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銀河最終便 前半

 
花詞集
詩曲
海の絵
         
       水たまりの空
       硝子の狐

         
         
       水没樹林
      《天使の翼》
       白い孔雀
       禽獣の森

あとがき







   


花詞集
光彩を放っているね移り気な忘恩の花ラナンキュラスよ
許されることがなくても美しい ひっそりと咲く狐の曾孫
サフラン「節度ある態度」を学びたい歓喜の季節はもうすぐという
檀の木、真弓のようなしなやかなあなたの魅力を心に刻む
無邪気だと西洋カラハナ草のこと誰かが言うからそうなのだろう
もう私死にそうな気がしていますムギワラギクが憶える前に
花魁草ほんとうの名は草夾竹桃 温和な日々が流れますように

ライラック苦しきことを忘れんと買い求めくる水無月の花
大毛蓼、蓼科の蓼は多年草 河原にあっても汚れない心
生涯信じますって何を?ツルボランって無責任だね
キスツス=私は明日死ぬだろう 八月八日の花言葉です
ノカンゾウ何を宣告されている萱原に夏来るという夕べ
シャガ=反抗、大根の花に混じり咲くシャガの一群れ小川のほとり
使者の首を奪っておいで イチハツの花咲きいでて美しい月
公園の花壇の隅に咲いている日々草は日々元気

美しい企み秘めてクレマチス旅人の手の赤い風車
れんげ草あなたの苦痛を和らげる道端にまだ残る春の日
スイトピーどんな優しい思い出も失うまでに時間はいらない
不死・不滅・心配ご無用ヒモゲイトウ鶏頭のその赤い冠
臆病なオシロイバナは思います芥子の慰めさえ遠過ぎる
誰ゆえに名づけられしか万年草 記憶の底の花に逢いにゆく
うなだれて主人の下知を待つように控えるように咲く弁慶草
アケビには白い心の疚しさが才より樹液溢れる果肉

アヤメ咲く危め殺めと変換す 薄紫に野原を染める
「愛の通夜」いったいどうしてそんなことに 茉莉花の花祭り
オナモミっていったいどんな花なのと、「怠け」だなんて他人事じゃない
死んじゃいたい。そんな気分になったりするルピナスおまえは貪欲すぎる
フェイドアウトしてゆくだろうゆっくりとギンヨウアカシア退去の言い訳
芙蓉咲く繊細にして陽気な花 富貴の歓楽充ちる夕闇
桃色のアルメリア咲く海近くお日様のどんな心遣いで
「頼りすぎ」蔓紫の花言葉 明日は何で笑おう私

詩曲
ピアノ聴くけだるき午後の瑠離色のサティを聞けば夏の雪降る
夜の窓 微かに聴こえる洩れてくる 小さな灯りと「悪魔のトリル」
タルティーニ、不死を夢見るヴァイオリン 腱・腓疼く「夜のト短調」
台風が来ているらしいこんな夜 「薔薇への三つの願い」聴こうね
クレッシェンド・デクレッシェンドどうしろというのだ降ったり止んだり雨は
バルトーク、ショスタコビッチ、プロコフィエフ  圧政ありて鳴り出だす音
バルトーク・ベラ、ベラ・バルトークいずれでもいずれにしても生き難き生

雨月には透明石のような曲 ピアノと管弦楽の組曲
ドビュッシー編曲による「ジムノペディ」 秋空に浮く露草、地球
ストラホフ修道院のコンサート冬のプラハの雪のセレナーデ
森の奥 予言の鳥は飛んだかしら シューマンの鳥、眠りの森の
天井に天使舞うから図書室の空に予言の鳥も羽ばたく
ラルケット 天使が喇叭吹くときに 始まるだろう世界の終わり 
烏羽玉の夜に目覚めて儚ければヴァイオリン・ソナタのための第二楽章 
マーラーの『復活』を聴く 演奏はルツェルン祝祭管弦楽団

やわらかく弦の音から始って木管楽器が続くその後
第二楽章、中でも最も美しい数節の連弾が消えている
フリードリヒ・グルダのためのコンサート 弦とピアノと一つの記憶
リコ・グルダ、パウル・グルダに父グルダが愛していると伝える楽譜
七転び八起きの八が来ないからショーソン作曲「詩曲」の中へ
アナトール・サルバトーレの弦の音聴きつつ震えている夏の翅
旋律ハソコデ膨ラミソコデ消エソコデ躓キソコデ泣クノダ
大四楽章「生」 九十歳、朝比奈隆が振る終楽章

旋回、旋回、旋回、旋回グラン・ジュテ! 薔薇、薔薇の精、跳ぶニジンスキー
明日からはBプログラム秋燦々 シルヴィ・ギエム最後の〈ボレロ〉
中空に炎となって舞うギエム 速水御舟の〈炎舞〉にも似て
舞台には時空をこえる橋が架かり 江戸のすべてが通って行った
魚屋も飛脚も手代も虚無僧も 遊女も瓦版売りも通って行った
なんという長い退屈 絢爛な退屈として「十二夜」がある
シルエットから始まって絢爛の豪奢にいたる次第、夜の部
幕開きの桜吹雪と鏡面のほかには船の率い出される

だんまりのような春来て薄闇を動く人影、散るさくら花
小忌衣、得体知れない衣装なれど義経が着れば貴人の衣 
久松の籠かき二退三進し花道を去る 籠かきにも花道
私の金魚が仮死した日 花道引いてゆく船弁慶
「恐ろしいのはお前の心」鶴屋南北の見た人の闇
その手紙見せよと迫る鬼女がいて 脚曳き歩く歌舞伎の女
華やかなその色彩は一転しモノクロームの雪降る世界
とめどなく太鼓は打たれとめどなく舞台の雪が降りしきる

海の絵
森の樹の小枝であったその時も風は知らずに吹きすぎていた
虫喰って風に倒れて流されて海を漂う流木になって
貝殻やわけのわからないものたちが私の身体に一杯ついて
貝殻を取りたくたって離れない中から腐るだけの流木
でもやがて魚が中に入って来て 私は魚になっていました
「太古の海」「盆の海」など話す時ジャック・マイヨール氏自殺の訃報
絵葉書のグラン・ブルーに百匹のイルカが描く海の曲線

絵葉書の海の底にはプランクトン 鮫や鯨の重なる屍骸
海は待つ 海底杳く藻のそよぐ 竜宮の亀、浦島を待つ  
紫雲出山、仁尾の海辺に佇めば太郎の亀も来る燧灘 
海水を一杯入れた大盥 大海亀の甲羅も光る
天蓋を支えて亀は永遠の孤独の賢者 風に吹かれて
海と砂、水の記憶のたどりゆく指の向こうはすべて水色
夜明けには太陽昇るその海の水平線の傷よ 海の絵
約束はまだ果たせない花便り 渡海船は一日二便

絵葉書の余白に滲む海の色 桜前線黒潮育ち
観音寺、豊浜、箕浦、伊予三島 夕日に染まる金色の海
暮れ残る琴弾浜の銭型の寛永通宝、砂に描く文字
雨の音聴きながら見る財田川 財田川河口の廃船
牡蠣舟の残骸のこす財田川、三架橋から見る冬の川
三架橋、琴弾八幡、神恵院 楠の大樹と涅槃の釈迦と
眠る象、眠る釈迦牟尼 菩提樹はいのち養う至福の眠り
ふるさとの涅槃の釈迦の寺に立つ樟の大樹の夢の千年

金色の海に浮かんだ島影が遠くなるまで夢になるまで
洞門を舟がくぐれば海光る 水の耀き海の輝き
玉藻よし讃岐の国の玉垣の八幡宮の鯨捕る絵馬
北前船船主寄贈の随身門 金襴、緞子、祭礼の絵馬 
海上を西に東に往来し 北前船は夢運ぶ船でありしか
雨霧城、由佐城、仁尾城、九十九城 讃岐は城もお結びコロリン
重なって重なってゆく音韻のさやかに平安京の名残りの
百合が咲き水仙が咲く断崖のせり上がりゆく波の先端

急坂をのぼれば台地、八幡と隣りあうのが主と西新屋
長屋門の片袖使って開局し水色のペンキ色褪せてゆき
時を隔て波を隔てて語りあう 幾千の闇越えて見たもの
風でした海を渡って行ったのは 主従八十余騎の武者絵の
キリスト教布教を許した戦国の武将は微風を纏うその人
海を見る覚城院の一隅に在りし都の花零れ咲く
風ならば無人の島の廃屋の枇杷の木の葉もそよがせるのに
浜辺には連歌の人の庵跡 遠浅なれば青の漣

大徳寺襖絵に見る花鳥図のエネルギッシュな中世の力
その人が愛した茶碗と掛け軸と歌に連なる一筆の書と
一滴の血のつながりのありやなし 四季花鳥図のかささぎほどの
一切の敵に離れて春の城 連歌に遊ぶ 滅びてあらむ
城は火を放って落ちる 自害してその人の子も夢も炎に
そのように自害した人幾人も連枝連雀、炎の蒔絵
姫神の曲も終わってふるさとの潮騒すでに聴こえなくなる
やがてもう死もなく生もない世界 時が洗っていった砂浜





   




水たまりの空
ソノヒトガモウイナイコト 秋の日に不思議な楽器空にあること
春の雨しずかに降れば黄昏の心満たしてゆく水位線
線虫の名は「シー・エレガンス」月満ちて生まれ生まれる千個の命
宇宙には音の泉があるのでしょう星の音階たどった母船
アレルギー物質一杯溜め込んで痒いのだろう漆、櫨の木
致死量の愛を点滴するように深夜に雫する雨の音
薔薇色の海には死とか永遠が貝殻のように沈んでいます

国立の大学通りの桜も咲く 銀杏書房の洋書に挿む
赤松の林と駅舎、一橋大学のあった国立は遠い
オレンジの瓦の三角屋根が見え 林が見えて崖のあの家
丘の上、雑木林と五軒の家 その丘に建つ一棟の屋根
『砂の器』菅野光亮作曲の「宿命」のテーマと加藤嘉と
鬱蒼と樹木は茂り雨粒が羊歯の葉陰に溜まっていった
どんぐりが帽子被って落ちている 華麗な秋のさみしい一個
白い蛾と瑠璃色の蝶ゆっくりとピンで刺されて標本となる

「再見!」とあなたは行ってしまったね 春の日逢った人が春逝く
もう飛べない飛びたい夢ももう持たない東京湾に夕日が落ちる 
そして風!天翔る鳥、火の鳥は光になるよ《グランド・ゼロ》の 
ゆっくりと記憶の野火は放たれて手負いの獣追いつめてゆく
誰よりも愛しているというように春の雪降る、生まれたばかり
薔薇病めば棘もまた病む 桜桃忌・鴎外忌など来る雨季の憂鬱
昨日また誰か死んだね、雨の燕「いつもこの駅で降りていた人」
夏来ればさやぐ身なれば白い旅 水呑む龍が睨む一水

『モデラート・カンタービレ』の悲鳴から始まるそんな八章
この星のどこかに必ずいるだろう 反世界にも雨のかたつむり
野の果てにタンポポ枯れて綿毛飛ぶ 日本に帰りたいしゃれこうべ
百手という弓矢の神事 本年の「鬼」を射抜いた射子衆の射子 
熊の仔は走る熊の親も走る 阿寒の冬は終ったらしい
原潜が浮上している春うらら東京湾に立つ蜃気楼  
揚雲雀、力の限り飛翔して悲しみ告げる茜空あり
森の奥静かに水はきよらかに野生の樹林貫いてゆく

曇りなく晴れた東京 人工の渚に遊ぶヤドカリの群れ
蜘蛛の巣も蟻の巣もあり蜂の巣になるかもしれない東京に住む
水よりも静かに時を刻む音ユンハンス製目覚まし時計
江戸の鐘、ノートルダムの鐘の音、川面に春を告げていた音
金属のベルトの一部が歪んでいる 鈍い光沢、遺品の時計
誰一人待たない故郷と知ったとき柱時計も止まった気配
もう既に死に絶えている血の系図 人気ない夜軋む秒針 
お別れにもう一度だけゆっくりと螺旋階段上る日時計

ホップには薄緑色の花が咲き、夏の雨降る微かに匂う
吊るされしまま削がれゆく鮟鱇の体内にありし頃の水嵩
泥牛蒡、葱がはみ出す袋がある この夕刻の淋しい時間
土蜘蛛は長病みにけり病み臥して心弱りて糸吐きにけり
石たちがお喋りしているカワラヒワ蝦夷山鳥のように日溜りで
きっとこの石そっくりの魚もいて石のふりして眠っているね
ブック・オフに知は百円で売られけり 海を渡って死んだマンモス
病み疲れ病み呆けてもいる花びらが水無月の文になりたいという

〈屋根書けば屋根打つ雨の音も書け〉甍に落ちる一粒の雨
吊り革がゆっくり揺れて吊り革の先に透明傘が一本
雨傘はもう要りません私の心を隠す傘はないから
ここに包んできたのはあなたへの愛 でも引用禁止です
てのひらに残るぬくもり月光の生み落したるひかりの卵
石炭を燃やして走る列車なら見えただろうか被弾する森
苦蓬・チェルノブイリの4号炉覆う石棺 雨のロシアの
大根でも洗っていなさい御城下の城下鰈 川霧がつつむ朝

金色の筋が燿めく桜色 イトヨリ鯛より細く美しい魚
丸亀藩婆沙羅の系譜、宇和島藩伊達の系譜の綺羅好む血よ
水中に泡見えるとき夏空の青を映した魚がよぎる
河馬がいた動物園の午後の雨 八重桜咲く遅春の雨
あの時もあの日も頼りない風がマルメロの葉をそよがせていた
森の香も清しき樫の木の舟も二人の櫂も流されていた
丸窓や四角い窓を額縁に京都落西錦繍の秋
月の舟、〈お椀の舟に箸の櫂〉絵本の中の舟遠ざかる

レクイエム聴こえて愛の第二章 ページに挿む木の葉の栞
白い花ジンジャー香るこの夕べ花に降る雨、小径の翳り
一度だけ破ってしまうかもしれない「悲の器」にはしない約束
定点で観測してもわからない山襞深く病む人までは
大切な一日のため雨よ降れ しずかにひらいてゆく花がある
風よどむ日の匂いがあるとあなたは言う 海の匂いを伝える手紙 
川沿いの道を歩けば見えてくる海の背中と白い帆船
ひらり 蝶 ひらり ふわり と街川の 流れをこえて春の野に出づ

モビールのイルカが泳ぐモビールを動かす春の風があるから
大きな木 勇気・元気と名づけられ雨の公園の真ん中に立つ 
人が死ぬ その時何が起こるのか 花束を乗せた始発電車よ
日曜の海見る丘のニュータウン 殺意の薔薇の棘もびっしり
アメリカの猟奇映画のような事件 その足元をぬらす滴り
廃線のレールがのびてゆく村にひらく月夜の無数の茸 
怨念は砂漠に海に降り沈み夜の底いを流れるオイル
永遠の無国籍軍フェルマータ国境越える蜜蜂部隊

腫瘍G大蝸牛の脳髄に紫陽花を食む花降る時間
リンパ腺、耳下腺腫れて五月闇 灯ともし頃は鬱兆す頃
爆心地グランド・ゼロの記憶より無花果の夕べ滴る乳の
永遠のはらわたを抜く作業して『レ・ミゼラブル』バック・ステージ
しっかりと遺伝子を巻き閉じこもる巻貝にして憎悪のシチュー
たっぷりと大きな愛が注がれて〈地球〉と名づけられて生まれる
マエストロあなたの優雅で繊細な音の海から私は生まれた
閃光に地球は開き天蓋の草原もゆる焼けて爛れて

薄青い鳥の刻印標されて封印された夏の消息
水色の万年筆の筆跡の高瀬一誌と記した太さ
亡くなった政田岑生氏デザインの玲瓏箋の藤沢螢
郵便の記念切手のその一つ「水辺の鳥シリーズ」の鳥たち
メジロ、カルガモ、モズ、カケス合計420円。鳥獣戯画の鳥の部を貼る
「森の詩」鳥の切手を貼って出す アトリ科アトリさんへ速達
「ふるさと切手・近畿の花」 枝垂桜の白き憂鬱
鹿の絵の郵便切手十円の切手の中の草炎える春

硝子の狐
実存が話してるからドン・パブロ 隠れていても堕ちたりしない
水棲人、木棲人の洞の奥瞼ひらかぬ魚や蜂の子
忘れられさびしかったと三日月が小舟浮かべる春の湖
一人でいい一人がいいと春の月 いつしか水に還った海月
病み疲れほろりはらりと紫木蓮 月へ帰ってゆく泣き兎
あるものは今宵離れゆく大空を火の粉が舞う火の鳥だろう
雪じゃない花が散ります桜ですこれが最後の波瀾万丈

見憶えはこの薔薇色の蛇にして石棺守る女王の蛇
舌あれるほど食したる蝶・葉虫 蝦蟇も蝸牛も篭もれる枯葉
潮の海 でいだらぼっち身を浸す 肘・膝、擦ってゆく鮫・鯨
銀青の燐粉散らし甍越え 水惑星をこえてゆく蝶
宙をゆく風の帆舟や月の馬 虚空の底に湧く星の砂
磁気嵐すぎゆく月の砂漠にも月の仔馬や兎が眠る
流されて流れて待てば億年の氷河の底に眠るマンモス
ゆうべ聞く冬の雷、冬の雨 草木地下に眠る幸福
ロシアには永久凍土という水凍り水を湛える森林がある
合法的脱出をしたのね透明なある日世界の隙間を抜けて
いつしかに逸脱すれば逸脱の果てに青空流れゆく雲
カッシーニ、その空隙は誰のもの 愛のためにこそディスタンスはあり
人生を楽しみましょう 降誕祭 冬には冬の日の美しさ
禽獣はなべて楽しむ春の日は若草を焼く草炎える音
起動音、受信する音 機能する音はしずかに充ちて来る潮
洋上を遥か風立ち飛べざればヤンバルクイナは夢見るばかり

その人に夕べの愁いあるらしき うすむらさきの硝子の埃
瑠璃、青玉、翡翠、水晶、硝子体 ルネ・ラリックの硝子の小壜
火の髪の火の飲食の弱法師 夏来ればニンゲンを返せと
武蔵野はむかし飛火野 飛火野の野焼きしてみよ硝子の狐
鸚鵡にはおやすみなさいを教えよう硝子の小壜が涙壷とも
もの憂くて倦んで疲れて死にたくて心の奥のガラス砕けて
この空の見えない玻璃を突き抜けてあなたの鳥が飛んでゆく秋
憂愁・苦悩・絶望・悲惨・呪詛・傲慢あなたが見ていたのは万華鏡

青空の硝子のような輝きの真中を進む黒の一隊
夏蝉は遠く遥かに死絶えて 私を待つ瑠璃の一族
一冊の書物のように傍に置く 氷のような硝子の文鎮
今日もまた夢を見ている夢見ればあなたに逢える 硝子の狐
詩と音楽、珍味佳肴につきものの二つも盛って硝子の器
ボローニャの腸詰、マラガの干し葡萄、海老も冷たく硝子の大皿
難題は遡っても玻璃に映る残照のような当主の浪費
山海の珍味蒐めて還暦の馳走配って血潮の玻璃皿

岩手県江刺市威武師字菊池 物語りせよ吹雪やむまで
四月尽 見知らぬ駅で降りてみる花降る銀河鉄道の夜
なぜこんなにさびしいのですか 鼬だったらわかりますか
なぜこんなにさびしいのですか 白ふくろうにはわかりませんか
なぜこんなにさびしいのですか 面ふくろうって可笑しいですね
なぜこんなにさびしいのですか なぜ教会の屋根裏が好きなのですか
なぜこんなにさびしいのですか とうとう鷹と争ったのですか
なぜこんなにさびしいのですか もう夏は終ったって知っていますか

永遠をただ待つ亀がいてもいい セント・ジョージはガラパゴスで待つ
また明日夜間飛行機飛び立つよ サン=テグジュペリの郵便飛行機
木は眠り木は育つ霧の森 木の海は遥かな心育てて眠る
さびしくてたまらないから逢いに来てマイアサウラの木霊する声
薔薇色の空をバックに立っているヒマラヤシーダの大きな影が
淋しくてひとりぼっちで悲しくてヒマラヤシーダの枝走る栗鼠
雪だるま スノウマンにも春は来て 溶けてしまった夢の紫
そんなにも羞ずかしがりやのきみだから残して帰る春のヒマラヤ










水没樹林 
ジャスミンはしずかに樹液搾られて滴る緑モロッコの夜
銀蜻蛉、透明な羽さしのべてあなたの肩に触れていきます
峪渡るこだまのひらく季節あり 死はすこやかに育ちつつあり
病巣は木の洞に根に土にあり 冬青空は透明に澄み
雪が降るかもしれないと言っている ユキノシタは緑の薬草
谷保天神、座牛の頭を撫でていく風の行方は春の梅林
雨でした雨のさなかの夕ぐれを赤いバイクが角を曲がって

古の青磁の海に泳ぐ魚 神無月という陽のやわらかさ
嬉しげに青磁の海に溺れゆく魚とも見える雨とも見える
丈高き芒一本掃き流し銀彩の壷冷えてゆく冬
銀彩の百合が微かに残っている百合の高さに立つ墨図壷
白釉の小さな壷を手にのせて包んでみれば温もりの朝 
古備前は深夜ひそかに鳴るという 満身創痍の備前の壷が
水盤に真紅の薔薇を浮かばせて魚の眠りのような一日
緑釉に元気な兎走るからきっと明日はよいことがある

鮮やかに心ほどけてジャカランダ 花祭り冬去れば春
火の鳥に似ている白色矮星をティコブラーエに教えてあげる
水がほしい水がほしいと根を張って根ばかり張って瘤だらけの樹だ
ここにある悲しい気分の水たまり 極月なれば映す裸木
山に雪、水辺に薔薇の咲くからに冬を愛する黒鶫あり
次々と啓く手紙のそのように雪兎の噛む歯型現る
心がねちょっと火傷をしたのですだからね少しだけやすみます
泣き兎、月跳ぶときは古傷が微かに痛む しっかりと跳べ

虚しさはかぎりなきかな冬空に取り残された鳥の巣一つ
慈しむ愛というのもあるんだね月に零れる蝋梅の花
剥離して浮遊してくる何ものか微熱のように憂鬱な春
カラコルム、天山南路越えてゆく風に逢いたいウィグルの馬
壁画には迦陵頻伽の鳥鳴きて菩提樹、蓮、石に射す影
山紫陽花、牡丹、芍薬、百日紅 梔子パオパオ熟睡する象
お釈迦様 象の花子が行きますよ もうすぐ貴方の菩提樹の下
鯉を見てとりどりに咲く花を見て公園通りの日が暮れるまで

空に鳥、水に魚というこの春の空の愁いのよう 濁る空
夕闇の岸にうっとり三椏が もうすぐ春は終るのですね
華麗なる変奏曲を聴くように春の逃げ水走る野火止
暖かくなって花粉も飛ぶという憂きこと多き春浅き空
なにかしら真実疲れた思いあり花野を歩む馬を羨む
明日はまた雨降るという三月の雪に変わってゆく夜の雨
日の暮れの蛇崩れ坂に行き惑う 菜の花色の月も滲んで
桜散る絢爛豪華な崩壊をしばらく見ない水たまりの空

変わらない日々の中にも終楽章もう近いことを告げて花咲く
今日の雨 白木蓮は七分咲き 静かに降っている雨がある
爛漫の春の吐息の中にいる 鬱陶しさの極まる卯月
何もかも忘れたというあなたがいる 淡水に見る魚に似ている
小舟にも魚がついて来るという 大きな河があるという国
蜻蛉飼う私の脳は可哀想あまり眠りもせずに夜もすがら
木に花が咲くとき遠い空の下 蜃気楼見る氷見の海岸
満開の桜が空に吸われてゆき 吹雪となって散る地蔵堂

鏡花の言う「春は朧でご縁日」夜を燈して怠惰に暮れて
やがてもう人は誰をも非難せず春陽炎のようなたつきを
朦朧と夢見るようにありがちなロシア気質の巣ごもり卵
花散らす雨が降るから湖に小舟もなくて春のみずうみ
一本の樹にとまる鳥 一枚の画布に描く空 その空の青
よき便りだっていうのに発熱中 朝夕気温が定まりません
鬱兆す雨期の森には幽かながら杳い遥かな麝香の匂い
渦巻いているね世界がゆっくりと流れるように死んでゆくのか

戦国の時代に生まれ露草の命を武器に戦って殺されていた前世の鷹
シュノーケル青蛙という全身が黄色い蛙や梟の話題
んとこしょどっこいしょって 重い石はこぶ運命の「ん」
愛媛県の小さな町の座敷雛 初節句の子の雛を町中で
藁屋根に灯ともる遠景に楡の枯れ枝、早春の雪
桃の花 その桃色の明るさに雪洞灯すそのかなしみに
左手を息子の肩に置き歩く 木村栄文氏のドキュメント
梅が咲き、雪柳が咲き、桜が咲き、咲く花の下 鬱々と猫

夕焼けに染まって緋色の鳥となる熱帯雨林の鳥かと思う
紫木蓮、白木蓮が並び立つ白木蓮から零れて落ちる
春蝉が啼く季、遠い日の夕べまどろむように沈む太陽
大切に大切に御身大切に 過ぎてゆく日の夢になるまで
横浜の海には雪が降っていたと 海に降る雪を初めて見たと
「北海道が舞台になっている本はない?」文庫一冊旅行鞄に
重量を預けてゆらりゆらゆらと象の花子は木洩れ日の中
金絲猴、ロクセラーヌの鼻のサル 金色の夢、金色の風

エスパニョーラ島のイグアナ その身体赤くしている別れの予感
進化には関係あるかあらざるかロンサム・ジョージ百歳の亀
手紙には雪解水の冷たさと春の香りのする草のこと
からだ中からっぽにしてあの鳥はぼーぼー鳥は啼くのだろうか
明日の朝だあれもいない校庭に葉っぱ生やした木に似た鳥が
海辺には打ち上げられた海草が遥かな時を伝えています
夏空に雲一つなき桜桃忌 台風はまだ東支那海
接線を一本引けば現れる まだ生傷の絶えない地球 

美しい虹 バッファロー棲む草原 ヌーの出産集団でする
生まれてすぐ起ち上がる牛・馬のたぐい、乳呑む仔牛、仔馬の類
ムングーバ 雨期の終わりに花つける 花びら散れば河を流れる
ホエザルは声の大きさ競いあう 木の葉バッタは木になっている
アリクイの鼻は長いよ 白蟻の巣にその鼻を入れて探すよ
木登りの上手な猿と下手な猿 上手な猿はいつまでも猿
オリーヴを搾る機械を引かされる目隠しされた駱駝の一日
土と木と少しの人の気配だけ駱駝の今日は駱駝の一生 

午前三時 宙に無数の水の星 水汲み上げる滑車の音も
いつだってリアルタイムで書いていて私の鳥は記憶喪失
誘惑 あともう少しやってみようかな こうして汚い死に際
雨の日の青蛙こそ愛しけれ 薄い緑の光りの雫
ほろほろと頭の芯が酔った気分「無関心」の花咲き
無関心になった自分の心にはエノコログサもほとほと手を焼く
ほんとうは誰にも何にも興味なくエノコログサは風に吹かれる
エルミタージュ サンクトペテルブルグの灯がともる「この世に完全な幸福はない」

「休みなさい、陽気であれ」と告げている 孔雀時計が時を報せる
物として物の形として残る三段式マホガニーの本箱
一九〇七年製の湯沸かしと、くるくる引き出す硝子戸の本箱
岩場には岩場の色のイグアナが重なりあって海を見ていた
静かなる炎が見えてほんとうのあなたが見える阿修羅の裸像
風の日は木の実降らせて雨の夜は銀鱗降らす交信記録
水面にも晩秋の雨ふりしきるせめて榛の木まっすぐに立て
まだ雨は降っていますか 雨の日は痛む右手をどうしていますか

敷島の国に棗は植えられてその実その花愁いを除く
天上の銀の塩降る砂時計 蛞蝓を消すゲームだという
焼夷弾、原爆、椰子の実、蛍の木 昨日毀れたTVで見たもの
真珠より小さく青く光る星 蛍集まる木があるという
人肉を食した兵士もいたという「命ニヨリ生キ命ニヨリ死ス」
八咫鏡、草薙の剣、八尺瓊勾玉 「国体護持」と原爆投下
天皇の選択としての「国体護持」雨師でありしか稲穂の国の
歴史という一つの言葉で括られて大方の人罪免れて
わたくしが雨であるなら弾かれて草の葉つたう雨の一粒
東京はまだ暖かい日曜の午後で冬薔薇小さく咲いて
まどろみの時間があなたを癒すよう祈っています 温かいね 雨
ゆっくりと飽和状態ゆっくりと終りに向かう炎える草叢
その他に何もなかった 毎日は機銃掃射がただ無いだけの
そういえば死者を焼く煙もまた空の雲に紛れる 春なのだろう
日々は夢 宮脇檀氏の教え 豪奢、逸楽、雑にして楽
かぶくこと好きだったのか江戸末期、水色袴の日記の断片

ファルージャは萌黄色に見える萌黄色の中の桃色の炎
一日中南の風が吹いていた 虹は嵐の後に立つもの
降りそうで降らない白い空の下 紫陽花昏く首を傾げて
死の螺旋めぐりめぐりて夏の朝 再び生れむ湖の巻貝 
満月が鏡のように凍る空 汽水域まで充ちていた潮
虚しさに蟇は篭りて桜桃忌 宇宙塵ともなりゆく蛙
どくだみの白い十字が美しい 木下闇に死蝋は満ちる
月と星二つ並んである時間 こうもりが飛ぶ町の夕空

羊歯族の裏白の影、無限大 水をたたえてすむ羊歯の森
伝統は確かに生きて生きのびてスポンジ脳に点る春の灯
スクレイピー、プリオン、ヤコブ、海綿が吸い取るだろうメタル・スポンジ
桃色の舌もつ貝がちろちろと覗っている町屋の厨
エロティック生まれつきだと花蘇芳 狂う牛とか狂う月とか
カリフラワー、キャベツの仲間ではあるが脳葉に似て春の虚しさ
エメラルド・グリーンの果肉切り分けて春の空虚も切り分けてゆく
中和する形としての一章を今からここに書き加えます

花火にも鳥にもなれず胞子飛ぶ とても虚しい日暮れが来るよ
夕べには薄紫の風が出て梔子がもう腐りはじめる
泥の中きれいな花を咲かせても無意味無意味と蛙が騒ぐ
楽譜集燃やしてあがる炎がある また夏が来る海岸倉庫
何事もないかのように朝は来る消えた楽譜の淋しい音符
あの時は逃げられなかった今ならば逃げられるかしら列を乱して
血の山河、夏の山河を渡りつつ ニッポニア・ニッポン滅びてゆくも
この雲をスクランブルして飛ぶ機影 入間基地から飛ぶ軍用機

花が咲き実が生り花は花疲れ 曇り空から白い太陽
ためつすがめつしているうちに一本の樹になってしまえり翠の桜
ひとかけらの希望すらないこののちの真っ暗闇と知って点る炎
ゆっくりと麻酔が切れて痛み出す 鎮痛剤の名はロキソニン
睡蓮とウォーター・レタス浮かべている水鉢、金魚もメダカも泳ぐ
山あいの生姜の花の薄紫 雨の日、雨のひかりあること
再び雨 雨また雨 雨のち雨の東京の空に氷雨を曳き飛ぶ尾長
ラングドシャ舌に溶けゆく午後三時 まだ鳴き足りないヒグラシの声

一輪の薔薇の花さえ汲み上げるいのちの水が渾身上がる 
百合の茎まっすぐ昇る真水あり ブナの森なれば水の合唱  
小川には影が映っておりました鳥がゆっくり飛んだらしくて  
密林の雨に打たれている芭蕉 田中一村の芭蕉の葉っぱ 
妖艶な鐘馗空木の花が咲き 上水の夏始まるらしき
淋しくて嵐が去った空を見る遠い山野に棲む獣たち
もう既に死んでいたものが改めて死んでも何も不思議はない
六月のドナウデルタの葦原の水と光りと小さな魚影

春蝉が啼いていました新緑の萌える林の一本の橡
野火止のムラサキシキブ花盛り 水辺が好きな一本の樹は
茴香のウィのかなしみ水無月は憂いある月、上水に雨
あの人はどうしているかと訊かれても訊かれなくても寂しい明日
雨のない六月だった 台風が壊していった日除けを替える
上水に雨降る雨の木の葉闇 きりもなき虚しさの桜桃忌
紫蘇に雨、羊歯に霧雨、竹の秋 睡蓮はまだ眠っているね
溜息と絶望歌うことのない夏が来るのね白いサルスベリ

タッちゃんと浅倉南の声がする 多分夏休みも始まっている
体系化されつつあれば体系化逃れてゆかむ遊びせむとや
液晶のモニターに見る遠花火 江戸の花火を忘れずに咲く
追い風と向かい風では違うよね 雲の動きが見分けられない
一人に向かって人は歌うという 海酸漿を鳴らして遊ぶ
嘴が痛くはないの?木を叩き木をつつく鳥ちいさいコゲラ
遠からず死は現実のものとなる 雨に打たれている曼珠沙華
あの貨車は今どのあたり過ぎている 遠い銀河をゆく夏燕


どこからか胡弓聴こえる昼下り 夏の最後の日曜日です
汗ばんで葡萄の雫光ります まだ夏雲の浮かぶ空です
地獄花死人花とも言うけれど猫も家鴨もいる土手に咲く
火喰鳥、花喰い鳥は梢離れ 雨期の沼地の森へ帰るよ
抜け殻になったら逢おう魂の三重連の水車が回る
夕映えの道に老人 年老いてゆくとき影は全てとなって
葦の影、薄の影や虫の影 影絵のような世界があった
夕暮れの道が仄かに明るむはこの紫の大藤のため

何かしら悲しい音がするようだ水禽がまた浮巣を作る
暖かい羽毛のような悲しみが充ちて来ること 雨季の悲しみ
湖の岸に沈んだ葦舟も鳰の浮き巣も降る雨の中
燦々と月光降れば燦々とかなしみも降る 夜の汀に
温存をしてはなくしてしまうのは温存選ぶ愚かさのため
この世は所詮生者の宴 月の裏側には蟹がはりつく
アルビレオ、デネブ、銀河を飛ぶ鳥が白鳥であるこの世の優雅
アカシアの白い花散る夏の雨 小猿は白い花に埋もれて

非時香菓のかぐわしく雨の春夜も日照りの夏も
夏の庭 古い庭には古井戸と思い出だけが住んでいました
どんよりと空が曇れば藻の陰に尾ひれ胸びれ隠して眠る
紗や絽や羅、透ける衣を織れば夏 蛍も蝉も蜻蛉もいる
香櫨園、海と川との汽水には渦巻くものが見えて夏の日
火星には確かに水があったという 地球に残る水の儚さ
暗闇に燈るランプと月の暈 水晶宮に降る秋の雨
左手はいつも同じ音の繰り返し黄金の秋が来ていても

祥  * 『ダイジェスト版』   * 09:18 * comments(0) * trackbacks(0)

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