に


 


ついにもう昨日の夢のように降る、雨のプールをみているある日


 


雨の日の雨のプールを見ている日 降りたくて降る雨なのだろう


 


N極は北極星の方を指す。北枕して人も去りゆく


 


既にもう優しさに似た残忍さ着心地のよい毛布にも似て


 


夢よりも儚き世とは思わざり日々生き難きこの世なりけり


 


もうすでに遠い思い出かもしれないこうしてみんな終ってゆくね


 


通いあう心もたない私と線路向こうの昼鳴く鶏と


 


純白の花咲くように純白の死が突然にあなたを捕え


 


麻酔事故 脳死十日の後のことピアノ教師の死のあっけなさ


 


もっと普通のありふれた、たとえば沈む夕陽のような


 


甲府から二つ目の駅が身延線善光寺駅、桜散る駅


 


満月の夜の花散る無人駅、銀河鉄道停車する駅


 


郵便はまだ来ていないかもしれない春の便りは少し遅れて


 


またいつか逢えればいいね春が来て花が咲く頃逢えるといいね


 


雨はもう降らないだろう離れ住むひとの心を伝えるようには


 


春今宵老父一人の逝った夜、湖の霧晴れてゆくらし


 


様々に色変えながら咲くことにすでに疲れていたりけるかも


 


誰だって魔法の杖は持ってないもちろん私の手は空っぽさ


 


幸福の青い鳥などいないことただ樹のように朽ちてゆくこと


 


私を呼んでいるのは洗濯機、「朝日のあたる家」の薄闇


 


沙羅の木の風に鳴る時風を知る夢見る頃を過ぎて久しき


 


とどめを刺すこともできるというように一秒間の空白があり


 


この岩を裂いてつくった切り通し落ち行く先も風の断崖


 


敗軍の将は鎌倉道を逃げ首塚一つ残していたり


 


もうすでにあきらめている人生の放課後に吹くその夏の風


 


その胸に咲く薔薇のため降る雨の優しさだけを愛しはじめて


 


日常が重く切なく辛いなら風の青さが身にしみるはず


 


見知らない街には見知らない人が、昔のあなたに似ている人が


 


逆瀬川、仁川、夙川、芦屋川、流れる水に花を浮かべて


 


玄関に猫が六匹居眠って、ローランダス家の風の休日


 


〈幕切れの見事さなんか言われても仕方がないよ生きていたいよ〉


 


手も足もからだも動かなくなってゆく、ダンディだった君の友だち


 


昨日まであった命が今日はない フォーミディブルは咲いているのに


 


やがて死はそこにひっそりやってきて待っているのだろうに 膝をかかえて


 


悲しんでばかりいないで夜光るこの遊星の光あつめて


 


地球ではいつも何処かでジェノサイド夜も目覚めて耳立てる犬


 


もし君が風になるなら海に出て帆を張る船の追い風になれ


 


やがて夜は明けるのだろう永すぎた君の白夜も終るのだろう


 


どこまでの私でいつまでの私 生きてなければいけないけれど


 


散り散りになってゆく雲 いつか見た夢なんかもう何処にもなくて


 


風が呼ぶあるいは雲が呼ぶなんて 誰も待ってはいない空なのに


 


夕やけが恋しい海の色が欲しい さまよう船をのみこんだ海


 


何度も何度もそう思う 虚しさの理由、悲しさの理由


 


死体なき殺人劇も終るから普通の日々も始まっている


 


衛星(シギント)はいつも見ていた天安門、アラビア半島、日本列島


 


砂漠は見えないものがあるという消えた死体や顔なき兵士


 


垣間見た世界の終りいつだってナンセンスなる世界の終り


 


人知れずグレていたんだ今日一日白い木綿に針刺しながら


 


従順に老いて死ぬゆえこの星に青い地球に緑の国に


 


湾岸より以後は朝夕刊を見ずニュースは後から知ることにする


 


風ははや時代をこえて吹くからに消去されてゆくホモ・サピエンス


 


〈我の死も友の死もない戦争〉と歌人の歌う戦争があり


 


中心は空虚で稀薄で退屈で自ら動く姿も見えず


 


その彼方、彼方の彼方の彼方まで もしできるなら遠く離れて


 


ほんとうに強い相手に勝てたならレジスタンスの勝利に酔える


 


メイフライニンフは今日も水遊びほんとうの自分にはいつなれるのでしょう


 


真っ白い曼珠沙華咲く〈石の華〉見えない花が今日もどこかで


 


私の生まれた冬のサモワールかなしみならば沸かせるだろう


 


千年の夜明け始まる新世界 月満ちるまで苦しむもよい


 


ほのぐらき憂いの森にかなかなと一期一会と鳴くなひぐらし


 


心には心の傷が絶え間なく〈優雅な行進曲〉が聞こえる


 


『何も無し』その日七月一四日、ルイ一六世の日記短く


 


終日をまた一生をうたたねのオブローモフの醒めて見る夢


 


死ぬ他は何にもしない夕陽さすそよぐ葉陰のアンシャン・レジーム


 


どのように生きても変りないものか 時に夕陽は美しすぎて


 


さびしさに空の真水を汲み上げて秋はこころのうちにこそ来る


 


晩年の母の気鬱をまぎらわす猫の行方もわからなくなる


 


後の世の人には何と呼ばれよう花火のような時代だとでも


 


こんなこともみんな忘れてしまうだろう三十年後の陽だまりにいて


 


何処にでも折って畳んでゆけるように絵筆数本持つだけの暮し


 


ささやかなこの幸福でいいのよと風に吹かれる青紫蘇の花


 


青い影、青い二人の影がある ゆきどまりかもしれない道に


 


ある日ふと空は裂けても虹もない明日を胡桃のように信じて


 


私がただ私であるために雨は静かにまた降ってくる


 


生きていることが一番大事なこと 九月の雨が降る優しさに


 


生きて在るそのことだけを愛してもトスカ暗愁かぜのゆうぐれ


 


幸福なことなのかしら日本に北半球に生まれたことが


 


団塊の世代に先立つ少数派 少しひよわと言われて育ち


 


ぼうふらのように発生した群れは冬の時代が生きられなくて


 


幸福な日々は終わって退屈な時代さえ去り、暗転の時


 


出て行って帰って来ない人もいる 街に空き家が目立つこの頃


 


透明な秋のつづきの日に消える ジジという名の黒猫置いて


 


病む時があるから癒える時がある一番好きな季節は晩秋


 


アマデウス、蝋燭の火が消えるから早く書いてよそのレクイエム


 


眠れなくなるのは思いつめたから《あんたとあんたの音楽のせい》


 


誰かもまたどこかで歌を歌っている朝が来るのが待ちきれなくて


 


雪、雪、雪、雪が降る 世界は白い愛に満ちている


 


「智恵子抄」より


 


狂うほか死ぬほかなくて居る砂浜 千鳥が波を呼んでいるから


 


どこにももう飛び立てないし帰れない 華奢なつくりの鳥篭がある


 


五ヵ月の無音、訪れなき日々は紙を切るよりしかたもなくて


 


やつれてゆく姿見るほど強くないゼームズ坂は日に日に遠い


 


その恋の物語には封印を 虚しくひらく贖罪の花


 


晩秋の雨なら知ってるかもしれない私がこんなに疲れたわけを


 


だんだんと心も冷めていきますね 日向の匂い忘れるほどに


 


なお濁り濁りきれない街の空 静かに破滅することもある


 


おとなしく発狂するしかない真昼 ただ待つだけの時間の果てに


 


太陽は西に沈んでゆくときに少しみんなを幸福にする


 


いつだってあの人の後を歩いている二十年後を歩く坂道


 


電車からまだ見えていた赤い屋根、雑木林の古いあの家


 


もうそこに今は無い家、無い林 焚火していた黒沼博士


 


身のおき場心のおき場なき日暮 生まれた国に生きて暮して


 


日々辛酸日々に破滅をくり返す血の色に似た夕空がある


 


今はもう誰も呼ばない語らない星がどこかで瞬いている


 


ガリレオが望遠鏡で見た世界 信長公の回す地球儀


 


あの人はいつも悲しい眼をしている 夢で時々会うあの人は


 


一瞬の炎がそれを包みこむ 世界を支える樹が炎えている


 


どんな場所どんな時間にもホロコースト海の向こうはそんなに遠い?


 


身震いもしないで獣が目を醒ます 今太陽が昇ったところ


 


絶望と希望の間に架かる橋 それが虹なら消えやすい橋


 


祈らせて奪う命もあるだろう〈雪のサンタマリア〉の祈り


 


原子量58・933記号CO原子番号27それがすべての始まりだった


 


半身はバターのように溶けたから残った臓器は貴方にあげる


 


〈ハルシオン〉飲む大統領 明日もし西海岸に雨が降ったら


 


永遠に周りつづける宇宙船 帰還不能の飛行士がいる


 


帰れない宇宙船から見る地球 国境にいま雪が降ってる


 


いつまでの世界だろうか子供たち運がよければ時間はあるが


 


石積みの一つ一つの均衡と石の一つの忍耐力と


 


そしてまた時代は変わる青空の水平線の向こうから来る波


 


満開の桜の森の樹の下に二度と眠るな上野の雀


 


そう言えば短い戦争があった 長い破局が始まっていた


 


〈私〉の死につながってゆく足跡 遠く逃げれば遠く行くほど


 


誰だって最後は不慮の死を遂げる 運命という風の一撃


 


降りかかる雪はいつでも美しい とりわけろくでなしの死に顔


 


「学校に行きたくない」と電話して横浜線に自死せる少女


 


大丈夫父母は気づいておりません むしろ我が身を責めております


 


部外者に口外してはなりません貴方の子供が可愛いかったら


 


父母集会 美談、拍手で終ります めでたく一件落着します


 


朝刊に轢死と載ったそのわけを知ってはいても風の噂に


 


黒塗りはコピーミスというわけではなくて教育委員会の調査報告


 


校長は無事に退職されました 何事もなき春の夕暮


 


遠い日に逃げてしまった青い鳥 つがいの鳥の一羽だったが


 


雪だけがあなたの心の色に似て触れようとすれば消えてしまう


 


死んでいるのではないよ ただ眠っているのだ蝶は 石よ


 


傾いて立つ樹のように傾いて風の手紙を待っているだけ


 


いつの日かまた逢う風の又三郎 さよならだけが人生じゃない


 


これよりは終着駅へ突っ走れ春の日暮れの海岸電車


 


懐かしいオブローモフに逢ったんだ 午前零時半に別れた


 


絶望の他に何にもないのならその絶望を食べていなさい


 


それは怠惰のせいというのでもなく多分生まれつきの他なく


 


パラダイムシフト完了夜明けだと囀る鳥の声がしている


 


『君たちのために腐ってしまった』もっと上手に腐らせてあげる


 


この上はもう何もない焼野原 春の雪降る窓を見ている


 


逢えるでしょうきっといつかは逢えるでしょう君は優しいゴーストになる


 


死のうかもう楽しいことがないのならgame・overする揚雲雀


 


どん底に何度も落ちてきたじゃないもうお終いと思ったじゃない


 


倒れこむ愛があるならそれもいい知らんふりなどしているのもいい


 


積載量オーバー許容量オーバー風に吹かれていたかったのに


 


雛人形飾って納う武者人形飾って納ういつまでの花明り


 


「幸福の木の実」一粒あればいい尊厳がもしそんなものなら


 


降る雨のミサイルよりも怖いもの生きて気体になる私たち


 


激突で最後は終る松葉杖そっと隠していっても無駄さ


 


よかったら焔の瓶詰一ダース 夢の時間さ 炎やしてあげる


 


ダレモミナココロニキヅヲモツという ありふれた死もやがて来るべし


 


少し寒く少し疲れた。夏が来ても眠っていたい木の陰の蛇


 


明るい日、明るい五月 草も木も花さえ殺意秘めたる五月


 


看守付き格子付きではないけれど花降る午後にまだ行き逢わず


 


〈主体〉なら遊びに来たよ昨日から誰かの胸で死にたがってる


 


もう何も無いことを知っている新しい日々にも何もおこらないことを


 


憂愁の最前線はどこにある空が錯乱する夏の朝


 


この街にカラスが飛んでくるわけは死臭が漂いはじめたからさ


 


蜘蛛の巣の繊細な糸かけられてついに息やむまでの宙吊り


 


物置に蛇のぬけがらいたちの巣迷宮の入口というわけではないが


 


燃える街、暖炉に落ちた焼夷弾 母の記憶の中のその夏


 


川鉄の、神戸製鋼所の煙 阪神工業地帯の煤煙


 


ふりむけばいつでもそこに街角に、海があったが夢かもしれない


 


今さらに何を求めて小綬鶏は午睡している榛の木を呼ぶ


 


榛の木は応えられずに耳澄ます 崖を下ってゆく水の音


 


一行の詩には償う力がない ゆうべ生まれてけさ死ぬばかり


 


あじさいの花の下にはかたつむり 雨降る午後の物思いして


 


桜桃忌・鴎外忌など来ると思う 明るい雨の降る街に出て


 


灯篭の水に流れる八月は昨日を吹いた風に吹かれる


 


八月のさまよう死者が問いかけるドウシテワタシハカエレナイノカ


 


「もしかしたらこの手で殺したのかもしれない」王の悲惨は夏に始まる


 


健康で生きていること死なぬこと『辛酸佳境に入る』に至らず


 


初めから根こそぎだった草だから、不在は誰のせいでもなくて


 


「あきらかに産湯を出ない一生」と占いに凝る親戚の人


 


「情報が話してるから僕たちは何にも話すことがないんだ」


 


あんな死が僕の死なんて思うなよ 悪戯好きの天使のドジさ


 


いきなりの自己主張とも見えてきてなぜこんなにも血を見る世界


 


いうなれば二重の条件つきの生 台風の目の中の日本


 


一九九二年の夏である 日本が日本を病んでいる夏


 


それだってまた喜んで手を振って 前へ前へと押されていって


 


突き抜けて吹く風だったはずなのに中上健次死す夏となる


 


しなければよかったことの一つ二つ生まれたことに比べれば何も


 


明日きみが死んだら信じてあげるその嘘の幼さ


 


雨雲は東へ去ると伝えくるさらに深まりくる欝らしき


 


あの人を嫌いにならないでおこう雨の日はラフマニノフを聴きながら


 


もう誰もいないから空は晴れて明日は明かるい日になるという


 


鬱陶しいほどの緑のなかにいて湧水に手をひたしていたり


 


富士川の上流という早川で貝の化石を拾ってきました


 


星が落ち貝が化石になるまでの時間をヒトは蛍のように


 


みすずかる信濃追分ふりむけば桔梗色した秋が来ている


 


その人も白いすすきのように立ち〈笛一管による井筒〉舞う


 


血まみれの時代の顔がふりかえる 撃ち抜かれている人間の顔


 


木陰から木陰へ続く小径より栗のいが踏み上る石段


 


栗の木の栗落ちる音えごの木の実の雨だれに似て風に鳴る音


 


くぬぎの実ならの実しいの実けやきの実かしの実も落ちよ風の連弾


 


夕暮の富士シルエットになってゆく想い出だけで生きてみようか


 


国分寺崖線に立つ古家は嵐吹くたび傾いでいった


 


海亀を見においでって言われた日 まだ観音寺にいた頃のこと


 


海亀は漁協の樽に入っていた お酒をのませて海に帰した


 


その町に昔私は住んでいた「浦島太郎」の村の子のように


 


千年もその前からも住んでいたその頃の人もまだいるような


 


伝説の岩 女が身を投げてその血に染まった海の赤岩


 


漁師には海があるから海へ出る 人はどうして生きるかなんて


 


絶滅種の一つになるかもしれない海に降る雨が見たくて海見ていれば


 


意味もない 疲労ばかりが快い耐えがたいまで哀れな人生!


 


豚よりもましかもしれないヒヒならば・・・桜の園に死にたきものを


 


恩寵のように澄んだ青空 美しい冬です風邪をひかないように


 


お気遣いは無用 微かな苛立ちといつも同じ軽い憂鬱


 


誰よりも柔らかそうな栗色の捲毛はナポレオンの遺髪


 


睡蓮と蓮の違いを誰かが言う眠く気怠く美術館の茶房


 


マケドニア、昔大王の生れし国〈フルーツポンチ〉の危険な香り


 


まだ君の火薬は湿っていませんか?僕の火薬は濡れていますが


 


木枯らしがおまえを待っているばかり隠れ家はもうないのだからね


 


暗いから灯りがとても美しいだから暗闇を怖がらないで


 


小鳥はいつ逃げたのだろう檻はいつ私を閉じこめたのだろう


 


また冬が来るのだろうか何連れて 掌にのるほどのかなしみ


 


ひとすくい匙で掬ってごらんなさい焦げる匂いがする 胃袋で


 


どの草もみんな同じ倒れ方 倒され方も似てくるものね


 


東洋の辺境に棲む水棲まし 波紋までもが愛らしいんだね


 


Ir・GaGa 水を私にと祈る シュメール文字が巨石に残る


 


夢を見た出血多量の紅雀 しばらくは眠れそうもない


 


照る月に流れる雲の影映る 湖底に村が一つ沈んだ


 


ともかくもそれを涅槃と呼ぶがよい行き倒れたる〈同行二人〉


 


御誂え向きにぼろぼろではあるがなかなか着心地のよい隠れ蓑


 


美しく時は過ぎたと思うべし切断の後動く虫けら


 


憧れて生きていた日もあったのに多分そうだったのに 忘れた


 


交番はいつも不在だ神様もいつも不在だ『パトロール中』


 


「お母さん かたつむりって貝なんだよ」 六月の雨、雨の降る庭


 


風ならば初夏の小径を吹いていた 古井戸一つ隠す草むら


 


つわぶきの黄色い花も咲いていた萼あじさいの群落の蔭


 


王女という渾名のがまが待っていた 雨降る前の夜の玄関


 


美しい楽しいことはもうないと街の隠者のように棲む蟇(ひき)


 


洞窟にluminous moss光蘚(ひかりごけ) 未知なるゆえに我は愛せり


 


行く航路(みち)を見つけたのかもしれないね 船の舳先に灯りが見える


 


そこだけに風が流れている気配 河口に近い海を見ている


 


夕焼けが好きだった子供は夕焼けが好きな大人になった それだけ


 


天国に一番近い収容所 一生何もしなかった罪


 


抵抗がなくなったから飛べません 漂うことももうできません


 


あの声で遠い昔も啼いていた 夜明けの空に弧を描くカラス







祥  * 『倉庫 』 * 09:11 * - * -
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