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銀河最終便  3章  《天使の翼》 

銀河最終便   珪  《天使の翼》


《天使の翼》

千年を眠るためには千年を眠れる言葉が必要であり
春だから白木蓮の花が咲き天に向かって祈りの形
焼け残る木仏の中に千躰の胎内仏を宿すみほとけ
音楽は途切れても囁く雨ブロッサム・デアリーみたいに
野火止の鴨の平穏確かめて小さな橋のたもとを通る
いつだって気むずかし屋のアルルカン 明日は天気になるのだろうか
木蓮がそして辛夷が咲くだろう 春ですあなたは死んではいけない

花水木が咲きポピーが咲いているこの夕暮れの濁りゆく空
魂には晩年 亦来る春の終る日の風もない日に散るリラの花
ほの甘き千枚漬けの千枚の襞に隠れている赤唐辛子
突然に夏来るように最後の日 難読氏名の話題の続き
地に落ちたヤシャブシ伊豆の海岸の岩に置かれて花咲く木の実
松毬や泰山木の実の集り 命果ててもなお生きるもの
国境の駅のある町壊滅する 黒い地蜂が群れて飛ぶ朝
前近代ぬっと顔出す春の闇 火山性ガス噴き出す気配

流木が打ち寄せられて来るように悲しい心の切片もまた
黄の花が終れば次は白い花 小さな虫喰いだらけの絵本
いつまでも若く美しくあらねばならぬと『火の鳥』の婆
シマウマの後姿を見ています夕陽に向かって歩く縞馬
誰だって海を釣り上げることは出来ない 神が釣り糸垂れる夕暮れ
めひかりの眼の海の色 誰だって海を釣り上げられない釣り人
花壇にも教育主事は入り来たり タチツボスミレの谷の群落
東北に行ってみたいと思います角館とか太宰の金木

金色の麦わら帽子出荷する小さな町の小さな港
大相撲夏場所がもう始ると 水面に光りさす隅田川
欠けてゆく月の黒紙魚、月の隈 銃身の色帯びてゆく夜
虚しさのかぎりもなくて赤い月 明け方に見る皆既月食
フェルディナンド・フォン・ツェッペリン伯爵の飛行船 その中空の船
川原にも陽が射し石に蜆蝶 なんじゃもんじゃの花咲いて夏
今日の日が無事に過ぎたということの続きに咲いて深山苧環
花水木はらはら散れば花筏 一期一会としたためよ歌

空想と空想むすぶ接点に空の巣があり燕やすらう
汚れなくイノセントであるということの 初夏の空の
攻撃の背後にあった八割の支持を充たした奇妙な果実
泥川に川魚かしら鯰かしら一瞬ゆれて再び沈む
木々の影、魚の影も見えている 湖の岸近くの葦原
遠く去る鳥には鳥の歌があり水没樹林に降る雨がある
春の野の逃げ水、昼下がりの驟雨 夏には夏の烈しさに降る
脱落と脱出の違い知らぬままこの世の淵をさまよっている

白皙の詩人は一人旅立ちぬ皐月の空に発つ白い鳥
春日井建、享年六十五歳の訃 一人の定家黄泉へ発つ夕
ここに咲く花の苞衣の中に充ち花の力となる何ものか
関わりもなく生きている淋しさに 美しいもの峠を行くも
あきらかに社会的適合欠いている 天道虫は星で分けられ
紫陽花の青の花火のひらく朝 小さく青く雨の紫陽花
サッチモの声が聴こえたサッチモは「この素晴しい世界」と歌う
ゴミからもアートは作られ工房の中、鎮座するプラスティック蛙

感覚の教会に鳴る釣鐘や天井画など五月の空に
まだ熱が引かないけれどそのせいで見えるのかしら歪んだ檸檬
南風吹く東京の日暮どき 檸檬のような月も浮かんで
新鮮な生みたて卵のような黄の花芯もゆれて梔子の朝
鳥籠に鳥を飼ったら青空の果てを見せてはいけないという
誰にでもある空洞に鳥を飼う 傷を負ってる鳥の目の青
心肺に貝殻虫が棲みついて殺してしまう少女がひとり
隙間から一瞬見えた愛に似たものが欲しくて殺してしまう

水色の尾長が飛んで上水に夏来る 夏の涼しさの青
水色の海と空とのあわいから聴こえる音をタクトにのせて
夕暮れに風が通れば振り向けばあなたの背中見えた気がする
水無月の鬱をかかえて紫陽花の半球すでに黄昏れてゆく
眠ろうとしても何だか眠れない 普通に戦争している時代
O音の優雅さ雨の桜桃忌、鴎外忌にも驟雨来て去れ
さみしくて嵐が去った空を見る遠い山野に棲む獣たち
桜桃忌すぎて三日の夕ぐれは哀しきものの見ゆる夕ぐれ

川底にいても蛍は光るという 弟の手から姉へと蛍
山椒魚、山椒魚って可愛いね 石を枕にうたたねの夢
退屈の病に私は侵される 病であるから治るのだろう
「死に至る病」ではない憂鬱というのでもない 雨の気配か
天空を走る列車に名づけよう 薔薇星雲を横切る列車
拒否よりも手をさしのべてみる勇気 蔓性植物であろう何かも
仰ぎ見る文月の空の流れ星 戦場に人は撃たれていたり
眠くなる 最後は眠くなって死ぬのだろうか 鳥たちも

戦闘色消えたらしくて野を奔る王蟲の赤も一夜にて消ゆ
何一つ変わっていないつまらなさ敵と味方を取り違えても
生き残る人ゆえ覚悟の足りなさを責められている鬱熱の森
無理解は悪。『沖縄ノ骨』の作者がそう語る 珊瑚の白い骨と混じって
約束の海の歌です遠い日の記憶のように光る海です
七月の金魚が水に眠る午後 水はさゆらぐ光りの窓辺
WEBページ消えて半身不随に似て 水栽培のアボカド林
天邪鬼踏み据えられても逆らって逆らう程に怒りに触れる

雨の日は飴細工師の小父さんも兎も犬も鳩もお休み
光る魚一網打尽にする網が見つからなくて月光遊魚
ネアンデル渓谷 遺伝子のネアンデルタール人の故郷
炎える樹は炎える火柱、火柱の尖端にして炎の骸
曇り日が好きな黄金色の鯉 橋のたもとの澱みの中の
せせらぎの音聴きながら歩く道 木下闇をゆく水の音
火祭りの写真をどうもありがとう篝火はまだ燃えていますか
失って滅びていつか消えてゆくそれでも人は夢見るさくら

発酵を待つ詩やパン種や葡萄樽  驟雨の後に光る雨粒
大切なものは平衡感覚と希臘の酒盃や李朝の壷が
曼珠沙華夕べの道に灯るのは 赤々と咲き赤々と死す
追いつめて追いつめられて草の原 放り出された二つの心
「思川」という川の橋 その橋が投下地点と特定される
「一期は夢よただ狂え」狂いて死せる宅間守か
大阪と福岡拘置所に於いて死刑執行同日二人
川底に無数の卵産み落とし黄金の鯉流れてゆけり

秋は好き秋に生まれた人といる彼岸の風のように儚く
牡丹も茄子も兎も猫も豆の花も御舟が描けば御舟の心
甲羅干し甲羅を洗う石亀も 勤労感謝の日の亀の池
朱の回廊、水の回廊 海に浮き水鳥のごと羽を広げて
偶蹄目、牛科ミミナガヤギのこと いつしか七回忌も過ぎて秋の日
九十歳のターシャさんは痩せてコギー犬のメギーは太って花の咲く庭
腹を摺るコギー犬ではあるけれど日陰を選ぶ花の木の下
待つことに喜びがある小机にスケッチブック開くその人

幾度目の拒否を経験するマウス 悲しみらしき青の点滅
いつだって置き去りになる石ならばいっそ知らせよ石塊の重さ
ありがちな脚本だけれど伝説の曲が流れて涼しいラスト
火の山河、水の山河を渡りつつ ニッポニア・ニッポン滅びてゆくも
落葉あり おまえが散って明るくなる 木々の根方にただ降りしずめ
大雨か濡れてならない雨なのか傘をさそうよ尾鷲の傘を
アンカーが走っていくよ駅伝の 度会橋を渡る伊勢路を
曇り空また台風が発生し南洋上蛇行しながら

人は死ぬ必ず死ぬと教えられ 姫神、森の中にて死せり
気がつけばもう十月で閉じられた頁のように私がいる
あの人の心がどこかへ行った日の遠い火の色の曼殊沙華
雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨 甍に軒に私に降る
細心の注意を払って生きなさい 昨日生まれた月の繊さで
飢餓線上這ってゆく虫一列になって冬へと向かって歩く
枇杷の木にケサランバサラン晴れた日の富士に笠雲 優しさは嘘
貝殻の中には夢と後悔と潮騒に似た夜の音楽

(遠くまで飛べないだろうか)海深くある日思った《天使の翼》
不確かな月の引力、半月は地球を切断する磁気送る
蜜蜂の目覚めはいつも静かだが時々死んでいることもある
諦めてしまえば終わり二歳児が教えた無垢のしなやかな力
映すのはやめて下さい 被災者の一人は疲れた明日の私
タイミング悪く語れば非難あれ 土砂災害の土砂の言い分
されど川は水嵩を増し抜けゆけりその本来の姿のままに

残酷な性剥き出しにして過ぎる一本の川そこを過ぎゆく
胎動も微動もなくて滾る熱 空白域の直下に溜まる
変わり果てた姿になって少しずつ土嚢積まれて水の引く村
日本ではまず同胞に殺される 愚か者よと切り捨てられる
「証生」は生の証と青年の母の語る日晒された首
恐ろしい時代が来るという気がする 罅割れている時代の背中
見過ごしているはずがないから見逃してあげているのねあの人らしく
生きていることが淋しく辛い日は賀茂茄子の味噌田楽でも如何
もっこりとふくらむ鴨が水を掻く 冬が来ている野火止用水

閂のかかった門の中に降る落葉の中にひきこもる蝦蟇
「両親を殺した」 ミステリー終了次第ニュース始まる
「悲しい人生」と誰かが呟いて始まる映画 米国の映画
シチュエーションは十分暗いせめて心は明るくなるほど
赤手蟹なるほど確かに手が赤い 満月なれば子を産む儀式
雨の日の車道の水を跳ねる音 今日また一人子供が死んだ
残虐も非道も全て許される 許されるものとニュースが語る
春頃は私たちにも災難が襲っていたよと鶏も来て

空海の命日ゆえに京都では東寺に師走の市が立ちます
逃げるしかない人生があることを酸漿色の冬の夕暮れ
とうとうもう最後に近い一頁、捲っています冬の一章
とある日の風であったか春の日の夢であったかすれ違う影
金色の海の向こうにお日さまが昇るよ 夢はどこにでもある
草原に白い羊が群れていてそこがモンゴルだろうと思う
川岸に茶色い馬の数頭が水を飲むらし雲湧く村に
草原を流れる水の一筋が仔馬養い人の子養う


祥  * 『銀河最終便』  * 14:18 * comments(0) * trackbacks(0)

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