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銀河最終便  3章  水没樹林  

              



水没樹林 

ジャスミンはしずかに樹液搾られて滴る緑モロッコの夜
銀蜻蛉、透明な羽さしのべてあなたの肩に触れていきます
峪渡るこだまのひらく季節あり 死はすこやかに育ちつつあり
病巣は木の洞に根に土にあり 冬青空は透明に澄み
雪が降るかもしれないと言っている ユキノシタは緑の薬草
谷保天神、座牛の頭を撫でていく風の行方は春の梅林
雨でした雨のさなかの夕ぐれを赤いバイクが角を曲がって

古の青磁の海に泳ぐ魚 神無月という陽のやわらかさ
嬉しげに青磁の海に溺れゆく魚とも見える雨とも見える
丈高き芒一本掃き流し銀彩の壷冷えてゆく冬
銀彩の百合が微かに残っている百合の高さに立つ墨図壷
白釉の小さな壷を手にのせて包んでみれば温もりの朝 
古備前は深夜ひそかに鳴るという 満身創痍の備前の壷が
水盤に真紅の薔薇を浮かばせて魚の眠りのような一日
緑釉に元気な兎走るからきっと明日はよいことがある

切っ先となって尖端、痛かろう 冥王星の彼方まで行け
火の鳥に似ている白色矮星をティコブラーエに教えてあげる
水がほしい水がほしいと根を張って根ばかり張って瘤だらけの樹だ
ここにある悲しい気分の水たまり 極月なれば映す裸木
山に雪、水辺に薔薇の咲くからに冬を愛する黒鶫あり
次々と啓く手紙のそのように雪兎の噛む歯型現る
心がねちょっと火傷をしたのですだからね少しだけやすみます
泣き兎、月跳ぶときは古傷が微かに痛む しっかりと跳べ

虚しさはかぎりなきかな冬空に取り残された鳥の巣一つ
慈しむ愛というのもあるんだね月に零れる蝋梅の花
剥離して浮遊してくる何ものか微熱のように憂鬱な春
カラコルム、天山南路越えてゆく風に逢いたいウィグルの馬
壁画には迦陵頻伽の鳥鳴きて菩提樹、蓮(はちす)、石に射す影
山紫陽花、牡丹、芍薬、百日紅 梔子パオパオ熟睡する象
お釈迦様 象の花子が行きますよ もうすぐ貴方の菩提樹の下
鯉を見てとりどりに咲く花を見て公園通りの日が暮れるまで

空に鳥、水に魚というこの春の空の愁いのよう 濁る空
夕闇の岸にうっとり三椏が もうすぐ春は終るのですね
華麗なる変奏曲を聴くように春の逃げ水走る野火止
暖かくなって花粉も飛ぶという憂きこと多き春浅き空
なにかしら真実疲れた思いあり花野を歩む馬を羨む
明日はまた雨降るという三月の雪に変わってゆく夜の雨
日の暮れの蛇崩れ坂に行き惑う 菜の花色の月も滲んで
桜散る絢爛豪華な崩壊をしばらく見ない水たまりの空

変わらない日々の中にも終楽章もう近いことを告げて花咲く
今日の雨 白木蓮は七分咲き 静かに降っている雨がある
爛漫の春の吐息の中にいる 鬱陶しさの極まる卯月
何もかも忘れたというあなたがいる 淡水に見る魚に似ている
小舟にも魚がついて来るという 大きな河があるという国
蜻蛉飼う私の脳は可哀想あまり眠りもせずに夜もすがら
木に花が咲くとき遠い空の下 蜃気楼見る氷見の海岸
満開の桜が空に吸われてゆき 吹雪となって散る地蔵堂

鏡花の言う「春は朧でご縁日」夜を燈して怠惰に暮れて
やがてもう人は誰をも非難せず春陽炎のようなたつきを
朦朧と夢見るようにありがちなロシア気質の巣ごもり卵
花散らす雨が降るから湖に小舟もなくて春のみずうみ
一本の樹にとまる鳥 一枚の画布に描く空 その空の青
よき便りだっていうのに発熱中 朝夕気温が定まりません
鬱兆す雨期の森には幽かながら杳い遥かな麝香の匂い
渦巻いているね世界がゆっくりと流れるように死んでゆくのか

立ったまま眠る大木 森の木々 水没ジャングルアロワナの森
シュノーケル青蛙という全身が黄色い蛙や梟の話題
んとこしょどっこいしょって 重い石はこぶ運命の「ん」
戦国の時代に生まれ露草の命を武器に戦って殺されていた前世の鷹
愛媛県の小さな町の座敷雛 初節句の子の雛を町中で
藁屋根に灯ともる遠景に楡の枯れ枝、早春の雪
桃の花 その桃色の明るさに雪洞灯すそのかなしみに
梅が咲き、雪柳が咲き、桜が咲き、咲く花の下 鬱々と猫

夕焼けに染まって緋色の鳥となる熱帯雨林の鳥かと思う
紫木蓮、白木蓮が並び立つ白木蓮から零れて落ちる
春蝉が啼く季、遠い日の夕べまどろむように沈む太陽
大切に大切に御身大切に 過ぎてゆく日の夢になるまで
横浜の海には雪が降っていたと 海に降る雪を初めて見たと
「北海道が舞台になっている本はない?」文庫一冊旅行鞄に
重量を預けてゆらりゆらゆらと象の花子は木洩れ日の中
金絲猴、ロクセラーヌの鼻のサル 金色の夢、金色の風

エスパニョーラ島のイグアナ その身体赤くしている別れの予感
進化には関係あるかあらざるかロンサム・ジョージ百歳の亀
手紙には雪解け水の冷たさと春の香りのする草のこと
からだ中からっぽにしてあの鳥はぼーぼー鳥は啼くのだろうか
明日の朝だあれもいない校庭に葉っぱ生やした木に似た鳥が
海辺には打ち上げられた海草が遥かな時を伝えています
夏空に雲一つなき桜桃忌 台風はまだ東支那海
接線を一本引けば現れる まだ生傷の絶えない地球 

美しい虹 バッファロー棲む草原 ヌーの出産集団でする
生まれてすぐ起ち上がる牛・馬のたぐい、乳呑む仔牛、仔馬の類
ムングーバ 雨期の終わりに花つける 花びら散れば河を流れる
ホエザルは声の大きさ競いあう 木の葉バッタは木になっている
アリクイの鼻は長いよ 白蟻の巣にその鼻を入れて探すよ
木登りの上手な猿と下手な猿 上手な猿はいつまでも猿
オリーヴを搾る機械を引かされる目隠しされた駱駝の一日
土と木と少しの人の気配だけ駱駝の今日は駱駝の一生 

午前三時 宙に無数の水の星 水汲み上げる滑車の音も
いつだってリアルタイムで書いていて私の鳥は記憶喪失
誘惑 あともう少しやってみようかな こうして汚い死に際
雨の日の青蛙こそ愛しけれ 薄い緑の光りの雫
ほろほろと頭の芯が酔った気分「無関心」の花咲き
無関心になった自分の心にはエノコログサもほとほと手を焼く
ほんとうは誰にも何にも興味なくエノコログサは風に吹かれる
エルミタージュ サンクトペテルブルグの灯がともる「この世に完全な幸福はない」

「休みなさい、陽気であれ」と告げている 孔雀時計が時を報せる
物として物の形として残る三段式マホガニーの本箱
一九〇七年製の湯沸かしと、くるくる引き出す硝子戸の本箱
岩場には岩場の色のイグアナが重なりあって海を見ていた
静かなる炎が見えてほんとうのあなたが見える阿修羅の裸像
風の日は木の実降らせて雨の夜は銀鱗降らす交信記録
水面にも晩秋の雨ふりしきるせめて榛の木まっすぐに立て
まだ雨は降っていますか 雨の日は痛む右手をどうしていますか

敷島の国に棗は植えられてその実その花愁いを除く
天上の銀の塩降る砂時計 蛞蝓を消すゲームだという
焼夷弾、原爆、椰子の実、蛍の木 昨日毀れたTVで見たもの
真珠より小さく青く光る星 蛍集まる木があるという
人肉を食した兵士もいたという「命ニヨリ生キ命ニヨリ死ス」
八咫鏡、草薙の剣、八尺瓊勾玉 「国体護持」と原爆投下
天皇の選択としての「国体護持」雨師でありしか稲穂の国の
最悪の結果を招いた経過ならその過去ログが保存している

わたくしが雨であるなら弾かれて草の葉つたう雨の一粒
東京はまだ暖かい日曜の午後で冬薔薇小さく咲いて
まどろみの時間があなたを癒すよう祈っています 温かいね 雨
ゆっくりと飽和状態ゆっくりと終りに向かう炎える草叢
その他に何もなかった 毎日は機銃掃射がただ無いだけの
そういえば死者を焼く煙もまた空の雲に紛れる 春なのだろう
日々は夢 宮脇檀氏の教え 豪奢、逸楽、雑にして楽
かぶくこと好きだったのか江戸末期、水色袴の日記の断片

ファルージャは萌黄色に見える萌黄色の中の桃色の炎
一日中南の風が吹いていた 虹は嵐の後に立つもの
降りそうで降らない白い空の下 紫陽花昏く首を傾げて
死の螺旋めぐりめぐりて夏の朝 再び生れむ湖の巻貝 
満月が鏡のように凍る空 汽水域まで充ちていた潮
虚しさに蟇は篭りて桜桃忌 宇宙塵ともなりゆく蛙
どくだみの白い十字が美しい 木下闇に死蝋は満ちる
月と星二つ並んである時間 こうもりが飛ぶ町の夕空

羊歯族の裏白の影、無限大 水を湛えて澄む羊歯の森
伝統は確かに生きて生きのびてスポンジ脳に点る春の灯
スクレイピー、プリオン、ヤコブ、海綿が吸い取るだろうメタル・スポンジ
桃色の舌もつ貝がちろちろと覗っている町屋の厨
エロティック生まれつきだと花蘇芳 狂う牛とか狂う月とか
カリフラワー、キャベツの仲間ではあるが脳葉に似て春の虚しさ
エメラルド・グリーンの果肉切り分けて春の空虚も切り分けてゆく
中和する形としての一章を今からここに書き加えます

花火にも鳥にもなれず胞子飛ぶ とても虚しい日暮れが来るよ
夕べには薄紫の風が出て梔子がもう腐りはじめる
泥の中きれいな花を咲かせても無意味無意味と蛙が騒ぐ
楽譜集燃やしてあがる炎がある また夏が来る海岸倉庫
何事もないかのように朝は来る消えた楽譜の淋しい音符
あの時は逃げられなかった今ならば逃げられるかしら列を乱して
血の山河、夏の山河を渡りつつ ニッポニア・ニッポン滅びてゆくも
この雲をスクランブルして飛ぶ機影 入間基地から飛ぶ軍用機

花が咲き実が生り花は花疲れ 曇り空から白い太陽
ためつすがめつしているうちに一本の樹になってしまえり翠の桜
ひとかけらの希望すらないこののちの真っ暗闇と知って点る炎
ゆっくりと麻酔が切れて痛み出す 鎮痛剤の名はロキソニン
睡蓮とウォーター・レタス浮かべている水鉢、金魚もメダカも泳ぐ
山あいの生姜の花の薄紫 雨の日、雨のひかりあること
再び雨 雨また雨 雨のち雨の東京の空に氷雨を曳き飛ぶ尾長
ラングドシャ舌に溶けゆく午後三時 まだ鳴き足りないヒグラシの声

一輪の薔薇の花さえ汲み上げるいのちの水が渾身上がる 
百合の茎まっすぐ昇る真水あり ブナの森なれば水の合唱  
小川には影が映っておりました鳥がゆっくり飛んだらしくて  
密林の雨に打たれている芭蕉 田中一村の芭蕉の葉っぱ 
妖艶な鐘馗空木の花が咲き 上水の夏始まるらしき
淋しくて嵐が去った空を見る遠い山野に棲む獣たち
もう既に死んでいたものが改めて死んでも何も不思議はない
六月のドナウデルタの葦原の水と光りと小さな魚影

春蝉が啼いていました新緑の萌える林の一本の橡
野火止のムラサキシキブ花盛り 水辺が好きな一本の樹は
茴香のウィのかなしみ水無月は憂いある月、上水に雨
あの人はどうしているかと訊かれても訊かれなくても寂しい明日
雨のない六月だった 台風が壊していった日除けを替える
上水に雨降る雨の木の葉闇 きりもなき虚しさの桜桃忌
紫蘇に雨、羊歯に霧雨、竹の秋 睡蓮はまだ眠っているね
溜息と絶望歌うことのない夏が来るのね白いサルスベリ

タッちゃんと浅倉南の声がする 多分夏休みも始まっている
体系化されつつあれば体系化逃れてゆかむ遊びせむとや
液晶のモニターに見る遠花火 江戸の花火を忘れずに咲く
追い風と向かい風では違うよね 雲の動きが見分けられない
一人に向かって人は歌うという 海酸漿を鳴らして遊ぶ
嘴が痛くはないの?木を叩き木をつつく鳥ちいさいコゲラ
遠からず死は現実のものとなる 雨に打たれている曼珠沙華
あの貨車は今どのあたり過ぎている 遠い銀河をゆく夏燕

どこからか胡弓聴こえる昼下り 夏の最後の日曜日です
汗ばんで葡萄の雫光ります まだ夏雲の浮かぶ空です
地獄花死人花とも言うけれど猫も家鴨もいる土手に咲く
火喰鳥、花喰い鳥は梢離れ 雨期の沼地の森へ帰るよ
抜け殻になったら逢おう魂の三重連の水車が回る
夕映えの道に老人 年老いてゆくとき影は全てとなって
葦の影、薄の影や虫の影 影絵のような世界があった
夕暮れの道が仄かに明るむはこの紫の大藤のため

何かしら悲しい音がするようだ水禽がまた浮巣を作る
暖かい羽毛のような悲しみが充ちて来ること 雨季の悲しみ
湖の岸に沈んだ葦舟も鳰の浮き巣も降る雨の中
燦々と月光降れば燦々とかなしみも降る 夜の汀に
温存をしてはなくしてしまうのは温存選ぶ愚かさのため
この世は所詮生者の宴 月の裏側には蟹がはりつく
アルビレオ、デネブ、銀河を飛ぶ鳥が白鳥であるこの世の優雅
アカシアの白い花散る夏の雨 小猿は白い花に埋もれて

非時香菓のかぐわしく雨の春夜も日照りの夏も
夏の庭 古い庭には古井戸と思い出だけが住んでいました
どんよりと空が曇れば藻の陰に尾ひれ胸びれ隠して眠る
紗や絽や羅、透ける衣を織れば夏 蛍も蝉も蜻蛉もいる
香櫨園、海と川との汽水には渦巻くものが見えて夏の日
火星には確かに水があったという 地球に残る水の儚さ
暗闇に燈るランプと月の暈 水晶宮に降る秋の雨
左手はいつも同じ音の繰り返し黄金の秋が来ていても



祥  * 『銀河最終便』  * 14:19 * comments(0) * trackbacks(0)

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