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平野啓一郎さんの連載小説『本心』はやはり面白い。

 

 

虚構(?)の母、人工の母と暮らす生活が、

そろそろ始まりそうだ。

第2回の今日は、

まだ「ー 母を作ってほしいんです。」

とバーチャル・フィギュアを依頼するところまで。

 

でも、

久しぶりに小説の醍醐味が味わえそうな予感がする。

仮想現実、バーチャルなリアルを通して、

生と死、人が生の終わりに何を求め、何を願うか。

 

 

 人は誰でも、自分を生んだ宇宙を離れ、

自分を育み育て、関わった宇宙を残して、死んで行く。

それもただ一人。

どんなに足掻いても、どんなに気がかりで心残りでも、

どんなに置いてはいけない者を残しても。

 

どんな人でも、一回きりの生。

その時、人は、本心では、何を思っているのか。

その生と死を、最終的に誰が決めるのか。

 

 

予想もしない展開になれば、

それはそれで面白い。

予期せぬ出来事は、

物語のもう一つの醍醐味。

 

 

 

AIロボットと暮らすドラマは、

以前NHKかなんかで視たような気もするし、

映画では、

大林宣彦監督作品で主題歌もヒットした『ふたり』

だったか、

亡くなった姉が、心の中に棲み続けていて、

鏡の中から現れたりするようなタッチで描かれたのは、

観たことがあるが、

今回のような書き方は、初めてかな。

生と死と愛。

すべてのものは過ぎて行くというモーパッサンのような考え方もあれば、

永遠について考えるのもまたいいかもしれない。

何度でも生き直される生。

 

 

私たちにしたって、

誰でも、一人の人の中には、

亡くなった人も、

遠くにいて逢えない人もいて。

 

私たちは、

遥か遥か昔に死んだ多くの人の魂を、

文学や映画や歴史を通して、

その人たちの魂のようなものも、

それぞれに、

抱いて生きている。

 

人間が人間である理由。

その存在価値。

 

それは繊細に感受し、

深く想うから。

 

たとえ、誰かが死んでも、

その人の体験は、風化しないで残っていく。

社会という単位、

地球という単位で残る記憶もある。

 

そう、感受し、思惟することで、

それは残る。

 

謂わば、私たちは、

常に胎動する宇宙という生身、

有機体の分身なのだから。

 

だから、私たちの命は永遠。

私たちが思うことで、

私たちの中の他者も永遠。

その思いも永遠。

 

私たちの心の中で、

いつでも人は生きている。

それは、実在・実存とそれほど変わらない。

 

 

 映画の(小説ででもあるが)

『突然炎のごとく』の中で、

旅行中に見た古代の彫像の、

アルカイック・スマイルに魅せられるシーンがあるが、

私たちの中を流れる時間には、

古代の空や海を流れた時間も

共に流れているのだ。

 

 

愛は消えない。

感情や心理は、

永遠なのだ。

 

もちろん憎しみもまた、

心に刻まれる。

 

それが、

生きているということで、

兵馬俑の兵士や、

五百羅漢にも、

一人一人の表情は刻まれ、

それは歴史と重なる。

 

 

 

 

 

風間祥  * 『時事』 * 20:47 * - * -
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