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指示出来ないと言っても出来た実績があったからこそ問われるのでしょう

安倍さんは、7日の衆院予算委員会で、

民進党の井坂信彦議員に、

アメリカの雇用創出のためのインフラ投資のため、

日本の年金資金が投入されるのではないかと

新聞報道されている点について質問され、

デマだと激昂し、

「私はGPIFに(運用の)指示をできない。

できないことをできるかのごとく言うのをデマと言う」

と、反論した。

 

しかし、その権限が無いはずの、GPIFの資金、

(高度成長期、日本の労働者が、長時間労働の最たるものだが、

毎日、深夜まで働いて営々と蓄積し、

バブル崩壊後は、収入が激減して行く中も変わらず徴収され、

現在も、若い人が、少ない給料の中から高率徴収され

受け取れるかどうか心配しながら納めている

安全運用されるべき国民の老後資金)を、

政府の意向が強く働いて、

その運用比率を変えられたのは記憶に新しい。

あれは、何でしたっけ。

 

指示できないものを指示し、

関与できないはずの運用比率を変えさせたのは、

安倍首相だったはずだが。

あれもデマだったと言うのだろうか

 

婉曲な方法で、迂回して、

自主的な判断で、といういつもの方法で、

官邸の意向は生かされる。

 

年金積立金管理運用独立行政法人だろうと、

原子力規制委員会だろうと、

それどころか、

最高裁判所だって、

内閣の意向が反映するのが日本。

 

特に安倍総理の鶴の一声で、決まるのが昨今。

稀代の悪法も次々通し、憲法まで変えようという御方。

国家を意のままに動かそうとすること、

決してトランプさんにも負けていませんね。

トランプさんの方が、嘘つきでないだけ

まだいいんじゃないかと思う。

 

祥  * 『日記』 * 11:12 * comments(0) * trackbacks(0)

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