アンソロジー b 2006年11月編集 

ライラック苦しきことを忘れんと買い求めくる水無月の花
アヤメ咲く危め殺めと変換す 薄紫に野原を染める
許されることがなくても美しい ひっそりと咲く狐の曾孫
「愛の通夜」いったいどうしてそんなことに 茉莉花の花祭り
「頼りすぎ」蔓紫の花言葉 明日は何で笑おう私
退屈は夢見る硝子 ベネチアの、ローマの酒盃に注ぐ葡萄酒
武蔵野は昔、飛火野 飛火野の野焼きしてみよ 硝子の狐
鸚鵡にはおやすみなさいを教えよう硝子の小壜が涙壷とも
夏蝉は遠く遥かに死絶えて私を待つ瑠璃の一族
火の髪の火の飲食(おんじき)の弱法師 夏来ればニンゲンを返せと
詩と音楽、珍味佳肴につきものの二つも盛って硝子の器
ボローニャの腸詰、マラガの干し葡萄、海老も冷たく硝子の大皿
一冊の書物のように傍に置く 氷のような硝子の文鎮
青空の硝子のような輝きの真中を進む黒の一隊
卑弥呼病めば卑弥呼の国もまた病んで瑠璃色の海もまた病む
今日もまた夢を見ている夢見ればあなたに逢える 硝子の狐
病み疲れほろりはらりと紫木蓮 月へ帰ってゆく泣き兎
あるものは今宵離れゆく大空を火の粉が舞う火の鳥だろう
雪じゃない花が散ります桜ですこれが最後の波瀾万丈
小舟にも魚がついて来るという 大きな河があるという国
降りたくてたまらない空 泣きたかったら泣けばいいのに痩せ我慢の空
蜻蛉飼う私の脳は可哀想 あまり眠りもせずに夜もすがら
真っ白に青空に咲くさるすべり夏がまったりと来ていると思う
水底に水が湧くとき砂も湧き 石舞い上げる光の器
永遠の無国籍軍フェルマータ国境越える蜜蜂部隊
クレッシェンド・デクレッシェンドどうしろというのだ降ったり止んだり雨は
台風が来ているらしいこんな夜「薔薇への三つの願い」聴こうね
雨月には透明石のような曲 ピアノと管弦楽の組曲
エロティック生まれつきだと花蘇芳 狂う牛とか狂う月とか
しっかりと遺伝子を巻き閉じこもる巻貝にして憎悪のシチュー
誘惑 あともう少しやってみようかな こうして汚い死に際
雨の日の青蛙こそ愛しけれ 薄い緑のひかりの雫
ほろほろと頭の芯が酔った気分 「無関心」の花咲き
無関心になった自分の心にはエノコログサもほとほと手を焼く
ほんとうは誰にも何にも興味なくエノコログサは風に吹かれる
永遠のはらわたを抜く作業して「レ・ミゼラブル」バック・ステージ
岩場には岩場の色のイグアナが重なりあって海を見ていた
てのひらに残るぬくもり月光の生み落したるひかりの卵
静かなる炎が見えてほんとうのあなたが見える阿修羅の裸像
夜が来た不安な夜だ世界樹が葉を湿らせる孤独な夜だ
どんぐりが帽子被って落ちている 華麗な秋のさみしい一個
風の日は木の実降らせて雨の夜は銀鱗降らす交信記録
水面にも晩秋の雨ふりしきるせめて榛の木まっすぐに立て
満月の夜の乱心の気疎さに渦巻きながら消えるシャコンヌ
鏡花の言う「春は朧でご縁日」夜を燈して怠惰に暮れて
やがてもう人は誰をも非難せず春陽炎のようなたつきを
落書きの後はそのまま残されて 夕空低く町の蝙蝠
スピノザはレンズを磨くゆっくりと 秋はエチカとマロングラッセ
胃袋は天才じゃないスピノザのレンズ磨きの生計の技
朦朧と夢見るようにありがちなロシア気質の巣ごもり卵
まどろみの中から外へ出たくないつまりそういう獏の一生
郵便の記念切手のその一つ「水辺の鳥シリーズ」の鳥たち 
〈甲州百目〉、烏が好んで食べるから一つ残して 夕陽の梢
忘れられさびしかったと三日月が小舟浮かべる星の湖
誰ゆえに名づけられしか万年草 記憶の底の花に逢いにゆく
次々と啓く手紙のそのように雪兎の噛む歯型現る
クロッカスやリボンで飾るスイートピー マラガの葡萄も素敵な晩餐
ゆうべ聴く冬の雷(いかずち)冬の雨 草木地下に眠る幸福
大切な一日のため雨よ降れ しずかにひらいてゆく花がある
ひらり 蝶 ひらり ふわり と街川の 流れをこえて 春の野に出づ
川沿いの道を歩けば見えてくる海の背中と白い帆船
山肌は今にも赤く露出してこの街を呑むと断頭見せる
せせらぎに大河に海に注ぐ川にブナの森から注ぐモルダウ
何処にもあるらし地獄坂というこの世の坂をのぼる冬の日
一本の樹にとまる鳥 一枚の画布に描く空 その空の青
森の香も清しき樫の木の舟も二人の櫂も流されていた
赤い月鼓鳴る冬の公演の レダよあなたは官能の蛇
グロリア アンダルシアの火の心マノロ・カラスコ風のバラード
ストラホフ修道院のコンサート冬のプラハの雪のセレナーデ
森の奥 予言の鳥は飛んだかしら シューマンの鳥、眠りの森の
天井に天使舞うから図書室の空に予言の鳥も羽ばたく
ラルケット 天使が喇叭吹くときに 始まるだろう世界の終わり
いつだってリアルタイムで書いていて私の鳥は記憶喪失
ブナの森、ヴルダヴァ、エルベ、凍る海 雪も流れて言葉も消えて
大四楽章「生」 九十歳、朝比奈隆が振る終楽章
「五ヶ月間、水の無い生活でした。」旧友からの年賀状の余白
定点で観測してもわからない 山襞深く病む人までは
ノクチュルヌ半音階と対位法 ノアンの日々の草光る日々の
空に鳥、水に魚というこの春の空の愁いのよう 濁る空
誰一人待たない故郷と知ったとき柱時計も止まった気配
水がほしい水がほしいと根を張って根ばかり張って瘤だらけの樹だ
苦蓬・チェルノブイリの4号炉覆う石棺 雨のロシアの
エルミタージュ サントペテルブルグの灯がともる「この世に完全な幸福はない」
〈休みなさい。陽気であれ!〉と告げている 『孔雀時計』が時を報せる
川辛子クレソンの濃い緑敷きガーリック牛肉ソテーに赤い冷采
日の暮れの蛇崩れ坂に行き惑う 菜の花色の月も滲んで
桜散る絢爛豪華な崩壊をしばらく見ない水たまりの空
きっと今日投函するよ あの町の夕焼け色の丸いポスト
春の雨しずかに降れば黄昏の心満たしてゆく水位線
ソノヒトガモウイナイコト 秋の日にふしぎな楽器空にあること
物として物の形として残る三段式マホガニーの本箱
1907年製の湯沸かしと、くるくる引き出す硝子戸の本箱
シュワシュワ たてがみも尾も黒き馬 風をさらって東洋の馬  
雨乞いの黒馬、晴れ願う白馬 祈願の絵馬は日の国の馬
湖の岸に沈んだ葦舟も鴛の浮き巣も降る雨の中
ここにある悲しい気分の水たまり 極月なれば映す裸木
舌あれるほど食したる蝶・葉虫 蝦蟇も蝸牛も篭もれる枯葉
流されて流れて待てば億年の氷河の底に眠るマンモス
潮の海 でいだらぼっち身を浸す 肘・膝、擦ってゆく鮫・鯨
銀青の燐粉散らし甍越え 水惑星をこえてゆく蝶
宙をゆく風の帆舟や月の馬 虚空の底に湧く星の砂
やくざにも屋形船にも刃にも「や」がついているやさぐれの「や」が
んとこしょどっこいしょって んと重い石はこぶ運命の「ん」  
真珠より小さく青く光る星 蛍集まる木があるという
人肉を食した兵士もいたという「命(めい)ニヨリ生キ命(めい)ニヨリ死ス」
吉野郷、天川村の「ごろごろ」と名づけられたる秋の名水
いにしえの道を辿れば海も見え 高凪という凪の瀬戸内
緑釉に元気な兎走るからきっと明日はよいことがある 
古備前は深夜ひそかに鳴るという 満身創痍の備前の壷が
なぜこんなにさびしいのですか 鼬(いたち)だったらわかりますか
なぜこんなにさびしいのですか 白ふくろうにはわかりませんか
なぜこんなにさびしいのですか 面ふくろうって可笑しいですね
なぜこんなにさびしいのですか なぜ教会の屋根裏が好きなのですか
なぜこんなにさびしいのですか とうとう鷹と争ったのですか
なぜこんなにさびしいのですか もう夏は終ったって知っていますか
どんなにでも冷たいものは生まれます 氷塊一つ夏の彫刻
人の顔人の声して火喰鳥 火を放ちゆく微かに燃える
夜の闇に流れて溶けてゆくコーダ セルゲイ・ラフマニノフの終曲
薔薇色の空をバックに立っているヒマラヤシーダの大きな影が
淋しくてひとりぼっちで悲しくて ヒマラヤシーダの枝走る栗鼠
雪だるま スノウマンにも春は来て 溶けてしまった夢の紫
そんなにも羞ずかしがりやのきみだから残して帰る 春のヒマラヤ
薔薇、水仙、ジャスミン香る春の夜 月光降りて蘇る花
見憶えはこの薔薇色の蛇にして石棺守る女王の蛇
雨の日は川にも見える坂道は ヒマラヤシーダとリラの向こうね
南側の窓の向こうに木が繁り リラが咲くという四月の真昼
合法的脱出をしたのね透明なある日世界の隙間を抜けて
いつだってどこだっていい何でもいい生きていようね美しい秋
知らないでいるのはいつも一人だけ鴉が運ぶ巣の枝一枝  
鬱兆す雨期の森には幽かながら杳い遥かな麝香の匂い 
桃の花 その桃色の明るさに雪洞燈すその悲しみに
鮮やかに心ほどけてジャカランダ 花祭り冬去れば春
渦巻いているね世界がゆっくりと流れるように死んでゆくのか
梅が咲き、雪柳が咲き、桜が咲き、咲く花の下 鬱々と猫
レクイエム聴こえて愛の第二章 ページに挿む木の葉の栞 
擦れ違う人群れすべて老いていて石膏色の街に佇む
人間が去り動物たちが去り 水惑星に降る雪がある
もう言わないもうさよならも永遠もいつ終ってもいい優しい時間
火の鳥に似ている白色矮星をティコブラーエに教えてあげる
ヌレエフとプリセツカヤの赤い月 「レダ」は二人の残した手紙
官能の蛇が月夜に舞踏する「ボレロ」もう戦争は終ったかしら
さびしくてたまらないから逢いに来てマイアサウラの木霊する声
また明日夜間飛行機飛び立つよ サン=テグジュペリの郵便飛行機
シディ・ブ・サイド美しい街の褐色のキック 梅雨の日本に
虹色のシャワーを見たよ校庭でサッカー部員が水撒くホース
そこだけに静寂がある 終了のホイッスル鳴る時のカーン氏
淡々と凭れるカーンの表情を見せてゆっくりVideoは切れる
子はグレー孫はアルビノ遺伝子の表現形式、検定交雑
定型と自由詩分かれてゆく時の 五言絶句と七言絶句
鵞鳥より暢気な当主、落魄も知らずに遊ぶ稚気のみの医師
吹っ切れた顔をしていた爽やかな声が聞こえた 理由とルールが
雨の日のレインコートの思い出は黄色いレインコートの思い出
手をつなぎ階段降りて国立のノイ・フランクやサンジェルマンへ
風が愛し乱歩が愛し茉莉さんが愛し 回転木馬まわる浅草 
花筏、葉に実を乗せる花筏 飛蝗も蜻蛉も乗せておくれよ
それでもなお優しさよりも大切なものはないよと弥勒の微笑  
一輪の薔薇の花さえ汲み上げるいのちの水が渾身あがる  
百合の茎まっすぐ昇る真水あり ブナの森なれば水の合唱   
『安南の人は子供を沢山産む』「佛印」からの叔父さんの葉書  
『道路には子供の遊ぶ声がして家の中では母親が子を叱る声がする』 
「北の薔薇』チェンマイ、美しい町の黄昏の橋渡る列車で  
水田と小川と風にゆれる芭蕉 家鴨が歩く村「北の薔薇」  
外に出てふーらりふらり散歩する芭蕉がゆれる緑と水を  
小川には影が映っておりました鳥がゆっくり飛んだらしくて  
夜明けには鶏、アヒル、鴨の声 霧が流れて始まる朝  
村人と猫と犬数匹が蝋燭と花を捧げる灯の村の祭  
密林の雨に打たれている芭蕉 田中一村の芭蕉の葉っぱ   
モルダウは流れる合唱も聞こえるヴルダヴァ、エルベ、森の国の河
緊迫が常態としてあるゆえに精悍な顔見せるアフガン  
一度だけ破ってしまうかもしれない「悲の器」にはしない約束
大連から届いた本に挿まれた栞一葉、涼しい栞
白光の束が空から届いたら何か異変があるといいます
薄青い鳥の刻印標されて封印された夏の消息
前日に食べた手紙の白い束 消化できない山羊の「ヤギハシ」
トラックを追って走った道くんとロンが見送る鉄路のほとり  
何事もなく過ぎたわけじゃない何事もない毎日を望んだ狐
失ったものは言葉や物じゃない燃えていたのは火鼠の皮衣
ガンダーラ、ガンダーラと今歌うあれはタケカワユキヒデの声 
空き地には蛇苺熟れ三輪車漕ぐ幼子の足も見えてくる
遥かで杳くてやさしいものにいつか逢えると思っていたが
リンパ腺、耳下腺腫れて五月闇 灯ともし頃は鬱兆す頃
木は眠り木は育つ霧の森木の海は遥かな心育てて眠る  
私たちはいったいどうなってゆくのだろうか もう真っ暗かもしれない明日
ためつすがめつしているうちに一本の樹になってしまえり翠の桜
空想と空想むすぶ接点に空の巣があり燕やすらう  
イクパスイ彫刻された木の意匠 道南十二の館の出土品 
ブナにはなおブナだけに付く蜂もいてブナの森から湧き出る光
愛の通夜さみどりの通夜もう誰も愛を無理やり殺しはしない  
百合が咲き水仙が咲く断崖のせり上がりゆく波の先端  
人間が怖くなることありません?私は今とても怖いの
睡蓮とウォーター・レタス浮かべている水鉢、金魚もメダカも泳ぐ
庭先まで山あじさいの藍色に煙って見えた雨の坂道
通り雨、霧が昇れば座敷まで霧這いのぼる山霧の里
山あいの生姜の花の薄紫 雨の日、雨のひかりあること
野火止のムラサキシキブ花盛り 水辺が好きな一本の樹は  
夏来ればさやぐ身なれば白い旅 水呑む龍が睨む一水 
午が丘、夕陽が丘に挟まれて 朝日が丘の磯野波平 
薔薇病めば棘もまた病む 桜桃忌・鴎外忌など来る雨季の憂鬱 
点在し時間と距離を超えて会う おちあう場所は風の洞窟
病む母の夜の心のさくら・さくら 桜を待たず母は逝きたり 
国立の大学通りの桜も咲く 銀杏書房の洋書に挿む 
池水に浮く花びらが風紋を 甲羅を見せた亀も数匹 
旋回、旋回、旋回、旋回 グラン・ジュテ! 薔薇、薔薇の精、跳ぶニジンスキー
再見!」とあなたは行ってしまったね 春の日逢った人が春逝く  
絵葉書の余白に滲む海の色 桜前線黒潮育ち
約束はまだ果たせない花便り 渡海船は一日二便
秋山の無生野というところには護良親王親筆の信 
「この子は私の大事な子で〜」 作家が残した命名の手紙
手形押し、「僕は元気だ安心して」 戦地から来た兵士の手紙
亡くなった政田岑生氏デザインの玲瓏箋の藤沢蛍 
揚雲雀 ちからのかぎり飛翔して悲しみ告げる茜空あり  
森の奥しづかに水はきよらかに野生の樹林貫いてゆく 
もう飛べない飛びたい夢ももう持たない 東京湾に夕日が落ちる 
そして風! 天翔る鳥、火の鳥は 光になるよ 《グランド・ゼロ》の 
雪を割って陽だまりに咲く野の花の小さく炎える春の絵手紙
ゆっくりと記憶の野火は放たれて手負いの獣追いつめてゆく
誰よりも愛しているというように 春の雪降る生まれたばかり
いつだって言葉にならない言葉だけ ためらうように月が出ている
原潜が浮上している 春うらら 東京湾に立つ蜃気楼  
昨日また誰か死んだね、雨の燕 「いつもこの駅で降りていた人」
ブック・オフに知は100円で売られけり 海を渡って死んだマンモス  
ホップには薄緑色の花が咲き、夏の雨降る微かに匂う 
そういえば昔も花を見ていたね 六香公園の冬の日だまり  
大きな木 勇気・元気と名づけられ雨の公園の真ん中に立つ 
野の果てにタンポポ枯れて綿毛飛ぶ 日本に帰りたいしゃれこうべ
人が死ぬ その時何が起こるのか 花束を乗せた始発電車よ 
「酒鬼薔薇」 海見る丘のニュータウン 殺意の薔薇の棘もびっしり
病み疲れ病み呆けてもいる花びらが水無月の文になりたいという 
まだ雨は降っていますか 雨の日は痛む右手をどうしていますか
「二百年後に最高の音を出す」 ヴァイオリンは夢を見ている
白き蘭あなたのことだ満ちてくる記憶の中に射す晩夏光
風よどむ日の匂いがあるとあなたは言う 海の匂いを伝える手紙 
椿がゆれ椿の影がゆれている 土塀に夕日、掘割の水
この星のどこかに必ずいるだろう 反世界にも雨のかたつむり
きっとこの石そっくりの魚もいて 石のふりして眠っているね 
烏羽玉の夜に目覚めて儚ければヴァイオリン・ソナタのための第二楽章 
ガラパゴス諸島の象亀 イグアナも重なりあって海を見ている
宇宙蛇タラリトゥラリ真夜垂れて銀の小雨を降らす晩夏だ
水よりも静かに時を刻む音、ユンハンス製目覚し時計  
金属のベルトの一部が歪んでる鈍い光沢、遺品の時計  
水時計、日時計、砂の時計あり 終身無言の歌を歌って  
江戸の鐘、ノートルダムの鐘の音、川面に春を告げていた音  
最終のバスは四時半 犬目宿本陣大黒柱の時計  
花遍路、遍路の道のバス停に夏越の祭の日程張られ 
架橋駅その橋の下通る風 海辺の町の匂いしている 
「太古の海」「盆の海」など話す時ジャック・マイヨール氏自殺の訃報
絵葉書のグラン・ブルーに百匹のイルカが描く海の曲線
旋律ハソコデ膨ラミソコデ消エソコデ躓キソコデ泣クノダ 
曇りなく晴れた東京 人工の渚に遊ぶヤドカリの群れ  
蜘蛛の巣も蟻の巣もあり蜂の巣になるかもしれない東京に住む
飢餓線上這ってゆく虫一列になって冬へと向かって歩く
苦しくてならぬと傾(かし)いでゆく身体 大王松の一生終わる
碾き臼を引くとき驢馬は何思う 窓を持たない小屋と碾き臼
お終いになるまで少しある時間 木は空洞に音を楽しむ
(遠くまで飛べないだろうか)海深くある日思った<天使の翼>  
幾度目の拒否を経験するマウス悲しみらしき青の点滅
いつだって置き去りになる石ならばいっそ知らせよ石塊の重さ
死の死の死 眠るためには千年を眠れる言葉が必要だった
三月は優しい季節しゃんしゃんと鈴を鳴らして神社の仔馬
木蓮がそして辛夷が咲くだろう 春ですあなたは死んではいけない
熊の仔は走る熊の親も走る 阿寒の冬は終ったらしい
白い花ジンジャー香るこの夕べ花に降る雨、小径の翳り
手紙には雪解け水の冷たさと春の香りのする草のこと 
廃線のレールがのびてゆく村にひらく月夜の無数の茸 
閃光に地球は開き天蓋の草原もゆる焼けて爛れて
鮟鱇は吊るされ皮を剥ぎ取られ自分がなんだかわからなくなる
おんねんはさばくにうみにふりしずみよるのそこひをながれるオイル
<屋根描けば屋根打つ雨の音も描け>甍に落ちる一粒の雨
車海老、酒に浸して躍らせて食する餐の惨にして燦
薄切りの茗荷、青紫蘇、葱、オクラ、平目/海鮮の舞
土蜘蛛は長病みにけり病み臥して心弱りて糸吐きにけり
たっぷりと大きな愛が注がれて<地球>と名づけられて生まれる
マエストロあなたの優雅で繊細な音の海から私は生まれた
ふっくらとやさしく煮えた水鶏と真白き葱の相聞の光  
カラザにはカラザの主張あるらしくぬらりつるりとつかまえられず   
達成は何事にもあれ最終の列車連結解く摩擦音
壁画には迦陵頻伽の鳥鳴きて菩提樹、蓮(はちす)、石に射す影
海鼠、雲丹、壷焼きさざえ、蕗に添え貝の酒蒸し潮の香の膳
泣き兎、月跳ぶときは古傷が微かに痛む しっかりと跳べ
心がねちょっと火傷をしたのですだからね少しだけやすみます                 
夕陽射す局舎に漸く浜風が もうすぐ帰って来る釣り船が
さてどこに再構築があるのかと見回せば窓際のペンギン
泥牛蒡、葱がはみ出す袋がある この夕刻の淋しい時間
港には雨降るもよし止むもよし 出船入船にぎわう夏は
吊るされしまま削がれゆく鮟鱇の体内にありしころの水嵩
文房具店宇宙堂の小父さんと小母さんの愛想良しは天下一品
薔薇色の生ハム冷やしその陰にトマトの滲むカニバリズムか
笹百合の祭を見むと奈良の旅 稚拙可愛ゆき犬のお守り  
ここに包んできたのはあなたへの愛 でも引用禁止です
星空のプテラノドンに出逢ったら 虹の卵をみごもっていた
つつまれて眠る幸福 まどろみに千の蝶々通う四阿(あづまや)
洋上を遥か風立ち 飛べざればヤンバルクイナは啼くばかり
剥落は音なく目にも見えなくていつか私の全てとなって 
春の日の鞦韆ゆれて雲飛べば馬頭琴鳴る西域の風
なにかしら真実疲れた思いあり花野を歩く馬を羨む
わたくしが雨であるなら弾かれて草の葉つたう雨の一粒
雪が降るかもしれないとい言っている ユキノシタは緑の薬草
爆心地グランド・ゼロの記憶より無花果の夕べ滴る乳の
明日の朝だあれもいない校庭に葉っぱ生やした木に似た鳥が
溜息と絶望歌うことのない夏が来るのね白いサルスベリ
まどろみの時間が貴女を癒すよう祈っています 温かいね 雨 
クヌギ・ナラ光る小径を草笛が 誰かの吹いている「グリーン・スリーブス」
山紫陽花、牡丹、芍薬、百日紅 梔子パオパオ熟睡する象
お釈迦様 象の花子が行きますよ もうすぐ貴方の菩提樹の下  
ふるさとの涅槃の釈迦の寺に立つ樟の大樹の夢の千年  
眠る象、眠る釈迦無二 菩提樹はいのち養う至福の眠り  
鯉を見てとりどりに咲く花を見て公園通りの日が暮れるまで 
線虫の名は「シー・エレガンス」月満ちて生まれ生まれる千個の命
致死量の愛を点滴するように深夜に雫する雨の音
消えてゆく飛行機雲のその向こう 永遠よりも優しい時間
薔薇色の海には死とか永遠が貝殻のように沈んでいます
アレルギー物質一杯溜め込んで痒いのだろう漆、櫨の木
水よりも淡き卵を生む魚とその儚さと遊ぶ 短歌と
実存が話してるからドン・パブロ 隠れていても堕ちたりしない
美しい虹 バッファロー棲む草原 ヌ−の出産集団でする
生まれてすぐ起ち上がる牛・馬のたぐい、乳呑む仔牛、仔馬の類
ムングーバ 雨期の終わりに花つける 花びら散れば河を流れる
ホエザルは声の大きさ競いあう 木の葉バッタは木になっている
木を伐ってカヌーをつくるカヌーには森の魂 銀色の月
アリクイの鼻は長いよ 白アリの巣にその鼻を入れて探すよ
 伝説の大蛇、神秘のアナコンダ 太ったハナグマ尾も太ってる
木登りの上手な猿と下手な猿 上手な猿はいつまでも猿
オリーヴを搾る機械を引かされる目隠しされた駱駝の一日
土と木と少しの人の気配だけ 駱駝の今日は駱駝の一生 
エスパニョーラ島のイグアナ その身体赤くしている別れの予感
進化には関係あるかあらざるかロンサム・ジョージ百歳の亀
第二楽章、中でも最も美しい数節の連弾が消えている
非時香菓(ときじくのかくのこのみ)のかぐわしく雨の春夜も日照りの夏も
江戸の茶屋 隅田の川の花吹雪 花はあの世もこの世も美しき
プーランクの第二楽章聴いている 小鳥が聴いた風の囁き
辛夷散り孔雀も羽を閉じたから木々は迎える驟雨の夏を
翠鳥の青き夕闇歌っていた誰かも見たのだろうか死の谷
天使には天使の羽が重かった  魚になったその理由です
蓮根が綺麗な花を咲かせても無意味無意味と蛙が騒ぐ
弦の音だけが聴こえる朝クーセヴィッキー「小さなワルツ」
降りそうで降らない白い空の下 紫陽花暗く首を傾げて
上水に雨降る雨の木の葉闇 きりもなき虚しさの桜桃忌
虚しさに蟇は篭りて桜桃忌 宇宙塵ともなりゆく蛙
月と星二つ並んである時間 蝙蝠が飛ぶ町の夕空
湖の岸に沈んだ葦舟も鳰の浮き巣も降る雨の中
何かしら悲しい音がするようだ水禽がまた浮巣を作る
夏の庭 古い庭には古井戸と思い出だけが住んでいました
暖かい羽毛のような悲しみが満ちて来ること 雨季の悲しみ
燦々と月光降れば燦々とかなしみも降る 夜の汀に
この世は所詮生者の宴 月の裏側には蟹がはりつく
アルビレオ、デネブ、銀河を飛ぶ鳥が白鳥であるこの世の優雅
アカシアの白い花散る夏の雨 小猿は白い花に埋もれて
花火にも鳥にもなれず胞子飛ぶ とても虚しい日暮れが来るよ
夕べには薄紫の風が出て梔子がもう腐りはじめる
再び雨 雨また雨 雨のち雨の東京の空に氷雨を曳き飛ぶ尾長
紫蘇に雨、羊歯に霧雨、竹の秋 睡蓮はまだ眠っているね
何事もないかのように朝は来る消えた楽譜の淋しい音符
あの時は逃げられなかった今ならば逃げられるかしら列を乱して
血の山河、夏の山河を渡りつつ ニッポニア・ニッポン滅びてゆくも
この雲をスクランブルして飛ぶ機影 入間基地から飛ぶ軍用機
体系化されつつあれば体系化逃れてゆかむ遊びせむとや
タッちゃんと浅倉南の声がする 多分夏休みも始まっている
液晶のモニターに見る遠花火 江戸の花火を忘れずに咲く
纏わりつくような暑さが堪えられない暑熱のうさぎ耳垂れる夏
追い風と向かい風では違うよね 雲の動きが見分けられない
一人に向かって人は歌うという 海酸漿を鳴らして遊ぶ
遠からず死は現実のものとなる 雨に打たれている曼珠沙華
あの貨車は今どのあたり過ぎている遠い銀河をゆく夏燕
抜け殻になったら逢おう魂の三重連の水車が回る
葦の影、薄の影や虫の影 影絵のような世界があった
どこからか胡弓聴こえる昼下り夏の最後の日曜日です
簡単な文字少しずつ間違えて再入院のあなたのメール
ラングドシャ舌に溶けゆく午後三時 まだ鳴き足りないヒグラシの声
汗ばんで葡萄の雫光ります まだ夏雲の浮かぶ空です
地獄花死人花ともいうけれど猫も家鴨もいる土手に咲く
夕映えの道に老人 年老いてゆくとき影は全てとなって
花が咲き実が生り花は花疲れ 曇り空から白い太陽
私の金魚が仮死した日 花道引いてゆく船弁慶
火喰鳥、花喰い鳥は梢離れ 雨期の沼地の森へ帰るよ
音楽は途切れても囁く雨ブロッサム・デアリーみたいに
左手はいつも同じ音の繰り返し黄金の秋が来ていても
ゆっくりと飽和状態ゆっくりと終りに向かう炎える草叢
とめどなく太鼓は打たれとめどなく舞台の雪が降りしきる
紗や絽や羅、透ける衣を織れば夏 蛍も蝉も蜻蛉もいる
こんなにも争う人と人と人 ベツレヘムには神の子の教会
丈高き芒一本掃き流し銀彩の壷冷えてゆく冬
既に死んでいたものが改めて死んでも何も不思議はない
羊歯族の裏白の蔭、無限大 水を湛えて澄む羊歯の森
慈しむ愛というのもあるんだね月に零れる蝋梅の花
何事も無かったことにして終る なお見解を異にする鯊
泥の中きれいな花を咲かせても無意味無意味と蛙が騒ぐ
八百屋にはタラの芽、蕨、フキノトウ 苦味ほろほろ今年の春の
この舞台、いつかどこかで見たような記憶の島に漕ぎ出す小舟
春だから白木蓮の花が咲き天に向かって祈りの形
伝統は確かに生きて生きのびてスポンジ脳に点る春の灯
スクレイピー、プリオン、ヤコブ、海綿が吸い取るだろうメタル・スポンジ
その他に何もなかった 毎日は機銃掃射がただ無いだけの
みんなが行くという方には多分行かない 数が多すぎる
物思うキカイであれば物思う 抒情というは何処のキカイ
一人でいい一人がいいと春の月 いつしか水に還った海月
カリフラワー、キャベツの仲間ではあるが脳葉に似て春の虚しさ
エメラルド・グリーンの果肉切り分けて春の空虚も切り分けてゆく
三月は優しい季節しゃんしゃんと鈴を鳴らして神社の仔馬
木蓮がそして辛夷が咲くだろう 春ですあなたは死んではいけない
午前三時 宙に無数の水の星 水汲み上げる滑車の音も
熊の仔は走る熊の親も走る 阿寒の冬は終ったらしい
中和する形としての一章を今からそこに書き加えます
千年を眠るためには千年を眠れる言葉が必要であり
混乱は全て収束する形 終息までは言えない形
満月は一昨日だったそういえば花のもとにて春死ぬ烏
山麓の南病棟、陽が当たり月も仄かに射してよいと言う
賑わいの市に背を向け山麓の道の傾斜をゆっくり上ると
爛漫の春よ驕りの春であるよ昨日縊れた鳥もいた真昼
木蓮、辛夷、桜の莟 のんびりとした春の水曜
モビールのイルカが泳ぐモビールを動かす春の風があるから
明日はまた雨降るという三月の雪に変わってゆく夜の雨
木蓮が茶色くなって枯れている春に三日の命もなくて
満開の桜が空に吸われてゆき吹雪となって散る地蔵堂
紫木蓮、白木蓮が並び立つ白木蓮から零れて落ちる
恐ろしい真実は唇が閉じたがって言えない 春浅く黄泉をゆく舟
これが春これが四月の気温差か雨が上がれば欅の若葉
ほの甘き千枚漬けの千枚の襞に隠れている赤唐辛子
夕焼けに染まって緋色の鳥となる熱帯雨林の鳥かと思う
花水木が咲きポピーが咲いているこの夕暮れの濁りゆく空
魂には晩年 亦来る春の終る日の風もない日に散るリラの花
突然に夏来るように最後の日 難読氏名の話題の続き
海辺には打ち上げられた海草が遥かな時を伝えています
地に落ちたヤシャブシ伊豆の海岸の岩に置かれて花咲く木の実
「自爆する男」画面の金の花 田島征三、木の実のアート
松毬や泰山木の実の集り 命果ててもなお生きるもの
黄の花が終れば次は白い花 小さな虫喰いだらけの絵本
ニューサマーオレンジ、小夏、日向夏 柑橘系の夏が来ている
すでにあるものなぞっているだけの危機という名の安逸の胡麻
国境の駅のある町壊滅する黒い地蜂が群れて飛ぶ朝
前近代ぬっと顔出す春の闇 火山性ガス噴き出す気配
竜川と書いてリョンチョン爆風に吹飛ばされた国境の町
薔薇も咲き守宮も硝子戸を這って迷宮の森ひらくこの朝
春が逝く四月が終る蜜蜂の羽音が聴こえ蝶も生まれる
金太郎飴よく見ればみな違う顔 それぞれに泣きそれぞれに笑う
象がいてキリンがいて河馬がいて縞馬がいる 地球楽園伝説を継ぐ
シマウマの後姿を見ています夕陽に向かって歩くシマウマ
まだ青い小さい苺が二つ三つ四月下旬の涼しい朝
ファルージャは萌黄色に見える萌黄色の中の桃色の炎
いつまでも若く美しくあらねばならぬと『火の鳥』の婆
妖艶な鐘馗空木の花が咲き 上水の夏始るらしき
流木が打ち寄せられて来るように悲しい心の切片もまた
マーラーの『復活』を聴く演奏はルツェルン祝祭管弦楽団
柔らかく弦の音から始って木管楽器が続くその後
蚕豆が弾けて夏はもう間近 遠くでゆれている青い麦
竜巻は上から旋風は下からと解説されている連休二日目
誰だって海を釣り上げることは出来ない 神が釣り糸垂れる夕暮れ
めひかりの眼の海の色誰だって海を釣り上げられない釣り人
花壇にも教育主事は入り来たりタチツボスミレの谷の群落
いずこにか鋸菊が育つからもう枯れ始めているベンジャミン
川原にも陽が射し石に蜆蝶 ナンジャモンジャの花咲いて夏
憂鬱に似た感情の夕まぐれ 気まぐれ気まま我儘の果て
屋根裏に蛇の脱殻、雀の巣 鼬も出入りした穴の跡
言の葉の繁りて散りて五月雨 メイストームの過ぎてしばらく
花水木はらはら散れば花筏 一期一会としたためよ歌
欠けてゆく月の黒紙魚、月の隈 銃身の色帯びてゆく夜
フェルディナンド・フォン・ツェッペリン伯爵の飛行船 その中空の船
非表示の選択あれば埋もれ木の埋もれるままに朽ちゆくもあれ
大相撲夏場所がもう始ると 水面に光りさす隅田川
塩倉に釘は使わず 塩運び塩を守って千国街道
「右ゑちご左やまみち」道標の紫に猶暮れ惑う道
今日の日が無事に過ぎたということの続きに咲いて深山苧環
なんとなく残骸めいた掲示板 桔梗咲く頃削除しましょう
春蝉が啼く季、遠い日の夕べまどろむように沈む太陽
春蝉が啼いていました新緑の萌える林の一本の橡
汚れなくイノセントであるということの 初夏の空の
温泉は蔵王の含鉄釜の湯の湯の花の咲く蓬生のお湯
今日は雨 雨の中にいる幸福を感じているか葉裏の蝸牛
攻撃の背後にあった八割の支持を充たした奇妙な果実
ペリカンが上昇気流に乗って飛ぶ 桃色ペリカン灰色ペリカン
六月のドナウデルタの葦原の水と光りと小さな魚影
遠く去る鳥には鳥の歌があり水没樹林に降る雨がある
川鵜来て鳥の楽園伝説の円形の縛、縮めてゆきぬ
泥川に川魚かしら鯰かしら一瞬ゆれて再び沈む
空想と空想むすぶ接点に空の巣があり燕やすらう 
ポルトガルの洗濯女という風情 曇りのち晴れの空が青くて 
あの人はどうしているかと訊かれても訊かれなくても寂しい明日
香櫨園、海と川との汽水には渦巻くものが見えて夏の日
日曜の小川に沿った道でした 鴨も小鷺も帰った夏の
脱落と脱出の違い知らぬままこの世の淵をさまよっている
白皙の詩人は一人旅立ちぬ皐月の空に発つ白い鳥
春日井建、享年六十五歳の訃 一人の定家黄泉へ発つ夕
夕暮れの水の流れに沿ってゆく水の流れに運ばれてゆく
スカーフを帽子代わりに巻いてゆくと 締め付けられる痛さがないと
こんなにも暑い日なのにあのひとは痩せた分だけ寒いと言って
ここに咲く花の苞衣の中に充ち花の力となる何ものか
関わりもなく生きている淋しさに 美しいもの峠を行くも
あきらかに社会的適合欠いている天道虫は星で分けられ
サッチモの声が聴こえたサッチモは「この素晴しい世界」と歌う
戦争が始る時と終る時 雨は烈しく降るゆえ儚
羊水の中から始る絵日記のような万智さんの「プーさんの鼻」
ゴミからもアートは作れ工房の中、鎮座するプラスティック蛙
水色の尾長が飛んで上水に夏来る 夏の涼しさの青
感覚の教会に鳴る釣鐘や天井画など五月の空に
まだ熱が引かないけれどそのせいで見えるのかしら歪んだ檸檬
南風吹く東京の日暮どき 檸檬のような月も浮かんで
新鮮な生みたて卵のような黄の色の花芯もゆれて梔子の朝
鳥籠に鳥を飼ったら青空の果てを見せてはいけないという
心肺に貝殻虫が棲みついて殺してしまう少女がひとり
隙間から一瞬見えた愛に似たものが欲しくて殺してしまう
水色の海と空とのあわいから聴こえる音をタクトにのせて
夕暮れに風が通ればふり向けば貴方の背中見えた気がする
水無月の鬱をかかえて紫陽花の半球すでに黄昏れてゆく
眠ろうとしても何だか眠れない 普通に戦争している時代
O音の優雅さ雨の桜桃忌、鴎外忌にも驟雨来て去れ
逝く人があれば生まれる人もある生誕祭となる桜桃忌
前線は活発ならず空は晴れ桜桃の実もつややかに生り
夏空に雲一つなき桜桃忌 台風はまだ東支那海
汚された時間のようにそこにある削除できない何かのように
多分もう私はこれでお終いと紫陽花の青、紫陽花の雨
一匹の鼠が町を走り出し真昼の雲が白く輝く
何となく批判をされているような夏来て白い太陽の下
淋しくて嵐が去った空を見る遠い山野に棲む獣たち
桜桃忌すぎて三日の夕ぐれは哀しきものの見ゆる夕ぐれ
雨のない六月だった 台風が壊していった日除けを替える
山椒魚、山椒魚って可愛いね 石を枕にうたたねの夢
退屈の病に私は侵される 病であるから治るのだろう
「死に至る病」ではない憂鬱というのでもない 雨の気配か
天空を走る列車に名づけよう 薔薇星雲を横切る列車
ライラック苦しきことを忘れんと買い求めくる水無月の花
拒否よりも手をさしのべてみる勇気 蔓性植物であろう何かも
川底にいても蛍は光るという 弟の手から姉へと蛍
少しずつ眠るためまた生きるため真夏の夢の浅瀬を渡る
仰ぎ見る文月の空の流れ星 戦場に人は撃たれていたり
眠くなる 最後は眠くなって死ぬのだろうか 鳥たちも
約束の虹がどこかに立つという 探査衛星カッシーニの旅
少しずつ気道を確保するように静かに夜の帳は下りぬ
戦闘色消えたらしくて野を奔る王蟲の赤も一夜にて消ゆ
愚かしいことと思えてやめました二足歩行に戻るペンギン
生き残る人ゆえ覚悟の足りなさを責められている鬱熱の森
ムササビが神社の森を滑降する 深夜に奔る風を見つけた
大切な一日のため雨よ降れ しずかにひらいてゆく雨の薔薇
無理解は悪。『沖縄ノ骨』の作者がそう語る 珊瑚の白い骨と混じって
約束の海の歌です遠い日の記憶のように光る海です
天からは一瞬止んだだけの雨 日本の行方まだ雨の中
七月の金魚が水に眠る午後 水はさゆらぐ光りの窓辺
富士に雪、新潟三条には豪雨そして梅雨明け今日の東京
極端と極端会えば一点に還元されるヤコブの原理
WEBページ消えて半身不随に似て 水栽培のアボカド林
天邪鬼踏み据えられても逆らって逆らう程に怒りに触れる
雷雲は遠くへ去って行きました あの大雨は嘘のようです
光る魚一網打尽にする網が見つからなくて月光遊魚
炎える樹は炎える火柱、火柱の尖端にして炎の骸
雨の日は飴細工師の小父さんも兎も犬も鳩もお休み
キスツス=私は明日死ぬだろう 8月8日の花言葉です
紫蘇、茗荷、山葵、シシトウ、生姜など夏の終りの薄闇の胃腑
火祭りの写真をどうもありがとう 篝火はまだ燃えていますか
始まりも終わりも知らず生きていた知らないことが強さであった
失って滅びていつか消えてゆくそれでも人は夢見るさくら
発酵を待つ詩やパン種や葡萄樽  驟雨の後に光る雨粒
堪えかねて噴く火の色の美しさ千年神の水を湛えて
亡くなった人の日記にハーブと本 花と大きな猫とオレンジ
いずれわれら婆裟羅の裔の萩、桔梗 吹く風に萎え降る雨に散れ
丸亀に多度津に京極、宇和島に伊達 都に遠き流離の心
さよならと手を振っていた母だった永遠の別れになると知っていた
曼珠沙華夕べの道に灯るのは 赤々と咲き赤々と死す
荒れた野の向こうに木立 木立の向こうに青空がある
追いつめて追いつめられて草の原 放り出された二つの心
「思川」という川の橋 その橋が投下地点と特定される
十五歳少年の行く遍路道 雨の愛媛を過ぎて讃岐へ
花は葉を葉は花を恋う彼岸花 泥色の稚魚泳ぐ野火止
大阪と福岡拘置所に於いて死刑執行同日二人
棚田には棚田の景色見えながら遠い夕やけ雲も映すよ
彼岸花咲く野火止の土手にして子猫の生まれた秋の日である
砂を吐く浅蜊のように砂を吐く もっと美味しく食べてください
沈黙に似つかわしくない夜だから昔話をしてみたばかり
小紫、紫式部の園芸種 野火止の水ゆるやかな秋
黙示録の頁を捲る風があり今ほろほろと崩れゆく塔
秋は好き秋に生まれた人といる彼岸の風のように儚く
回廊を御柱を打つ波があり寄せくるときも青き潮騒
いつだって置き去りになる石ならばいっそ知らせよ石塊の重さ
幾度目の拒否を経験するマウス悲しみらしき青の点滅
ありがちな脚本だけれど伝説の曲が流れて涼しいラスト
火の山河、水の山河を渡りつつ ニッポニア・ニッポン滅びてゆくも
雨でした雨のさなかの夕ぐれを赤いバイクが角を曲がって
朱の回廊、水の回廊 海に浮き水鳥のごと羽を広げて
人は死ぬ必ず死ぬと教えられ 姫神、森の中にて死せり
気がつけばもう十月で閉じられた頁のように私がいる
飢餓線上這ってゆく虫一列になって冬へと向かって歩く
あの人の心がどこかへ行った日の遠い火の色の曼殊沙華
細心の注意を払って生きなさい 昨日生まれた月の繊さで
何事もなく過ぎたわけじゃない何事もない毎日を望んだ狐
失ったものは言葉や物じゃない燃えていたのは火鼠の皮衣
おそらくはそこにはいないあの人に 二度と逢えない胡弓の楽に
どうしても《続きを読む》が消えませんいったいどうしたらよいのでしょう
静岡県石廊崎では67,7m、生温かい風渦巻く東京
恐竜の痕跡こそが大切と毟り取られる鳥族の羽根
踏切を渡れば海で階段を上れば駅でその下が川、架橋駅
日暮れはもうそこに来ている ミッキーとプルートの時間始まる
草炎える不知火炎える野分来て神無月の真輝く赤
知っています? おけらの花が咲いています 万葉植物園の陽だまり
ゆっくりと俯瞰してゆく鳥の眼の視野の外なる彼岸の桜
悲しみを悲しみとして生きてゆく素直に生きて縊られる鶏
「一期は夢よただ狂え」狂いて死せる宅間守か
今すごくゆっくりゆっくり揺れている遠い地震があったのだろう
瀬戸大橋渡ってゆけば私の何かが疼く 紫紺の島影
貝殻の中には夢と後悔と潮騒に似た夜の音楽
浮き巣には子どもが餌を待っているカイツブリには暇も非ず
湖では泳ぐばかりではありません速さを合わせ滑走もする
レミングを追って飛びます白ふくろう雛は洞で餌を待っています
白孔雀の子育てこそは忙しい尾羽の端にも気を遣わねば
どこでもないどこか誰もいないどこか 魂だけで生きられたなら
落葉あり おまえが散って明るくなる 木々の根方にただ降りしずめ
暗闇に燈るランプと月の暈 水晶宮に降る秋の雨
枇杷の木にケサランバサラン晴れた日の富士に笠雲 優しさは嘘
吊り革がゆっくり揺れて吊り革の先に透明傘が一本
雨傘はもう要りません私の心を隠す傘はないから
アクセスが集中する時アクセスの中心にある一つの言葉
(遠くまで飛べないだろうか)海深くある日思った〈天使の翼〉 
病いの時は病いに任せ死の時は死に任せ 出来たらねそれは
海上を西に東に往来し 北前船は夢運ぶ船でありしか
廻船の航路はとだえ常夜燈、港に遺る 三国に鞆に
鞆の浦、福山、鷲羽、仙酔島 流され公卿七人の戯歌
海を見る覚城院の一隅に在りし都の花零れ咲く
穏やかで何もない日の何もなさ 今朝、山茶花が零れ始めた
蜜蜂の目覚めはいつも静かだが時々死んでいることもある
全身でその衝撃を受け止めて新幹線「とき」横たわる
映すのはやめて下さい被災者の一人は疲れた明日の私
恐ろしい時代が来るという気がする罅割れている時代の背中
生きていることが淋しく辛い日は賀茂茄子の味噌田楽でも如何
日本ではまず同胞に殺される 愚か者よと切り捨てられる
見過ごしているはずがないから見逃してあげているのねあの人らしく
濁流と呼ばれる水が突きささる濁った川の水底の村
タイミング悪く語れば非難あれ 土砂災害の土砂の言い分
されど川は水嵩を増し抜けゆけりその本来の姿のままに
残酷な性剥き出しにして過ぎる 一本の川そこを過ぎゆく
変わり果てた姿になって 少しずつ土嚢積まれて水の引く村
胎動も微動もなくて滾る熱 空白域の直下に溜まる
オレンジの飛行機雲と星と月 午前六時の東京の空
もっこりとふくらむ鴨が水を掻く 冬が来ている野火止用水
星々が見棄てた空に ただ満ちる雲の絢爛
備長炭入ても跳ねるトルマリン入れても跳ねる金魚警報
雨の日の車道の水を跳ねる音 今日また一人子供が死んだ..
立錐の余地無く配置されているドミノ倒しのドミノの不安
永遠の憧れとして存在する 白い孔雀であった火の鳥
一歩歩けばガチャリガチャリ頸木の音か足枷の音か
とある日の風であったか春の日の夢であったかすれ違う影
東京はまだ暖かい日曜の午後で冬薔薇小さく咲いて
牡丹も茄子も兎も猫も豆の花も御舟が描けば御舟の心
春頃は私たちにも災難が襲っていたよと鶏も来て
アメリカの猟奇映画のような事件 その足元を濡らす滴り
戦争のニュースが世界を駆け巡る ドラマを映画を封じてみても
残虐も非道も全て許される 許されるものとニュースが語る
甲羅干し甲羅を洗う石亀も 勤労感謝の日の亀の池
退屈な午後は古畑任三郎 再放送であればなおよく
「両親を殺した」 ミステリー終了次第ニュース始まる
深まった秋の徴のような雲 黄昏なればこの国の空
熱っぽくだるい終日 団栗も気づかぬうちに落ちてこの秋
閂のかかった門の中に降る落葉の中にひきこもる蝦蟇
逃げるしかない人生があることを酸漿色の冬の夕暮れ
鉛筆の素朴な、いえ巧緻な一筆描きのクレーの天使
目前の死が急がせて1200点の作品群が生まれる
究極のシュールは写実であるというダリの直感的なパンの絵
ガラの言う宝石よりも美しい麺麭一欠けら春の晩餐
絵葉書を買って来ました「炎舞」です上村松篁の「白い孔雀」も
どんな奇病かとモザイク病の葉かと 失えば時間は大事
大切に大切に御身大切に 過ぎてゆく日の夢になるまで
「悲しい人生」と誰かが呟いて始まる映画 米国の映画
草原に白い羊が群れていてそこがモンゴルだろうと思う
草原を流れる水の一筋が仔馬養い人の子養う
川岸に茶色い馬の数頭が水を飲むらし雲湧く村に
晴れの日も雨の日もなく薄氷張る一月の水甕の水
高貴なるという幾人か高みにあり群集は振る小さな旗を
「始まりは鳥が運んだ一粒の種」であったとナレーションに言う
大いなる樹があり樹には魂が春の日向を流れるように
石積みの隙間を水と草が被いやがては水と草だけになる
水惑星僅かに歪みなお僅か自転の速度早まるという
意味もない不安なのかも漣がひたひたと今砂地を洗う
荒廃はなお魂に及ぶから タイタン画像の水の痕跡
野火止の朝靄のなか泳ぐ鴨 鴨が川面をたたく水音
北限の猿は追われていたりけり 青森、下北半島脇野沢村の猿
しんとして雪降るような曇り空 薄柔らかな衛星タイタン
牡蠣舟の残骸のこす財田川 三架橋から見る冬の川
明らかになればなるほど実体は淋しいばかりの夕暮である
蜃気楼はるかに見えて春の海 海の真青を求めていたり
退屈な木曜日です午後三時 孔雀時計は宮廷で鳴る
ホイヘンス降下してゆく風の音 地球に届く風の産声
タイタン 雨を降らせる海があり風を起こして飛ぶ宙がある 
完璧に停止している何もかも この苛々はそのせいなのだ
いろいろなことどうしたらいいかわからない軒先に降る雨の雫よ 
「北海道が舞台になっている本ない?」文庫一冊旅行鞄に
ぼろぼろの駝鳥を今日の自画像と 冬の渚の白い流木
カンガルーの赤ちゃん2,5cm体重 1g! 私の猫が目を瞠る画面
何回も書き直した線が綺麗であるわけがない推敲を認めない
全部嘘、たとえそれでもいいじゃない 舞台には降る太鼓の雪が
私ならきっと話してしまうだろう 枇杷の木に吹く風のことなど
楡の木が育てる水の豊かさを確かめている春の雌鹿
円柱は静かに光浴びており甲府湯村のエンタシスの寺
エストニア土産のカップ 可愛いね どうぞ増田さんによろしく
フリードリヒ・グルダのためのコンサート 弦とピアノと一つの記憶
リコ・グルダ、パウル・グルダに父グルダが愛していると伝える楽譜
土色の遺跡の中の壁画には極彩色の釈迦とその弟子
今日は普通明日も普通 水辺には揺れる水草、黄金色の鯉
日干しする煉瓦に命奪われて石窟寺院の壁画の剥れ
牡丹雪降れば降るゆえ降るからに明日の雪道、早朝の道
魂に低温火傷あるらしくまだひりひりと 小雪降る夜
金箔と漆がつくる空間に珊瑚の粒子のような残照
まるで一人の人が語ったように世界は語られる 複数の私によって
明日から弥生三月 こぶし咲き木蓮が咲き名残り雪降る
降る降らぬ決して降っていない雪 春の心を吹く紙吹雪
三月は優しい雲と逃げ水と 玉川上水沿いの蝋梅
千年を遥かに越えて生きている大きな樹ならわかってくれる
曖昧な距離感覚の朝靄の中に小鷺か鴨か見分け難くいる
さらさらと細雪降る雛の夜 明日東京は白い街になる
大小の足跡つけて雪の道 三月四日歩くほかなく
春なれば蛙も土竜も顔を出し記念撮影するらしかしこ
或いはそれは自信の問題かも知れず水仙の咲く水辺水際
川岸の鴨が寒さに蹲る 鴛鴦模様の彩色の鴨
クリスタルビーズのような耀きを知らずに今朝の泥に汚れて
暖かくなって花粉も飛ぶという憂きこと多き春浅き空
三月の雪降る降れば降るならば黄の菜の花や紫すみれ..
剥離して浮遊してくる何ものか微熱のように憂鬱な春
半分は眠って暮しておりまして花粉降るころ私は眠る
金絲猴、ロクセラーヌの鼻のサル 金色の夢、金色の風
合戦の記憶いずれか遺伝子に残るともなく百手、流鏑馬
水辺には淡いピンクの睡蓮とウオーター・レタス数匹の稚魚
不器用に生きて滅んだ一族の何を伝えて火祭り残る
風はただそこに吹くだけ木はそこにただ眠るだけ 水よ流れよ
この人の心に傷をつけたこと多分一生忘れない思い
夢の中夢から覚めても騒ぐのは赤い和金の金魚注意報
華麗なる変奏曲を聴くように春の逃げ水走る野火止
この日射しつよくあかるくのどかにて上水に呼ぶオナガ、鶯
茗荷沢 タラの芽、蕨、ふきのとう 苦味ほろほろ今年の春の
今日の雨 白木蓮は七分咲き 静かに降っている雨がある
三月の乳白色の空の下 白木蓮の花に降る雨
変らない日々の中にも終楽章もう近いことを告げて花咲く
いいのかな言われっ放しでそのままで理路整然と片づけられて
菜の花のような四月の日暮れ時 あなたは元気にお過ごしですか
私はこの頃空を見ていない 花の向こうに空はあるのに
ただ眠り眠り続ける春の日の三寒四温身を過ぎてゆく
鳳凰が羽を休めるその閑に歴史は動く動かされてゆく
爛漫の春の吐息の中にいる 鬱陶しさの極まる卯月
題詠の「背中」まで来てさらす背の 尾羽ふうわりと雪の白さに
その麻は雪に晒され藍鼠色の小千谷縮みの涼しさとなる
花言葉、検索されている文字のどんな言葉も分身の花
水曜の午後もまだ降る春の雨 シャガ、花大根、連翹に降る
六甲の緑芽吹く日 Kさんが四度目になる入院をする
氷雨にも耐えた桜が微風にも散ってゆきます春暮れる頃
十三年前のあの日を忘れない 無防備だった心が出会い
そして今も初めて会った日のように無防備なまま生きている人
「私にはもうしてあげられることがない」 医師である人の言葉を思う
見放され見棄てられたと感じている 強制収容所を想像している
優しさが残酷さでもあるような晩春の風身にまといゆく
ちょっとした偶然、それで人生は決まる 霧が谷底から湧いて来る
紫の雨が降るらむ 六甲に硝子を伝う雨があるらむ
潮風と海の匂いのする駅は阪神電鉄香櫨園駅
紫の花だいこんに陽はさしてしずかに時は流れてゆけり
香櫨園、芦屋、魚崎、石屋川 生まれ育った街の水際
「私は葡萄畑の葡萄摘み」法王庁の空飛ぶ鶫
辛夷散り山桜散る野火止の黄の菜の花や大根の花
花に鳥 何の憂き世と思うまで 花喰い鳥の憩う時の間
岐阜蝶のその営みは静かにして葉裏に卵産みて休めり
いつしかに逸脱すれば逸脱の果てに青空流れゆく雲
燦々と降る月光の川があり 筏となって流れるさくら
どの鶴がリーダーだろう海を見て河を見て越えてゆく
倦怠は秘かに兆す夏の日の陽炎ゆれる道に水辺に
二年余り花を見花の枯れるを見 淡い時間が流れて消えて
えごの花うつむいて咲き仰向いて落ちる 着地するとき翻る花
特になし何にもなしという理由 理由に非ずと退けられる
一日中南の風が吹いていた 虹は嵐の後に立つもの
ボルボラ島 エアーメールの写真にはその「絶海の孤島」が浮かぶ
彼岸への旅に似ている巡礼は 夕暮れ時に飛ぶしろばんば
雨期の森 蝶、蝉、飛蝗 ヤマセミの運ぶ餌にも流れる時間
花を食べ木の実を食べて育つから綺麗な声で鳴くのだろうか
シルエットから始まって絢爛の豪奢にいたる次第、夜の部
重なってゆくとき理由は消えてゆきただ憂愁の兆す夏の日
もう一度海への手紙書いてみる 梅花空木がまた咲きました
赤裸々に生な自分を描けと言う 『アドルフの画集』の画商の言葉
アドルフと言えば私にはコンスタンのアドルフ ヒトラーじゃなく
変わったこと何もなくても死にそうな気分が残る烏も鳴くし
退屈で死にそうなのと青虫を産みつけに来た揚羽がひらり
死の螺旋めぐりめぐりて夏の朝 再び生れむ湖の巻貝   
大切なものも次々消えてゆきもうおしまいかな十薬匂う
傾(かぶ)くこと好きだったのか江戸末期、水色袴の日記の断片
夏なれば守宮もガラス這うらしき感情という棲家に入りて
こんにちは おはよう おはよう こんにちは 鸚鵡のように交わす挨拶
最悪の結果を招いた経過ならその過去ログが保存している
帰りゆく時の流れのその果てにバンザイ・クリフという奇妙な名
映像に映る飛行機、人骨をよぎって泳ぐ綺麗な魚
身を窶し心を隠す夜叉鬼が夜の神楽の男となりぬ
碾き臼を引くとき驢馬は何思う 窓を持たない小屋と碾き臼
苦しくてならぬと傾(かし)いでゆく身体 大王松の一生終わる
お終いになるまで少しある時間 木は空洞に音を楽しむ
六月も今日で終りという朝 花も蝸牛も聴く雨の音
破竹茹で蕗茹で雨の日の無聊 雨には雨の光りあること
ただ踊る踊るに任せ褒めもせず叱りもせずに育てるという
一本の木になったとき一本の木は汲み上げる水の百年
蜂蜜のようにとろりと金色の夢を蒐めて海馬は眠る
「天邪鬼」それは私だ 炎え上がる不動の像の下の石塊
幕開きの桜吹雪と鏡面のほかには船の率い出される
また今日もすすき、刈萱、萩、桔梗 音韻として生まれる生は
幾度目の夏がめぐって乱れ雲 あとどれくらい生きていられる
退屈という名の至福あるように弛緩している七月の蝶
疲れきって頭の中が空っぽだ 鳥が羽ばたく 空の濁音
カジャールという小さな村に眠る人 サガンの白いただ白い墓
燃える火のようなカンナと消火栓 夏が烈しくそこに来ている
「だめでした」「治りません」「思うようになりません」銀河に続く深夜のmail
青空に雲一つないさみしさを 液晶画面に消えた鳥影
わけもなく悲しい気分になるという旅立つ人の行き先は遠野
お終いになるかもしれないもうここで絶滅危惧種絶滅に至り
ここにだけまだ少しだけ夏椿 別の名を沙羅 沙羅の片枝
時に霧、時に野分の立つところ東京の果て日の入るところ
まだ生きていますけれども生きてないそんな気がするかなかなが啼く
その前に日本人は 世界の人に先だって忘れるヒロシマ
1516年レオナルド・ダヴィンチが来るフランソワの部屋
このままで死んでしまえはむなしいねカランコロンと夏の坂道
今朝は雨 小雨降る朝 尾道の造船所跡のセットが煙る
何もかもと言って誤魔化す他はなくこの憂鬱のほんとうの理由
右目だけ開けて見ている世界にも虹の飛瀑は溢れて消えて
死ぬことを考えるのはまだ早い 驟雨が過ぎて会う夏燕
竹杭や石など積んで堰きとめて簗を作って捕る山の魚
うっすらと薄日も射してみたりする「断続的な雨」の合間に
『砂の器』菅野光亮作曲の「宿命」のテーマと加藤嘉と
休止するジャングル化した野草園 秋の七草月に供えて
小平の中島町の薬草園 桔梗、甘草、花咲く明かり
悲しみを忘れるという花言葉 薮甘草の朱に埋もれる
常夜灯一つともして幕は下り舞台に残る一枚の羽根
虹よりも虹に似ている水溜り一杯に今広がる油膜
特別のことは何もなく終わる命をまた見てしまう
ここでもうお終いですというように春の日向の夢見るように
半地下に水が入って水浸し 隠れ家としての役目が終る
いっぱいに儚い夢を詰め込んで膨らみ続ける蛙のお腹
お終いは突然に来てレクイエム奏でるように蜩も鳴く
緩慢な自殺を遂げているように春夏が過ぎ秋冬が逝く
どことなくいつとなく暗い顔 生きる力を問われているか
七転び八起きの八が来ないからショーソン作曲「詩曲」の中へ
脱皮する蛇の営み待ちながらターシャの庭の歳月めぐる
貧困を直撃したという嵐 貧しさという低湿地帯
遠い死が私を呼び 明日さえも知らない夜の蟋蟀がいる
精神の禁治産者があるならば100%私のこと
この身体一つ失くせば新しい世界が視える夜明け前にも
銅版の腐食をいつか愉しんで 紙片に写す頭蓋の形
少し前まで誰かを愛していたような真っ赤に炎えている七竈
生きている虚しさよりも貝よりも静かに波に触れる儚さ
黄色くて斑点のある物体は 春の轍に轢かれた蛙
虚しさはかぎりなきかな冬空に取り残された鳥の巣一つ
水色の万年筆の筆跡の高瀬一誌と記した太さ
明日からはBプログラム秋燦々 シルヴィ・ギエム最後の〈ボレロ〉
煮付けって言えば鰈の煮付けかなエンガワのあの膠質の美味
桜咲く 小春日和のかえり花 大きな猫の眠る日だまり
人生の奴隷になっていないかしら この頃雨の音を聴かない
折り紙で作ったベルやキャンドルやトナカイなどもあって休日
手紙には童話の挿絵が描かれていて赤い蝋燭、金の燭台
落葉には夕日の色や風の色 氷雨の匂い 虫喰いの痕
ふるさとの涅槃の仏微笑んで樹木のように眠る千年 
悲しみはフラッシュバック 『幾度目かの最期』を書いて久坂葉子は
オレンジの瓦の三角屋根が見え 林が見えて崖(はけ)のあの家
水鳥の羽毛につつむうつしみのそらみつやまと日も暮れにけり
四分儀座流星群が現れる一月四日 戌年の初め
玉藻よし讃岐の国の玉垣の八幡宮の鯨捕る絵馬
神楽舞う男ありけり昼の舞、夜の舞、なお続く炎の舞
一切の敵に離れて春の城 連歌に遊ぶ 滅びてあらむ
そのように自害した人幾人も連枝連雀、炎の蒔絵
一滴の血のつながりのありやなし 四季花鳥図のかささぎほどの
やがてもう死もなく生もない世界 時が洗っていった砂浜
店晒しされているこの一冊の本にもあったはずの春の日
活動を停止しているあなたです 雨、雪、霰、氷雨が続く
青空の向こうの向こうまで一人 一番好きな時間の形
温かい雨降るという東京の液晶画面を吹く磁気嵐
「敗北の太鼓」が鳴って迎えに来る遠い未来が挿入される
問題は終わってしまってから生きるその生き方のことではあるが
人生の苦難を負って生まれてきたヤドカリに似た貝の文様
みごもった真珠の虹を見つけたら貝は自身を溶かしたものと
もう過去のものと葬り去るようなこの書き方だって問題ではある
春風が通って行ったようでした 木橋を渡る蝶がいました
一度目は悲劇、二度目は喜劇だと言いますけれど 乖離する病い
現実のあなたがそこにいないから聞けば聞こえる脈打つ鼓動
突然に曇る空から降るみぞれ 霙のなかの連翹の花
東禅寺山門に降る春の雪 「立春大吉」降る雪の寺
この世のこと何事も思うようにはなりませぬ バオバブの種に水遣り
精神を病む人多い春真昼 異形の鬼の立つ交叉点
潮満ちてくるらし春の魚のぼる汽水域あり春の河あり
金色のあるいは青い透明な海に向かって桟橋に立つ
何事にも既に動かされなくなっている 連翹の一枝に咲く花
海近い道ゆえ砂を含む道 芦屋、魚崎 今は昔の
無関心な人々がいて湖の透明な水が映す青空
真実の深い心で話せたら 消えてしまった砂の風紋
軽蔑の心が生まれてくることをとどめようなく嘴太烏
それがリアルであるために幾つの山川抜けて春来ぬ桃色の
それらの全てが夢であったと解ったのはずっと後 醒めてからしばらく後の
半分は崩れたままに身をさらす 西の館の分れと呼ばれ
疲れ疲れ疲れ疲れて足跡も残さず去って夢の負い紐
憂鬱がそこまで来ていて立ち止まり窺っている黄昏の垣根
おそらくは世界は背中で裂けている 一筋の血が流れ始める
雨降っていますね雨が花びらがどこかでひらきはじめていますね
本当は世界を一つ創造し世界を一つ葬ることだ
死に上手 白木蓮の咲く頃のとある日暮れの落花のように
南天荘書店ってあの頃ありました 震災後の駅をまだ知りません
鹿の絵の郵便切手10円の切手の中の草炎える春
小忌衣、得体知れない衣装なれど義経が着れば貴人の衣
だんまりのような春来て薄闇を動く人影、散るさくら花
何という悲しい朝が来ているの 遠い水面に落ちてゆく雨
あの世から見ているような写真があり生前、死後を渡る精霊
いつまでの桜吹雪か生きて逢うこれが最後と四月の吹雪
誰も最後は知らなくてただひとときの夢の波照間
実存を鷲づかみする方法を知っているって言っていましたが
華麗なる春がゆくとき一斉に芽吹きはじめる夏の草木
胸騒ぎする夜があり朝がある 禽獣を抱く森に風立つ
花びらが吹き寄せられる汽水域 海と川とが相会うところ
曇り日の空の下には上水の花を集めてゆく花筏
一日の終わりは早い 散り急ぐ花であったと時間を思う
透明な天使クリオネ別の名をハダカカメガイ肉食の貝
水色の空に光りの泉あり 空の楽譜を奏でていたり
移動性高気圧が呼ぶ花や鳥 人の動きも忙しくなる
まだ何も変わっていない地球にはシュヴァスマン・ヴァハマン第三彗星近づく
落ち込んでいます地蜂の溺死体 水溜りには今日も青空
寒暖の二つの季節摩擦する 空がこんなに悲鳴を上げる
その手紙見せよと迫る鬼女がいて 脚曳き歩く歌舞伎の女
遅れ咲く紫木蓮にも陽があたり 遠い記憶の中の歌声
ヤマボウシ、ミズキいずれか上水に 胡蝶のように 落下流水
花終わる季節であれば花疲れ 四月最後の木曜の午後
愕然としている 何もかもなんと迂闊に過ぎたことだろう
白樫の間に黄薔薇、蜆蝶 こわれた船の部品の木椅子
つくづくと薄情者で非人間 それが私と雨を見ている
退屈な午後ひとときの軽やかさ小曽根真の<ジュノム>カデンツァ
それぞれの時間の中で生きてゆく 午睡の時間過ぎて翳る陽
清浄無垢 私たちにはそれがない 絵巻の中に雪月花あり
雑草の伸び放題の逞しく 地を這うものは滅びを知らず
雨の日の川の岸辺にエゴの花 稚魚も成魚も消えた水辺に
雨ののち黄色く咲いて棕櫚の花 むっくり起き出した亜熱帯
懐かしい思いは常に一定の容量を持ちあなたへ向かう
画面では霧の中厳かにレクイエム流れラクリモサ流れ
人間の中にも深い洞窟や砂漠があって翡翠の泉
蓮池から今垂れている一本の糸に縋って救われたくて
今年もまた同じ日の朝咲いている梅花うつぎの白い花房
その町の砂を含んだ感触は松林まで続く感触
遠くからでも見えた赤い屋根 鳥が運んだ実が育つ家
山があり川と林と海があり 酒造会社に湧き水があり
もう遠い昔のことだ過ぎ去った水の流れと時間の記憶
大切な時間が過ぎているはずの今をどうしていいかわからない
切なさを今見ています水舟と岸辺の葦と降る雨の川
シュノーケル青蛙という全身が黄色い蛙や梟の話題
このようにして六月の蟹遊ぶ 死者と生者を分かつ水際に
満月が鏡のように凍る空 汽水域まで満ちていた潮
意味もなく不安を抱いて眠れない 泡立つように咲く百日紅
熱っぽい今日は一日降る雨のこの密やかさ愛していたり
今日一つだけいいことがありました 綺麗な声で鳴く夏の鳥
ムツゴロウ泥の中にて立ち上がるそれが求愛の姿だという
保護膜のように時間が必要で空間もまた必要ではある
生きてゆく世界はいつも苦しくて 空ゆく鳥の喘ぐ 声無く
四万斗の雨降りそそぐ梅雨の空 ゆきて帰らぬ鳥のいる空
残された時間を生きるほかはなく花を眺めて歌を歌って
雨、雨、雨、森に大地に木の枝に、天道虫ののぼる葉末に
ゆっくりと頂上めざす甲虫 光は木々の頂上にある
誰もいない何にもない辿り着くその空間を死と呼んでみる
一台の柩のような車が来て 一人の男現れて去る
ミンミンがツクツクボウシが鳴き交わす 魂を病む一夏がある
飢えたことがないので飢えた時きっと真っ先に死ぬのであろう
間引かれているかもしれない私たち 遺棄、ネグレクト、燦と照る月
切っ先となって尖端、痛かろう 冥王星の彼方まで行け
モスクワが全市が焼けているという ナターシャが見た炎えるモスクワ
ロマノフ朝最後の皇帝二コライの夏の離宮の夕暮れの鳩
何者か歩き出すとき死は兆し 研究室の森閑と夏
自傷する形で愛を告げている求めていると解説の人
イツダッテミンナガソレヲノゾンデル ソウイウワケデウマレタ水母
金銀を螺鈿を漆、朱の塗りを 風の館の鎮まる櫃に
鈍色の光りを放つ中世の絵巻の中の鈴虫と月
秋刀魚焼く煙も見えず秋はきて失意のままに逝く秋も来て
論争に参加したくはないけれどその論点に意義の数々
蒔絵筆師、村田九郎兵衛氏の語る 琵琶湖の芦辺のクマネズミの毛
本日の〈虚構新聞〉によれば太平の世の一日である
この夏が終わる椿も沙羅も枯れ 水の無い木は枯れよと照る日
「どす黒いまでに孤独」と麻生氏の修辞なかなか秀逸と思う
いつ雨が降ったのだろう水たまり一つ残って映る秋空
悲しみの連続として生があり 部分月蝕にも似て欠けて
鬱陶しい日本になってゆくような ただ一本の道の行く先
その当時、言葉のアヤと言ったのは言葉のアヤであったのでしょうか
嘴の長いハチドリ描かれてナスカ地上絵コンドルも飛ぶ
伽羅の木の枝一本と残されたロシアの画家が描いた海の絵
一匹の黄色い蝶が迷いこむ 棕櫚の葉陰の野火止の道
その亀の齢(よわい)は250歳 死亡調書は老衰とあれ
秋の風吹いてくる日の裏通り 一心不乱に咲く酔芙蓉
言葉などもう持つことを諦める カケスにはあれカケスの言葉
物足りないくらいでちょうどいいのです そうです風が吹き荒れました
「日の丸を掲げて斉唱え君が代を」 知らぬことよと咲く吾亦紅
抵抗の手段としては弱すぎる もちろんそういうことはあります
社会的適応をして私は大事なものを棄てて来ました
秋の日の薄桃色の雲見えて夕暮れは来る雪の山頂
大切なものは平衡感覚と希臘の酒盃や李朝の壷が
神獣が向き合う カンボジアにはタプロムという樹をもつ遺跡
ガジュマルは寺院に絡み被さって 滅んでいるのか育っているのか
千年の森の時間が止まるとき地球の皮を一枚捲る
明らかにするべきことが沢山ある 硝子の書庫にあるβファイル
ゆすりかの幼虫がいて殻を脱ぎ 蚊柱となる外つ国の湖
祥  * 『総合編集 ダイジェスト版 B』 * 00:51 * comments(0) * trackbacks(0)
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