「野火止用水」

・西武線小川駅から線路添い徒歩七分の小さな踏切
・その家の木々鬱蒼と生い茂り木の間の道に揚羽が消える
 煙突を二本持つ家 鎧戸も屋根も緑青色のその家
・ひとつだけ灯りのともる窓がある 木立透かしてあかりが見える
 その家に行くため石の橋渡るそのためにだけ架けられた橋
・石橋の下の澱みに魚が棲む 昼さえ暗い木立の中に
 風がいま梢をゆらす 風のほか誰も知らない洞の伝言
 裏口の通用門に架かる橋 古い木橋をわたる黒猫
・四阿に至る小径にピアニスト、フジ子のような老婦人立つ
 隣家には簡素な黒い鉄の橋 ポストの下に眠る老犬
 白黒の斑で垂れ耳、温和しい犬が雨の日雨の川を見ている
・鴨泳ぐ野火止の水 稚魚を抱き花を浮かべて街中流る
 野火止に稚魚、泥色の稚魚泳ぎ 木橋を渡り人影消える
・用水にだいこんの花、エゴの花 澱みに跳ねる黄金の鯉
・えごの木の白い花びら散りかかるカルガモの雛およぐ川岸
 野鼠の一家がすんでいる土手に子猫を連れた野良猫も棲む
 懼れ気もなく土手を遊び場に 人をも猫をも無視して遊ぶ
 ゆっくりと時間と空間共有する 争うことは本能ならず
 エゴの木とムラサキシキブ咲く道は家鴨が散歩する道でもある
 ダイエーの雑木林の駐車場 自転車、カート、主人待つ犬
 中宿橋より東側改修され、水深浅くなりゆく気配
・沢山いた鯉も大方いなくなり野火止の夏少し寂しい
 何もかも変ってしまう何もかも失うような夏めぐり来る
 昔あるエゴの木を知っていた 武蔵野で一番大きなエゴの木だった
 学校の南側の木のトンネルの崖下深く川は流れる
 その頚を折り伏せ眠る白い鳥 深山幽谷思わせる渓
・野鳥も来、見知らぬ水鳥なども来て教師、生徒が観察もする
 鶏冠もつ鶏に似た水鳥の名はバリケンと漸くわかる
・喫茶店「G」の裏庭 水流を引き入れ雨の紫陽花も咲く
・木洩れ陽にきらめく小石 武蔵野の夏が始まる、野火止の夏

                                  〔・早稲田文学〕
              
祥  * 『旧作短歌』 * 16:18 * - * -

「無生野の夜」

・親王の御首級朱詰めにして抱え身重の姫が辿る岨道
・無生野に出土する石 産褥の血に濡れたという姫の赤石
・無生野の念仏、六斎念仏は葛綴連王が供養のために
・葛綴連王・・・葛城宮睦親王 大塔宮護良親王ノ遺児
・むささびが棲みついている森蔭の石船神社 縄文の遺蹟
・縄文の石器納める御社に 護良親王の御首級と剣
・無情の、が無生野となる経緯を秋山村の神事は伝える
・笛、太鼓、太刀持ち踊る念仏は六斎念仏、無生野の夜
 

祥  * 『旧作短歌』 * 11:06 * comments(2) * trackbacks(0)

「春の三日月」

・塩山の甘草屋敷 銅葺きの大屋根近く春の三日月
・薬草は黄金沢にも自生して 薄紫の蝶の涼しさ
・塩山は桃の花咲く桃源郷 大菩薩(峠)への道に陽あたる
・「二本木行き」 れんげ、菜の花、桃の花 麓を走る一本の道
・萩原の慈雲寺、樋口一葉の碑が立ち露伴の碑文が見える
・切妻に突き上げ屋根の屋根裏に蚕を蔵う甲州民家
・この道は昔甲州裏街道 笹子、子仏、通らず江戸へ
・一宮浅間神社の神輿渡御 桃源郷の春の大祭
・水しぶきあげて神輿は石和から甲府、竜王三社の川へ
・黄金沢、封印された黄金郷 名のみ残して梨の花咲く
祥  * 『旧作短歌』 * 11:05 * - * -

「城下」

・献上の茶壷が夏を過ごす城 桂川越え登る城山
・フクロウもムササビもいる裏山に小ギツネを見たよある朝
・その昔、秋元公の城下町 雪解け水が流れる疏水
・その町は閑散として物憂げでどこか昔の匂いがあった
・城代の住んだ一郭 水があり桜があって橋を渡って
・江戸時代、罪人の首を刎ねたという 下谷寺下処刑場跡
・八端の機織りの音 音立てて流れる川の音と重なる
・水色と白の電車が走っていた れんげ畑の単線電車
・山と川が、そして小さな大学が 富士を見上げる盆地にあった
・鹿留の桜が咲けば入学期 新入生を町に見かける
・農鳥祭、八朔祭り、湖上祭 夏の終りを告げる火祭り
・全国から小さな町にやってきた学生たちも住民となる
・そしてまたそれぞれの街へ帰ってゆく 町には水と桜が残る
・深川の芭蕉庵焼けしばらくをこの地に芭蕉身を寄せたという
・蒼竜峡、田原の滝に芭蕉の句「勢ひあり氷柱きへては滝津魚」
・湧き水も雪解け水も堰を通り、掘割となり用水となる
・蓬莱山除福伝説、富士山の麓に多い羽田(秦)などの姓
・街中を流れる疏水、家中川 絹織る町の糸染める川
・殖産の功の陰には徴税の厳しさもあり一揆も起こり
・大明日見、朝日、二人の庄左衛門 金井河原で打首となる
・その後も庄屋七人直訴して死罪賜る 六地蔵立つ
・殿様は老中となりお国替え 甲斐絹、新田、用水残し
・その後は幕府の直轄地となって御陣屋置かれ維新に至る
祥  * 『旧作短歌』 * 11:01 * comments(0) * trackbacks(0)

「兎」

・兎の毛綺麗に剥いで持ってゆく兎の殺し屋さんが来る村の秋
・逃げもせず兎は頚をひねられて眠ったように躯あずける
・足くびに軽く刃をあて皮膜剖き兎の毛皮と躯を分ける
・逆さまに吊られて毛皮剥がされて雪の白さの兎は垂れる
・白兎の毛皮は業者に鞣されてまもなく白い襟巻になる
・把捉した楮・三椏蒸すために 大釜を焚く冬の広庭
・大釜に桶を被せて蒸しあげて大勢で剥く三椏の樹皮
・山守の源さん器用に竹を編み、藤蔓を編み臼も刳り貫く
祥  * 『旧作短歌』 * 11:00 * comments(0) * trackbacks(0)

「氷室」

・滝壷に近い洞窟 鉱石の採掘跡とも氷室ともいう
・奥沢の車屋、水車二台回る 上村、下村 それぞれの水車
・大水の作った田んぼの蛙の子 おたまじゃくしと水のきらきら
・馬二頭、羊三頭、山羊五匹、アンゴラ兎、牛、鶏を飼う
・梨、林檎、葡萄、桃、栗、枇杷、無花果、柿、柚子、杏、茘枝も育つ
・渋柿は千も二千も吊し柿 百年経った甲州百目
・春、夏、秋 三回とったお蚕の四度目をとる晩秋蚕
・竹の子もきのこも猿や猪が ハクビシンも来て畑を荒らす
・「漆掻き」漆採るため滞在し一年がかりで集める漆
「漆掻き」ミルクのような樹液採る黒漆壷抱えて山へ
祥  * 『旧作短歌』 * 10:59 * comments(0) * trackbacks(0)

「小径」

・茗荷沢、淡竹の林、鉱泉池、水神祀る筧の小径
・湖の底きよらかに水湧いて鉱泉池と人は伝える
・山葵田に小岩魚の影、沢蟹も甲羅を見せて消える石蔭
・痩尾根はきのこ木にする雑木ばかり 炭焼き窯へ運ぶ朴の木
・楢、櫟、楓、橡の木 痩尾根が全山紅葉する霜の秋
・鉄道の枕木にもした栗の木は、十谷戸の向こう沖十谷戸に
・〈蔓を切り下草を刈り間伐し山火事出さず沢を汚さず〉
・樅の木は八幡平と山の神に 東の嶺の高いところに
・裏山はさくら、道には紫陽花を 全山花の山になるまで
・麦畑潰して杉や桧植え終日、日陰となる村もある
・東電が鉄塔立てた杉林 蕗の薹などよく出る処
・小塚様の頂上付近の栗林 猿が好んで食べる柴栗
・痩尾根の上面平に木は植えない 恩賜林との境界とする
・このあたりフォッサ・マグナが通るからいつ消えるかも知れない山川
・満々と水を湛えるダム湖にも白鳥は来る はぐれて一羽

祥  * 『旧作短歌』 * 10:58 * comments(0) * trackbacks(0)

「花に降る雨」

・山に咲く薄荷の花は夏の花うすむらさきの花に降る雨
・蔓いっぱいうすいみどりの花が咲き蔓切って採るホップの花弁
・十谷戸のホップの花は松毬のまだ開かない松の実に似る
・熟れてきた赤い茱萸の実入れるため麦藁で編む茱萸の実のかご
・茱萸の実やあまんどの実が生る裏山の石塁めぐる離れ地の木々
・山道の栗鼠も喜ぶ鬼胡桃 姫胡桃なら優しい胡桃
・味噌、醤油、漬物の樽、酒の樽、葡萄酒睡る甲斐の山蔵
・茅山の茅刈り屋根を葺き替える雨音を消す茅山の茅
・三階はお蚕の部屋 桑の木の枝そのままに、大きくなれば
・和紙を漉き、機織る暮らし 屋根裏に蚕が桑を食む 今は昔
祥  * 『旧作短歌』 * 10:33 * comments(0) * trackbacks(0)

「九曜曼陀羅」

・春楡の峠から見る村一つ 眼下に花の咲く村がある
・石垣の上の茅葺き屋根の家 道祖神からのぼる坂道
・二の蔵の蛇が顔出す石垣の隙間に生えている芝桜
・高台に位置する家も遠い昔さらに山の上の〈古屋敷〉から来る
・その後は麦刈り、蕎麦を碾く暮らし 長押の槍が錆びても知らず
・定紋は月に九曜もありふれて九曜曼陀羅掲げる菩提寺
・菩提寺の僧は早世、子を遺し その子を養子にこの家の子に
・五月には紅葉を伐って餅花を 紅白の鳥、菱形を挿す
・鍾馗にはあらず鎧・兜でもなく、衣冠束帯の木偶坊置く
・梁を這う蛇に驚く人声に三和土に落ちた旧盆の蛇
祥  * 『旧作短歌』 * 16:52 * comments(0) * trackbacks(0)

「雪嶺」

・早春の南アルプス、甲斐が岳 その雪嶺をめざす大鷹
・せせらぎは春の山の音、風の音 樫の木陰をよぎる翡翠
・砦山で見る富士山は美しい 雲の海から浮き上がる富士
・窓外の木々のトンネル切れるとき雲の向こうに朝焼けの富士
・谷の向こう白く見えるのは山ざくら、まっすぐ落ちている雌雄滝
・この池のしだれ桜やあの山のやまざくら咲く甲斐の晩春
・池の辺の七面堂に霧ながれ白旗数本その霧のなか
・見下ろせば姑の生家の千諏訪公、自害の場所を留める牡蛎島
・夜は来て漆黒の闇がつつむ村 御坂峠に狐火炎える
・甲斐武田金山奉行の『城崩し』、散り散りに棲み寺のみ残す
祥  * 『旧作短歌』 * 16:49 * comments(0) * trackbacks(0)
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