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西部邁さん 保守の論客だけど一流の評論家だったね

亡くなられたんだ。

ご冥福をお祈りします。

 

多摩川で自殺って、

体調以外に精神的なものもあったのかな。

三島由紀夫のように、 何かに絶望していたとか、

「見るべきものは見つ」と思ったとか。

 

万巻の書が脳内の書庫にあるような 本物の知識人、

そして本物の保守と言っていい人には、

今のような贋物の保守が跋扈する状況は、

もうお終いにしようというような 堪えがたい思いもあったかも。

この間まで、テレビ番組を持って、 対談もしてらしたのに。

 

あの修辞力はどこへ行ってしまうのだろう。

思想家として文学者として経済学者としてのエッセンスは、

どこへ消えてしまうのだろう。

なんて勿体ない。

 

人間は、毎日、世界に殺されているんだと感じてしまう。

自害する以外に自分らしい生を全うする方法がないとも。

 

芥川が死んだときには「ぼんやりしたとした不安」だと言った。

川端康成の時は、何も明かされなかった。

さよならだけが人生だと言ったのは誰だったか。

「だいせんじがけだらなよさ」は歌だったね。

 

西部さんは何故死んだのだろう。

遺書があったようだけど。

薬一粒の安楽死が認められない日本。

おめおめと生きていたら、老醜の残世が迫るばかり。

もっと酷い世の中を見るばかり。

 

体調不良にしろ、ここで終わりにしようと思われたにせよ、

死ぬときは何らかの方法で自殺と決められていたのだろうし、

意志的な人生を生きた結果として、

意志的な死を選ぶのはある意味自然だ。

 

具体的なことが書かれていたとしても、

複雑にかみ合っていて、

本当の理由はわからないのかもしれない。

風間祥  * 『時事』 * 17:09 * comments(2) * trackbacks(0)

コメント

俺は、西部氏の「人間なんてろくでもない。民主主義なんて傲慢だ」って常套句、同意できるんです。
理性と合理主義で決定しているかのよう装っているが、その実本当の理由は好き嫌いや愛着や嫌悪。主導者面した欧米からして一番信用できない。貧富の偏在を解決するどころかますます加速させる「民主主義」。そんなものならなくなってしまえばいい。
Comment by V @ 2018/01/22 6:24 AM
人間が本質的に、ろくでもないものである以上、
その弱さも愚かさも集約された形で出て来ることも
仕方がないことですよね。

人間が、理想通りに変われるというよりは、
ありのまま、もしくは劣化していくことも
自然の成り行きでもあるような。

権力が、それを握ったものに、
自分に都合がいいように利用されるのは、
王政であれ、間接民主主義であれ、
変わらない。
人は誰も暴君ですし。
(ヤラレテいる時は腹も立ちますが^^)


制度としてチェック機能が、
いろいろ出来るのも、
それも腐敗して役に立たなくなるのも、
何もかも無駄に思えるのも、
すべては、人間がろくでもないものであるからで、
そのことを自覚しないのは、
傲慢そのものなのでしょうね。

王や貴族の慈悲や善政に頼るか、
人民代表の公平な政治に頼るか、
主体である人間というものが、
だいたい何が何だか解らない不思議なもの。
神も仏もないけれど、
合理主義なんて、そもそも在り得ない。
人間自体、どこから来てどこへ行くのかも解らない。
運と偶然で生き延びられるかどうかだけみたいな存在。
どっちにしろいずれ全員死ぬんだし。
なって言ってはお終いかもしれないけれど、
西部さんには、根底に、ニヒリズムを感じる。
皮肉なことに、だからこそ、人間的な信頼感に。
Comment by 祥 @ 2018/01/22 9:42 AM
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