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寄付金があってもなくても安倍首相のご意思があったと籠池氏は認識しているわけで

一方的にせよ、

心と心が一緒だったとまで、

片思い的に思ってもいて、

だからこそ、「しつこい」と言われて、

ショックを受けて、反動的に現在の行動に出てもいる。

(その上に、長年信じていたのに

「保守の人は誰も助けに来てくれなかった誰も」

というのも二重にショックだったのだろう。)

 

それを完全否定するなら、

安倍昭恵さんが、名誉校長を引き受けるべきではなかったし、

相思相愛は、籠池理事長サイドの思い込みであっても、

安倍総理の改憲や愛国心を重んじる教育改革に期待し、

情念的に心酔し、傾倒し、その教育改革の先兵を任じていた籠池氏に対して、

 

安倍首相の側も、講演依頼を引き受け、

自分が行けなくなった時は、お詫びの文を

安倍晋三の名で郵送し、次を約束してもいる。

 

熱心な支援者である籠池理事長に対する

リップサービスであったとしても、

実際、安倍首相自身が講演するはずだった9月5日当日も、

代りに昭恵夫人が公演をし、自らフェイスブックに

写真付きで投稿もしている。

 

ゆえに、安倍首相が、「しつこい人」と切り捨て、

完全に相関関係を否定するなら、

そう思い込むまでに支援をして来たことを

否定する材料がなければならない。

 

そもそも、バックアップする安倍首相に限らない多くの

「ご意思」無しに、

このような小さな学園が、巨額の資金を必要とする

「瑞穂の國記念小學院」を作れると思い、

実際、間近まで漕ぎつけると思っただろうか。

 

それこそがドンキホーテ的な籠池氏の籠池氏たるゆえんであるかもしれないが、

普通なら、そうは思えないわけで、

それを可能と思い込ませたものが確かにあるはず。

その妄想を現実のものと実現寸前まで運んだもの。

 

その錯覚を後押ししたものは何だったのか。

大きな勢力となっているものがあったからではないだろうか。

 

普通なら、その資力から考えても、

壮大すぎる夢だったはずのもの。

それを可能にしたのは、沢山の人が、応援してくれているという思い。

日本会議や自民党右派の人たち、維新の会の人たち、

森友学園の教育方針に共鳴する人が支援を約束し、

学院の建設を共に望んでいる不特定多数の存在を、

たとえ錯覚、思い込みにせよ、信じてのことであっただろうし、

信じさせる事象も、数々あったのだろう。

 

その代表であり、そのピラミッドの頂点が、

安倍内閣総理大臣その人であった。

少なくとも、籠池理事長の心の中では。

その構図の上に立って、籠池氏は奔走し、

「風が吹いて来た」思いを味わい、

その勢いを加速する動きに出た。

 

加計学園にしろ、森友学園にしろ、

安倍政権の復活がなければ、

ありえない「偶然」であった。

 

 

それが、中途挫折したのは、豊中市の木村市議の告発(2月8日)と、

それを取り上げた朝日新聞の記事(2月9日)からだった。

 

それがなければ、野望は実現していたし、

今頃は、桜咲く季節の開校を待つばかりだったのだ。

 

 

9月3日に、安倍さんが、迫田前理財局長を呼び出して、

何を話したのか。

9月4日、冬柴Jrと、りそな銀行の融資について

大阪で話さなかったか。

松井さんや橋下さんと会食した時には何を話したのか。

近畿財務局や理財局の担当官の証人喚問を求めると共に、

安倍首相にも、参考人招致を求めて訊きたいくらいだ。

もちろん疑惑は疑惑にしかすぎないし、

安倍さんの介在は、一切なかったかもしれないが、

真相に関わる疑問を聞くことも出来ないのでは、

解りようがない。

 

 

祥  * 『時事』 * 13:49 * comments(0) * trackbacks(0)

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