銀河最終便
WEB日記

未来に絶望すると今が一番幸せと答えるという 来たるべき恐ろしい未来に比べれば                 

古市さんの『絶望の国の幸福な若者たち 』

の中の言葉だったか、

幸福の在り方も、微妙で。

若い頃の方が、

ゲリラ的な気分になったりしたのは、

団塊の世代までか。

 

あれは、豊かな高度成長経済下で、

就職も100%保障され、
デモシカ先生なんてなりたくないなんて、

贅沢なことを言っていた時代のことか。

 

今も、好景気ではあり、

今日も株価がバブル崩壊以来最高の水準に戻り、

雇用も好調で、

これといって不安材料もなく、

ぬくぬくと暮らしている人も多い時代ではあるが、

それでも、決定的に違っているのは、

未来が先細りだということ。

 

若い人が少なく、

老人が多くなったということ。

なんとなく不安であったり

未来が見えなかったり、

希望が抱けなかったり、

それでも幸福だと言えるほどに、

しなやかなのか、

穏やかで優しいのか。

怒りを抱くことも少なく、

時代の状況と協調して生きていける気質を

培われているのか。

 

デラシネだの、荒野からの呼び声だの、

イージーライダーだの、俺たちに明日はないだの、

そんな時代は、遠く遠く消えてしまった。

お笑い草も同然に。

 

今を生きる人たちは、

今を生きなければならない人たち。
この先何十年と。


どんな人生になるのか、
どんな世の中になるのか。
若さがあれば、何とかなるのだろうけど。


思えば若さこそが、

時間を持っていることこそが、
最大の宝物。
失ってはじめて解る宝物。
誰でも持っているのに、
いつしか失くしてしまうもの。

 

いつの時代にも不正はあったが、

現代は、とりわけ不正と共存する時代。

天敵を失くした生物のように

蔓延る不正。

それでもいい時代だと。

 

いつまでも?

誰も変えたいとも思わないようだし、

変えられるものとも思わないようだし、

変える必要もないようだし、

苦しくもないようだし、

満足している人さえ多くいるという。

何とも思いようもない。

 

: 『時事』 : comments(2) : trackbacks(0) : posted by 風間祥  :
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若者と老人が、陣取り合戦でいがみ合っている時代なのに。
「今を変えたくない」は共通。
変えなければどんどん悪くなる。
いくらその兆しを語る人がいても耳を貸さない。
散々酷い目にあった人でさえ「やはり最後は自民党しかない」と。
昔の「赤信号みんなで渡れば怖くない」なんでしょうか。
私は、そんな「みんな」の中には入りたくない、自分だけの自分の人生をストレスまみれにしたくないから。
ストレスは「自分の心に嘘を吐くからできるもの」そう思っていますので。
posted by eblo : 2018/09/29 11:05 AM :
私は、心とそれを容れる物が分離している。
感じること、考えることは、
幸か不幸か、若い頃と何も変わっていない。
苦い思いが加わっただけ。
絶望感が深くなるだけ。
心はいつでも根無し草だし、
虚無感に支配され続けているし、
世の中と同調できない思いも変わらない。

でも、現実の自分は、
日本人だけで言っても、
一億三千万分の一のニンゲン。
僅かなお金のあるなしで、
明日が生きられるか生きられないかを
決定されてしまうような、
虫だって持っているような生存力すら
ロクに持たない人間。

もともと生きることに適していなかったし、
生まれて来てよかったことは確かにあったけれど、
でもそれは、みんな私の心の世界に起きたことで、
脳や心が喜んだのは、体という容れ物があった
からではあるけれど、
生活者として政府や世間と同意見だったことは無い。
「生まれて来てすみません」でしかない。

アウトサイダー的な心を持った「私」と、
身体がなければ生きられない生活者としての現実の私。
住民登録をして納税をして、
どこそこの誰さんと既定される私。
ストレスで言えば、
心はずっとストレスを感じ続けている。

そんなのはみんなだと言われるだろうけど、
その度が強いのだろうと思う。
ebloさんの言う「ストレスは『自分の心に嘘を吐くからできるもの』で言えば、
ずっと嘘を吐き続けていなければ、生きていけなかった。
謂わば、性格が生活者として適していないのに、
生活者以外の者ではありえない。
我儘な心をそのままに生きられる方法なんてどこにもない。

この世の中と調和して生きて行くには、
自分の心をを抑えて生きる以外に無い。
だから、ずっとストレスの塊のようなもの。

自分の思ったように生きるためには、
人生というもの、社会というものが、
そもそも、私には向いていない。

普通に、ささやかに、
ただ気儘に生きていたかっただけだけれど、
それが現実存在としての私には許されない。

ただ、そんな私でも、
現実的妥協は妥協として、
政権選択を求められる選挙では、
自分の意志表示をする。
今のままでいいとか、
現在の政治で満足などと、思いも出来ない。
そのあたりが、今のままでいいという
現在の状況に違和感を感じるところなのよね。

posted by 祥 : 2018/09/29 1:12 PM :
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