銀河最終便   

             


      銀河最終便

          機  

        花詞集
        詩曲
        海の絵

         

         午睡の時間
        硝子の狐
         
         掘

        水没樹林
        《天使の翼》
        白い孔雀
        禽獣の森  

        あとがき
       



祥  * 『 WEB版 歌集『銀河最終便』 &メモ /風間祥』 * 14:25 * comments(0) * trackbacks(0)

銀河最終便   1章   花詞集

花詞集


光彩を放っているね移り気な忘恩の花ラナンキュラスよ
許されることがなくても美しい ひっそりと咲く狐の曾孫
サフラン「節度ある態度」を学びたい歓喜の季節はもうすぐという
檀の木、真弓のようなしなやかなあなたの魅力を心に刻む
無邪気だと西洋カラハナ草のこと誰かが言うからそうなのだろう
もう私死にそうな気がしていますムギワラギクが憶える前に
花魁草ほんとうの名は草夾竹桃 温和な日々が流れますように
ライラック苦しきことを忘れんと買い求めくる水無月の花

大毛蓼、蓼科の蓼は多年草 河原にあっても汚れない心
生涯信じますって何を?ツルボランって無責任だね
キスツス=私は明日死ぬだろう 八月八日の花言葉です
ノカンゾウ何を宣告されている萱原に夏来るという夕べ
シャガ=反抗、大根の花に混じり咲くシャガの一群れ小川のほとり
使者の首を奪っておいで イチハツの花咲きいでて美しい月
公園の花壇の隅に咲いている日々草は日々元気

美しい企み秘めてクレマチス旅人の手の赤い風車
れんげ草あなたの苦痛を和らげる道端にまだ残る春の日
スイトピーどんな優しい思い出も失うまでに時間はいらない
不死・不滅・心配ご無用ヒモゲイトウ鶏頭のその赤い冠
臆病なオシロイバナは思います芥子の慰めさえ遠過ぎる
誰ゆえに名づけられしか万年草 記憶の底の花に逢いにゆく
うなだれて主人の下知を待つように控えるように咲く弁慶草
アケビには白い心の疚しさが才より樹液溢れる果肉

アヤメ咲く危め殺めと変換す 薄紫に野原を染める
「愛の通夜」いったいどうしてそんなことに 茉莉花の花祭り
オナモミっていったいどんな花なのと、「怠け」だなんて他人事じゃない
死んじゃいたい。そんな気分になったりするルピナスおまえは貪欲すぎる
フェイドアウトしてゆくだろうゆっくりとギンヨウアカシア退去の言い訳
芙蓉咲く繊細にして陽気な花 富貴の歓楽充ちる夕闇
桃色のアルメリア咲く海近くお日様のどんな心遣いで
「頼りすぎ」蔓紫の花言葉 明日は何で笑おう私

祥  * 『 WEB版 歌集『銀河最終便』 &メモ /風間祥』 * 14:25 * comments(0) * trackbacks(0)

銀河最終便  1章  詩曲

                          


詩曲


ピアノ聴くけだるき午後の瑠離色のサティを聞けば夏の雪降る
夜の窓 微かに聴こえる洩れてくる 小さな灯りと「悪魔のトリル」
タルティーニ、不死を夢見るヴァイオリン 腱・腓疼く「夜のト短調」
台風が来ているらしいこんな夜 「薔薇への三つの願い」聴こうね
クレッシェンド・デクレッシェンドどうしろというのだ降ったり止んだり雨は
バルトーク、ショスタコビッチ、プロコフィエフ  圧政ありて鳴り出だす音
バルトーク・ベラ、ベラ・バルトークいずれでもいずれにしても生き難き生

雨月には透明石のような曲 ピアノと管弦楽の組曲
ドビュッシー編曲による「ジムノペディ」 秋空に浮く露草、地球
ストラホフ修道院のコンサート冬のプラハの雪のセレナーデ
森の奥 予言の鳥は飛んだかしら シューマンの鳥、眠りの森の
天井に天使舞うから図書室の空に予言の鳥も羽ばたく
ラルケット 天使が喇叭吹くときに 始まるだろう世界の終わり 
烏羽玉の夜に目覚めて儚ければヴァイオリン・ソナタのための第二楽章 
マーラーの『復活』を聴く 演奏はルツェルン祝祭管弦楽団

やわらかく弦の音から始って木管楽器が続くその後
第二楽章、中でも最も美しい数節の連弾が消えている
フリードリヒ・グルダのためのコンサート 弦とピアノと一つの記憶
リコ・グルダ、パウル・グルダに父グルダが愛していると伝える楽譜
七転び八起きの八が来ないからショーソン作曲「詩曲」の中へ
アナトール・サルバトーレの弦の音聴きつつ震えている夏の翅
旋律ハソコデ膨ラミソコデ消エソコデ躓キソコデ泣クノダ
大四楽章「生」 九十歳、朝比奈隆が振る終楽章

旋回、旋回、旋回、旋回グラン・ジュテ! 薔薇、薔薇の精、跳ぶニジンスキー
明日からはBプログラム秋燦々 シルヴィ・ギエム最後の〈ボレロ〉
中空に炎となって舞うギエム 速水御舟の〈炎舞〉にも似て
舞台には時空をこえる橋が架かり 江戸のすべてが通って行った
魚屋も飛脚も手代も虚無僧も 遊女も瓦版売りも通って行った
なんという長い退屈 絢爛な退屈として「十二夜」がある
シルエットから始まって絢爛の豪奢にいたる次第、夜の部
幕開きの桜吹雪と鏡面のほかには船の率い出される

だんまりのような春来て薄闇を動く人影、散るさくら花
小忌衣、得体知れない衣装なれど義経が着れば貴人の衣 
久松の籠かき二退三進し花道を去る 籠かきにも花道
私の金魚が仮死した日 花道引いてゆく船弁慶
「恐ろしいのはお前の心」鶴屋南北の見た人の闇
その手紙見せよと迫る鬼女がいて 脚曳き歩く歌舞伎の女
華やかなその色彩は一転しモノクロームの雪降る世界
とめどなく太鼓は打たれとめどなく舞台の雪が降りしきる

祥  * 『 WEB版 歌集『銀河最終便』 &メモ /風間祥』 * 14:24 * comments(0) * trackbacks(0)

銀河最終便  1章  海の絵 

               
海の絵


森の樹の小枝であったその時も風は知らずに吹きすぎていた
虫喰って風に倒れて流されて海を漂う流木になって
貝殻やわけのわからないものたちが私の身体に一杯ついて
貝殻を取りたくたって離れない中から腐るだけの流木
でもやがて魚が中に入って来て 私は魚になっていました
「太古の海」「盆の海」など話す時ジャック・マイヨール氏自殺の訃報
絵葉書のグラン・ブルーに百匹のイルカが描く海の曲線

絵葉書の海の底にはプランクトン 鮫や鯨の重なる屍骸
海は待つ 海底(うなぞこ)杳く藻のそよぐ 竜宮の亀、浦島を待つ  
紫雲出山、仁尾の海辺に佇めば太郎の亀も来る燧灘 
海水を一杯入れた大盥 大海亀の甲羅も光る
天蓋を支えて亀は永遠の孤独の賢者 風に吹かれて
海と砂、水の記憶のたどりゆく指の向こうはすべて水色
夜明けには太陽昇るその海の水平線の傷よ 海の絵
約束はまだ果たせない花便り 渡海船は一日二便

絵葉書の余白に滲む海の色 桜前線黒潮育ち
観音寺、豊浜、箕浦、伊予三島 夕日に染まる金色の海
暮れ残る琴弾浜の銭型の寛永通宝、砂に描く文字
雨の音聴きながら見る財田川 財田川河口の廃船
牡蠣舟の残骸のこす財田川、三架橋から見る冬の川
三架橋、琴弾八幡、神恵院 楠の大樹と涅槃の釈迦と
眠る象、眠る釈迦牟尼 菩提樹はいのち養う至福の眠り
ふるさとの涅槃の釈迦の寺に立つ樟の大樹の夢の千年

金色の海に浮かんだ島影が遠くなるまで夢になるまで
洞門を舟がくぐれば海光る 水の耀き海の輝き
玉藻よし讃岐の国の玉垣の八幡宮の鯨捕る絵馬
北前船船主寄贈の随身門 金襴、緞子、祭礼の絵馬 
海上を西に東に往来し 北前船は夢運ぶ船でありしか
雨霧城、由佐城、仁尾城、九十九城 讃岐は城もお結びコロリン
重なって重なってゆく音韻のさやかに平安京の名残りの
百合が咲き水仙が咲く断崖のせり上がりゆく波の先端

急坂をのぼれば台地、八幡と隣りあうのが主と西新屋
長屋門の片袖使って開局し水色のペンキ色褪せてゆき
時を隔て波を隔てて語りあう 幾千の闇越えて見たもの
風でした海を渡って行ったのは 主従八十余騎の武者絵の
キリスト教布教を許した戦国の武将は微風を纏うその人
海を見る覚城院の一隅に在りし都の花零れ咲く
風ならば無人の島の廃屋の枇杷の木の葉もそよがせるのに
浜辺には連歌の人の庵跡 遠浅なれば青の漣

大徳寺襖絵に見る花鳥図のエネルギッシュな中世の力
その人が愛した茶碗と掛け軸と歌に連なる一筆の書と
一滴の血のつながりのありやなし 四季花鳥図のかささぎほどの
一切の敵に離れて春の城 連歌に遊ぶ 滅びてあらむ
城は火を放って落ちる 自害してその人の子も夢も炎に
そのように自害した人幾人も連枝連雀、炎の蒔絵
姫神の曲も終わってふるさとの潮騒すでに聴こえなくなる
やがてもう死もなく生もない世界 時が洗っていった砂浜



祥  * 『 WEB版 歌集『銀河最終便』 &メモ /風間祥』 * 14:23 * comments(0) * trackbacks(0)

銀河最終便  2章  午睡の時間   

             


   



午睡の時間


ソノヒトガモウイナイコト 秋の日に不思議な楽器空にあること
春の雨しずかに降れば黄昏の心満たしてゆく水位線
線虫の名は「シー・エレガンス」月満ちて生まれ生まれる千個の命
宇宙には音の泉があるのでしょう星の音階たどった母船
アレルギー物質一杯溜め込んで痒いのだろう漆、櫨の木
致死量の愛を点滴するように深夜に雫する雨の音
薔薇色の海には死とか永遠が貝殻のように沈んでいます

国立の大学通りの桜も咲く 銀杏書房の洋書に挿む
赤松の林と駅舎、一橋大学のあった国立は遠い
オレンジの瓦の三角屋根が見え 林が見えて崖(はけ)のあの家
丘の上、雑木林と五軒の家 その丘に建つ一棟の屋根
『砂の器』菅野光亮作曲の「宿命」のテーマと加藤嘉と
鬱蒼と樹木は茂り雨粒が羊歯の葉陰に溜まっていった
どんぐりが帽子被って落ちている 華麗な秋のさみしい一個
白い蛾と瑠璃色の蝶ゆっくりとピンで刺されて標本となる

「再見!」とあなたは行ってしまったね 春の日逢った人が春逝く
もう飛べない飛びたい夢ももう持たない東京湾に夕日が落ちる 
そして風!天翔る鳥、火の鳥は光になるよ《グランド・ゼロ》の 
ゆっくりと記憶の野火は放たれて手負いの獣追いつめてゆく
誰よりも愛しているというように春の雪降る、生まれたばかり
薔薇病めば棘もまた病む 桜桃忌・鴎外忌など来る雨季の憂鬱
昨日また誰か死んだね、雨の燕「いつもこの駅で降りていた人」
夏来ればさやぐ身なれば白い旅 水呑む龍が睨む一水

原潜が浮上している春うらら東京湾に立つ蜃気楼  
揚雲雀、力の限り飛翔して悲しみ告げる茜空あり
森の奥静かに水はきよらかに野生の樹林貫いてゆく
『モデラート・カンタービレ』の悲鳴から始まるそんな八章
この星のどこかに必ずいるだろう 反世界にも雨のかたつむり
野の果てにタンポポ枯れて綿毛飛ぶ 日本に帰りたいしゃれこうべ
百手という弓矢の神事 本年の「鬼」を射抜いた射子衆の射子 
熊の仔は走る熊の親も走る 阿寒の冬は終ったらしい

曇りなく晴れた東京 人工の渚に遊ぶヤドカリの群れ
蜘蛛の巣も蟻の巣もあり蜂の巣になるかもしれない東京に住む
水よりも静かに時を刻む音ユンハンス製目覚まし時計
江戸の鐘、ノートルダムの鐘の音、川面に春を告げていた音
金属のベルトの一部が歪んでいる 鈍い光沢、遺品の時計
誰一人待たない故郷と知ったとき柱時計も止まった気配
もう既に死に絶えている血の系図 人気ない夜軋む秒針 
お別れにもう一度だけゆっくりと螺旋階段上る日時計

ホップには薄緑色の花が咲き、夏の雨降る微かに匂う
吊るされしまま削がれゆく鮟鱇の体内にありし頃の水嵩
泥牛蒡、葱がはみ出す袋がある この夕刻の淋しい時間
土蜘蛛は長病みにけり病み臥して心弱りて糸吐きにけり
石たちがお喋りしているカワラヒワ蝦夷山鳥のように日溜りで
きっとこの石そっくりの魚もいて石のふりして眠っているね
ブック・オフに知は百円で売られけり 海を渡って死んだマンモス
病み疲れ病み呆けてもいる花びらが水無月の文になりたいという

金色の筋が燿めく桜色 イトヨリ鯛より細く美しい魚
丸亀藩婆沙羅の系譜、宇和島藩伊達の系譜の綺羅好む血よ
水中に泡見えるとき夏空の青を映した魚がよぎる
河馬がいた動物園の午後の雨 八重桜咲く遅春の雨
あの時もあの日も頼りない風がマルメロの葉をそよがせていた
森の香も清しき樫の木の舟も二人の櫂も流されていた
丸窓や四角い窓を額縁に京都落西錦繍の秋
月の舟、〈お椀の舟に箸の櫂〉絵本の中の舟遠ざかる

レクイエム聴こえて愛の第二章 ページに挿む木の葉の栞
白い花ジンジャー香るこの夕べ花に降る雨、小径の翳り
一度だけ破ってしまうかもしれない「悲の器」にはしない約束
定点で観測してもわからない山襞深く病む人までは
大切な一日のため雨よ降れ しずかにひらいてゆく花がある
風よどむ日の匂いがあるとあなたは言う 海の匂いを伝える手紙 
川沿いの道を歩けば見えてくる海の背中と白い帆船
ひらり 蝶 ひらり ふわり と街川の 流れをこえて春の野に出づ

〈屋根書けば屋根打つ雨の音も書け〉甍に落ちる一粒の雨
吊り革がゆっくり揺れて吊り革の先に透明傘が一本
雨傘はもう要りません私の心を隠す傘はないから
ここに包んできたのはあなたへの愛 でも引用禁止です
てのひらに残るぬくもり月光の生み落したるひかりの卵
石炭を燃やして走る列車なら見えただろうか被弾する森
苦蓬・チェルノブイリの4号炉覆う石棺 雨のロシアの
大根でも洗っていなさい御城下の城下鰈 川霧がつつむ朝

モビールのイルカが泳ぐモビールを動かす春の風があるから
大きな木 勇気・元気と名づけられ雨の公園の真ん中に立つ 
人が死ぬ その時何が起こるのか 花束を乗せた始発電車よ
日曜の海見る丘のニュータウン 殺意の薔薇の棘もびっしり
アメリカの猟奇映画のような事件 その足元をぬらす滴り
廃線のレールがのびてゆく村にひらく月夜の無数の茸 
怨念は砂漠に海に降り沈み夜の底いを流れるオイル
永遠の無国籍軍フェルマータ国境越える蜜蜂部隊

腫瘍G大蝸牛の脳髄に紫陽花を食む花降る時間
リンパ腺、耳下腺腫れて五月闇 灯ともし頃は鬱兆す頃
爆心地グランド・ゼロの記憶より無花果の夕べ滴る乳の
永遠のはらわたを抜く作業して『レ・ミゼラブル』バック・ステージ
しっかりと遺伝子を巻き閉じこもる巻貝にして憎悪のシチュー
たっぷりと大きな愛が注がれて〈地球〉と名づけられて生まれる
マエストロあなたの優雅で繊細な音の海から私は生まれた
閃光に地球は開き天蓋の草原もゆる焼けて爛れて

薄青い鳥の刻印標されて封印された夏の消息
水色の万年筆の筆跡の高瀬一誌と記した太さ
亡くなった政田岑生氏デザインの玲瓏箋の孔雀の素描
郵便の記念切手のその一つ「水辺の鳥シリーズ」の鳥たち
メジロ、カルガモ、モズ、カケス合計420円。鳥獣戯画の鳥の部を貼る
「森の詩」鳥の切手を貼って出す アトリ科アトリさんへ速達
「ふるさと切手・近畿の花」 枝垂桜の白き憂鬱
鹿の絵の郵便切手十円の切手の中の草炎える春
祥  * 『 WEB版 歌集『銀河最終便』 &メモ /風間祥』 * 14:22 * comments(0) * trackbacks(0)

銀河最終便   2章  硝子の狐  

硝子の狐


実存が話してるからドン・パブロ 隠れていても堕ちたりしない
水棲人、木棲人の洞の奥瞼ひらかぬ魚や蜂の子
忘れられさびしかったと三日月が小舟浮かべる春の湖
一人でいい一人がいいと春の月 いつしか水に還った海月
病み疲れほろりはらりと紫木蓮 月へ帰ってゆく泣き兎
あるものは今宵離れゆく大空を火の粉が舞う火の鳥だろう
雪じゃない花が散ります桜ですこれが最後の波瀾万丈

見憶えはこの薔薇色の蛇にして石棺守る女王の蛇
舌あれるほど食したる蝶・葉虫 蝦蟇も蝸牛も篭もれる枯葉
潮の海 でいだらぼっち身を浸す 肘・膝、擦ってゆく鮫・鯨
銀青の燐粉散らし甍越え 水惑星をこえてゆく蝶
宙をゆく風の帆舟や月の馬 虚空の底に湧く星の砂
磁気嵐すぎゆく月の砂漠にも月の仔馬や兎が眠る
流されて流れて待てば億年の氷河の底に眠るマンモス
ゆうべ聞く冬の雷、冬の雨 草木地下に眠る幸福

ロシアには永久凍土(ツンドラ)という水凍り水を湛える森林がある
合法的脱出をしたのね透明なある日世界の隙間を抜けて
いつしかに逸脱すれば逸脱の果てに青空流れゆく雲
人生を楽しみましょう 降誕祭 冬には冬の日の美しさ
禽獣はなべて楽しむ春の日は若草を焼く草炎える音
もう終わりもう死にたいよ枇杷色の空に溶けてゆく夢の水色
起動音、受信する音 機能する音はしずかに充ちて来る潮
洋上を遥か風立ち飛べざればヤンバルクイナは夢見るばかり

その人に夕べの愁いあるらしき うすむらさきの硝子の埃
瑠璃、青玉、翡翠、水晶、硝子体 ルネ・ラリックの硝子の小壜
火の髪の火の飲食の弱法師 夏来ればニンゲンを返せと
武蔵野はむかし飛火野 飛火野の野焼きしてみよ硝子の狐
鸚鵡にはおやすみなさいを教えよう硝子の小壜が涙壷とも
もの憂くて倦んで疲れて死にたくて心の奥のガラス砕けて
この空の見えない玻璃を突き抜けてあなたの鳥が飛んでゆく秋
憂愁・苦悩・絶望・悲惨・呪詛・傲慢あなたが見ていたのは万華鏡

青空の硝子のような輝きの真中を進む黒の一隊
夏蝉は遠く遥かに死絶えて 私を待つ瑠璃の一族
一冊の書物のように傍に置く 氷のような硝子の文鎮
今日もまた夢を見ている夢見ればあなたに逢える 硝子の狐
詩と音楽、珍味佳肴につきものの二つも盛って硝子の器
ボローニャの腸詰、マラガの干し葡萄、海老も冷たく硝子の大皿
難題は遡っても玻璃に映る残照のような当主の浪費
山海の珍味蒐めて還暦の馳走配って血潮の玻璃皿

岩手県江刺市威武師字菊池 物語りせよ吹雪やむまで
四月尽 見知らぬ駅で降りてみる花降る銀河鉄道の夜
なぜこんなにさびしいのですか 鼬だったらわかりますか
なぜこんなにさびしいのですか 白ふくろうにはわかりませんか
なぜこんなにさびしいのですか 面ふくろうって可笑しいですね
なぜこんなにさびしいのですか なぜ教会の屋根裏が好きなのですか
なぜこんなにさびしいのですか とうとう鷹と争ったのですか
なぜこんなにさびしいのですか もう夏は終ったって知っていますか

永遠をただ待つ亀がいてもいい セント・ジョージはガラパゴスで待つ
また明日夜間飛行機飛び立つよ サン=テグジュペリの郵便飛行機
木は眠り木は育つ霧の森 木の海は遥かな心育てて眠る
さびしくてたまらないから逢いに来てマイアサウラの木霊する声
薔薇色の空をバックに立っているヒマラヤシーダの大きな影が
淋しくてひとりぼっちで悲しくてヒマラヤシーダの枝走る栗鼠
雪だるま スノウマンにも春は来て 溶けてしまった夢の紫
そんなにも羞ずかしがりやのきみだから残して帰る春のヒマラヤ


祥  * 『 WEB版 歌集『銀河最終便』 &メモ /風間祥』 * 14:20 * comments(0) * trackbacks(0)

銀河最終便  3章  水没樹林  

              



水没樹林 

ジャスミンはしずかに樹液搾られて滴る緑モロッコの夜
銀蜻蛉、透明な羽さしのべてあなたの肩に触れていきます
峪渡るこだまのひらく季節あり 死はすこやかに育ちつつあり
病巣は木の洞に根に土にあり 冬青空は透明に澄み
雪が降るかもしれないと言っている ユキノシタは緑の薬草
谷保天神、座牛の頭を撫でていく風の行方は春の梅林
雨でした雨のさなかの夕ぐれを赤いバイクが角を曲がって

古の青磁の海に泳ぐ魚 神無月という陽のやわらかさ
嬉しげに青磁の海に溺れゆく魚とも見える雨とも見える
丈高き芒一本掃き流し銀彩の壷冷えてゆく冬
銀彩の百合が微かに残っている百合の高さに立つ墨図壷
白釉の小さな壷を手にのせて包んでみれば温もりの朝 
古備前は深夜ひそかに鳴るという 満身創痍の備前の壷が
水盤に真紅の薔薇を浮かばせて魚の眠りのような一日
緑釉に元気な兎走るからきっと明日はよいことがある

切っ先となって尖端、痛かろう 冥王星の彼方まで行け
火の鳥に似ている白色矮星をティコブラーエに教えてあげる
水がほしい水がほしいと根を張って根ばかり張って瘤だらけの樹だ
ここにある悲しい気分の水たまり 極月なれば映す裸木
山に雪、水辺に薔薇の咲くからに冬を愛する黒鶫あり
次々と啓く手紙のそのように雪兎の噛む歯型現る
心がねちょっと火傷をしたのですだからね少しだけやすみます
泣き兎、月跳ぶときは古傷が微かに痛む しっかりと跳べ

虚しさはかぎりなきかな冬空に取り残された鳥の巣一つ
慈しむ愛というのもあるんだね月に零れる蝋梅の花
剥離して浮遊してくる何ものか微熱のように憂鬱な春
カラコルム、天山南路越えてゆく風に逢いたいウィグルの馬
壁画には迦陵頻伽の鳥鳴きて菩提樹、蓮(はちす)、石に射す影
山紫陽花、牡丹、芍薬、百日紅 梔子パオパオ熟睡する象
お釈迦様 象の花子が行きますよ もうすぐ貴方の菩提樹の下
鯉を見てとりどりに咲く花を見て公園通りの日が暮れるまで

空に鳥、水に魚というこの春の空の愁いのよう 濁る空
夕闇の岸にうっとり三椏が もうすぐ春は終るのですね
華麗なる変奏曲を聴くように春の逃げ水走る野火止
暖かくなって花粉も飛ぶという憂きこと多き春浅き空
なにかしら真実疲れた思いあり花野を歩む馬を羨む
明日はまた雨降るという三月の雪に変わってゆく夜の雨
日の暮れの蛇崩れ坂に行き惑う 菜の花色の月も滲んで
桜散る絢爛豪華な崩壊をしばらく見ない水たまりの空

変わらない日々の中にも終楽章もう近いことを告げて花咲く
今日の雨 白木蓮は七分咲き 静かに降っている雨がある
爛漫の春の吐息の中にいる 鬱陶しさの極まる卯月
何もかも忘れたというあなたがいる 淡水に見る魚に似ている
小舟にも魚がついて来るという 大きな河があるという国
蜻蛉飼う私の脳は可哀想あまり眠りもせずに夜もすがら
木に花が咲くとき遠い空の下 蜃気楼見る氷見の海岸
満開の桜が空に吸われてゆき 吹雪となって散る地蔵堂

鏡花の言う「春は朧でご縁日」夜を燈して怠惰に暮れて
やがてもう人は誰をも非難せず春陽炎のようなたつきを
朦朧と夢見るようにありがちなロシア気質の巣ごもり卵
花散らす雨が降るから湖に小舟もなくて春のみずうみ
一本の樹にとまる鳥 一枚の画布に描く空 その空の青
よき便りだっていうのに発熱中 朝夕気温が定まりません
鬱兆す雨期の森には幽かながら杳い遥かな麝香の匂い
渦巻いているね世界がゆっくりと流れるように死んでゆくのか

立ったまま眠る大木 森の木々 水没ジャングルアロワナの森
シュノーケル青蛙という全身が黄色い蛙や梟の話題
んとこしょどっこいしょって 重い石はこぶ運命の「ん」
戦国の時代に生まれ露草の命を武器に戦って殺されていた前世の鷹
愛媛県の小さな町の座敷雛 初節句の子の雛を町中で
藁屋根に灯ともる遠景に楡の枯れ枝、早春の雪
桃の花 その桃色の明るさに雪洞灯すそのかなしみに
梅が咲き、雪柳が咲き、桜が咲き、咲く花の下 鬱々と猫

夕焼けに染まって緋色の鳥となる熱帯雨林の鳥かと思う
紫木蓮、白木蓮が並び立つ白木蓮から零れて落ちる
春蝉が啼く季、遠い日の夕べまどろむように沈む太陽
大切に大切に御身大切に 過ぎてゆく日の夢になるまで
横浜の海には雪が降っていたと 海に降る雪を初めて見たと
「北海道が舞台になっている本はない?」文庫一冊旅行鞄に
重量を預けてゆらりゆらゆらと象の花子は木洩れ日の中
金絲猴、ロクセラーヌの鼻のサル 金色の夢、金色の風

エスパニョーラ島のイグアナ その身体赤くしている別れの予感
進化には関係あるかあらざるかロンサム・ジョージ百歳の亀
手紙には雪解け水の冷たさと春の香りのする草のこと
からだ中からっぽにしてあの鳥はぼーぼー鳥は啼くのだろうか
明日の朝だあれもいない校庭に葉っぱ生やした木に似た鳥が
海辺には打ち上げられた海草が遥かな時を伝えています
夏空に雲一つなき桜桃忌 台風はまだ東支那海
接線を一本引けば現れる まだ生傷の絶えない地球 

美しい虹 バッファロー棲む草原 ヌーの出産集団でする
生まれてすぐ起ち上がる牛・馬のたぐい、乳呑む仔牛、仔馬の類
ムングーバ 雨期の終わりに花つける 花びら散れば河を流れる
ホエザルは声の大きさ競いあう 木の葉バッタは木になっている
アリクイの鼻は長いよ 白蟻の巣にその鼻を入れて探すよ
木登りの上手な猿と下手な猿 上手な猿はいつまでも猿
オリーヴを搾る機械を引かされる目隠しされた駱駝の一日
土と木と少しの人の気配だけ駱駝の今日は駱駝の一生 

午前三時 宙に無数の水の星 水汲み上げる滑車の音も
いつだってリアルタイムで書いていて私の鳥は記憶喪失
誘惑 あともう少しやってみようかな こうして汚い死に際
雨の日の青蛙こそ愛しけれ 薄い緑の光りの雫
ほろほろと頭の芯が酔った気分「無関心」の花咲き
無関心になった自分の心にはエノコログサもほとほと手を焼く
ほんとうは誰にも何にも興味なくエノコログサは風に吹かれる
エルミタージュ サンクトペテルブルグの灯がともる「この世に完全な幸福はない」

「休みなさい、陽気であれ」と告げている 孔雀時計が時を報せる
物として物の形として残る三段式マホガニーの本箱
一九〇七年製の湯沸かしと、くるくる引き出す硝子戸の本箱
岩場には岩場の色のイグアナが重なりあって海を見ていた
静かなる炎が見えてほんとうのあなたが見える阿修羅の裸像
風の日は木の実降らせて雨の夜は銀鱗降らす交信記録
水面にも晩秋の雨ふりしきるせめて榛の木まっすぐに立て
まだ雨は降っていますか 雨の日は痛む右手をどうしていますか

敷島の国に棗は植えられてその実その花愁いを除く
天上の銀の塩降る砂時計 蛞蝓を消すゲームだという
焼夷弾、原爆、椰子の実、蛍の木 昨日毀れたTVで見たもの
真珠より小さく青く光る星 蛍集まる木があるという
人肉を食した兵士もいたという「命ニヨリ生キ命ニヨリ死ス」
八咫鏡、草薙の剣、八尺瓊勾玉 「国体護持」と原爆投下
天皇の選択としての「国体護持」雨師でありしか稲穂の国の
最悪の結果を招いた経過ならその過去ログが保存している

わたくしが雨であるなら弾かれて草の葉つたう雨の一粒
東京はまだ暖かい日曜の午後で冬薔薇小さく咲いて
まどろみの時間があなたを癒すよう祈っています 温かいね 雨
ゆっくりと飽和状態ゆっくりと終りに向かう炎える草叢
その他に何もなかった 毎日は機銃掃射がただ無いだけの
そういえば死者を焼く煙もまた空の雲に紛れる 春なのだろう
日々は夢 宮脇檀氏の教え 豪奢、逸楽、雑にして楽
かぶくこと好きだったのか江戸末期、水色袴の日記の断片

ファルージャは萌黄色に見える萌黄色の中の桃色の炎
一日中南の風が吹いていた 虹は嵐の後に立つもの
降りそうで降らない白い空の下 紫陽花昏く首を傾げて
死の螺旋めぐりめぐりて夏の朝 再び生れむ湖の巻貝 
満月が鏡のように凍る空 汽水域まで充ちていた潮
虚しさに蟇は篭りて桜桃忌 宇宙塵ともなりゆく蛙
どくだみの白い十字が美しい 木下闇に死蝋は満ちる
月と星二つ並んである時間 こうもりが飛ぶ町の夕空

羊歯族の裏白の影、無限大 水を湛えて澄む羊歯の森
伝統は確かに生きて生きのびてスポンジ脳に点る春の灯
スクレイピー、プリオン、ヤコブ、海綿が吸い取るだろうメタル・スポンジ
桃色の舌もつ貝がちろちろと覗っている町屋の厨
エロティック生まれつきだと花蘇芳 狂う牛とか狂う月とか
カリフラワー、キャベツの仲間ではあるが脳葉に似て春の虚しさ
エメラルド・グリーンの果肉切り分けて春の空虚も切り分けてゆく
中和する形としての一章を今からここに書き加えます

花火にも鳥にもなれず胞子飛ぶ とても虚しい日暮れが来るよ
夕べには薄紫の風が出て梔子がもう腐りはじめる
泥の中きれいな花を咲かせても無意味無意味と蛙が騒ぐ
楽譜集燃やしてあがる炎がある また夏が来る海岸倉庫
何事もないかのように朝は来る消えた楽譜の淋しい音符
あの時は逃げられなかった今ならば逃げられるかしら列を乱して
血の山河、夏の山河を渡りつつ ニッポニア・ニッポン滅びてゆくも
この雲をスクランブルして飛ぶ機影 入間基地から飛ぶ軍用機

花が咲き実が生り花は花疲れ 曇り空から白い太陽
ためつすがめつしているうちに一本の樹になってしまえり翠の桜
ひとかけらの希望すらないこののちの真っ暗闇と知って点る炎
ゆっくりと麻酔が切れて痛み出す 鎮痛剤の名はロキソニン
睡蓮とウォーター・レタス浮かべている水鉢、金魚もメダカも泳ぐ
山あいの生姜の花の薄紫 雨の日、雨のひかりあること
再び雨 雨また雨 雨のち雨の東京の空に氷雨を曳き飛ぶ尾長
ラングドシャ舌に溶けゆく午後三時 まだ鳴き足りないヒグラシの声

一輪の薔薇の花さえ汲み上げるいのちの水が渾身上がる 
百合の茎まっすぐ昇る真水あり ブナの森なれば水の合唱  
小川には影が映っておりました鳥がゆっくり飛んだらしくて  
密林の雨に打たれている芭蕉 田中一村の芭蕉の葉っぱ 
妖艶な鐘馗空木の花が咲き 上水の夏始まるらしき
淋しくて嵐が去った空を見る遠い山野に棲む獣たち
もう既に死んでいたものが改めて死んでも何も不思議はない
六月のドナウデルタの葦原の水と光りと小さな魚影

春蝉が啼いていました新緑の萌える林の一本の橡
野火止のムラサキシキブ花盛り 水辺が好きな一本の樹は
茴香のウィのかなしみ水無月は憂いある月、上水に雨
あの人はどうしているかと訊かれても訊かれなくても寂しい明日
雨のない六月だった 台風が壊していった日除けを替える
上水に雨降る雨の木の葉闇 きりもなき虚しさの桜桃忌
紫蘇に雨、羊歯に霧雨、竹の秋 睡蓮はまだ眠っているね
溜息と絶望歌うことのない夏が来るのね白いサルスベリ

タッちゃんと浅倉南の声がする 多分夏休みも始まっている
体系化されつつあれば体系化逃れてゆかむ遊びせむとや
液晶のモニターに見る遠花火 江戸の花火を忘れずに咲く
追い風と向かい風では違うよね 雲の動きが見分けられない
一人に向かって人は歌うという 海酸漿を鳴らして遊ぶ
嘴が痛くはないの?木を叩き木をつつく鳥ちいさいコゲラ
遠からず死は現実のものとなる 雨に打たれている曼珠沙華
あの貨車は今どのあたり過ぎている 遠い銀河をゆく夏燕

どこからか胡弓聴こえる昼下り 夏の最後の日曜日です
汗ばんで葡萄の雫光ります まだ夏雲の浮かぶ空です
地獄花死人花とも言うけれど猫も家鴨もいる土手に咲く
火喰鳥、花喰い鳥は梢離れ 雨期の沼地の森へ帰るよ
抜け殻になったら逢おう魂の三重連の水車が回る
夕映えの道に老人 年老いてゆくとき影は全てとなって
葦の影、薄の影や虫の影 影絵のような世界があった
夕暮れの道が仄かに明るむはこの紫の大藤のため

何かしら悲しい音がするようだ水禽がまた浮巣を作る
暖かい羽毛のような悲しみが充ちて来ること 雨季の悲しみ
湖の岸に沈んだ葦舟も鳰の浮き巣も降る雨の中
燦々と月光降れば燦々とかなしみも降る 夜の汀に
温存をしてはなくしてしまうのは温存選ぶ愚かさのため
この世は所詮生者の宴 月の裏側には蟹がはりつく
アルビレオ、デネブ、銀河を飛ぶ鳥が白鳥であるこの世の優雅
アカシアの白い花散る夏の雨 小猿は白い花に埋もれて

非時香菓のかぐわしく雨の春夜も日照りの夏も
夏の庭 古い庭には古井戸と思い出だけが住んでいました
どんよりと空が曇れば藻の陰に尾ひれ胸びれ隠して眠る
紗や絽や羅、透ける衣を織れば夏 蛍も蝉も蜻蛉もいる
香櫨園、海と川との汽水には渦巻くものが見えて夏の日
火星には確かに水があったという 地球に残る水の儚さ
暗闇に燈るランプと月の暈 水晶宮に降る秋の雨
左手はいつも同じ音の繰り返し黄金の秋が来ていても



祥  * 『 WEB版 歌集『銀河最終便』 &メモ /風間祥』 * 14:19 * comments(0) * trackbacks(0)

銀河最終便  3章  《天使の翼》 

銀河最終便   珪  《天使の翼》


《天使の翼》

千年を眠るためには千年を眠れる言葉が必要であり
春だから白木蓮の花が咲き天に向かって祈りの形
焼け残る木仏の中に千躰の胎内仏を宿すみほとけ
音楽は途切れても囁く雨ブロッサム・デアリーみたいに
野火止の鴨の平穏確かめて小さな橋のたもとを通る
いつだって気むずかし屋のアルルカン 明日は天気になるのだろうか
木蓮がそして辛夷が咲くだろう 春ですあなたは死んではいけない

花水木が咲きポピーが咲いているこの夕暮れの濁りゆく空
魂には晩年 亦来る春の終る日の風もない日に散るリラの花
ほの甘き千枚漬けの千枚の襞に隠れている赤唐辛子
突然に夏来るように最後の日 難読氏名の話題の続き
地に落ちたヤシャブシ伊豆の海岸の岩に置かれて花咲く木の実
松毬や泰山木の実の集り 命果ててもなお生きるもの
国境の駅のある町壊滅する 黒い地蜂が群れて飛ぶ朝
前近代ぬっと顔出す春の闇 火山性ガス噴き出す気配

流木が打ち寄せられて来るように悲しい心の切片もまた
黄の花が終れば次は白い花 小さな虫喰いだらけの絵本
いつまでも若く美しくあらねばならぬと『火の鳥』の婆
シマウマの後姿を見ています夕陽に向かって歩く縞馬
誰だって海を釣り上げることは出来ない 神が釣り糸垂れる夕暮れ
めひかりの眼の海の色 誰だって海を釣り上げられない釣り人
花壇にも教育主事は入り来たり タチツボスミレの谷の群落
東北に行ってみたいと思います角館とか太宰の金木

金色の麦わら帽子出荷する小さな町の小さな港
大相撲夏場所がもう始ると 水面に光りさす隅田川
欠けてゆく月の黒紙魚、月の隈 銃身の色帯びてゆく夜
虚しさのかぎりもなくて赤い月 明け方に見る皆既月食
フェルディナンド・フォン・ツェッペリン伯爵の飛行船 その中空の船
川原にも陽が射し石に蜆蝶 なんじゃもんじゃの花咲いて夏
今日の日が無事に過ぎたということの続きに咲いて深山苧環
花水木はらはら散れば花筏 一期一会としたためよ歌

空想と空想むすぶ接点に空の巣があり燕やすらう
汚れなくイノセントであるということの 初夏の空の
攻撃の背後にあった八割の支持を充たした奇妙な果実
泥川に川魚かしら鯰かしら一瞬ゆれて再び沈む
木々の影、魚の影も見えている 湖の岸近くの葦原
遠く去る鳥には鳥の歌があり水没樹林に降る雨がある
春の野の逃げ水、昼下がりの驟雨 夏には夏の烈しさに降る
脱落と脱出の違い知らぬままこの世の淵をさまよっている

白皙の詩人は一人旅立ちぬ皐月の空に発つ白い鳥
春日井建、享年六十五歳の訃 一人の定家黄泉へ発つ夕
ここに咲く花の苞衣の中に充ち花の力となる何ものか
関わりもなく生きている淋しさに 美しいもの峠を行くも
あきらかに社会的適合欠いている 天道虫は星で分けられ
紫陽花の青の花火のひらく朝 小さく青く雨の紫陽花
サッチモの声が聴こえたサッチモは「この素晴しい世界」と歌う
ゴミからもアートは作られ工房の中、鎮座するプラスティック蛙

感覚の教会に鳴る釣鐘や天井画など五月の空に
まだ熱が引かないけれどそのせいで見えるのかしら歪んだ檸檬
南風吹く東京の日暮どき 檸檬のような月も浮かんで
新鮮な生みたて卵のような黄の花芯もゆれて梔子の朝
鳥籠に鳥を飼ったら青空の果てを見せてはいけないという
誰にでもある空洞に鳥を飼う 傷を負ってる鳥の目の青
心肺に貝殻虫が棲みついて殺してしまう少女がひとり
隙間から一瞬見えた愛に似たものが欲しくて殺してしまう

水色の尾長が飛んで上水に夏来る 夏の涼しさの青
水色の海と空とのあわいから聴こえる音をタクトにのせて
夕暮れに風が通れば振り向けばあなたの背中見えた気がする
水無月の鬱をかかえて紫陽花の半球すでに黄昏れてゆく
眠ろうとしても何だか眠れない 普通に戦争している時代
O音の優雅さ雨の桜桃忌、鴎外忌にも驟雨来て去れ
さみしくて嵐が去った空を見る遠い山野に棲む獣たち
桜桃忌すぎて三日の夕ぐれは哀しきものの見ゆる夕ぐれ

川底にいても蛍は光るという 弟の手から姉へと蛍
山椒魚、山椒魚って可愛いね 石を枕にうたたねの夢
退屈の病に私は侵される 病であるから治るのだろう
「死に至る病」ではない憂鬱というのでもない 雨の気配か
天空を走る列車に名づけよう 薔薇星雲を横切る列車
拒否よりも手をさしのべてみる勇気 蔓性植物であろう何かも
仰ぎ見る文月の空の流れ星 戦場に人は撃たれていたり
眠くなる 最後は眠くなって死ぬのだろうか 鳥たちも

戦闘色消えたらしくて野を奔る王蟲の赤も一夜にて消ゆ
何一つ変わっていないつまらなさ敵と味方を取り違えても
生き残る人ゆえ覚悟の足りなさを責められている鬱熱の森
無理解は悪。『沖縄ノ骨』の作者がそう語る 珊瑚の白い骨と混じって
約束の海の歌です遠い日の記憶のように光る海です
七月の金魚が水に眠る午後 水はさゆらぐ光りの窓辺
WEBページ消えて半身不随に似て 水栽培のアボカド林
天邪鬼踏み据えられても逆らって逆らう程に怒りに触れる

雨の日は飴細工師の小父さんも兎も犬も鳩もお休み
光る魚一網打尽にする網が見つからなくて月光遊魚
ネアンデル渓谷 遺伝子のネアンデルタール人の故郷
炎える樹は炎える火柱、火柱の尖端にして炎の骸
曇り日が好きな黄金色の鯉 橋のたもとの澱みの中の
せせらぎの音聴きながら歩く道 木下闇をゆく水の音
火祭りの写真をどうもありがとう篝火はまだ燃えていますか
失って滅びていつか消えてゆくそれでも人は夢見るさくら

発酵を待つ詩やパン種や葡萄樽  驟雨の後に光る雨粒
大切なものは平衡感覚と希臘の酒盃や李朝の壷が
曼珠沙華夕べの道に灯るのは 赤々と咲き赤々と死す
追いつめて追いつめられて草の原 放り出された二つの心
「思川」という川の橋 その橋が投下地点と特定される
「一期は夢よただ狂え」狂いて死せる宅間守か
大阪と福岡拘置所に於いて死刑執行同日二人
川底に無数の卵産み落とし黄金の鯉流れてゆけり

秋は好き秋に生まれた人といる彼岸の風のように儚く
牡丹も茄子も兎も猫も豆の花も御舟が描けば御舟の心
甲羅干し甲羅を洗う石亀も 勤労感謝の日の亀の池
朱の回廊、水の回廊 海に浮き水鳥のごと羽を広げて
偶蹄目、牛科ミミナガヤギのこと いつしか七回忌も過ぎて秋の日
九十歳のターシャさんは痩せてコギー犬のメギーは太って花の咲く庭
腹を摺るコギー犬ではあるけれど日陰を選ぶ花の木の下
待つことに喜びがある小机にスケッチブック開くその人

幾度目の拒否を経験するマウス 悲しみらしき青の点滅
いつだって置き去りになる石ならばいっそ知らせよ石塊の重さ
ありがちな脚本だけれど伝説の曲が流れて涼しいラスト
火の山河、水の山河を渡りつつ ニッポニア・ニッポン滅びてゆくも
落葉あり おまえが散って明るくなる 木々の根方にただ降りしずめ
大雨か濡れてならない雨なのか傘をさそうよ尾鷲の傘を
アンカーが走っていくよ駅伝の 度会橋を渡る伊勢路を
曇り空また台風が発生し南洋上蛇行しながら

人は死ぬ必ず死ぬと教えられ 姫神、森の中にて死せり
気がつけばもう十月で閉じられた頁のように私がいる
あの人の心がどこかへ行った日の遠い火の色の曼殊沙華
雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨 甍に軒に私に降る
細心の注意を払って生きなさい 昨日生まれた月の繊さで
飢餓線上這ってゆく虫一列になって冬へと向かって歩く
枇杷の木にケサランバサラン晴れた日の富士に笠雲 優しさは嘘
貝殻の中には夢と後悔と潮騒に似た夜の音楽

(遠くまで飛べないだろうか)海深くある日思った《天使の翼》
不確かな月の引力、半月は地球を切断する磁気送る
蜜蜂の目覚めはいつも静かだが時々死んでいることもある
諦めてしまえば終わり二歳児が教えた無垢のしなやかな力
映すのはやめて下さい 被災者の一人は疲れた明日の私
タイミング悪く語れば非難あれ 土砂災害の土砂の言い分
されど川は水嵩を増し抜けゆけりその本来の姿のままに

残酷な性剥き出しにして過ぎる一本の川そこを過ぎゆく
胎動も微動もなくて滾る熱 空白域の直下に溜まる
変わり果てた姿になって少しずつ土嚢積まれて水の引く村
日本ではまず同胞に殺される 愚か者よと切り捨てられる
「証生」は生の証と青年の母の語る日晒された首
恐ろしい時代が来るという気がする 罅割れている時代の背中
見過ごしているはずがないから見逃してあげているのねあの人らしく
生きていることが淋しく辛い日は賀茂茄子の味噌田楽でも如何
もっこりとふくらむ鴨が水を掻く 冬が来ている野火止用水

閂のかかった門の中に降る落葉の中にひきこもる蝦蟇
「両親を殺した」 ミステリー終了次第ニュース始まる
「悲しい人生」と誰かが呟いて始まる映画 米国の映画
シチュエーションは十分暗いせめて心は明るくなるほど
赤手蟹なるほど確かに手が赤い 満月なれば子を産む儀式
雨の日の車道の水を跳ねる音 今日また一人子供が死んだ
残虐も非道も全て許される 許されるものとニュースが語る
春頃は私たちにも災難が襲っていたよと鶏も来て

空海の命日ゆえに京都では東寺に師走の市が立ちます
逃げるしかない人生があることを酸漿色の冬の夕暮れ
とうとうもう最後に近い一頁、捲っています冬の一章
とある日の風であったか春の日の夢であったかすれ違う影
金色の海の向こうにお日さまが昇るよ 夢はどこにでもある
草原に白い羊が群れていてそこがモンゴルだろうと思う
川岸に茶色い馬の数頭が水を飲むらし雲湧く村に
草原を流れる水の一筋が仔馬養い人の子養う


祥  * 『 WEB版 歌集『銀河最終便』 &メモ /風間祥』 * 14:18 * comments(0) * trackbacks(0)

銀河最終便  3章  白い孔雀

銀河最終便  珪蓮 ’鬚す雀


白い孔雀

晴れの日も雨の日もなく薄氷張る一月の水甕の水
高貴なるという幾人か高みにあり群集は振る小さな旗を
青狐、子連れの狐、絶海の孤島に棲んで万世一系
耐性菌少なくなって死んでゆく 漂う卵、水槽の澱
岐阜蝶のその営みは静かにして葉裏に卵産みて休めり
レプリカの剣、神器となるもよし更なる軽さ求めてやまず
「自虐史観」あの人たちはよくそう言う 他虐よりよいかと思う

その国は阿片の毒に酔ったように日本の下にも苦しんだこと
私は何も知らないことを知る この隣国の通史でさえも
先週は鯨が死んだ入り江があり海豚も死んだ 四月の渚
春の夜の夢は幻 過ぎゆけば シルヴェスター・リーヴァイ楽曲の誘惑
アドルフと言えば私にはコンスタンのアドルフ ヒトラーじゃなく
ニコライの治世の終わる頃出でて帰ることなき懐中時計
1516年レオナルド・ダヴィンチが来るフランソワの部屋
黙示録の頁を捲る風があり今ほろほろと崩れゆく塔

「始まりは鳥が運んだ一粒の種」であったとナレーションに言う
大いなる樹があり樹には魂が春の日向を流れるように
石積みの隙間を水と草が被いやがては水と草だけになる
水惑星わずかに歪みなお僅か自転の速度早まるという
荒廃はなお魂に及ぶから タイタン画像の水の痕跡
ホイヘンス降下してゆく風の音 地球に届く風の産声
三月の乳白色の空の下 白木蓮の花に降る雨
何回も書き直した線が綺麗であるわけがない推敲を認めない

退屈な木曜日です午後三時 孔雀時計は宮廷で鳴る
意味もない不安なのかも漣がひたひたと今砂地を洗う
北限の猿は追われていたりけり 青森、下北半島脇野沢村の猿
カンガルーの赤ちゃん2,5cm体重 1g! 私の猫が目を瞠る画面
空き地には蛇苺熟れ三輪車漕ぐ幼子の足も見えてくる
完璧に停止している何もかも この苛々はそのせいなのだ
全部嘘、たとえそれでもいいじゃない 舞台には降る太鼓の雪が
千年を遥かに越えて生きている大きな樹ならわかってくれる

私ならきっと話してしまうだろう 枇杷の木に吹く風のことなど
楡の木が育てる水の豊かさを確かめている春の雌鹿
円柱は静かに光浴びており甲府湯村のエンタシスの寺
土色の遺跡の中の壁画には極彩色の釈迦とその弟子
日干しする煉瓦に命奪われて石窟寺院の壁画の剥れ
魂に低温火傷あるらしくまだひりひりと 小雪降る夜
金箔と漆がつくる空間に珊瑚の粒子のような残照
明日から弥生三月 こぶし咲き木蓮が咲き名残り雪降る

この人の心に傷をつけたこと多分一生忘れない思い
夜毎聴く魑魅魍魎や鵺の声 異形の鬼を垣間見る春
夢の中夢から覚めても騒ぐのは赤い和金の金魚注意報
フランソワ一世、黒い毛のプードル 引っ越してゆく人の飼い犬
浮き島にユリカモメ来て鳴く夕べ サティのチョコの溶けゆく甘さ 
効き過ぎる薬は効かない薬より怖いものだと年寄りも言う
人は人、私は私 春の日の気球が浮かぶ空の水色
沖合いに浮かんだ大きな貨物船 係留されてだるま船もゆく

さらさらと細雪降る雛の夜 明日東京は白い街になる
大小の足跡つけて雪の道 三月四日歩くほかなく
春なれば蛙も土竜も顔を出し記念撮影するらしかしこ
あるいはそれは自信の問題かも知れず水仙の咲く水辺水際
川岸の鴨が寒さに蹲る 鴛鴦模様の彩色の鴨
春の日の猫の集会、妊娠をしているらしい白い雌猫
昨日より暖かくなる季節の中 陽炎もえるようなさびしさ
風はただそこに吹くだけ木はそこにただ眠るだけ 水よ流れよ

宮崎県産シラス、しらす干し 未だ幼く海を忘れず
いいのかな、言われっ放しでそのままで 理路整然と片づけられて
菜の花のような四月の日暮れ時 あなたは元気にお過ごしですか
私はこの頃空を見ていない 花の向こうに空はあるのに
ただ眠り眠り続ける春の日の三寒四温身を過ぎてゆく
火を煽る風があるなら火を鎮め心労わる風もあること
大切な一人の不在 鳥はもう海峡を越えただろうか
この世という遠いところに二人会いやがて離れゆく二つの影か

鳳凰が羽を休めるその閑に歴史は動く動かされてゆく
春の夜は眠れ眠れよ夢ふかく 泡浮く水の中に病む魚
題詠の「背中」まで来てさらす背の 尾羽ふうわりと雪の白さに
何事も無かったことにして終る なお見解を異にする鯊
花言葉、検索されている文字のどんな言葉も分身の花
永遠の命を持った木のように静かに雨を聴く雨蛙
水曜の午後もまだ降る春の雨 シャガ、花大根、連翹に降る
その麻は雪に晒され藍鼠色の小千谷縮みの涼しさとなる

「私にはもうしてあげられることがない」医師である人の言葉を思う
見放され見棄てられたと感じている 強制収容所を想像している
優しさが残酷さでもあるような晩春の風身にまといゆく
遠い昔 遥かに遠い昔のこと 埋め立て以前の風の砂浜
香櫨園、芦屋、魚崎、石屋川 生まれ育った街の水際
潮風と海の匂いのする駅は阪神電鉄、香櫨園駅
ちょっとした偶然、それで人生は決まる 霧が谷底から湧いて来る
恐ろしい真実は唇が閉じたがって言えない春浅く黄泉をゆく舟

山麓の南病棟、陽が当たり月も仄かに射してよいと言う
賑わいの市に背を向け山麓の道の傾斜をゆっくり上ると
十三年前のあの日を忘れない 無防備だった心に出会い
そして今も初めて会った日のように無防備なまま生きている人
氷雨にも耐えた桜が微風にも散ってゆきます春暮れる頃
紫の雨が降るらむ 六甲に硝子を伝う雨があるらむ
花に鳥 何の憂き世と思うまで 花喰い鳥の憩う時の間
永遠の憧れとして存在する 白い孔雀であった火の鳥

水辺には淡いピンクの睡蓮とウォーター・レタス数匹の稚魚
辛夷散り山桜散る野火止の黄の菜の花や大根の花
紫の花だいこんに陽はさしてしずかに時は流れてゆけり
燦々と降る月光の川があり 筏となって流れるさくら
春雷が通り雨にも伴って 執拗にまだ糸を張る蜘蛛
人生に幾つの闇があるのだろうたった一つの闇にも消える
失ったものは言葉や物じゃない燃えていたのは火鼠の皮衣
おそらくはそこにはいないあの人に 二度と逢えない胡弓の楽に

恐竜の痕跡こそが大切と毟り取られる鳥族の羽根
どの鶴がリーダーだろう海を見て河を見て越えてゆく
何事もなく過ぎたわけじゃない何事もない毎日を望んだ狐
知っています?おけらの花が咲いています万葉植物園の陽だまり
ゆっくりと俯瞰してゆく鳥の眼の視野の外なる彼岸の桜
フリージァが咲いていることにも気づかずに桜ばかりに気を取られていて
溶岩の隙間に生まれた鳥の子が 雪降る湖の雪を見ている
悲しみを悲しみとして生きてゆく素直に生きて縊られる鶏

音楽も色彩もまた上昇する 風は砂漠の形を変える
目前の死が急がせて1200点の作品群が生まれる
鉛筆の素朴な、いえ巧緻な一筆描きのクレーの天使
究極のシュールは写実であるというダリの直感的なパンの絵
ガラの言う宝石よりも美しい麺麭一欠けら春の晩餐
巣穴からジャッカルの子が顔を出す海辺の砂漠に生きるジャッカル
川底の石に似ている何かがいて動き出します 山椒魚です
暗闇が夜明けを連れてくるような 行き止まりには海あるような

清浄な骸は光る 透明な雨の雫のような音楽
コククジラ、虹を作るという鯨 東京湾は今日花曇り
雪舟作「四季山水図」に描かれた雪舟四十八歳の退屈
後ずさりしている蝦蟇の背後にはヤマカガシ棲む雑木の林
倦怠は秘かに兆す夏の日の陽炎ゆれる道に水辺に
二年余り花を見花の枯れるを見 淡い時間が流れて消えて
かなしみの極まりゆけば他愛ない指人形や影絵の劇が
特になし何にもなしという理由 理由に非ずと退けられる

彼岸への旅に似ている巡礼は 夕暮れ時に飛ぶしろばんば
雨期の森 蝶、蝉、飛蝗、ヤマセミの運ぶ餌にも流れる時間
花を食べ木の実を食べて育つから綺麗な声で鳴くのだろうか
黄金色の鶏がいて薔薇咲いて 絵本の 中の噴水の青
ST波下がる理由はともかくも暑い季節に散歩は無理です
藤の木に白い藤咲き藤散れば夏が始まる水無月の川
重なってゆくとき理由は消えてゆきただ憂愁の兆す夏の日
赤裸々に生な自分を描けと言う『アドルフの画集』の画商の言葉

もう一度海への手紙書いてみる 梅花うつぎがまた咲きました
さみどりの欅若葉や花水木 季節は移るふりむけば夏
退屈で死にそうなのと青虫を産みつけに来た揚羽がひらり
大切なものも次々消えてゆきもうおしまいかな十薬匂う
一切は流れ流れて空の果て 彩雲生れて老残を見ず
サボテンは水がなくても生きるのか駱駝は水を湛えているか
夏なれば守宮もガラス這うらしき感情という棲家に入りて
こんにちは おはよう おはよう こんにちは 鸚鵡のように交わす挨拶

ボラボラ島 エアーメールの写真にはその「絶海の孤島」が浮かぶ
新説は仲間を見分けるためというステゴザウルス背中の秘密
仲間を持ち家族をもって恐竜は群れて集って滅びて行った
恐竜も鯨も虹を見たかしら 嵐が置いてゆくという虹
苦しくてならぬと傾いでゆく身体 大王松の一生終わる
お終いになるまで少しある時間 木は空洞に音を楽しむ
淡竹茹で蕗茹で雨の日の無聊 雨には雨の光りあること
ただ踊る 踊るに任せ褒めもせず叱りもせずに育てるという

六月も今日で終りという朝 花も蝸牛も聴く雨の音
一本の木になったとき一本の木は汲み上げる水の百年
蜂蜜のようにとろりと金色の夢を蒐めて海馬は眠る
「天邪鬼」それは私だ 炎え上がる不動の像の下の石塊
雨降れば雨の三鷹の禅林寺 あの頃はまだ小堀杏奴も
えごの木の花降りやまぬ夕つ方 彼岸の風もここ過ぎながら
その人の瞳の中を落ちてゆく夏降る雪に似てえごの花
また今日もすすき、刈萱、萩、桔梗 音韻として生まれる生は

疲れきって頭の中が空っぽだ 鳥が羽ばたく 空の濁音
来週の二十四日は河童忌で芥川龍之介が命絶った日
この後の悲喜にどうして堪えてゆく靄と霞と霧の差ほどの
古典と言い伝統という様式の劇性露わにしてほとばしる
カジャールという小さな村に眠る人 サガンの白いただ白い墓
憂鬱は深くしずかに潜行し木に咲く花のように身を裂く
この雨に変わってもうすぐ蝉時雨 二十四度で初鳴きという
退屈という名の至福あるように弛緩している七月の蝶

黒塗りのただ一艘の盲船 竜神祀り天翔ける船
緋縅の鎧冑に金色の太刀持つ人の漆黒の船
遠く聞く 夏の祭りの笛太鼓  子ども神輿も笹括り付け
厄除けの団扇を買ってきておくれ 烏小天狗、魔除けの団扇
幽かなる光りの糸を吐きながら蜘蛛が紡いでゆくいのちあり
もう誰とも何とも関係したくない そういうわけにも参りませぬと
燃える火のようなカンナと消火栓 夏が烈しくそこに来ている
わけもなく悲しい気分になるという旅立つ人の行き先は遠野

惑星の名前はセドナ 極寒の凍れる星の海の女王
鯨骨を棲家とする老婆 指無き海の神よセドナよ
ここにだけまだ少しだけ夏椿 別の名を沙羅 沙羅の片枝
時に霧、時に野分の立つところ東京の果て日の入るところ
まだ生きていますけれども生きてないそんな気がするかなかなが啼く
日常はそんなときにも日常であったであろう投下直前
耳下腺がまた腫れている 夏空の下に蝉の死屍累々
このままで死んでしまえば虚しいねカランコロンと夏の坂道

隻眼の猫の名前は六郎太 黒猫、黒田六郎太と聞く
春の夜の夢はまぼろし隻眼の豹のまなざし遥か遥かの
春蝉の骸うずめて枇杷の木は 坂道に立つ海の見える家
ミンミンがなお鳴き交わし鳴き尽くし 海に降る雨見る夏の駅
今朝は雨 小雨降る朝 尾道の造船所跡のセットが煙る
何もかもと言って誤魔化す他はなくこの憂鬱のほんとうの理由
鉄筋の庁舎、橋げた、墓地の跡 ここに暮らした人々の気配
アルルには円形闘技場がありゴッホも見たかもしれない羅馬

死ぬことを考えるのはまだ早い 驟雨が過ぎて会う夏燕
竹杭や石など積んで堰きとめて簗を作って捕る山の魚
右目だけ開けて見ている世界にも虹の飛瀑は溢れて消えて
半眼をひらいて河馬が眠っている 小さな耳の河馬の母と子
半眼の河馬の一日 終日を水に浸かって何を想って
栗よりも大きな栗に似た木の実 西洋とちの木マロニエの道
白い蛾が浮かんでいたよ水盤に 睡蓮鉢の隅っこに寄り
うっすらと薄日も射してみたりする「断続的な雨」の合間に

休止するジャングル化した野草園 秋の七草月に供えて
小平の中島町の薬草園 桔梗、甘草、花咲く明かり
悲しみを忘れるという花言葉 薮甘草の朱に埋もれる
虹よりも虹に似ている水溜り一杯に今広がる油膜
常夜灯一つともして幕は下り舞台に残る一枚の羽根
特別のことは何もなく終わる命をまた見てしまう
こうなったのはあっという間の出来事だったと青いテントの男
ここでもうお終いですというように春の日向の夢見るように

半地下に水が入って水浸し 隠れ家としての役目が終る
その視線遮るための遮蔽幕 絽か紗くらいに透けてはいるが
いっぱいに儚い夢を詰め込んで膨らみ続ける蛙のお腹
限りなく膨れ上がった政権党 破裂するまで膨らんでゆけ
お終いは突然に来てレクイエム奏でるように蜩も鳴く
緩慢な自殺を遂げているように春夏が過ぎ秋冬がゆく
ストーブや焚き火が好きで洋燈や篝火も好き 火の色の秋
白珊瑚 珊瑚の海の薔薇の精 小さなピアスになってしまった

どことなくいつとなく暗い顔 生きる力を問われているか
働かず寄生しているヤドカリが宿を失くせば浮遊する雲
脱皮する蛇の営み待ちながらターシャの庭の歳月めぐる
遠い死が私を呼び 明日さえも知らない夜の蟋蟀がいる
日ごと死は近づいていて一心に後生の大事せよと古典は
なんて簡単に言う私を怒るだろうか叔母は 綺麗な骨だった
白骨の書に言う「後生の一大事」徒然草にもあったと思う
音楽のように一音ずつのばし僧が経読むとき起こる風

八戸から野辺地へローカル線の旅 放牧された馬の歩く道
堪えかねて噴く火の色の美しさ千年神の水を湛えて
田沢湖は龍伝説の湖で湖の岸には一匹の雉猫がいた
少し前まで誰かを愛していたような真っ赤に炎えている七竈
黄色くて斑点のある物体は 春の轍に轢かれた蛙
栗、胡桃、渋柿、百目、酸漿の色に染まった夕日の里の
お土産を郵送されておりました夢のまにまに木彫りの熊を
生きている虚しさよりも貝よりも静かに波に触れる儚さ

慎ましい祈りのような暮らしには殆ど適さぬことも思われ
この身体一つ失くせば新しい世界が視える夜明け前にも
銅版の腐食をいつか愉しんで 紙片に写す頭蓋の形
烏羽玉のドン・ヴィト・コルレオーネ眠りける〈老女の夏〉と呼ばれる小春
また聴くよ1986年のマリリン、ミス・サイゴンのキム 本田美奈子さんにさよなら
煮付けって言えば鰈の煮付けかなエンガワのあの膠質の美味
桜咲く 小春日和のかえり花 大きな猫の眠る日だまり
人生の奴隷になっていないかしら この頃雨の音を聴かない

街に降り人に降る雨 鳥ゆきてゆきて悲しむ空の果てより
養蚕をしていた村の家々の藁屋根に降る月光がある
茗荷沢、淡竹の林、鉱泉池 水神祀る筧の小径
木小屋あり竹藪あれば踏み迷う 蜥蜴、かなへび、洞の蝙蝠
木小屋にも畦にも雪は降り積もり 露天の水桶、筧も凍る
貧すれば鈍するという然り然り 私の上にある冬の空
折り紙で作ったベルやキャンドルやトナカイなどもあって休日
手紙には童話の挿絵が描かれていて赤い蝋燭、金の燭台

祥  * 『 WEB版 歌集『銀河最終便』 &メモ /風間祥』 * 14:17 * comments(0) * trackbacks(0)

銀河最終便  3章  禽獣の森   (1)             

銀河最終便  珪蓮 ゞ拿辰凌  (1)



禽獣の森

四分儀座流星群が現れる一月四日 戌年の初め
傷ついてしまったんだねあの人は 日暮れの空の白い月影
落葉には夕日の色や風の色 氷雨の匂い 虫喰いの痕
「性格が運命を決める」とコンスタン 怠け者には怠け者の運命
和歌にある姉歯の松のみちのくの枕詞の悲しくもあるか
楼門に草を生やして石窟の毘盧遮那仏の崩壊進む
水鳥の羽毛につつむうつしみのそらみつやまと日も暮れにけり

自分よりかよわいものを守るという(そんな論理にすりかえられる)
戦禍なお心にいたるこの国が 未だ醒めない夢を見ている
命令を下されるため私たちは生まれて来ているわけではなくて
加賀山中、白山山中、能登金剛 寒気団来て白い氷壁
自衛隊、軍隊、郷土防衛隊 どんな名前にしても兵隊
青空の向こうの向こうまで一人 一番好きな時間の形
眼下には桃源境が広がって葡萄の丘がそれに続いて
冬なれば桃も葡萄の木も眠り枯れ草色の高原に雪

黄金を掘っていたその鉱山に沿って流れていた黄金沢
人は城、人は石垣とは言えど 黄金費えて武田氏滅ぶ
十重二十重取り囲まれて藪の中 現実というしがらみの中
香木の蘭奢待さえ切り取られ権力の座にあるものの傍へと
楯無鎧、風林火山の旗、南蛮具足の二匹の蜻蛉
金銀を螺鈿を漆、朱の塗りを 風の館の鎮まる櫃に
二本木の道を登れば上萩原、大久保平、白樺の道
上尾根に日本羚羊見たという ただ一頭で見下ろしていたと

敗北の太鼓が鳴って迎えに来る 遠い未来が挿入される
脱力し発熱したり寝込んだり 雪も降らない東京にいて
私をうちのめしているものが何なのかもちろん私は知っております
人の顔、人の声して火喰鳥 火を放ちゆく微かに炎える
達成は何事にもあれ最終の列車連結解く摩擦音
問題は終わってしまってから生きるその生き方のことではあるが
人生の苦難を負って生まれてきたヤドカリに似た貝の文様
みごもった真珠の虹を見つけたら貝は自身を溶かしたものと

遥かで杳くてやさしいものにいつか逢えると思っていたが
黄の色の蝶が来ていて陽だまりに小さな花が咲く雨上がり
ミネルバの梟鳴いて夜が来て魑魅魍魎の支配する夜
棚田には棚田の景色見えながら遠い夕やけ雲も映すよ
気になるものの一つに山古志の鯉を養殖していた棚田  
道を作りブルドーザーを動かして青年が一人こつこつ作っていた池
地震が襲い水害が襲い雪が襲い雪崩が襲う村の棚田か
集落が集落をなす限界を自然が奪う冬が来ている

忘却は一部のことと思いたり その蕁麻に火を放たれて
店晒しされているこの一冊の本にもあったはずの春の日
そしてまた生まれたばかりの蝶々が吹雪のように飛び立つだろう
もう過去のものと葬り去るようなこの書き方だって問題ではある
雪豹もレッサーパンダも喜ぶと寒気団来る六時のニュース
凍結に注意と呼びかけられている 水道道路と呼ぶ遊歩道
木の橋や鉄の小さな橋かかる小川に雪が降って流れて 
一日で雪は降り止み川岸に身を寄せあった水鳥がいる

一人消えまた一人消えこの国の地下を流れてゆく黒い水
飽き性の日本人ゆえどのような事件も事故も忘れてしまう
送信は失敗しました 蝶々は韃靼海峡越えられません
朝焼けの海は薔薇色 禍々しい噂も出でて日本の早春
筑紫の君、磐井の墓があるという 密やかにして叛乱の系譜
粛清の嵐が吹くのでございましょう 峡谷に水凍えるように
現実のあなたがそこにいないから聞けば聞こえる脈打つ鼓動
分身の術かもしれない正体は 等圧線がぎっしり埋めて

春風が通って行ったようでした 木橋を渡る蝶がいました
水流れ林に雪が降り積もり 落葉の上に新雪積もり
富士を見る南斜面に桃、杏、ブルーベリーの花咲く畑
突然に曇る空から降るみぞれ 霙のなかの連翹の花
貧困を直撃したという嵐 貧しさという低湿地帯
知らないでいるのはいつも一人だけ鴉が運ぶ巣の枝一枝
人生の危篤状態脱出し巣箱のことなど考えている
東禅寺山門に降る春の雪 「立春大吉」降る雪の寺

天皇のルーツ辿って辿り過ぎ分岐地点でうやむやとなり
万世が一系というそのことの何が尊くまたはそうでなく
複雑な縫合線が美しいアモンの神の鹿の角笛
純粋な培養液の中に棲む諸行無常を培う因子
急がなければならない時が来ています既に終りが始まっている
終焉は薔薇の垣根の向こうにも春の朧のような空にも
遥かなるミトコンドリアDNA春は優しく光りをつなぐ
だんだんと溶けてゆくのがたまきわる命あるいは雪の運命

今夜には雪降るという東京の和光の時計が指す十一時
永遠の不死を願ったエジプトの眠るミイラの華奢な左手
この世のこと何事も思うようにはなりませぬ バオバブの種に水遣り
冒頭に、ラストに雪が、人工の雪降り続く『アンナ・カレーニナ』
「ベネチアの冬はさびしいそれにロシアが恋しいの」アンナの恋の終末である
ヒロインのアンナの胸に吹く吹雪『欲望という名の電車』へとつながる
精神を病む人多い春真昼 異形の鬼の立つ交叉点
潮満ちてくるらし春の魚のぼる汽水域あり春の河あり

共感はできないまでも理解ならできると言って理解の限界
金色のあるいは青い透明な海に向かって桟橋に立つ
どんよりと緞帳下りるそのように雪の匂いをさせて曇り日
何事にも既に動かされなくなっている 連翹の一枝に咲く花
塔があり教会があり川がある 海へつづいてゆく松並木
スカーフを帽子代わりに巻いてゆくと 締め付けられる痛さがないと
こんなにも暑い日なのにあのひとは痩せた分だけ寒いと言って
生きる希望 死ぬ覚悟をも越えるから 豌豆の芽が今育つから

海近い道ゆえ砂を含む道 芦屋、魚崎 今は昔の
教育が絡めばまたも怒りだす人がいるのさ弥生の春に
真実の深い心で話せたら 消えてしまった砂の風紋
違和感の塊となる気がしている微分細分したる大鋸屑
軽蔑の心が生まれてくることをとどめようなく嘴太烏
白鳥の大量死する映像や「へたり牛」なる牛の映像色
左手を息子の肩に置き歩く 木村栄文氏のドキュメント
それがリアルであるために幾つの山川抜けて春来ぬ桃色の

それらの全てが夢であったと解ったのはずっと後 醒めてからしばらく後の
結局のところ財力なのであり高きところにハイデルベルク
半分は崩れたままに身をさらす 西の館の分れと呼ばれ
疲れ疲れ疲れ疲れて足跡も残さず去って夢の負い紐
憂鬱がそこまで来ていて立ち止まり窺っている黄昏の垣根
おそらくは世界は背中で裂けている 一筋の血が流れ始める
花びらは去年の花を漬けたもの塩漬け桜の花びらである
雨降っていますね雨が花びらがどこかでひらきはじめていますね

本当は世界を一つ創造し 世界を一つ葬ることだ
感情を剥き出しにして磨かれてその牙高値で売られておりぬ
母の樹の樹皮から生まれ育つ苗 千年の時湛えブナの樹
白漆喰、千本格子、虫篭窓 光があれば影も生まれる
疎水には風も流れて飛び石の庭につづいてゆく小径あり
危うくて危うくなくて時は春 やさしい風となる沈丁花
生死には関わりもなき病にて無病にあらぬ 人の世疲れ
死に上手 白木蓮の咲く頃のとある日暮れの落花のように

あの頃は見知らぬ町の見知らぬ川 その川の今ほとりに住んで
いろいろなことどうしていいかわからない軒先に降る雨の雫よ
梔子と百合が開いた雨あがり 昨日の雨が茎をのぼって
何という悲しい朝が来ているの 遠い水面に落ちてゆく雨
転がった毛糸玉にも行き先があって運命みたいに
リアリスト牛くんの教え現実を受容すること幸福の掟
白色の鶏走る庭にして 生々流転、死の側に入る
あの世から見ているような写真があり生前、死後を渡る精霊

長く長く生きてみるのもよいものと 百歳の翁笑みつつ語る
金色の浄土とも見る大乗寺、開け放つ時、応挙の伽藍
いつまでの桜吹雪か生きて逢うこれが最後と四月の吹雪
誰も最後は知らなくてただひとときの夢の波照間
実存を鷲づかみする方法を知っているって言っていましたが
繊毛は何を探してそよぐのかミカドウミウシ裸鰓目
華麗なる春がゆくとき一斉に芽吹きはじめる夏の草木
胸騒ぎする夜があり朝がある 禽獣を抱く森に風立つ


祥  * 『 WEB版 歌集『銀河最終便』 &メモ /風間祥』 * 14:16 * comments(0) * trackbacks(0)
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