銀河最終便
WEB日記

花へんろ NHK BSプレミアム を視た 桑原研郎さんの音楽がいいなぁ                 

四国の、瀬戸内の海の穏やかさ。

あくまでも優しい海と海辺の町をめぐる遍路道。

 

遍路道に面して、

商店が連なり、

早坂暁さんの生家である富屋勧商場があった。

 

このドラマ、

今見ると、吃驚することばかり。

何と、このドラマには、

「 後ろ姿の しぐれてゆくか 」 の、

種田山頭火が、登場する。

 

 

若い頃の、桃井かおりは、

早坂さんの母親の役。

 

懐かしい顔、顔、顔。

中條静夫、沢村貞子、藤村志保、

下條正巳、加藤治子や樹木希林、

市原悦子、小林亜星、磯野洋子

語りは渥美清だ。

 

それにしても、早坂暁さんを含めて、

大半の人が、彼岸へ行ってしまった。

 

広島、原爆、人が燃える時の青い燐の炎。

そのような特別な死に方ではないが、

みんないつかは、残らず死ぬ。

俳優さんも、それを視ている私たちも。

 

それも、あまり遠くない いつの日か。

 

: 『映画・演劇(宝塚)・TV・コンサート』 : - : - : posted by 風間祥  :
原発を推進、輸出する政府保証の不良債権。                 

日立英原発、即時中止なら損失は最大約2700億円に

 日立製作所は、英国での原発計画をめぐり、現時点で中止すれば最大約2700億円の損失が生じるとの見通しを示した。着工の可否は来年中に判断する。着工への手続きや調査にも費用がかかり、中止決定が遅くなれば、損失はさらにふくらむとみられる。(朝日新聞デジタル)

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これって、政府保証をつけて契約したんだよね。

(総事業費3兆円のうち、2兆2千億円)

国民の税金を無駄遣いする政府が。

まだ改めない時代遅れの考えて。

 

愚かな政府が、打出の小槌のように思っている税金。
国民負担は、安倍さんや経産省の懐には関係ないからね。

売れも儲かりもしない原発にしがみついて、

債務を膨らます。

東芝の失敗を見ながら、まだ覚めない。

計画が失敗した時は、

莫大な損失を肩代わりしようという

気の狂った日英の施政者軍団。

 

 

こんな愚かな政府のために、

年々歳々、降り積もる債務を、

国民がずっと支払い続けなければならないんだろうか。

馬鹿な政府のために。

 

この原発のことに限らず、

安倍さんが、ばら撒きドブに捨てた金額は

どれくらいあるのだろう。

ヤッテル感のために、外遊を繰り返し、

しかも夫婦そろって飛行機を使い、宿泊代を使い。

経済人を引き連れて、大名旅行をした上に、

債務を膨らませたのでは、

何のために行っているのかわからない。

 

 

馬鹿な政府に投票した国民だけで支払えばいいのに。

そういう方法も選択の時にあればいいのにね。

 

陸上イージス、1基1340億円…2基導入へ

7/30(月) 13:56配信

読売新聞

 小野寺防衛相は30日、2023年度の運用開始を目指す地上配備型迎撃システム「イージスアショア」に、米ロッキード・マーチン社製の最新鋭レーダー「LMSSR」を搭載すると発表した。LMSSRを搭載すると、イージスアショア1基(本体)は1340億円となる。防衛省は2基を導入する計画だ。

 イージスアショアは、イージス艦のミサイル防衛機能に特化した陸上型施設。LMSSRの探知距離は1000キロ・メートルを大きく上回り、海上自衛隊イージス艦搭載のレーダー「SPY1」と比べると、探知距離は2倍以上になる。配備候補地の秋田、山口両県から朝鮮半島全域を常時監視できる。

 導入費は施設整備費などを含め、最終的に4000億円以上になる見通しだ。搭載する新型迎撃ミサイルの取得費用を含めると、費用はさらに膨らむ可能性がある。

 

 

 

今日は、こんな記事も。

 

全く、次から次へと。

役にも立たない防衛機器を、

アメリカの註文通り買わされ、

巨大軍事産業が暴利を貪るのに貢献するだけで、

財政状況の悪化を、

国民の社会保障費が増えるせいにする。

 

国民皆保険制度の維持も危ぶまれているというが、

その恫喝の声は聞こえても、

ミサイルやイージス・アショア、

イージス艦、戦闘機、オスプレイと、

次々と購入するそれらの経費を

底無しに注ぎ込むことについては、

少しもためらうようでもないし、

何一つ危ぶむ声も聞こえない。

 

 

ところで、

こんな政府に対して、

なんでみんな怒らないの?

なんでみんな寛大なの?

 

税金を無駄遣いされても怒らないのはなぜ?

愛国教育で洗脳されているの?

 

 

防衛費なんてものにお金を使わず、

もう一度、原点に戻ったら?

素朴に必要なものを、等身大で考えたら?

 

今でも繁栄する経済大国の一つでもあるけれど、

国土の広さでも資源でも、

日本は、基本的に貧しい国だよ。

 

そういう意味では、

極東の小国であり、

原発でぐるぐる巻きの上に、

自然災害も頻発する、

戦争になったらひとたまりもない、

大陸の防波堤の一部のような孤島だよ。

 

外国の協力がなければ、

自給自足さえできないんだよ。

 

山も畑も海も荒らして、

生きてもいけないんだよ。

 

自分たちの口を充たす食料さえなく、

それなのに、種を売り、水を売り、

最後には、命までも売ろうというの?

 

武器で装備したつもりで、

敵の敵の敵、そのまた敵の敵の敵になるの?

 

だからこそ、

アメリカに気に入られる必要があり、

世界中から富を奪う手伝いをする必要があるというの?

 

ミニアメリカになって、

ミニミリタリー国家になって。

お下がりと払い下げで、

ギブミーチョコレートと、

アメリカ兵のジープに駆け寄った時代と、

対象が変わっただけなんだろうか。

 

: 『時事』 : - : - : posted by 風間祥  :
BS朝日 テイバン・タイムズ 「都会で過ごすひと味ちがう夏休み」                 

番組では、下町ガイドツァーで

omoレンジャーが大塚を歩いている。

極上スイーツや、

揚げたての天婦羅をその場で。

 

 

人生を楽しく過ごすなら、

下町に住むのが一番だな。

 

気取った山の手の住宅街なんて、

何にも無い。

お店もなければ、

人っ気もなく、

静まりかえっている。

ゴーストタウンも同じ。

 

美味しいお店が一杯あって、

物が安くて、

工夫と人情に溢れた下町が一番いい。

 

 

このあと番組は、横浜へ。

六つ脚アルマジロの安心して仰向けになった放恣な寝姿。

オニオオハシのカラフルさ。

陸亀。

 

アニマルガーデンも、ある意味、避暑スポットなんですね。

如何にも涼し気な水族館に限らず。

 

 

: 『映画・演劇(宝塚)・TV・コンサート』 : - : - : posted by 風間祥  :
オペラ『秋のソナタ』第二幕に入る 映画のイングリットバーグマン母娘にもまして激しく                 

小説や映画では、よくあるけれど、

オペラでは、あまり見たことがない。

こういう愛と憎しみ、才能溢れた人の

親子の確執自体は、ギリシャ悲劇以来、

古典的なコンプレックス劇でもあるけれど。

 

 

「人生を生きていない。

生まれてさえいない。

 

音楽を通してしか

私は感情を表現することすらできなかった。

 

そもそも私は生きて来たのかしら」

 

 

 

NHKBS プレイミアムシアター 歌劇「秋のソナタ」

ベルイマン監督特集より   

フィンランド国立歌劇場

 

 

映画祭もやってるよ。

恵比寿ガーデン

《ベルイマン 生誕100周年映画祭》

 

夏の遊び/野いちご/魔法陣/仮面/ペルソナ

/ファニーとアレクサンデル/夏の夜は三たび微笑む

/処女の泉/鏡の中にある如く/冬の光/沈黙/

叫びとささやき/秋のソナタ/第七の封印

 

: 『映画・演劇(宝塚)・TV・コンサート』 : - : - : posted by 風間祥  :
死神のような竹中平蔵や安倍総理にはお気に入りの働かせ方改革                 

もちろん後ろから糸を引いているのは経団連。

労働者の生き血を吸って生き延びるのだろう。

 

デモをする学生も、ストをする労働組合もいなくなって、

お気楽な施政者。

 

知らぬ存ぜぬ、勝手に騒げと言っていれば、

世の中は回っていくのだ。

: 『時事』 : - : - : posted by 風間祥  :
まとめて再掲。金井美恵子さんの短歌批判と歌壇の反応に関して書いた「銀河最終便」内過去記事                 

ご参照ください。

内野光子さんのブログ

〇自浄能力を失った歌壇か―「腰が引ける」とは(2018年3月9日)

http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/

 

以前、書いた文章ですが、

早稲田文学春号デビュー50周年特集号『金井美恵子なんか怖くない』

(2018.3 発行)を読んだので、

金井美恵子さんの当時の短歌界への指摘を読んだ時の、

当時の感想など、まとめて再掲しておきます。

金井美恵子 早稲田文学3月号

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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今さらもう何を言っても詮ないとすべてを諦めてゆくよ折節

大きな社会も小さな社会も社会はみんな同じで
短歌界なんてところも同じ仕組みで。

金井美恵子さんの指摘も、この世界には届かない。
そよりとも風も吹かない。
一木一草動かず、すべて世はことも無し。
本尊は安泰で、門弟三千人の世界は微動ともしない。
そのことを憂う人はいない。

何があっても権威は安泰、何があっても大樹の陰と 今日の日暮れはことに悲しく

金井美恵子さんが指摘した問題も、
この何とも言えない空気も、
権威の壁の厚さ、
誰も抵抗しない、
抵抗できない壁の厚さ。
なぜなら、全体が壁だから。

穂村弘さんの明晰さに救いを感じる 『短歌研究』座談会での、金井さんの指摘に対する発言

「短歌研究」2013年『短歌年鑑』の座談会
(佐佐木幸綱、島田修三、栗木京子、小島ゆかり、穂村弘)で、
金井美恵子さんの文章に触れている部分を読んだ。

穂村さんの、本質を衝 いた発言がある。
他の歌人は、 問題の周辺をうろついている。
中には、全く解っていない発言者もいる。
発言の無い歌人もいる。

栗木 「結局、第二芸術論のときの発言と変わらない。
島田 「もうちょっとひどいんだ。金井さんが言っているのは。
もう一つ、歌人の書く散文や批評の質が低いと言っている。
その質の低さというのが、また感心しないものを引用しているんだけれども、
要するに閉じた言語空間の中でお互いにヨイショしあっているんだろうと、
こういう批判をするわけです。
お互いだけが理解し合える世界の言葉でしか語っていないんじゃないの

というのが金井さんの論理。

いいものを見ていないんだ、あの人、全然。」
・・・中略・・・
穂村 「でも、他に本当にいい歌があるということで反論になるのかなぁ

という気もするんですよね。
短歌を解毒するという言い方とか、

何か僕は衝いているような気がしていて。
普通に言うと「風流夢譚」のほうがずっと毒に見えるんだけど、

だけどそうじゃない、
短歌の、ある言語空間のほうが毒なんだという。

これは直観的に当たっているような気がしますね。」
島田 「毒にも薬にもならないと言っているわけ。」
穂村 「それこそが実は毒だということなんだけど、

お茶とかお花とかだったら、先生がいて、
流派があって、段とか級みたいなものに、

師範のお免状があったり、はっきりしていますよね。
でも短歌は微妙に流派があるといえばあるけど、

そこまではっきりあるわけじゃないし、
段や級があるわけじゃないけど、欄によって、

偉い欄や、ちょっと初心者の欄があるみたいな。」
島田 「阿吽の何かね。」
穂村 「その共同体と表現との微妙な関係のすべてが

気持ち悪いと言えば気持ち悪いわけです。
また、これまでは結社と皇室のパラレルな感じとか

相似形として漠然と感じられていたところが、
たとえば永田家は歌の家という形で、

今回はっきり可視化されたところがあって、

金井さんはそこを意識したんだろうと思います。」

 

このほかにも、栗木京子さんの、
「ただ、たとえば岡井隆さんの『わが告白』とか、

それから河野裕子さん、永田和宏さんのエッセイ集が出たときに、

ご本人はそんなつもりはないんだけれども、

出版社側が、夫婦そろって歌会始選者であるとか、

岡井隆さんが御用掛であると広告とか帯に書くじゃないですか。

それがやはり私は問題ではないかと思っていますね。

短歌を知らない一般の人にエッセイ集を読んでもらおうとして

皇室を表に出さざるをえない。そこに金井さんは違和感を憶えたのでしょう。」

というような発言もあるが、
「ご本人はそんなつもりはないんだけれども」って、
ではご本人は、どんなつもりなのか、
どんなつもりもないというのだろうか。
栗木さんもお解りのように、
金井さんでなくても、違和感を感じるのが当たり前なのだ。

風間祥  * 『短歌について』 * 23:50 * comments(0) * trackbacks(0)

2、再び、金井美恵子さんの文章と歌人の反応の不思議さ

論考 たとへば(君)、あるいは、告白、だから、というか、なので、『風流夢譚』で短歌を解毒する  
                           金井美恵子
     『KAWADE 道の手帖』  p76 〜p93  全18ページ。


どう読んでも、金井美恵子さんの文章は、至極尤もな文章で、
この論考のどこが、歌人の誰彼を怒らせているのかわからない。

述べられているのは、まったくその通り、
としか言いようのない事実だけである。
荒唐無稽な想像でも作られた戯画でもない。

本来なら、短歌の世界の内部から出て然るべき批判が、
歌壇外に追放されたくなく、仲間を失いたくない歌人に代わって、
ジャンル外の金井さんによって語られただけであって、
感謝をもって迎えるべき批判だ。

自浄作用が無いことを恥じることはあっても、
怒ったりなど考えることも出来ない。

岡井さんの原発に対する意見や、論旨、
引用されている、日経誌上に発表し、
著書『わが告白』にも書いた認識違いの数々の文章、
告白とは名ばかりの「自慢話」
皇室の威光を中心とし一族郎党相伴って短歌下僕を侍らせる
ピラミッド的ヒエラルキーの肯定。
蔑まれても仕方がないとしか言えない。

同じく、夫妻で歌会始選者を務め、
死に至る経過の一部始終を、紙媒体やTVで近接撮影・放映を
許可した永田一家の在り方。
「現象」と表現した皇后。
国民大衆と皇室と歌人の関係。

歌人が、歌会始選者であり皇室御用掛であり「未来」代表であり
有力で高名な弟子を数多く抱える岡井氏を慮り、
同じく生前歌会始選者を夫妻で務め、
人気結社「塔」の主宰である永田夫妻を慮って、
「未来」や「塔を」敵に回し、歌壇を敵に回す勇気のない歌人たちが
誰も口に出来なかった批判を、
というより、違和にさえ感じなかった感覚麻痺の歌人たちに代わって、
作家であり詩人である金井さんが、発しただけのこと。

当然出されていい疑問、当然問わなければいけない姿勢。
短歌界の中からでも、外からでも、どこからでも。

金井さんは、当たり前のことを言っているだけだ。
それを、短歌に対する蔑視だ嫌悪だと恥ずかしくはないのだろうか。
そんな調子なら、揶揄や嘲笑、蔑視や嫌悪を受けても、
当然の帰結だとも言える。

「揶揄と嘲笑」というが、されるようなことをしているのだ。
短歌界は、自分で自分の姿が見えないようだから、
文学の隣人が鏡を用意してくれただけだと解している。


 

風間祥  * 『短歌について』 * 20:17 * comments(0) * trackbacks(0)

1、大辻隆弘さんの毎日新聞「短歌月評:「短歌否定論」を読んで

 
 
短歌月評:「短歌否定論」=大辻隆弘
毎日新聞 2012年11月19日 東京朝刊
 
作家・詩人の金井美恵子が「たとへば(君)、あるいは、告白、だから、というか、なので、『風流夢譚(むたん)』で短歌を解毒する」(『道の手帖(てちょう)・深沢七郎』)という短歌否定論を発表している。
 
金井はこのなかで、短歌を「大衆に支持される巨大で歴史的な言語空間」として規定し、そこに歌会始を頂点とする天皇制のヒエラルキーを見てとっている。彼女は、岡井隆が皇室に関わり、皇后陛下が河野裕子の歌を愛好されていることをその証拠として挙げる。
 
金井の文章に底流するのは、文壇のなかに今も根強く残る短歌への蔑視である。それは、現代短歌を「和歌」と見なし、それを天皇制と直結させる偏狭で硬直した戦後左翼的な短歌観に他ならない。
 
戦後、短歌は俳句と並び第二芸術論という激しい否定論に曝(さら)された。その背後には、敗戦を機に噴出した日本文化に対するヒステリックな劣等視があった。金井はおそらく、少女期にそのような風潮のなかで短歌と出会ってしまったのだろう。彼女は「<広島がいいね>とトルーマンが言ったので八月六日は原爆記念日」という自作歌を披露してもいるが、このようなものを本当に短歌だと考えているのだとすれば認識が浅すぎる。
 
金井の短歌蔑視の背景には、突き詰めれば、日本語や日本という共同体への深い嫌悪があるのではないか。嫌悪する日本語によって思いを綴(つづ)らざるを得ない、という屈折した自意識は、挿入句の多い難渋な彼女の文章にも滲(にじ)み出ている。が、その鬱憤を短歌に向けられては、たまったものではない。
 
短歌は言語芸術の一ジャンルである。それ以上でも、それ以下でもない。虚心坦懐(きょしんたんかい)でフェアな目が強く希求される。(おおつじ・たかひろ=歌人)
 

 

王国が侮辱され侵害されたといわんばかりの
大辻さんの反応、
驚いた。

 

因みに、金井美恵子さんの文章に関しては、
松村正直さんや、『短歌年鑑』(角川短歌1月号増刊)の中でも、
三枝昴之、川野里子、島田修三さんが、触れている。
 
「短歌に対する執拗なまでの侮蔑と嫌悪感」
(『短歌』9月号「歌壇時評:短歌への嫌悪感」松村正直)とは、
いったいどのようなものなのだろう。
というより、なぜ、そのように、歌人が感じるのか。
非常に興味深い。

「短歌は言語芸術の一ジャンルである。
それ以上でも、それ以下でもない。
虚心坦懐(きょしんたんかい)でフェアな目が強く希求される。」
と、立派なことを書きながら、
「が、その鬱憤を短歌に向けられては、たまったものではない。」
と捉える大辻さんの文も、フェアなものではないと感じる。

何よりも、このような見方は卑怯だということに、
大辻さんは気づいていないのだろうか。
問題はこちら側にあるのではなく、金井さんの資質にあるかのような書き方であって、
短歌自身の問題点には、一切目を向けようとはしていない。

 
「金井の短歌蔑視の背景には、突き詰めれば、
日本語や日本という共同体への深い嫌悪があるのではないか。
嫌悪する日本語によって思いを綴(つづ)らざるを得ない、
という屈折した自意識は、挿入句の多い難渋な彼女の文章
にも滲(にじ)み出ている」

金井さんの「屈折した自意識」が、短歌蔑視の原因だと言いたいのか。
「日本文化に対するヒステリックな劣等視」をする時代に、
「少女期にそのような風潮のなかで短歌と出会ってしまった」ことが、
このような文章を書かせることになった原因だというのか。
全ては、書き手の感性の問題だと。

まるで、日本を批判をしたからと言って、日本が嫌いなら
日本から出て行けという嫌韓・嫌中の人たちと変わらない発想だ。
日本語を独占物のように考えているのだろうか。
いったいなぜ、短歌の在り方を批判したら、
日本を愛していないことになり、日本語を愛していないことになるのだろう。
傲慢な決めつけに過ぎない。



岡井隆氏や河野裕子さん(永田一家)に対する疑問や批判が
禁忌ともなっているかのような短歌界の現状を見る限り、
金井さんの指摘は、別に病的な怨念や
不自然なトラウマによるものとは思えない。

極めてまっとうな批判としか思えない論考について、
あからさまな無視、あるいは全面拒否以外の対応がないとは、
短歌界の閉塞性をそれ自体が裏書きするようだ。

現在の短歌の世界では、岡井隆氏を批判することは、
師事しつながるすべての歌人を敵に回すことに他ならない。

短歌の世界の在り様が、短歌以外の世界から
批判されたからと言って、
短歌への執拗な蔑視だ嫌悪だと言って
全否定するスタンスというのはいったい何だろう。

ただ、心のうたであり、文学であるべき短歌に、
自ら必要以上の綺羅を纏わせようとしたのは誰だ。
いったい誰がそうしたのだ。
誰がことさらに好んで天皇家へ近づき
その権威のもとにかしずくことを選んだのだ。
それでいいのかと問われているのだ。
なぜ誰もみな貝のように口を噤んでいるのかとも。



外からの目線を全て拒否か無視  いつの時代もそのようにして

 

 

: 『短歌について』 : - : - : posted by 風間祥  :
ゴルフ代、飲食代、加計氏と安倍首相の頻回の 斡旋収賄罪は成立しないの?                 

過去の記事ではあるが、

週刊文春によれば、加計孝太郎氏は、

旅費とか、昭恵夫人のミャンマー関連資金とか、

ミャンマー関連の役員には、
公務員である昭恵夫人付き秘書も名前を掲げられているし、

加計氏は、安倍首相のために年間1億円ぐらい使っていると常々広言してた

ということだったようだれど、1億円というのはオーバーで、

ただ関係の密なることを自慢していたにせよ、

安倍総理のゴルフ代や食事代等で貢献しているのではないかという

あれは根も葉もない噂だけだったのだろうか。

 

安倍首相自身も、事が表面化し、問題化する前は、

加計氏がビッグスポンサーだと言っていたというのに、

その後、それらしいニュースが出ることもなく過ぎている。

 

安倍首相が、獣医学部のことを知った日として、

1月20日を絶対譲らないのも、

義務違反になること恐れるためだとも言われていたのに、

まるで忘れられたように、

二人の「腹心の友」同士の斡旋収賄云々は、

問題になっていないようだ。

 

でも、やはり、変なことは変なことだよね。

鳴沢村の別荘では、斜め向かい同士だし、

肝胆相照らす仲で、長年の近い親類も及ばない付き合いで、

疑惑が発生するのも当然だし、

その詳細の中には、加計氏と二人のこともあれば、

秘書官や議員を伴っての会食やゴルフのこともあり。

 

必ず自分のものは自分持ちだったのかどうか。

首相自身、加計氏が会食費を出すこともある、と言っているが、
14回にも及ぶ会食、その他の費用の詳細はわからない。

 

そんなに頻回にゴルフや食事をしながら、

1月20日まで全く知らなかったなんて不自然なんだから。

全く知らなかったことにしなければならないほど、

金額が大きくて、表に出れば、

大変なことになると

自覚していたからじゃなかったんだろうか。

罪の大きさを知っているのは、

何より誰より、当事者なんだろうから。

: 『時事』 : comments(0) : trackbacks(0) : posted by 風間祥  :
『チェロという名の猫』玲瓏97号(2018.3月号)/祥                 

【チェロという名の猫】

 

・チェロという名の猫は樽の上 「世界ネコ歩き」で岩合さんに紹介されている

 

・葡萄畑の中を歩いている 呼びかけられれば返事をしながら

 

・葡萄畑の中をゆっくりパトロール 灰色カンガルーと朝のご挨拶

 

・白い猫 白い猫には気品がある 路面電車の通る道筋

 

・アトリエと猫と回廊、円形の窓枠 絵筆が差してある透明の壜

 

・その次の猫は「デューク」というらしい 遊び場は映画館であるらしい

 

・旧い町並みに似合った古い映画館 男優、女優、猫のデュークも

 

・上映が終われば猫を撫でていく観客がいて絨毯の猫

 

 

・お次は香港、薄茶の猫 仲よしの猫は遠慮がちの三毛

 

・漁師さんが作った発砲スチロールの神棚に鎮座している猫と神さま

 

・背景は香港島の高層ビル群で 猫の棲み処は長い突堤

 

・悪戯が好きな猫たち シャッターが開くのを待って飛び出して来る

 

・敏捷な動きで林檎箱の山ものともせずに自由自在に

 

・沢山の赤いランタンぶら下がる市場は猫の故郷である

 

・漢方薬店の猫って賢そう 薬草の匂いに育てられている

 

・ちゃぷちゃぷとまたゆらゆらと揺れている河の艀(はしけ)に飼われる猫も

 

・船上の猫の名前は「花花(ファーファ)という 魚が釣れればいいね花花

 

・揺れている船は揺りかご 舳先(へさき)にいて夕暮れの海を港に帰る

 

・香港の夜景麗し 不夜城の水上レストランも今通り過ぎ

 

・香港の空にまだらの雲浮かび 姉妹の猫は重なり眠る

 

NHKBS『岩合光昭 世界ネコ歩き』より

 

 

『玲瓏』97号 2018年3月号

: 『「玲瓏」他歌誌提出自作品』 : comments(0) : trackbacks(0) : posted by 風間祥  :
『ローズアパート』〜ひとつの老いのかたち〜 ドキュメント×京都 BS・TBS                 

BS・TBS『ローズアパート』を視ている。

京都のアパートで、

「肩を寄せ合って」

と、よく言われるような、

京都の清水寺に近い一角に建つ、

レトロな玄関を持つ築50年のアパート。

 

半自生、半共同生活をする人たちのアパート。

それぞれの人生の軌跡や

ひととなりや、

薄くも厚くもある付き合い方や、

その交流の中で、

少しずつ変わる住人間の距離や

考え方の変化や関係性の変化などを、

2016年初頭から追いかけている。

 

それぞれ孤立した

孤独死をしかねない老人が何人か、

そのまま暮らして行きそうだったのを、

ある時、ある人が(彼も住人)、

空き部屋を使って、

みんなでコーヒーを飲める空間を作り、

住人の交流を可能にする。

頑なに心を閉ざして他者との交流を絶ち、

孤立し孤高を保とうとする人の心にも、

少しずつ変化が起こる。

 

 

煙草好きで、煙草だけが楽しみの、

今時、街角からも追放されそうな、

それでも、煙草がやめらず、

胃潰瘍で入院先の病院から逃げ出してまで

煙草を吸っていた、

空き部屋喫茶室提案者の男性、

(若い頃は、ヤクザで、あったそうだ。(前科16犯と)

ただ一組、夫婦単位で暮らしている。

全体のことを考える習性があるらしく、

ここでは、それが良く作用している。) 

 

他の、最高齢の男性

(と言っても、94歳が二人いるのだが、

一人は、まだまだ元気で散歩もし、

80歳台くらいにしか見えず、

喫茶室の常連でもあった。

しかし彼も、後に圧迫骨折し入院する。

 

語り口が、江戸っ子のように歯切れよく、

その口調も、坊主頭もそのままに、

現役の落語名人のようだ。)

 

を、思い遣り気遣って、

みんなが集まる場所では喫煙禁止をルール

とする取り決めを、提案し、

他者にも注意し自らも、

その最高齢の男性が入院中で居なくても実行する。

 

 

部屋に籠っている方の最高齢の男性には、

息子が二人いるそうだが、

絶縁状態のようで、

何があっても連絡はしないでいいと言う。

子どもは、出て行ったら他人も同じと、

心に思い定めているようだ。

 

何度も冷たくあしらわれたのか、

子どもたちにとって、

最貧層に落ちている親は、

近づけば重荷でしかなく、

もはや親子として接したくないことを、

94歳の男性は、重々知った口調で、

誰の助けを乞う気もないようだ。

ここで自分が死ぬのをただ待っている。

 

それでも、

空き部屋喫茶室に出て来ない男性を

部屋に訪ねて、何か手渡す、

心優しい元ヤクザの男性に、

笑顔で、「ありがとう、ありがとう」

と何度も感謝の言葉を。

 

(何日に一度しか来ないヘルパーさんの食料補充の隙間で、

食品が食パンの端っこ一切れで放置されていたらしい。

住人は、勝手に買い物など代行すると、

ヘルパーさんに怒られるのだという。

男性が見かねて、何か食品を届けたようだ。)

 

 

この人の部屋は、

他の人の部屋が狭さもあって

物が溢れているのに、

スッキリしていた。

この人は若い頃、

南座の裏方をしていたということで、

若い頃の日本髪の母親と、

40年前に亡くなったという奥さんの写真と

赤ちゃんの写真を飾っていて、

記者にも、

「ええやろうお母さんの写真、嫁さんの写真」

と示す。

若い頃に見た華やかな世界と、

若く綺麗な母や奥さんの思い出を

今でも大切にしているようだ。

 

止まったような時間の後の長さを思えば、

この人の足腰は弱りながらも、かくしゃくと背筋を伸ばして

話す口調も頑固さも、理解できるような気がする。

 

 

黒猫を愛し、黒猫にだけ語りかけていた女性も、

人との会話を楽しむようになる。

 

 

黒猫の飼い主とはまた別の女性。

87歳の現在も毎朝化粧し、

お洒落を忘れない元祇園の芸者さん。

くだんの元ヤクザのリーダーっぽい男性にも、

入院先から帰って、しおたれて、だらしないと注意し、

若い頃のダンディだった頃を忘れたらあかんと諭す。

見ているもん(奥さん)が可哀想やと。

(意味だけ、うろ覚えで書いている。

確か「伊達男が。昔みたいに綺麗にしい!」と言っていたと思う。)

 

今でも、三味線を持てば似合いそうで、

とてもしっかりしていたが、ある日、

倒れているところを住人に発見され、

救急車を呼んでもらい入院、恢復。

 

他者を少しずつ受け入れて、

他者に少しずつ心を開く人たち。

 

 

 

私が興味があるのは、
このアパートの大家さん。
画面には出て来ないし、
説明もない。
(スタート何分かは視ていないのだけれど)
でも、高齢者にアパートを提供し、
空き部屋の使用を賃貸人の自由に任せて許している。
生活保護を管轄する京都市役所かどこか、
行政と連携しているのだろうか。

篤志の人なのだろうか。
人助けのため以外にはないような、
家賃の差額を、市から補助があったとしても、
ろくな収入にもならないアパートを、
取り壊しもせず、駐車場等に転用もせず、
最近流行の外人観光客相手の民泊にもせず、
古い住人の使用を認めている。
どんな人で、
どんな考えを持っているのか。
興味を感じた。

 

 

ここの住人を行倒れにしないのは、

何よりもこの大家さんがいてのことだから。

 

行路病者として果ててもいいと思って京都に来た

住人の一人の、落語名人のような印象の男性は、

NPO法人の紹介で、この「ローズアパート」

に来たということだったから。

 

このアパート、このアパートの大家さんがいなければ、
ここに住むことが出来なくなる危うさを抱えながら、
生きている住人の一人一人でもあるのだから。

 

あともう一人の住人もいる。

黒猫のクロ。

住民間に諍いがあった時、

クロは微妙な動きをする。

他の住民には我儘と見え、

孤立している当人には、

やむにやまない気持ちがある時、

飼い主ではないその人の部屋へ入って行って、
寄り添って眠っている。

 

 

 

※視ながら書いたので、ところどころ

事実と相違しているところがあるかもしれません。

 

: 『映画・演劇(宝塚)・TV・コンサート』 : comments(0) : trackbacks(0) : posted by 風間祥  :
「毎年よ 彼岸の入りに寒いのは」子規のお母さんの言葉のように                 

今日は、雪やみぞれが降ったけれど、

明日は18度とか。

 

寒暖の差について行くのも大変だ。

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