<< 同  b | main | 今月の万智さんはよかったバブル短歌と呼ばれながらも >>

ここまでの一応まとめ 今年の分/a 








そのことの危険も承知しつつなお始まり終わり忘れてしまう
何事もやぶさかないで始まって仕方がないで終わってしまう
「月満ちるまで懐胎しそれから産む」とリルケの言う その時が来て贈られる本
想像を絶することは多分なく ああそうかとこと切れていん
断片に解体されてそこにある焼き菓子のようなヒロシマ
さてここでは夏が来るたび白さ増す鱧の椀にも似たる輝き
一人だけ抜けるのは狡いなぁと思って読むメモの詳細
永遠に問う答え無き問いを 木の間を抜ける大黒揚羽
日本を支えたものが消えてゆく 小さな郵便局や山村、漁村
ひさかたの光のどけきゆえ多忙 『若草物語』なども視ながら
溶岩の隙間に生まれた鳥の子が 雪降る湖の雪を見ている
ゆすりかの幼虫がいて殻を脱ぎ 蚊柱となる外つ国の湖
ストーブや焚き火が好きで洋燈や篝火も好き 火の色の秋
その切なさがいちいち私にはわかりそれでいてただ通りすぎている
逆らおうという心さえなくなってすでに長病む心であるよ
添削を受けた短歌を自歌などと呼べる心の疑わしくて
押し込められたというのは原武史氏の説ではあるが説得力を持って昨今
背景としての自由の時代も遠ざかり 遠眼鏡にて見てもなお遠く
その前後、大正デモクラシーの時代、銀座にはモボ・モガ 阪神間には阪神間モダニズム
思えばあの大正天皇は押し込められ彼の時代の自由も終わり
誰かの思ういい国と誰かの思ういい国は違う 子供たちに残したい国も
明らかにするべきことが沢山ある 硝子の書庫にあるβファイル
刃傷松の廊下のようになっている 藤田東吾氏、首相に迫る
権力を敵にまわして藤田東吾氏 ペーパームーン浮かぶ夕空
木洩れ日の道を通るよ 泥色の鯉がゆったり泳いでいたよ
秋日和だっていうのに体調が、ぶれやすいという日も続く
少しずつ秋が深まり少しずつ木の葉が散って鴨遊ぶ水
ならず者、テロリストって言うけれど あなたたちのことは何て呼べばいい
核のない世界は夢のまた夢か みな黒焦げになるまで戦うのか
冷酷さの代償として受け取った 小さな核の模型とメモを
そして今、北朝鮮の人は飢え 北朝鮮は世界の鬼子
日韓を併合したのは日本だし戦勝国米・ソは半分こしたのであるし
そもそもの一つの国家の分断に至る原因の当事者でもあって責任のある日本は
北朝鮮の将軍様は真似をする三万発の核超大国
今はただ参賀の風景にてあれど日の丸の小旗振る人の行進
天皇に万歳をして土下座して そんな昔の皇居前広場
「ならず者国家」と比較するなって流れ弾など飛んで来ませんよう
戦前の日本に似ている北朝鮮 窮鼠猫をの構図のところ
レトリックで生きる生物ねこじゃらし短歌31音の詩形
未知からの遭遇に似て辿りつく一つのコミュのURL
千年の森の時間が止まるとき地球の皮を一枚捲る
まだ少し生ある時間続くから 緋色の糸も切れ切れながら
ある時は時代の転換点にいて右往左往を常態として
「なめてる」という人たちがいる 「なめてる」ってなぜ言うのかな
中学校の保健室に架かっていた額に《七つの子》がいて烏の子がいて
戦略的互換関係たしかめて敵はその敵を助けるものと知る
ガジュマルは寺院に絡み被さって 滅んでいるのか育っているのか
神獣が向き合う カンボジアにはタプロムという樹をもつ遺跡
黒い馬、茶色い馬や白い馬草原をゆく尻尾ゆらして
嫌われていたのでしょうか何ゆえに普通に烏というだけなのに
漆黒の水彩に描く濡羽色 あざやかにして美しい黒
木橋には烏、小川には小鷺  多色刷りにはなりえぬ構図
ニューヨーク、マンハッタンにビルは燃え 午前四時半のニュースの中に
黒猫が来たみたいです 私が毎日見ている『ねころぐ』の家に
何ともまぁ今夜のジュゲムは重かった 待つことを繰り返して朝である
何事も因果応報 原因はあるものである あるものであるよ
眠れない夜のためにはミステリーよりもよく効く星座の話
大丈夫大丈夫なんて言われたくないだろうけど大丈夫(ダトオモイマスヨ)
大切なものは平衡感覚と希臘の酒盃や李朝の壷が
「通常の波形と異なる地震波」の第2回目を感知したという
時空間移動するだけ 死んだってつまらないから生きていましょう
秋の日の薄桃色の雲見えて夕暮れは来る 山頂は雪
北朝鮮の核実験が実施され この秋の日の青空の下
ロシアでは記者が殺され日本でもいつしか消えているものがある
秋晴れとはこのようなものなのか 風はさやかに赤とんぼ来よ
真っ青な雲一つない空でありただそれだけの晴天である
社会的適応をして私は大事なものを棄ててきました
中天に十五夜の月輝いて 喪の日からはや一年が過ぎ
雨上がりの川を白鷺が歩いている いつのまにかそんな季節に
重力の違いであったという説明 その大きさが決めた運命と
なんとなく命からがら生きているような昨今 雨は激しく 
アメリカの轡しっかり嵌まっている <言わない>総理はとてもおとなしい
水面には波紋広がる 水馬、蜻蛉、蛙、井守よぎった
私はどう生に関わり私の生はどう私に刻印されているか 書くことはそれを知ること
フロンティアだったメイフラワー号だった水平線にマストが見えた
屈託がないと言っているSさんやFさんの方がずっと屈託がない
そのように離れる思いだけがあって雲は流れる光り播きながら
突然に絶望的になることがあります歌から離れます
「駄目教師はやめていただく」(まず最初に愛国心の無い教師から)
IDは不在、でもそこにいた人の言葉を信じています
抵抗の手段としては弱すぎる もちろんそういうことはあります
秋の日の玉蜀黍畑の黄金の風 鳴沢村字ジラゴンノの風
さて今日は九月最後の土曜日です 「罪と罰」など観ているのです
平凡にただ悲しげに今日の空 秋空なれば翳りやすき陽
秋色の紫陽花があり夕暮れの川のほとりに白い彼岸花咲く
現実を突き抜けなければ現実は見えないというパラドックスが
無重力空間までのあと一歩 強引に今、風を切る音
「美しい星」や「音楽」書いた人、三島由紀夫の憂国の季節
<綺麗は汚い、汚いは綺麗>お芝居の中だけの台詞と思った
殺人の時効制度に意味はなく廃止にするのが妥当と思われ
警察の無能のせいで結果的に時効になった時効など無効
内耳にも聴こえる言葉あるならば イガにまだ包まれて栗
一切を遮断するのも方法の一つであって秋は来にけり
あの頃はよかったなんて言いたくはないがあの頃はよかった なんてさ
半分まだふらついている白狐 野分吹くころ左近の狐
大昔、星が生まれたその星が巻貝になり私になった
吾も亦紅く咲く花、吾亦紅 その色あかと呼ぶには暗く
「日の丸を掲げて斉唱え君が代を」 知らぬことよと咲く吾亦紅
物足りないくらいでちょうどいいのです そうです風が吹き荒れました
三ヶ月経ったんですね蔵本さん 何も変われずにいる私です
観音寺、豊浜、箕浦、伊予三島 夕日に染まる金色の海
観音寺16時07分発、松山行き 海に沈んでゆく夕日あり
私の拒否反応の半分は 死んでしまった誰かのものかも
焼け出され、引き揚げて来た知人、親類も二年近くを暮らしたという
あの街を焼いた炎の中にいた 当時の人も大方は死んだ
「美しい国」を語っている人に戦争も多分美しいのだろう
お隣と家を残して焼け野が原 母が語った記憶とともに
真実の一つも私は知らないが脳遺伝子に記憶している
消え去った幻だろう その校舎講堂に置かれた死体
小学校校舎に残る黒い跡 『火垂るの墓』の頃の名残りと
ひったりとゆたかに充ちていたるゆえ その蝦蟇、痩せ蛙となる
その頃の芦屋、神戸の悲惨など知らざりしかな 彼の郷の人
酒樽が醸造用の酒樽が防火用水桶になった時代と
頂いた大きな大きな酒樽でわが家は燃えることをまぬがれ
お隣の山邑さんやわが家にもその日、落ちたという焼夷弾
戦前に住んでいた家の家具調度、ロシアの人が残したものと
皇帝の別荘のある村映る 19世紀ロシアの話
私も宣戦布告したらしい宣戦布告したくなる日の今日に
この人は誰なんだろう解らないまま日々読むブログ
こんなことばかりしている場合ではないのだがこんなことばかりで終わる一生 多分
平然とナショナリストを自認する人を選べば陥る地獄
言葉などもう持つことを諦める カケスにはあれカケスの言葉
秋の風吹いてくる日の裏通り 一心不乱に咲く酔芙蓉
安倍さんが新総裁に就任する 暗い時代の秋の日に入る
その亀の齢(よわい)は250歳 死亡調書は老衰とあれ
日常の中に張られた死の鎖 死の連環を閉じるその時
一頭の蝶と数えてみるときに白粉花の花にまぎれる
一匹の黄色い蝶が迷いこむ 棕櫚の葉陰の野火止の道
とぐろ巻くものはともかくとりあえず作るというから美しい国
辺見庸、小熊英二、高橋哲哉の隣にはどういうわけか上坂冬子
鉄塔で首を傾げている烏 嘴太烏の羽濡らす雨
一対一、空間未満のつまりはもう窒息しそうな関係がある
親殺し、子殺し、夫、妻殺し 煮詰まってゆくカプセル家族
転がってゆくとき石は重くなり生木も土も巻きこんでゆく
ファシズム、新興宗教、社会主義、 集団主義はみな同じ顔
映像のムラヴィンスキーの指先が心臓外科医のように触るよ
イスラムの教義は邪悪とベネディクト16世は言い?波紋広がる
夏中をがんばってきた臓器たち冷房病という説もある
伽羅の木の枝一本と残されたロシアの画家が描いた海の絵
水色の尾を持つ鳥が羽ばたいてジャスミンの木に別れを告げる
夏越えてもうおやすみと言っている霧か靄かが湧いてきている
そうやっていつも出鱈目書いていていつかあなたには罰があたります
などと続ければ、それだけが本当のような嘘の領分
なんてTVを見ましたが地上に月も描かれていて
嘴の長いハチドリ描かれてナスカ地上絵コンドルも飛ぶ
折鶴蘭、風船蔓、鳳仙花 霧雨降れば霧雨の中
その当時、言葉のアヤと言ったのは言葉のアヤであったのでしょうか
鬱陶しい日本になってゆくような ただ一本の道の行く先
ボランティア義務の位置づけ兵役の義務へといつか移行してゆく怖れ
液晶の画面の青の涼しさの 後輪が轢く露草の青
歌を書く賽の河原に石を積む 今日も夕日の射す瀬戸の島
「局地的豪雨」のあとに雨上がる 9.11、から5年目という
悲しみの連続として生があり 部分月蝕にも似て欠けて
橡の実は栗に似ていてしっとりと光沢帯びて九月の朝
栗の木に栗の花咲き橡の木に橡の実が生るキウイにも似た
このままでお終いにする方法考えている橡の実に雨
長い長い長いへびです六メートル 羊をのんで羊のかたち
星の王子さまの象をのみこんだ帽子の形の絵のような羊をのんだニシキヘビがいて
湯を抱くと書いて湯抱温泉と呼ぶ温泉のレポートを視る
安倍さんの時代が来ると人のいふ おそろしい時代が始まっている
いつ雨が降ったのだろう水たまり一つ残って映る秋空
「どす黒いまでに孤独」と麻生氏の修辞なかなか秀逸と思う
ゆっくりと頂上めざす甲虫 光は木々の頂上にある
雨、雨、雨、森に大地に木の枝に、天道虫ののぼる葉末に
この夏が終わる椿も沙羅も枯れ 水の無い木は枯れよと照る日
ペンギンはペンギン同士固まってブリザードから身をよけてきた
本日の〈虚構新聞〉によれば太平の世の一日である
大仰な言葉が溢れ氾濫し 火事の夢から目覚めた朝
夏草に倒れ伏したり、川底に沈んでいたり。放置自転車
精密な線で描かれる蒔絵には 「琵琶湖の芦辺のクマネズミの毛」
のであればと人工の毛も試みられ 未だことごとく成功しない
代替は不可能にして輪島塗蒔絵の承継危ういという
擦れこすれ摩滅している大都市の鼠の毛では描けないという
水毛という一際細い毛がないと漆の流れは調節できないという
蒔絵筆師、村田九郎兵衛氏の語る 琵琶湖の芦辺のクマネズミの毛
鼠の毛で作った黒毛で書く蒔絵 琵琶湖の芦辺の鼠の毛がよいという
皇統の男子出生喜んで「慶び溢る大八洲」とは勝谷誠彦氏
論争に参加したくはないけれどその論点に意義の数々
鳥たちのアウシュヴィッツのその後に人間たちのアウシュヴィッツが
人を殺すほどに傷んでいたことを 窓をつたった雨の雫を
暗闇が夜明けを連れてくるような ゆきどまりには海あるような
あの頃は自由であったと今思う 真っ先に脱け出す自由
この世という遠いところに生まれ逢いやがて離れゆく二つの影か
秋刀魚焼く煙も見えず秋はきて失意のままに逝く秋も来て
鈍色の光りを放つ中世の絵巻の中の鈴虫と月
金銀を螺鈿を漆、朱の塗りを 風の館の鎮まる櫃に
月光を宿した真珠、瑠璃、珊瑚 小函の中に納った秘密
mixiという場について規定するコメントがあり?と思う
こうあらねばなどという場は特になく と思うのは未成熟ゆえ?
火炙りの刑にあってる そののちの罪と罰とを問うな夢人
このように螢のように明滅し 宙の故郷へ帰る私たち
そしてまた神の劫火に灼かれたり 戦場に 否 人を焼く炉に
一瞬に あるいはゆっくり順番に ただそれだけの違いとも言える
鶏にとっても受難の年だった 人間たちが襲って来た年
安倍さんの理想の国を思ったら暗澹とする『火垂るの墓』思う
皇子がいて安倍さんがいて日本は再び歩む皇国化の道
イツダッテミンナガソレヲノゾンデル ソウイウワケデウマレタ水母
分身の術を使えば倍々の相乗効果、繁殖の秘密
水母の子、零点3mm手と口を一杯使って大きくもなる
透明に浮いて沈んで浮遊して六億年を生きた水母だ
千本の触手を持てば毒針の効果も千倍、千の餌食を
シンプルにこの世に生まれ生き抜いた水母、原型保ったままで
六億年前の水母の化石だと言われてみれば水母の形
ぼろぼろの駝鳥を今日の自画像と 冬の渚の白い流木
千年の夢を夢見るぼろぼろの駝鳥が立った砂丘のオブジェ
太陽が海を離れた 金色の海に浮かんだ帆影、舟影
金色の海の向こうにお日さまが昇るよ 夢はどこにでもある
意味もなく不安を抱いて眠れない 泡立つように咲く百日紅
光り射す直下に向かい地震あり雲の隙間を洩れ来る光り
向日葵の最後の夏を見届けて いまゆっくりと地震波襲う
宿題を残したままの八月が終わって五輪候補地も決まる
自傷する形で愛を告げている求めていると解説の人
何者か歩き出すとき死は兆し 研究室の森閑と夏
ロマノフ朝最後の皇帝二コライの夏の離宮の夕暮れの鳩
1907年製の湯沸しのニコライ帝の治世の刻印
モスクワが全市が焼けているという ナターシャが見た炎えるモスクワ
切っ先となって尖端、痛かろう 冥王星の彼方まで行け
何だって一人で生きてゆけないか 多分、類人猿としての習性
和邇族の裔たる人の瀟洒な墓 簡素、清明、古拙な字体
草の葉のしっかり巻いて巣を作る 鬱蒼とした森で名も知れぬ虫
岩山にも僅かに水分あるらしく蘇鉄が茂る森もあるという
歌を書くことも暴力、どこまでも暴¥¥力なんぞ美しからぬ
間引かれているかもしれない私たち 遺棄、ネグレクト、燦と照る月
耐性菌少なくなって死んでゆく漂う卵、水槽の澱
飢えたことがないので飢えた時きっと真っ先に死ぬのであろう
インドでは死体流れて悠久の大河流れてガンジスの夕べ
ひたすらに退屈である退屈を紛らわせること優先課題
ミンミンがツクツクボウシが鳴き交わす 魂を病む一夏がある
精神の不安思えばある意味では(肉体の)病気は健全なのかもしれない
生きている悲しみもあれ 白球の行方の空の虹消えた空の
静かなる黎明として見しものを薄暮の空と知る人も出で
ジャコメッティ眠る小さな白い墓地 「あともう少し」と語った人の
彫像は光りに透けてやがてその光りに吸収されてゆく線
最後は死 ゆえにひとえに唯今に 瑠璃色の蝶めざめる朝
『まほろ駅前多田便利軒』駄目なら駄目で駄目なまんまで
逃げろという『若者殺し』の著者がいう殺されぬため引き籠るのか 
何かしら不貞腐れている魂が私の中にあって満月
破損した羽根数枚に罅があり原発はなお稼動するという
水蛸が卵を守る 岩の間に卵を抱いて仮眠している
もぎ取って来たのは鬼の片腕に似ているようでもある現実
銀の鈴鳴らして来ればしゃんしゃんと子馬、親馬、祭りの神馬
夢に来た子がブランコを漕ぐという月光公園、風のブランコ
炎(ひ)のように水が奔って野を分けて 千年昏く沈む大河か
ひとかけらの希望すらないこののちの真っ暗闇と知って点る炎
想像力には意味がなく言葉にも意味はなく 空っぽらしく
それに語り継ぐ何ものも持っていない 何も無い世代だったし
経験しなければ解らないのならそうすればいい語っても無駄なら
この国の誰かに絶望するのではなく『神々の微笑』に書かれた日本の泥土
適切に判断しますという人の脳葉に棲む薄羽蜻蛉
絶望は小泉さんのその後に安倍さんが来る繰り返されるだろう愚かしさ
一台の柩のような車が来て 一人の男現れて去る
超A級戦犯もいたはずなのに 氷雨降る雨、黙する森よ
そしてまた全ては過去へ流れゆき南の空に十字星光る
誰もいない何にもない辿り着くその空間を死と呼んでみる
眠れますように 眠れるといいね 満月が浮かぶこの夜
逃げろと言う『若者殺し』の著者が言う 殺されず殺さぬために引き籠るのか
産卵を終わったモリアオガエルらしい紫陽花の根方の池で一休み
残された時間を生きるほかはなく花を眺めて歌を歌って
覚悟を決めよう 泥でも塵でも芥でも 命あるだけ命を生きる
六月十八日 今日は辛い日になった 石榴が割れるようにざっくり
煉獄のこの世を出でて蓮の花迎えるお釈迦様の世界へ
南無地獄 南無南無地獄 殺生の噂絶えざるこの世の地獄
四万斗の雨降りそそぐ梅雨の空 ゆきて帰らぬ鳥のいる空
梔子の雨に打たれて変わりゆく蜜蜂色に変わるその色
梔子と百合が開いた雨あがり 昨日の雨が茎をのぼって
そしてまた田村高広さんの声がする干潟の二重ドキュメントのナレーション
生きてゆく世界はいつも苦しくて 空ゆく鳥の喘ぐ 声無く
『一塊の土』思い出す芥川の 淡々としたモノクロームの
戦争に往かせないため目を刺した清作の妻のその物語
モノクロの映画でよかった鮮血の飛び散る様を見ないでよかった
この二人合うのだろうか「模範兵」清作と反抗的人間、情念の妻
あらくさのしとねに逢瀬重ねゆく 清作とその妻になるひと
『清作の妻』を観ている 亡くなった田村高広も出ていて若尾文子と
急速に興味なくしてゆくように言葉が消えてゆく夏の闇
銅に見る塩素の反応 黄の煙たちこめる試験管
「折り返し鍛錬」という鍛え方「繰り返し鍛錬」まで昇格する刀鍛冶
明日もまた暑さの中で働いて それが思えば格差であるか
スキャナーには頭蓋の形撮られていてシンメトリーの影絵のように
保護膜のように時間が必要で空間もまた必要ではある
いつだって変わらない時がめぐって深夜のルーシー・ショー
しとしととなお降る雨を喜んで蝸牛這う葉裏ありけり
六月の雨は静かに降るものを コサックダンスするような雨
ムツゴロウ泥の中にて立ち上がるそれが求愛の姿だという
たましいのさいはてに咲く花に似て火縄銃にも人の手が要る
春の夜の夢は幻 過ぎゆけば シルヴェスター・リーヴァイ楽曲の誘惑
私の場合はここに抜け道があると思っていた真暗闇
蝋燭は今華やかに炎えていて 絵本の中の白鳥は死ぬ
今日一つだけいいことがありました 綺麗な声で鳴く夏の鳥
再放送を見ておりました なでしこや芍薬の咲くターシャさんの庭を
腹を摺るコギー犬ではあるけれど日陰を選ぶ花の木の下
この年になれば許されるというターシャさん 貴女ならいつでも赦されている
どんな日か忘れてしまうどんな日か 北北西に雲が流れる
その庭の紫色の勿忘草 ここにいるよと咲いてきたよと
もうここに何があるかもわからないそんな時にも水仙香る
九十歳のターシャさんは痩せてコギー犬のメギーは太って花の咲く庭
ターシャは言う 「春は奇蹟ね」花が咲き鳥が鳴きだす命生まれて
春は来る いつでもそれは突然に 緑がそよぐ 風が生まれて
ターシャにはターシャの時間流れゆき 黄金の明りのきらめく絵本
待つことに喜びがある 小机にスケッチブック開くその人
窓際のゼラニウムにも陽は射してターシャの庭の温室がある
雪の庭 ターシャの庭に花はなく暖炉に燃える薪はぜる音
金魚絵や菖蒲の団扇配られて 紫陽花もまだ咲き誇る頃
薔薇の木も瓦礫に埋まるとナレーション ヒルデスハイムの薔薇の閲歴
重力をもって飛ぶから凧 びゅんびゅんと今風を切る音
暴力は連鎖するという そんなとき攻撃的な競技始まる
この国は集団発狂していると ゴミを漁ってつついてカラス
毎日のように事件は起こるらし 親子が殺しあって梅雨空
小授鶏がチョットコイチョットコイって鳴いている雨が上がった上水の道
月光はなお燦々とふりそそぎ いざなってゆく夜の恒河沙
満天の星空、銀の河の水 天の柄杓を傾けて汲む
流星も蛍も虹もやませみもその山奥の村で見る夏
この夜の果てを旅してゆくような綺麗な軌跡描いて消えて
お隣に板坂さんがおりましていささか先生と言いそうになる
雨の日の雨のモビール透明の青のモビール雨の雫の
チョットコイ、チョットコイって小授鶏が 水色の尾の尾長が雨に
かたつむり、蛙、紫陽花、シャガの花 雨が好きなら私の仲間
熱っぽい今日は一日降る雨のこの密やかさ愛していたり
『さよならをもう一度』をもう一度 イブ・モンタンやイングリッド・バーグマンを
臆測が飛び交う風土 百年も経ってもきっと変わらぬ風土
多分あの勝気な人はそのこともすでに気に入らないのであろう
この頃はエレベーターもシャッターも殺人あるいは殺人未遂を
鉄焼ける匂いがしたよ 火事の夢 殺人事件の報道ばかり
第一の犯罪隠すためにある第二の場合の理由の詳述
中国の映画であって山奥の村をつないでいる道がある
三連の水車が回る川岸に木切れ集めて焚き火する人
このようにして六月の蟹遊ぶ 死者と生者を分かつ水際に
カクレミノ、隠れ隠れて枯れるまで その葉の蔭に瑠璃色の蝶
シュノーケル青蛙という全身が黄色い蛙や梟の話題
寒気団、心に入りくる六月の鬱々として楽しまぬ日の
説明の代りに流れる音楽があればいいのに何もないのだ
左手を息子の肩に置き歩く 木村栄文氏のドキュメント
藁屋根に灯ともる遠景に楡の枯れ枝、早春の雪
愛媛県の小さな町の座敷雛 初節句の子の雛を町中で
初生りの苺一粒ようやくに 延命地蔵の前垂れの赤
蓮華ツツジ、ドウダンツツジ、山ツツジ 蜜蜂、蜜をあつめるツツジ
花がらを摘めば花がら山となり水盤になお数日生きる
塩山に大菩薩あり高原も三窪高原近くの躑躅
人工の花で覆った祭壇に虚ろなものの満ちる夕暮れ
やっぱりとみんなが思うその人が事情聴取を受けるその朝
復讐を遂げたるもののありやなし第七の封印解かれる朝
トリュフォーの「隣の女」グルノーブル郊外に住むひとりの女
木曽路には奈良井宿あり清水湧く中仙道の馬つなぐ石
その町は郡上八幡、湧き水の水の音聴く水の音楽
白鳥の雛が生まれる水無月の湖の岸、岸辺の家族
燭光が見えるようなら十字星 離れて光るあの遠い星
そろそろかまだか諸株は崩落し明日の行方はまだ霧の中
無理矢理の分離が起こり血が流れ分離不能なもののゆくさき
世界には破壊願望あるらしく世界とは神であるかもしれず
天上に吊り上げられてゆく船があり再び落下する船があり
失速をしている日本経済のこの先にまだ何があるのか
希臘には希臘の青があるようにヒマラヤの空映す青い芥子
気まぐれで生きているとは思わない 夏咲く花は夏に逝くばかり
西空に夕日が沈むその後は小曾根真のボレロで終わる
今月ももうお終いということにまたもどこかで傷ついている
眠くって眠くて半分死んでいる 十五時を打つユンハンスの時計
雲仙の峠道には桃色のミヤマキリシマ咲いて朧に
六甲は滴る緑、初夏の海の光りの中に兆す死
切ないねみんな誰かに育てられみんな誰かに見守られて逝く
沖合いに浮かんだ大きな貨物船 係留されてだるま船もゆく
はしけが曳く本船であるだるま船 万世橋のたもとに舫う
夢みれば夢のまにまに立つ影の小さくゆれて傾いだ影の
切なさを今見ています水舟と岸辺の葦と降る雨の川
折からの雨に濡れていた泥の道 右と左に分かれていった
希望もなく目標もなく生きてきた 何かが私を助けてくれた
失速をしている日本経済のこの先にまだ何があるのか
いま雪が降ってほしいな見てみたいな 冷たい雪の切片などを
あのひとも今さまよっている死線 海の光りを見る白い部屋
切なさを今見ています牡蠣舟と水辺の葦と降る雨の川
第四章「きのうの雨」が好きだった 菜月さんの歌集『空は卑怯だ』
大切な時間が過ぎているはずの今をどうしていいかわからない
「吾輩は文豪であって悪霊ではない。」と、主婦みどりなる漱石居士は
欲しいです雷蔵映画のDVD 「炎上」「ぼんち」「ある殺し屋」など
狂四郎シリーズなど観たいもの 円月殺法、月光の青
木はのぼり木は広がって密生す ジャスミンの木の香る三叉路
降るような降らないようなとある日に 三叉路の家のジャスミン香る
メイショウサムスン勝ってダービーも終わりいよいよ六月、水無月に向かう
雨上がる 烏がそれを告げている 等間隔に啼いて晴れると
パリの空の下セーヌは流れ♪フイッツジェラルド夫妻の背景に流れ
500円のDVDで見ています『グランド・ホテル』『雨の朝パリに死す』
太陽を孕んで産んで殺したと神話の女嘆く雨降り
雨降って雨降って雨降って 降って私の心も濡れる
「恐ろしいのはお前の心」鶴屋南北の見た人の闇
その手紙見せよと迫る鬼女がいて 脚曳き歩く歌舞伎の女
さて歌も書かずはなりて候ほどに『一体二つの命ならずや』
退屈とたたかうために人生があるわけじゃなく木漏れ日の土曜日
もう遠い昔のことだ過ぎ去った水の流れと時間の記憶
遠浅の海へ流れる川がある 昔遊んだ海と砂浜
その町の白い教会、異人館 蔦が覆っていた空き屋敷
教会にあった小さな尖塔が夕日を浴びて輝いていた
山があり川と林と海があり 酒造会社に湧き水があり
遠くからでも見えた赤い屋根 鳥が運んだ実が育つ家
その町の砂を含んだ感触は松林まで続く感触
その日から現在までを俯瞰する望楼などはどこにもなくて
暖炉には火が燃えていて冬だった あなたが生まれたその年の冬
また無理をしている せっかくの気分をそして台無しにする
風吹けば風の歌書き雨降れば雨の歌書く今宵雨の歌
今年もまた同じ日の朝咲いている梅花うつぎの白い花房
命無き乾いた花の異様さとさびしさがあり五月闇あり
人間という名の修羅の鬼子母神 <子盗ろ子盗ろあの子が欲しい>
特別に哀しい結果生むような花の明かりもない五月闇
たゆたって生きて虚しい日暮れどき逢魔が刻に華やぐものが
体調の不調なんかも言い訳に 午前が終わり午後過ぎてゆく
物事の処理能力に欠けている 読むべき本も積んで久しく
夏に病む母であったと今思う 夏の別れは短かかったと
水濁り水は流れる浮橋を叩いて夏の川は流れる
その知らせはいつか来るはず その日を恐れその日を思う
蓮池から今垂れている一本の糸に縋って救われたくて
カンダタの蜘蛛の糸です銀色のか細い糸が垂れて蓮池
人間の中にも深い洞窟や砂漠があって翡翠の泉
桜の湯、桃の湯、そして茉莉花の湯 日暮れになればかなしきものを
人間てさびしい存在なんですねいつか必ず死ぬ私たち
巧妙に隠されている思いでも伝えてしまう波動粒子が
フラミンゴと言えばブランチの『欲望という名の電車』のホテル・フラミンゴ
フラミンゴ色にやさしい花びらの数葉を巻き起きあがる朝
どこまでも遠くゆらいでゆく火影 失ってゆく時間の記憶
燭台に赤い蝋燭立つように紅花橡の木、落葉高木
画面では霧の中厳かにレクイエム流れラクリモサ流れ
ヒトツバタゴ、なんじゃもんじゃの木の花の白く地上を染めて夏の日
失敗に人は懲りないものであり懲りたところで失敗はする
傍らを通りすぎてゆく人生に その大袈裟な帷子を脱げ
懐かしい思いは常に一定の容量を持ちあなたへ向かう
午後からは病院にゆく 曇るもよしいっそ止まない雨もまたよし
浅草を歩いた荷風山人の日々の天気と日々の足跡
先行きは吹雪であるかもしれぬゆえ 非情な時代の美しき危うさ
東証の株価指数も崩落し冷気漂う 夏になるのに
無患子(むくろじ)の実で羽子板の羽根を作る 今朝のTV の荻窪散歩
夜だから霧が湧くから雨だから理由は何でも風の扉開く
幸福は第一楽章ではなくて第三楽章あたりに芽生える
私の今一番の友だちは小曽根真のピアノ きっとね
音楽と時間と怠惰 それだけですでに半分癒されている
私には一人の時間があるけれどもし無かったら・・・恐怖ではある
私に音があったら音を書き色があったら色を描くのに
歌などというもおこがましい徒然の日記に過ぎない気の葉言の葉
半分は私の心も病んでいて そのため書いている歌かもしれない
恋に狂い花に狂っているような 二人椀久、保名のような
木陰から木陰へ移動してゆけば蜜蜂が来て薔薇に触って
えごの木はちしゃのき、野茉莉、Japanese snow bellとも呼ばれサポニンを含み有毒という
誘拐を怖れることもないらしき 唯懼れつつ見ているばかり
第二楽章弦の音から始まってピアノへ 祈りのように移りゆく過程
『題名のない音楽会』で聴いたのはフジコさんの弾く繊細な《皇帝》
とても長い歳月が流れ 音を視る力を失ってゆく歳月が流れ
えごの花また咲く季節 木の枝に地に水面に二度三度咲く
雨ののち黄色く咲いて棕櫚の花 むっくり起き出した亜熱帯
雨の日の川の岸辺にエゴの花 稚魚も成魚も消えた水辺に
雨の中うすむらさきのシャガの花 白山藤の樹の下に咲く
疎水には風も流れて飛び石の庭につづいてゆく小径あり
錦鯉たくさんいたが今はいない雪解け水が流れていた町
生成の秘密、偏見あると知る 幾千年の時が流れる
雑草の伸び放題の逞しく 地を這うものは滅びを知らず
清浄無垢 私たちにはそれがない 絵巻の中に雪月花あり
この花は知ってるだろうか私たち人間がどんなに沢山人を殺したか
何をするでもなくて日が暮れて ぼんやり浮かぶ白い満月
雨雲の動きをヤフーで確かめる 伊豆上空を通過している
遅生まれ低気圧ゆえ迷走し力弱くして洋上に去る
五月闇 雲が覆って月もなく花の明りを見ることもなく
五月半ば薄曇る空暮れかかり 花の明りも木の下に消え
牛、豚、鶏、鳥獣の命を喰べて地球を荒らして
例えばヒロシマ・ナガサキ、例えばアウシュヴィッツ、数限りなく
どれほどの人を殺してきたのだろう21世紀までに人類
橡の木の花は似ているルピナスに 樹の中に灯る白い蝋燭
悲しいくらい明るい陽が落ちて海はまもなく金色となる
アレクセイと命名された犬でさえ 狩の時間も眠ってしまう
それぞれの時間の中で生きてゆく 午睡の時間過ぎて翳る陽
モスクワとぺテルブルクを行き来する 孔雀時計は三時で止まる
この世にはとても幸福な人がいて祝福された人たちがいて
いつまでか此処に彼処に飛び散らう魂の幾つか 青蛍となむ
時折は紙片のような蝶が来て 遥かな時を伝えてくれる
骨董の値打ちはひとつ今を生き今を感じる器であること
空木咲く季節にいつかなっていた 花明かりする上水の道
霧雨が上がれば夏の上水か 夏の扉が開く雨の朝
双頭の鷲の国から流れ出て薔薇の刻印背にさまよって
雪の降るぺテルブルクの片隅で1907年と刻印されて
クレムリン宮殿のあの葱坊主 騎馬連隊の青い制服
死の方はできれば御免蒙りたく されど我儘通り申さず
私は多分望んでいるのでしょう 夢の中なる一生午睡
選べば選べるかもしれない 「生涯連休」望まれますか
まだ蕾、蕾ばかりの紫陽花と 蝸牛這う櫟の若葉
六月はまだ紫陽花の片陰に眠り 漠然と不安のみ白く
新しい地平が現れても黄昏はここに 紫に空を染めて
退屈な午後ひとときの軽やかさ小曽根真の<ジュノム>カデンツァ
何か一つ突き抜けてゆくその時に手応えがある硬質の触感
『日曜日の朝』という絵の六匹の猫と出会った秋の日の画廊
踏み潰す相手がだんだんなくなって巨象の大足置き場所に困る
次期総理に安倍氏がなれば明らかに危険が増すと思うしかなく
ちゅんちゅんと雀が鳴いて薔薇咲いて良い雨が降る五月の朝
そのように過ぎてゆく日のありやなし 武蔵野の果ての逃げ水
あれは夢?そう夢だった何もかも全ては夢の出来事だった
福音書の一節に言う忘れがたく <怒りのために罪を犯すな>
重なって重なってゆく音韻のさやかに平安京の名残りの
琴弾浜その白砂の白よりも白き馬立つ八朔の馬
海辺には海辺の町の風習が 端午の節句と馬の節句と
馬節句、白馬の節句 八朔の団子の飾り馬の懐かし
帯止めになった私のお祖母さん 箪笥の一番右の抽斗
白珊瑚 珊瑚の海の薔薇の精 小さなピアスになってしまった
海蛍、いいえ私は蛍烏賊 青く光って漂う生体
ウニ、ヒトデ棘皮動物荒金の針千本に似ぬ柔らかさ
烏が鳴きまた現実が戻ってくる カクレクマノミ隠れ家は無し
足跡のほかには何も残さない その足跡も波が消し去る
そこもまた一つの故郷 黒揚羽、樹間に消える大菩薩の道
白樺とツツジと高く飛ぶ雲と 甲州市とは塩山、勝沼
行き暮れて見上げる空の太陽の白く翳りて墜ちる幻
春紫苑咲いて陽あたる道端に信号待ちをしている犬よ
なんとなく疲れきったという顔の老犬がいて黄金週間
鈴蘭の白、空白の時間あり 「鈴蘭の日」という五月一日
夏草の茂る廃屋 太陽が今薔薇色に染めてゆく海
雪が降り不協和音が奏でられ舞台にはまた時間が巡る
何かしら嘘の気配が濃厚で 夏の雲湧く螺旋階段
つくづくと薄情者で非人間 それが私と雨を見ている
はつなつのひかり放って今日の川 小鷺も鴨も消えた用水
具体性なき歌を書く私の具体性なき日常である
夢があり夢の色した街があり薔薇色の海を見ていた昨日があった
いかがわしい明日であればみんな纏めて引っ括られる覚悟はよいか
出獄の許可あり出獄する人あり 「共謀罪」論議なくして成立の運び
白樫の間に黄薔薇、蜆蝶 こわれた船の部品の木椅子
残されて一人の川を越えゆけば都大路の桜かがやく
母の手が取ったであろう黒電話 二十年前その部屋にいて
常夜灯一つ残して幕は下り舞台の上の光りも消える
金色の鳥籠に似た天蓋の線と鎖と光りの渦と
半眼の河馬の一日 終日を水に浸かって何を想って
手紙を書く 手紙嫌いの私が 今タンポポの綿毛が飛んだ
愕然としている 何もかもなんと迂闊に過ぎたことだろう
『炎を孕む』蔵本さんの歌集が来た 白い孔雀が炎となって
花終わる季節であれば花疲れ 四月最後の木曜の午後
風間祥  * 『今年の歌(2006年)』 * 05:17 * comments(0) * trackbacks(0)

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