今日は2月26日、2.26というわけですね斎藤史さんを思い出します。


濁流だ濁流だと叫び流れゆく末は泥土か夜明けか知らぬ   /斎藤 史
祥  * 『総合編集 ダイジェスト版 A』 * 14:13 * comments(0) * trackbacks(0)

銀河最終便 後半

《天使の翼》
千年を眠るためには千年を眠れる言葉が必要であり
春だから白木蓮の花が咲き天に向かって祈りの形
焼け残る木仏の中に千躰の胎内仏を宿すみほとけ
音楽は途切れても囁く雨ブロッサム・デアリーみたいに
野火止の鴨の平穏確かめて小さな橋のたもとを通る
いつだって気むずかし屋のアルルカン 明日は天気になるのだろうか
木蓮がそして辛夷が咲くだろう 春ですあなたは死んではいけない

花水木が咲きポピーが咲いているこの夕暮れの濁りゆく空
魂には晩年 亦来る春の終る日の風もない日に散るリラの花
ほの甘き千枚漬けの千枚の襞に隠れている赤唐辛子
突然に夏来るように最後の日 難読氏名の話題の続き
地に落ちたヤシャブシ伊豆の海岸の岩に置かれて花咲く木の実
松毬や泰山木の実の集り 命果ててもなお生きるもの
国境の駅のある町壊滅する 黒い地蜂が群れて飛ぶ朝
前近代ぬっと顔出す春の闇 火山性ガス噴き出す気配

流木が打ち寄せられて来るように悲しい心の切片もまた
黄の花が終れば次は白い花 小さな虫喰いだらけの絵本
いつまでも若く美しくあらねばならぬと『火の鳥』の婆
シマウマの後姿を見ています夕陽に向かって歩く縞馬
誰だって海を釣り上げることは出来ない 神が釣り糸垂れる夕暮れ
めひかりの眼の海の色 誰だって海を釣り上げられない釣り人
花壇にも教育主事は入り来たり タチツボスミレの谷の群落
東北に行ってみたいと思います角館とか太宰の金木

金色の麦わら帽子出荷する小さな町の小さな港
大相撲夏場所がもう始ると 水面に光りさす隅田川
欠けてゆく月の黒紙魚、月の隈 銃身の色帯びてゆく夜
虚しさのかぎりもなくて赤い月 明け方に見る皆既月食
フェルディナンド・フォン・ツェッペリン伯爵の飛行船 その中空の船
川原にも陽が射し石に蜆蝶 なんじゃもんじゃの花咲いて夏
今日の日が無事に過ぎたということの続きに咲いて深山苧環
花水木はらはら散れば花筏 一期一会としたためよ歌

空想と空想むすぶ接点に空の巣があり燕やすらう
汚れなくイノセントであるということの 初夏の空の
攻撃の背後にあった八割の支持を充たした奇妙な果実
泥川に川魚かしら鯰かしら一瞬ゆれて再び沈む
木々の影、魚の影も見えている 湖の岸近くの葦原
遠く去る鳥には鳥の歌があり水没樹林に降る雨がある
春の野の逃げ水、昼下がりの驟雨 夏には夏の烈しさに降る
脱落と脱出の違い知らぬままこの世の淵をさまよっている

白皙の詩人は一人旅立ちぬ皐月の空に発つ白い鳥
春日井建、享年六十五歳の訃 一人の定家黄泉へ発つ夕
ここに咲く花の苞衣の中に充ち花の力となる何ものか
関わりもなく生きている淋しさに 美しいもの峠を行くも
あきらかに社会的適合欠いている 天道虫は星で分けられ
紫陽花の青の花火のひらく朝 小さく青く雨の紫陽花
サッチモの声が聴こえたサッチモは「この素晴しい世界」と歌う
ゴミからもアートは作られ工房の中、鎮座するプラスティック蛙

感覚の教会に鳴る釣鐘や天井画など五月の空に
まだ熱が引かないけれどそのせいで見えるのかしら歪んだ檸檬
南風吹く東京の日暮どき 檸檬のような月も浮かんで
新鮮な生みたて卵のような黄の花芯もゆれて梔子の朝
鳥籠に鳥を飼ったら青空の果てを見せてはいけないという
誰にでもある空洞に鳥を飼う 傷を負ってる鳥の目の青
心肺に貝殻虫が棲みついて殺してしまう少女がひとり
隙間から一瞬見えた愛に似たものが欲しくて殺してしまう

水色の尾長が飛んで上水に夏来る 夏の涼しさの青
水色の海と空とのあわいから聴こえる音をタクトにのせて
夕暮れに風が通れば振り向けばあなたの背中見えた気がする
水無月の鬱をかかえて紫陽花の半球すでに黄昏れてゆく
眠ろうとしても何だか眠れない 普通に戦争している時代
O音の優雅さ雨の桜桃忌、鴎外忌にも驟雨来て去れ
さみしくて嵐が去った空を見る遠い山野に棲む獣たち
桜桃忌すぎて三日の夕ぐれは哀しきものの見ゆる夕ぐれ

川底にいても蛍は光るという 弟の手から姉へと蛍
山椒魚、山椒魚って可愛いね 石を枕にうたたねの夢
退屈の病に私は侵される 病であるから治るのだろう
「死に至る病」ではない憂鬱というのでもない 雨の気配か
天空を走る列車に名づけよう 薔薇星雲を横切る列車
拒否よりも手をさしのべてみる勇気 蔓性植物であろう何かも
仰ぎ見る文月の空の流れ星 戦場に人は撃たれていたり
眠くなる 最後は眠くなって死ぬのだろうか 鳥たちも

戦闘色消えたらしくて野を奔る王蟲の赤も一夜にて消ゆ
何一つ変わっていないつまらなさ敵と味方を取り違えても
生き残る人ゆえ覚悟の足りなさを責められている鬱熱の森
無理解は悪。『沖縄ノ骨』の作者がそう語る 珊瑚の白い骨と混じって
約束の海の歌です遠い日の記憶のように光る海です
七月の金魚が水に眠る午後 水はさゆらぐ光りの窓辺
WEBページ消えて半身不随に似て 水栽培のアボカド林
天邪鬼踏み据えられても逆らって逆らう程に怒りに触れる

雨の日は飴細工師の小父さんも兎も犬も鳩もお休み
光る魚一網打尽にする網が見つからなくて月光遊魚
ネアンデル渓谷 遺伝子のネアンデルタール人の故郷
炎える樹は炎える火柱、火柱の尖端にして炎の骸
曇り日が好きな黄金色の鯉 橋のたもとの澱みの中の
せせらぎの音聴きながら歩く道 木下闇をゆく水の音
火祭りの写真をどうもありがとう篝火はまだ燃えていますか
失って滅びていつか消えてゆくそれでも人は夢見るさくら

発酵を待つ詩やパン種や葡萄樽  驟雨の後に光る雨粒
大切なものは平衡感覚と希臘の酒盃や李朝の壷が
曼珠沙華夕べの道に灯るのは 赤々と咲き赤々と死す
追いつめて追いつめられて草の原 放り出された二つの心
「思川」という川の橋 その橋が投下地点と特定される
「一期は夢よただ狂え」狂いて死せる宅間守か
大阪と福岡拘置所に於いて死刑執行同日二人
川底に無数の卵産み落とし黄金の鯉流れてゆけり

秋は好き秋に生まれた人といる彼岸の風のように儚く
牡丹も茄子も兎も猫も豆の花も御舟が描けば御舟の心
甲羅干し甲羅を洗う石亀も 勤労感謝の日の亀の池
朱の回廊、水の回廊 海に浮き水鳥のごと羽を広げて
偶蹄目、牛科ミミナガヤギのこと いつしか七回忌も過ぎて秋の日
九十歳のターシャさんは痩せてコギー犬のメギーは太って花の咲く庭
腹を摺るコギー犬ではあるけれど日陰を選ぶ花の木の下
待つことに喜びがある小机にスケッチブック開くその人

幾度目の拒否を経験するマウス 悲しみらしき青の点滅
いつだって置き去りになる石ならばいっそ知らせよ石塊の重さ
ありがちな脚本だけれど伝説の曲が流れて涼しいラスト
火の山河、水の山河を渡りつつ ニッポニア・ニッポン滅びてゆくも
落葉あり おまえが散って明るくなる 木々の根方にただ降りしずめ
大雨か濡れてならない雨なのか傘をさそうよ尾鷲の傘を
アンカーが走っていくよ駅伝の 度会橋を渡る伊勢路を
曇り空また台風が発生し南洋上蛇行しながら

人は死ぬ必ず死ぬと教えられ 姫神、森の中にて死せり
気がつけばもう十月で閉じられた頁のように私がいる
あの人の心がどこかへ行った日の遠い火の色の曼殊沙華
雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨 甍に軒に私に降る
細心の注意を払って生きなさい 昨日生まれた月の繊さで
飢餓線上這ってゆく虫一列になって冬へと向かって歩く
枇杷の木にケサランバサラン晴れた日の富士に笠雲 優しさは嘘
貝殻の中には夢と後悔と潮騒に似た夜の音楽

(遠くまで飛べないだろうか)海深くある日思った《天使の翼》
不確かな月の引力、半月は地球を切断する磁気送る
蜜蜂の目覚めはいつも静かだが時々死んでいることもある
諦めてしまえば終わり二歳児が教えた無垢のしなやかな力
映すのはやめて下さい 被災者の一人は疲れた明日の私
タイミング悪く語れば非難あれ 土砂災害の土砂の言い分
されど川は水嵩を増し抜けゆけりその本来の姿のままに
残酷な性剥き出しにして過ぎる一本の川そこを過ぎゆく

胎動も微動もなくて滾る熱 空白域の直下に溜まる
変わり果てた姿になって少しずつ土嚢積まれて水の引く村
日本ではまず同胞に殺される 愚か者よと切り捨てられる
恐ろしい時代が来るという気がする 罅割れている時代の背中
アクセスが集中する時アクセスの中心にある一つの言葉
見過ごしているはずがないから見逃してあげているのねあの人らしく
生きていることが淋しく辛い日は賀茂茄子の味噌田楽でも如何
もっこりとふくらむ鴨が水を掻く 冬が来ている野火止用水

閂のかかった門の中に降る落葉の中にひきこもる蝦蟇
「両親を殺した」 ミステリー終了次第ニュース始まる
「悲しい人生」と誰かが呟いて始まる映画 米国の映画
シチュエーションは十分暗いせめて心は明るくなるほど
赤手蟹なるほど確かに手が赤い 満月なれば子を産む儀式
雨の日の車道の水を跳ねる音 今日また一人子供が死んだ
残虐も非道も全て許される 許されるものとニュースが語る
春頃は私たちにも災難が襲っていたよと鶏も来て

空海の命日ゆえに京都では東寺に師走の市が立ちます
逃げるしかない人生があることを酸漿色の冬の夕暮れ
とうとうもう最後に近い一頁、捲っています冬の一章
とある日の風であったか春の日の夢であったかすれ違う影
金色の海の向こうにお日さまが昇るよ 夢はどこにでもある
草原に白い羊が群れていてそこがモンゴルだろうと思う
川岸に茶色い馬の数頭が水を飲むらし雲湧く村に
草原を流れる水の一筋が仔馬養い人の子養う

白い孔雀
晴れの日も雨の日もなく薄氷張る一月の水甕の水
高貴なるという幾人か高みにあり群集は振る小さな旗を
青狐、子連れの狐、絶海の孤島に棲んで万世一系
岐阜蝶のその営みは静かにして葉裏に卵産みて休めり
レプリカの剣、神器となるもよし更なる軽さ求めてやまず
「自虐史観」あの人たちはよくそう言う 他虐よりよいかと思う
最悪の結果を招いた経過ならその過去ログが保存している

その国は阿片の毒に酔ったように日本の下にも苦しんだこと
私は何も知らないことを知る この隣国の通史でさえも
先週は鯨が死んだ入り江があり海豚も死んだ 四月の渚
春の夜の夢は幻 過ぎゆけば シルヴェスター・リーヴァイ楽曲の誘惑
アドルフと言えば私にはコンスタンのアドルフ ヒトラーじゃなく
ニコライの治世の終わる頃出でて帰ることなき懐中時計
1516年レオナルド・ダヴィンチが来るフランソワの部屋
黙示録の頁を捲る風があり今ほろほろと崩れゆく塔

「始まりは鳥が運んだ一粒の種」であったとナレーションに言う
大いなる樹があり樹には魂が春の日向を流れるように
石積みの隙間を水と草が被いやがては水と草だけになる
水惑星わずかに歪みなお僅か自転の速度早まるという
荒廃はなお魂に及ぶから タイタン画像の水の痕跡
ホイヘンス降下してゆく風の音 地球に届く風の産声
三月の乳白色の空の下 白木蓮の花に降る雨
何回も書き直した線が綺麗であるわけがない推敲を認めない

退屈な木曜日です午後三時 孔雀時計は宮廷で鳴る
意味もない不安なのかも漣がひたひたと今砂地を洗う
北限の猿は追われていたりけり 青森、下北半島脇野沢村の猿
カンガルーの赤ちゃん2,5cm体重 1g! 私の猫が目を瞠る画面
空き地には蛇苺熟れ三輪車漕ぐ幼子の足も見えてくる
完璧に停止している何もかも この苛々はそのせいなのだ
全部嘘、たとえそれでもいいじゃない 舞台には降る太鼓の雪が
千年を遥かに越えて生きている大きな樹ならわかってくれる

私ならきっと話してしまうだろう 枇杷の木に吹く風のことなど
楡の木が育てる水の豊かさを確かめている春の雌鹿
円柱は静かに光浴びており甲府湯村のエンタシスの寺
土色の遺跡の中の壁画には極彩色の釈迦とその弟子
日干しする煉瓦に命奪われて石窟寺院の壁画の剥れ
魂に低温火傷あるらしくまだひりひりと 小雪降る夜
金箔と漆がつくる空間に珊瑚の粒子のような残照
明日から弥生三月 こぶし咲き木蓮が咲き名残り雪降る

この人の心に傷をつけたこと多分一生忘れない思い
夜毎聴く魑魅魍魎や鵺の声 異形の鬼を垣間見る春
夢の中夢から覚めても騒ぐのは赤い和金の金魚注意報
フランソワ一世、黒い毛のプードル 引っ越してゆく人の飼い犬
浮き島にユリカモメ来て鳴く夕べ サティのチョコの溶けゆく甘さ 
効き過ぎる薬は効かない薬より怖いものだと年寄りも言う
人は人、私は私 春の日の気球が浮かぶ空の水色
正直のレベルを上げよと山田ズーニー氏 春三月の花の明るさ

さらさらと細雪降る雛の夜 明日東京は白い街になる
大小の足跡つけて雪の道 三月四日歩くほかなく
春なれば蛙も土竜も顔を出し記念撮影するらしかしこ
或いはそれは自信の問題かも知れず水仙の咲く水辺水際
川岸の鴨が寒さに蹲る 鴛鴦模様の彩色の鴨
春の日の猫の集会、妊娠をしているらしい白い雌猫
昨日より暖かくなる季節の中 陽炎もえるようなさびしさ
風はただそこに吹くだけ木はそこにただ眠るだけ 水よ流れよ

宮崎県産シラス、しらす干し 未だ幼く海を忘れず
いいのかな、言われっ放しでそのままで 理路整然と片づけられて
菜の花のような四月の日暮れ時 あなたは元気にお過ごしですか
私はこの頃空を見ていない 花の向こうに空はあるのに
ただ眠り眠り続ける春の日の三寒四温身を過ぎてゆく
火を煽る風があるなら火を鎮め心労わる風もあること
大切な一人の不在 鳥はもう海峡を越えただろうか
この世という遠いところに二人会いやがて離れゆく二つの影か

鳳凰が羽を休めるその閑に歴史は動く動かされてゆく
春の夜は眠れ眠れよ夢ふかく 泡浮く水の中に病む魚
題詠の「背中」まで来てさらす背の 尾羽ふうわりと雪の白さに
何事も無かったことにして終る なお見解を異にする鯊
花言葉、検索されている文字のどんな言葉も分身の花
永遠の命を持った木のように静かに雨を聴く雨蛙
水曜の午後もまだ降る春の雨 シャガ、花大根、連翹に降る
その麻は雪に晒され藍鼠色の小千谷縮みの涼しさとなる

「私にはもうしてあげられることがない」医師である人の言葉を思う
見放され見棄てられたと感じている 強制収容所を想像している
優しさが残酷さでもあるような晩春の風身にまといゆく
遠い昔 遥かに遠い昔のこと 埋め立て以前の風の砂浜
香櫨園、芦屋、魚崎、石屋川 生まれ育った街の水際
潮風と海の匂いのする駅は阪神電鉄、香櫨園駅
ちょっとした偶然、それで人生は決まる 霧が谷底から湧いて来る
恐ろしい真実は唇が閉じたがって言えない春浅く黄泉をゆく舟

山麓の南病棟、陽が当たり月も仄かに射してよいと言う
賑わいの市に背を向け山麓の道の傾斜をゆっくり上ると
十三年前のあの日を忘れない 無防備だった心に出会い
そして今も初めて会った日のように無防備なまま生きている人
氷雨にも耐えた桜が微風にも散ってゆきます春暮れる頃
紫の雨が降るらむ 六甲に硝子を伝う雨があるらむ
花に鳥 何の憂き世と思うまで 花喰い鳥の憩う時の間
永遠の憧れとして存在する 白い孔雀であった火の鳥

水辺には淡いピンクの睡蓮とウォーター・レタス数匹の稚魚
辛夷散り山桜散る野火止の黄の菜の花や大根の花
紫の花だいこんに陽はさしてしずかに時は流れてゆけり
燦々と降る月光の川があり 筏となって流れるさくら
春雷が通り雨にも伴って 執拗にまだ糸を張る蜘蛛
人生に幾つの闇があるのだろうたった一つの闇にも消える
失ったものは言葉や物じゃない燃えていたのは火鼠の皮衣
おそらくはそこにはいないあの人に 二度と逢えない胡弓の楽に

恐竜の痕跡こそが大切と毟り取られる鳥族の羽根
どの鶴がリーダーだろう海を見て河を見て越えてゆく
何事もなく過ぎたわけじゃない何事もない毎日を望んだ狐
知っています?おけらの花が咲いています万葉植物園の陽だまり
ゆっくりと俯瞰してゆく鳥の眼の視野の外なる彼岸の桜
フリージァが咲いていることにも気づかずに桜ばかりに気を取られていて
溶岩の隙間に生まれた鳥の子が 雪降る湖の雪を見ている
悲しみを悲しみとして生きてゆく素直に生きて縊られる鶏

音楽も色彩もまた上昇する 風は砂漠の形を変える
目前の死が急がせて1200点の作品群が生まれる
鉛筆の素朴な、いえ巧緻な一筆描きのクレーの天使
究極のシュールは写実であるというダリの直感的なパンの絵
ガラの言う宝石よりも美しい麺麭一欠けら春の晩餐
巣穴からジャッカルの子が顔を出す海辺の砂漠に生きるジャッカル
川底の石に似ている何かがいて動き出します 山椒魚です
暗闇が夜明けを連れてくるような 行き止まりには海あるような

清浄な骸は光る 透明な雨の雫のような音楽
コククジラ、虹を作るという鯨 東京湾は今日花曇り
雪舟作「四季山水図」に描かれた雪舟四十八歳の退屈
後ずさりしている蝦蟇の背後にはヤマカガシ棲む雑木の林
倦怠は秘かに兆す夏の日の陽炎ゆれる道に水辺に
二年余り花を見花の枯れるを見 淡い時間が流れて消えて
かなしみの極まりゆけば他愛ない指人形や影絵の劇が
特になし何にもなしという理由 理由に非ずと退けられる

彼岸への旅に似ている巡礼は 夕暮れ時に飛ぶしろばんば
雨期の森 蝶、蝉、飛蝗、ヤマセミの運ぶ餌にも流れる時間
花を食べ木の実を食べて育つから綺麗な声で鳴くのだろうか
黄金色の鶏がいて薔薇咲いて 絵本の 中の噴水の青
ST波下がる理由はともかくも暑い季節に散歩は無理です
藤の木に白い藤咲き藤散れば夏が始まる水無月の川
重なってゆくとき理由は消えてゆきただ憂愁の兆す夏の日
赤裸々に生な自分を描けと言う『アドルフの画集』の画商の言葉

もう一度海への手紙書いてみる 梅花うつぎがまた咲きました
さみどりの欅若葉や花水木 季節は移るふりむけば夏
退屈で死にそうなのと青虫を産みつけに来た揚羽がひらり
大切なものも次々消えてゆきもうおしまいかな十薬匂う
一切は流れ流れて空の果て 彩雲生れて老残を見ず
サボテンは水がなくても生きるのか駱駝は水を湛えているか
夏なれば守宮もガラス這うらしき感情という棲家に入りて
こんにちは おはよう おはよう こんにちは 鸚鵡のように交わす挨拶

ボルボラ島 エアーメールの写真にはその「絶海の孤島」が浮かぶ
新説は仲間を見分けるためというステゴザウルス背中の秘密
仲間を持ち家族をもって恐竜は群れて集って滅びて行った
恐竜も鯨も虹を見たかしら 嵐が置いてゆくという虹
苦しくてならぬと傾いでゆく身体 大王松の一生終わる
お終いになるまで少しある時間 木は空洞に音を楽しむ
破竹茹で蕗茹で雨の日の無聊 雨には雨の光りあること
ただ踊る 踊るに任せ褒めもせず叱りもせずに育てるという

六月も今日で終りという朝 花も蝸牛も聴く雨の音
一本の木になったとき一本の木は汲み上げる水の百年
蜂蜜のようにとろりと金色の夢を蒐めて海馬は眠る
「天邪鬼」それは私だ 炎え上がる不動の像の下の石塊
雨降れば雨の三鷹の禅林寺 あの頃はまだ小堀杏奴も
えごの木の花降りやまぬ夕つ方 彼岸の風もここ過ぎながら
その人の瞳の中を落ちてゆく夏降る雪に似てえごの花
また今日もすすき、刈萱、萩、桔梗 音韻として生まれる生は

疲れきって頭の中が空っぽだ 鳥が羽ばたく 空の濁音
来週の二十四日は河童忌で芥川龍之介が命絶った日
この後の悲喜にどうして堪えてゆく靄と霞と霧の差ほどの
古典と言い伝統という様式の劇性露わにしてほとばしる
カジャールという小さな村に眠る人 サガンの白いただ白い墓
憂鬱は深くしずかに潜行し木に咲く花のように身を裂く
この雨に変わってもうすぐ蝉時雨 二十四度で初鳴きという
退屈という名の至福あるように弛緩している七月の蝶

黒塗りのただ一艘の盲船 竜神祀り天翔ける船
緋縅の鎧冑に金色の太刀持つ人の漆黒の船
遠く聞く 夏の祭りの笛太鼓  子ども神輿も笹括り付け
厄除けの団扇を買ってきておくれ 烏小天狗、魔除けの団扇
幽かなる光りの糸を吐きながら蜘蛛が紡いでゆくいのちあり
もう誰とも何とも関係したくない そういうわけにも参りませぬと
燃える火のようなカンナと消火栓 夏が烈しくそこに来ている
わけもなく悲しい気分になるという旅立つ人の行き先は遠野

惑星の名前はセドナ 極寒の凍れる星の海の女王
鯨骨を棲家とする老婆 指無き海の神よセドナよ
ここにだけまだ少しだけ夏椿 別の名を沙羅 沙羅の片枝
時に霧、時に野分の立つところ東京の果て日の入るところ
まだ生きていますけれども生きてないそんな気がするかなかなが啼く
日常はそんなときにも日常であったであろう投下直前
耳下腺がまた腫れている 夏空の下に蝉の死屍累々
このままで死んでしまえば虚しいねカランコロンと夏の坂道

隻眼の猫の名前は六郎太 黒猫、黒田六郎太と聞く
春の夜の夢はまぼろし隻眼の豹のまなざし遥か遥かの
春蝉の骸うずめて枇杷の木は 坂道に立つ海の見える家
ミンミンがなお鳴き交わし鳴き尽くし 海に降る雨見る夏の駅
今朝は雨 小雨降る朝 尾道の造船所跡のセットが煙る
何もかもと言って誤魔化す他はなくこの憂鬱のほんとうの理由
鉄筋の庁舎、橋げた、墓地の跡 ここに暮らした人々の気配
アルルには円形闘技場がありゴッホも見たかもしれない羅馬

死ぬことを考えるのはまだ早い 驟雨が過ぎて会う夏燕
竹杭や石など積んで堰きとめて簗を作って捕る山の魚
右目だけ開けて見ている世界にも虹の飛瀑は溢れて消えて
半眼をひらいて河馬が眠っている 小さな耳の河馬の母と子
半眼の河馬の一日 終日を水に浸かって何を想って
栗よりも大きな栗に似た木の実 西洋とちの木マロニエの道
白い蛾が浮かんでいたよ水盤に 睡蓮鉢の隅っこに寄り
うっすらと薄日も射してみたりする「断続的な雨」の合間に

休止するジャングル化した野草園 秋の七草月に供えて
小平の中島町の薬草園 桔梗、甘草、花咲く明かり
悲しみを忘れるという花言葉 薮甘草の朱に埋もれる
虹よりも虹に似ている水溜り一杯に今広がる油膜
常夜灯一つともして幕は下り舞台に残る一枚の羽根
特別のことは何もなく終わる命をまた見てしまう
こうなったのはあっという間の出来事だったと青いテントの男
ここでもうお終いですというように春の日向の夢見るように

半地下に水が入って水浸し 隠れ家としての役目が終る
その視線遮るための遮蔽幕 絽か紗くらいに透けてはいるが
いっぱいに儚い夢を詰め込んで膨らみ続ける蛙のお腹
限りなく膨れ上がった政権党 破裂するまで膨らんでゆけ
お終いは突然に来てレクイエム奏でるように蜩も鳴く
緩慢な自殺を遂げているように春夏が過ぎ秋冬がゆく
ストーブや焚き火が好きで洋燈や篝火も好き 火の色の秋
白珊瑚 珊瑚の海の薔薇の精 小さなピアスになってしまった

どことなくいつとなく暗い顔 生きる力を問われているか
働かず寄生しているヤドカリが宿を失くせば浮遊する雲
脱皮する蛇の営み待ちながらターシャの庭の歳月めぐる
遠い死が私を呼び 明日さえも知らない夜の蟋蟀がいる
日ごと死は近づいていて一心に後生の大事せよと古典は
なんて簡単に言う私を怒るだろうか叔母は 綺麗な骨だった
白骨の書に言う「後生の一大事」徒然草にもあったと思う
音楽のように一音ずつのばし僧が経読むとき起こる風

八戸から野辺地へローカル線の旅 放牧された馬の歩く道
堪えかねて噴く火の色の美しさ千年神の水を湛えて
田沢湖は龍伝説の湖で湖の岸には一匹の雉猫がいた
少し前まで誰かを愛していたような真っ赤に炎えている七竈
黄色くて斑点のある物体は 春の轍に轢かれた蛙
栗、胡桃、渋柿、百目、酸漿の色に染まった夕日の里の
お土産を郵送されておりました夢のまにまに木彫りの熊を
生きている虚しさよりも貝よりも静かに波に触れる儚さ

慎ましい祈りのような暮らしには殆ど適さぬことも思われ
この身体一つ失くせば新しい世界が視える夜明け前にも
銅版の腐食をいつか愉しんで 紙片に写す頭蓋の形
烏羽玉のドン・ヴィト・コルレオーネ眠りける〈老女の夏〉と呼ばれる小春
また聴くよ1986年のマリリン、ミス・サイゴンのキム 本田美奈子さんにさよなら
煮付けって言えば鰈の煮付けかなエンガワのあの膠質の美味
桜咲く 小春日和のかえり花 大きな猫の眠る日だまり
人生の奴隷になっていないかしら この頃雨の音を聴かない

街に降り人に降る雨 鳥ゆきてゆきて悲しむ空の果てより
養蚕をしていた村の家々の藁屋根に降る月光がある
茗荷沢、淡竹の林、鉱泉池 水神祀る筧の小径
木小屋あり竹藪あれば踏み迷う 蜥蜴、かなへび、洞の蝙蝠
木小屋にも畦にも雪は降り積もり 露天の水桶、筧も凍る
貧すれば鈍するという然り然り 私の上にある冬の空
折り紙で作ったベルやキャンドルやトナカイなどもあって休日
手紙には童話の挿絵が描かれていて赤い蝋燭、金の燭台

禽獣の森
四分儀座流星群が現れる一月四日 戌年の初め
傷ついてしまったんだねあの人は 日暮れの空の白い月影
落葉には夕日の色や風の色 氷雨の匂い 虫喰いの痕
「性格が運命を決める」とコンスタン 怠け者には怠け者の運命
和歌にある姉歯の松のみちのくの枕詞の悲しくもあるか
楼門に草を生やして石窟の毘盧遮那仏の崩壊進む
水鳥の羽毛につつむうつしみのそらみつやまと日も暮れにけり

自分よりかよわいものを守るという(そんな論理にすりかえられる)
戦禍なお心にいたるこの国が 未だ醒めない夢を見ている
命令を下されるため私たちは生まれて来ているわけではなくて
加賀山中、白山山中、能登金剛 寒気団来て白い氷壁
自衛隊、軍隊、郷土防衛隊 どんな名前にしても兵隊
青空の向こうの向こうまで一人 一番好きな時間の形
眼下には桃源境が広がって葡萄の丘がそれに続いて
冬なれば桃も葡萄の木も眠り枯れ草色の高原に雪

黄金を掘っていたその鉱山に沿って流れていた黄金沢
人は城、人は石垣とは言えど 黄金費えて武田氏滅ぶ
十重二十重取り囲まれて藪の中 現実というしがらみの中
香木の蘭奢待さえ切り取られ権力の座にあるものの傍へと
楯無鎧、風林火山の旗、南蛮具足の二匹の蜻蛉
金銀を螺鈿を漆、朱の塗りを 風の館の鎮まる櫃に
二本木の道を登れば上萩原、大久保平、白樺の道
上尾根に日本羚羊見たという ただ一頭で見下ろしていたと

敗北の太鼓が鳴って迎えに来る 遠い未来が挿入される
脱力し発熱したり寝込んだり 雪も降らない東京にいて
私をうちのめしているものが何なのかもちろん私は知っております
人の顔、人の声して火喰鳥 火を放ちゆく微かに炎える
達成は何事にもあれ最終の列車連結解く摩擦音
問題は終わってしまってから生きるその生き方のことではあるが
人生の苦難を負って生まれてきたヤドカリに似た貝の文様
みごもった真珠の虹を見つけたら貝は自身を溶かしたものと

遥かで杳くてやさしいものにいつか逢えると思っていたが
黄の色の蝶が来ていて陽だまりに小さな花が咲く雨上がり
ミネルバの梟鳴いて夜が来て魑魅魍魎の支配する夜
棚田には棚田の景色見えながら遠い夕やけ雲も映すよ
気になるものの一つに山古志の鯉を養殖していた棚田  
道を作りブルドーザーを動かして青年が一人こつこつ作っていた池
地震が襲い水害が襲い雪が襲い雪崩が襲う村の棚田か
集落が集落をなす限界を自然が奪う冬が来ている

忘却は一部のことと思いたり その蕁麻に火を放たれて
店晒しされているこの一冊の本にもあったはずの春の日
そしてまた生まれたばかりの蝶々が吹雪のように飛び立つだろう
もう過去のものと葬り去るようなこの書き方だって問題ではある
雪豹もレッサーパンダも喜ぶと寒気団来る六時のニュース
凍結に注意と呼びかけられている 水道道路と呼ぶ遊歩道
木の橋や鉄の小さな橋かかる小川に雪が降って流れて 
一日で雪は降り止み川岸に身を寄せあった水鳥がいる

一人消えまた一人消えこの国の地下を流れてゆく黒い水
飽き性の日本人ゆえどのような事件も事故も忘れてしまう
送信は失敗しました 蝶々は韃靼海峡越えられません
朝焼けの海は薔薇色 禍々しい噂も出でて日本の早春
筑紫の君、磐井の墓があるという 密やかにして叛乱の系譜
粛清の嵐が吹くのでございましょう 峡谷に水凍えるように
現実のあなたがそこにいないから聞けば聞こえる脈打つ鼓動
分身の術かもしれない正体は 等圧線がぎっしり埋めて

春風が通って行ったようでした 木橋を渡る蝶がいました
水流れ林に雪が降り積もり 落葉の上に新雪積もり
富士を見る南斜面に桃、杏、ブルーベリーの花咲く畑
突然に曇る空から降るみぞれ 霙のなかの連翹の花
貧困を直撃したという嵐 貧しさという低湿地帯
知らないでいるのはいつも一人だけ鴉が運ぶ巣の枝一枝
人生の危篤状態脱出し巣箱のことなど考えている
東禅寺山門に降る春の雪 「立春大吉」降る雪の寺

天皇のルーツ辿って辿り過ぎ分岐地点でうやむやとなり
万世が一系というそのことの何が尊くまたはそうでなく
複雑な縫合線が美しいアモンの神の鹿の角笛
純粋な培養液の中に棲む諸行無常を培う因子
急がなければならない時が来ています既に終りが始まっている
終焉は薔薇の垣根の向こうにも春の朧のような空にも
遥かなるミトコンドリアDNA春は優しく光りをつなぐ
だんだんと溶けてゆくのがたまきわるいのちあるいは雪の運命


今夜には雪降るという東京の和光の時計が指す十一時
永遠の不死を願ったエジプトの眠るミイラの華奢な左手
この世のこと何事も思うようにはなりませぬ バオバブの種に水遣り
冒頭に、ラストに雪が、人工の雪降り続く『アンナ・カレーニナ』
「ベネチアの冬はさびしいそれにロシアが恋しいの」アンナの恋の終末である
ヒロインのアンナの胸に吹く吹雪『欲望という名の電車』へとつながる
精神を病む人多い春真昼 異形の鬼の立つ交叉点
潮満ちてくるらし春の魚のぼる汽水域あり春の河あり

共感はできないまでも理解ならできると言って理解の限界
金色のあるいは青い透明な海に向かって桟橋に立つ
どんよりと緞帳下りるそのように雪の匂いをさせて曇り日
何事にも既に動かされなくなっている 連翹の一枝に咲く花
塔があり教会があり川がある 海へつづいてゆく松並木
スカーフを帽子代わりに巻いてゆくと 締め付けられる痛さがないと
こんなにも暑い日なのにあのひとは痩せた分だけ寒いと言って
生きる希望 死ぬ覚悟をも越えるから 豌豆の芽が今育つから

海近い道ゆえ砂を含む道 芦屋、魚崎 今は昔の
教育が絡めばまたも怒りだす人がいるのさ弥生の春に
真実の深い心で話せたら 消えてしまった砂の風紋
違和感の塊となる気がしている微分細分したる大鋸屑
軽蔑の心が生まれてくることをとどめようなく嘴太烏
白鳥の大量死する映像や「へたり牛」なる牛の映像
もう終わりもう死にたいよ枇杷色の空に溶けてゆく夢の水色
それがリアルであるために幾つの山川抜けて春来ぬ桃色の

それらの全てが夢であったと解ったのはずっと後 醒めてからしばらく後の
結局のところ財力なのであり高きところにハイデルベルク
半分は崩れたままに身をさらす 西の館の分れと呼ばれ
疲れ疲れ疲れ疲れて足跡も残さず去って夢の負い紐
憂鬱がそこまで来ていて立ち止まり窺っている黄昏の垣根
おそらくは世界は背中で裂けている 一筋の血が流れ始める
花びらは去年の花を漬けたもの塩漬け桜の花びらである
雨降っていますね雨が花びらがどこかでひらきはじめていますね

本当は世界を一つ創造し 世界を一つ葬ることだ
押し倒し蹴倒し前へ前へ進む集団があり身を引く自転車
感情を剥き出しにして磨かれてその牙高値で売られておりぬ
母の樹の樹皮から生まれ育つ苗 千年の時湛えブナの樹
白漆喰、千本格子、虫篭窓 光があれば影も生まれる
危うくて危うくなくて時は春 やさしい風となる沈丁花
生死には関わりもなき病にて無病にあらぬ 人の世疲れ
死に上手 白木蓮の咲く頃のとある日暮れの落花のように

あの頃は見知らぬ町の見知らぬ川 その川の今ほとりに住んで
あの頃は自由であったと今思う 真っ先に抜け出す自由
いろいろなことどうしていいかわからない軒先に降る雨の雫よ
何という悲しい朝が来ているの 遠い水面に落ちてゆく雨
転がった毛糸玉にも行き先があって運命みたいに
リアリスト牛くんの教え現実を受容すること幸福の掟
白色の鶏走る庭にして 生々流転、死の側に入る
あの世から見ているような写真があり生前、死後を渡る精霊

長く長く生きてみるのもよいものと 百歳の翁笑みつつ語る
金色の浄土とも見る大乗寺、開け放つ時、応挙の伽藍
いつまでの桜吹雪か生きて逢うこれが最後と四月の吹雪
誰も最後は知らなくてただひとときの夢の波照間
実存を鷲づかみする方法を知っているって言っていましたが
繊毛は何を探してそよぐのかミカドウミウシ裸鰓目
華麗なる春がゆくとき一斉に芽吹きはじめる夏の草木
胸騒ぎする夜があり朝がある 禽獣を抱く森に風立つ

花びらが吹き寄せられる汽水域 海と川とが相会うところ
前世を占う人の多くして末世があらば末世であろう
動物は多分死にたいと言わない そのせいだろう綺麗な瞳
橡の木の目覚めはとても明瞭な目覚めであるから天を突く芯
この辛夷今年は花を咲かせない 去年伐られた兄妹の樹よ
曇り日の空の下には上水の花を集めてゆく花筏
天空に大いなる虹または塩 葉っぱに乗った水滴の虹
じわじわと感染してゆく牛がいて ホモ・サピエンス春の朦朧

一日の終わりは早い 散り急ぐ花であったと時間を思う
活動を停止しているあなたです 雨、雪、霰、氷雨が続く
透明な天使クリオネ別の名をハダカカメガイ肉食の貝
水色の空に光りの泉あり 空の楽譜を奏でていたり
移動性高気圧が呼ぶ花や鳥 人の動きも忙しくなる
まだ何も変わっていない地球にはシュヴァスマン・ヴァハマン第三彗星近づく
遅れ咲く紫木蓮にも陽があたり 遠い記憶の中の歌声
落ち込んでいます地蜂の溺死体 水溜りには今日も青空

寒暖の二つの季節摩擦する 空がこんなに悲鳴を上げる
ヤマボウシ、ミズキいずれか上水に 胡蝶のように 落下流水
蟹味噌と洗濯物もお土産に新入社員研修終わる
花終わる季節であれば花疲れ 四月最後の木曜の午後
愕然としている 何もかもなんと迂闊に過ぎたことだろう
手紙を書く 手紙嫌いの私が 今タンポポの綿毛が飛んだ
金色の鳥籠に似た天蓋の線と鎖と光りの渦と
残されて一人の川を越えゆけば都大路の桜かがやく

白樫の間に黄薔薇、蜆蝶 こわれた船の部品の木椅子
つくづくと薄情者で非人間 それが私と雨を見ている
夏草の茂る廃屋 太陽が今薔薇色に染めてゆく海
春紫苑咲いて陽あたる道端に信号待ちをしている犬よ
行き暮れて見上げる空の太陽の白く翳りて墜ちる幻
そこもまた一つの故郷 黒アゲハ樹間に消える大菩薩の道
足跡のほかには何も残さない その足跡も波が消し去る
烏が鳴きまた現実が戻ってくる カクレクマノミ隠れ家は無し

ウニ、ヒトデ棘皮動物荒金の針千本に似ぬ柔らかさ
イツダッテミンナガソレヲノゾンデイル ソウイウワケデウマレタ水母
透明に浮いて沈んで漂って六億年を生きた水母だ
このように重ねて書けば軽蔑をする人もいる重複を嫌い
福音書の一節に言う忘れがたく 《怒りのために罪を犯すな》
踏み潰す相手がだんだんなくなって巨象の大足置き場所に困る
『日曜日の朝』という絵の六匹の猫と出会った秋の日の画廊
空木咲く季節にいつかなっていた 花明かりする上水の道

時折は紙片のような蝶が来て 遥かな時を伝えてくれる
この世にはとても幸福な人がいて祝福された人たちがいて
それぞれの時間の中で生きてゆく 午睡の時間過ぎて翳る陽
橡の木の花は似ているルピナスに 樹の中に灯る白い蝋燭
清浄無垢 私たちにはそれがない 絵巻の中に雪月花あり
雑草の伸び放題の逞しく 地を這うものは滅びを知らず
雨ののち黄色く咲いて棕櫚の花 むっくり起き出した亜熱帯
懐かしい思いは常に一定の容量を持ちあなたへ向かう

画面では霧の中厳かにレクイエム流れラクリモサ流れ
失敗に人は懲りないものであり懲りたところで失敗はする
ヒトツバタゴ、なんじゃもんじゃの木の花の白く地上を染めて夏の日
深海の底にも森も丘もあり光りを放つ洞窟もある
人間の中にも深い洞窟や砂漠があって翡翠の泉
蓮池から今垂れている一本の糸に縋って救われたくて
その知らせはいつか来るはず その日を恐れその日を思う
秋の日の玉蜀黍畑の黄金の風 鳴沢村字ジラゴンノの風

その町の砂を含んだ感触は松林まで続く感触
山があり川と林と海があり 酒造会社に湧き水があり
遠くからでも見えた赤い屋根 鳥が運んだ実が育つ家
暖炉には火が燃えていて冬だった あなたが生まれたその年の冬
もう遠い昔のことだ過ぎ去った水の流れと時間の記憶
雨上がる 烏がそれを告げている 等間隔に啼いて晴れると
木はのぼり木は広がって密生す ジャスミンの木の香る三叉路
大切な時間が過ぎているはずの今をどうしていいかわからない

六甲は滴る緑、初夏の海の光りの中に兆す死
あのひとも今さまよっている死線 海の光りを見る白い部屋
切なさを今見ています河舟と岸辺の葦と降る雨の川
カクレミノ、隠れ隠れて枯れるまで その葉の蔭に瑠璃色の蝶
このようにして六月の蟹遊ぶ 死者と生者を分かつ水際に
三連の水車が回る川岸に木切れ集めて焚き火する人
熱っぽい今日は一日降る雨のこの密やかさ愛していたり
かたつむり、紫陽花、蛙、シャガの花 雨が好きなら私の仲間

チョットコイ、チョットコイって小授鶏が 水色の尾の尾長が雨に
退屈な午後ひとときの軽やかさ小曽根真の〈ジュノム〉カデンツァ
満天の星空、銀の河の水 天の柄杓を傾けて汲む
月光はなお燦々とふりそそぎ いざなってゆく夜の恒河沙
今日一つだけいいことがありました 綺麗な声で鳴く夏の鳥
金魚絵や菖蒲の団扇配られて 紫陽花もまだ咲き誇る頃
蝋燭は今華やかに炎えていて 絵本の中の白鳥は死ぬ
たましいのさいはてに咲く花に似て火縄銃にも人の手が要る

ムツゴロウ泥の中にて立ち上がるそれが求愛の姿だという
保護膜のように時間が必要で空間もまた必要ではある
生きてゆく世界はいつも苦しくて 空ゆく鳥の喘ぐ 声無く
四万斗の雨降りそそぐ梅雨の空 ゆきて帰らぬ鳥のいる空
六月十八日 今日は辛い日になった 石榴が割れるようにざっくり
残された時間を生きるほかはなく花を眺めて歌を歌って
雨、雨、雨、森に大地に木の枝に、天道虫ののぼる葉末に
ゆっくりと頂上めざす甲虫 光は木々の頂上にある

意味もなく不安を抱いて眠れない 泡立つように咲く百日紅
誰もいない何にもない辿りつくその空間を死と呼んでみる
一台の柩のような車が来て 一人の男現れて去る
みんみんがつくつくぼうしが鳴き交わす 魂を病む一夏がある
岩山にも僅かに水分あるらしく蘇鉄が茂る森もあるという
和邇族の裔たる人の瀟洒な墓 簡素、清明、古拙な字体
鈍色の光りを放つ中世の絵巻の中の鈴虫と月
悲しみの連続として生があり 部分月蝕にも似て欠けて

伽羅の木の枝一本と残されたロシアの画家が描いた海の絵
モスクワが全市が焼けているという ナターシャが見た炎えるモスクワ
ロマノフ朝最後の皇帝ニコライの夏の離宮の夕暮れの鳩
何者か歩き出すとき死は兆し 研究室の森閑と夏
秋刀魚焼く煙も見えず秋はきて失意のままに逝く秋も来て
論争に参加したくはないけれどその論点に意義の数々
蒔絵筆師、村田九郎兵衛氏の語る 琵琶湖の芦辺のクマネズミの毛
いつ雨が降ったのだろう水たまり一つ残って映す秋空

長い長い長いへびです六メートル 羊をのんで羊のかたち
栗の木に栗の花咲き橡の木に橡の実が生るキウイにも似た
その当時、言葉のアヤと言ったのは言葉のアヤであったのでしょうか
嘴の長いハチドリ描かれてナスカ地上絵コンドルも飛ぶ
鉄塔で首を傾げている烏 嘴太烏の羽濡らす雨
一匹の黄色い蝶が迷いこむ 棕櫚の葉陰の野火止の道
その亀の齢は二百五十歳 死亡調書は老衰とあれ
この夏が終わる椿も沙羅も枯れ 水の無い木は枯れよと照る日

その前に日本人は 世界の人に先だって忘れるヒロシマ
断片に解体されてそこにある焼き菓子のようなヒロシマ
さてここでは夏が来るたび白さ増す鱧の椀にも似たる輝き
本日の「虚構新聞」によれば太平の世の一日である
言葉などもう持つことを諦めるカケスにはあれカケスの言葉
物足りないくらいでちょうどいいのです そうです風が吹き荒れました
薔薇の木も瓦礫に埋まるとナレーション ヒルデスハイムの薔薇の閲歴
空母とか原潜だとか集結し 座礁している貨物船もあり

秋の風吹いてくる日の裏通り一心不乱に咲く酔芙蓉
抵抗の手段としては弱すぎる もちろんそういうことはあります
水面には波紋広がる 水馬、蜻蛉、蛙、井守がよぎる
平凡にただ悲しげに今日の空 秋空なれば翳りやすき陽
少しずつ秋が深まり少しずつ木の葉が散って鴨遊ぶ水
木洩れ日の道を通るよ 泥色の鯉がゆったり泳いでいたよ
お日さまの方に傾いでゆく蘭の 光りに向かう緑色の指
秋の日の薄桃色の雲見えて夕暮れは来る雪の山頂

社会的適応をして私は大事なものを棄てて来ました
ぼろぼろの駝鳥を今日の自画像と 冬の渚の白い流木
一人分の余白がここにあったという 本当だろうかもううずまって
いつのまに死んでいたのか あの人もあの人もあの人ももういない
神獣が向き合う カンボジアにはタプロムという樹をもつ遺跡
ガジュマルは寺院に絡み被さって 滅んでいるのか育っているのか
ゆすりかの幼虫がいて殻を脱ぎ 蚊柱となる外つ国の湖
千年の森の時間が止まるとき地球の皮を一枚捲る
祥  * 『総合編集 ダイジェスト版 A』 * 09:17 * comments(0) * trackbacks(0)
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