銀河最終便
WEB日記

<東京新聞5月23日版「生活部記者の両親ダブル介護「ほどよい所得階層」で助かる>の巻。                 
ここに書かれてあるのは、
非課税で助かった人の話。


「ほどよい所得階層」とは、
「非課税者」の話。


実際には、世帯の全員が非課税
になれるなんてことはほぼなく、
僅かな年金しかなくても、
一般の人はだいたい課税世帯となるのであり、
団塊の世代ともなれば、大抵の人は、
年金生活であっても課税は免れない。
そのように政府の線引きがされているのだから。


ゆえに、その線引きによる分類によって、
医療費も介護保険料も住民税も高くなり、
後期高齢者医療制度などは、
65歳以下の2倍の所得掛け率となるのであり、
(ここでも非課税者には、特別な軽減措置があり、
後期高齢者医療保険制度への不満を吸収する装置としている。)
65歳以下時代の2倍の健康保険料であり、
それは、一般的なイメージにはまだ無いものだ。


そのため、特別養護老人ホームに入所したとしても、
この記事の記者の両親の場合のようには、
限度額認定も受けられず、規定の満額負担を強いられ、
要介護による利用料の減額も受けられず、
入居費用や食費の減額も受けられない。

この記者の両親は、
年金が少ないからこそ「ほどよい所得」の
恩恵を受けられるが、
実際には貧しい年金生活者であっても、
団塊世代にあたる人は大方が、
政府の引いた苛酷な課税ラインを超えてしまうから、
「非課税」にはならず、
ほどよくない所得者は、非課税という魔法のような
黄金枠の恩恵を受けられない。


それさえあれば、程よい負担も、
残念なことに、一般所得と分類されれば、
終生、課税され、終生、限度額認定による減額もない
満額を支払うよう義務づけられることになる。


もしも倒れて動けなくなっても、月々の負担は、
この記者の両親の場合のように
一人7・8万円程度で済むことはなく、
老健なり特養老人ホームなりへの支払いは、
(特養は、最も負担が軽いとされる待機者何百人の公的機関であるが)
最低でも一人につき、12・3万円プラス実費2万円の負担を
強いられることになる。

その他の税金、社会保険料、医療費、生活費を除いて。
自宅も維持していれば、そのためにかかる費用も。

ダブル介護なら、いったい、いくらかかるのだろう。
それも、これは、運よく、待機組の中から選ばれて、
何年待つか知れないが、公的な特別養護老人ホームに
入れた時の話だ。
一般の老人ホームなら、当然さらに上増す負担となる。


終生利用することになれば、
課税者と、非課税になった運の良い人とは、
どれほどの差になるのだろう。
税金や医療費や社会保険料の差を無視するとしても。


この非課税者優遇は、欠陥がある制度だ。
なぜなら、最近は貯金や不動産など、
少し調整も入れたようだが、
実際の所得差や資産差を、
正確に反映しているわけではないからだ。


非課税所得者を狭い範囲で、
ほぼ意味なく、細かく3段階にも分類しながら。
そしてそこに僅かな負担額の差を設けながら、
ほんの少しでも非課税のラインを超えれば、
いきなり月々5万円ほども利用料をアップするという制度。


その上に、収入によっては、
年収346万円(単身者280万円)で、
(控除後の所得ではない。控除前の収入である)
何と「高額所得者」になり、
2割負担や、ユニットタイプ利用ともなれば、
特養と言えど、月々20万円では収まらないだろう。
居宅介護の要介護度別利用料にしても、
36万円の一割負担なら3.万6千円ほどだが、
2割負担では、7万円を超える。
医療費と介護費用と、さらにそれぞれの掛け金と、
一旦健康を失えば、若い時と違って、回復する見込みはないのだから、
ただ、無限に収奪される穴が赤い口を開けて待っていることになる。
どんな老後設計も空しいのではないだろうか。
非課税なら、全てに緩和緩急措置が付いているが、
名ばかりの「高額所得者」や、
現役並みどころか、半分も無い「現役並み所得者」や、
等しく貧しい「課税者」には、情け容赦のない制度。

ともかく、課税と非課税の間に、
その中間がないという不思議な制度。


どこかで線引きをするのはやむをえないとしても、
裕福な課税所得者は、それでいいけれど、
政府が線引きする、非課税者と、大して変わらない、
程よくない貧乏な課税所得者と
この記者の両親のような「程よい所得」の
実際の所得差を反映しない非課税所得者の間の落差が大きすぎ、
負担の差が大きすぎる。

緩衝地帯としての中間が、何事にも必要だと思う。
逆に中間に、矛盾や不利益を引き受けさせ、
負担は大きく、需給は少ないという
制度の受難層としてはいけないと思う。



貧しい年金生活者でありながら、
「課税」となった途端、
同じく低所得の中でも非課税になった人との間には、
最低でも施設支払い額だけでも、
年間60万円もの支払額の差が発生するのは、
政府の作った制度の欠陥でしかない。
人々の関心が薄いからだ。
施設の需要が限りなく爆発的に大きくなる時代、
これをどう説明するのだろう。


何たって、政府の決めた非課税って、
「年所得35万円以下」である。
つまり、年金収入で言えば、
単身で155万円、夫婦で211万円を、
1万円でも超えれば、立派な課税所得者と分類されるのだ。
(一方、代々の資産でもあってサツマイモでも作っていることにしていて、
アルバイトもせず、年収的には少なければ、非課税者という分類となる。)


そんなに低所得でも、非課税枠にある減額措置無くなり、
いきなり年間60万円の差を上乗せされてしまうのだとすれば、
寧ろ年金額が、少ない方がいいということになる。
「ほどよく」あるためには。


ほんの少しの差で、
課税所得者には、
不利な支払いが義務づけられるのは
どういうわけだろう。

政策立案者は、
考えたことがあるのだろうか。
想像力が全く無いのではないのだろうか。


僅かな年金支給額の差で、
後期高齢者医療保険が2倍となり、
全然現役並みならぬ低所得者も「現役並み」と、
振り分けられれば、医療窓口負担も3割とされ、
入院時の限度額負担も、現役並み負担を強いられ、
掛けるほうの介護保険料も、
一人課税所得者がいるだけで、
家族分も高くなり、
住民税もあり、全てにおいて
収入に対して、大きな負担を強いられる。

非課税でさえあれば、免れる高額負担。
入院時の限度額も違い、
窓口負担率も、みな違う。

歳を取ったら、
なまじっか人並みの年金収入と看做されて、
非課税にならなければ、
生きて行くのが、なおさら厳しくなる。


寧ろ、このような非課税枠は生活保護者を除いて
全員課税として公平に全廃するか、
或いは、大きな段差を設けず、
段階的に緩やかな制度に変更すべきだ。
いきなり大きな滝のような差にせず、
ゆるやかな堰程度の差にすべきだ。
何と言っても、年金生活者の収入に、
その他の別収入がなければ、
所詮大した差は無いのだから。


でなければ、大方の一般所得と分類される
年金所得者が堪えられないだろう。
これから、団塊の世代の70歳越え人口が爆発し、
医療や介護が主題になるというのに、
この欠陥を修正するのは、政府に課せられた急務だ。


こんなに課税、非課税で極端な差を設けて、
非課税枠を設けることで、弱者対策への言い訳とし、
その蔭で、大方の人に酷な税制を強い、
酷な社会保障を取り続けて、
社会保障を自己責任、自己負担にするならば、
大抵の一般所得者は、高負担で幅広く徴税されることとなって、
即ち、様々に優遇される非課税者よりも、実質貧困者となる。


間に一線を設けて、実質低所得の課税所得者を
救うべきだ。
その所得に応じて、負担も公平に強いるべきで、
不当な線引きの在り方をするべきではない。



今は、まだだ他人事と思っている人も、
すぐに、自分の問題になる。
その前に、少しずつでも関心を持って、
制度を改革しておかないと、
全員が地獄の憂き目に遭う。
コロリと全員が死ねれば別だが。







いや、何と言っても、一番必要なのは、
安楽死法案を可決すること。

まだ日本の国会では話にも上がっていないが。
必ず必要になる。
でなければ、地獄をさまようばかりだ。


過信してはいけない。
誰も健康でいる保証はないし、
健康を失えば、それも今想像する自分の姿を
超えれば、生きている勇気のある人が何人いるだろう。
ただ、知らないということだけで、
暢気にしていられるだけなのかもしれないのに。

 
: 『時事』 : comments(0) : trackbacks(0) : posted by 風間祥  :
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