銀河最終便
WEB日記

『玲瓏』88号より                 
 

       「龍の降らした雨」          


朝から雨しかも時々強い雨 ローズマリーが届いて植える

林檎の木と桃の木を植えた 檸檬の木はもう実をつけ始めている

成就しないことがまだまだあるような 波打ち際の貝殻の縞

優しさが欲しかったのだフリーダは 求めて得られぬものは多々あり

見取り図が浮かべば成功するという美術担当は幻想を現実に

足元には闇があるから足元の闇を知らせぬようにしている

真夜中の通販CMから流れてくる「雨に微笑みを心に音楽を」

花と猫 山の斜面に畦道に 日向ぼっこをする村の猫

通りには長椅子もあり道端には湧水もあり夏の花も咲く

シーサーが見守っている屋根の上 沖縄の猫が歩いて行った


    塚本邦雄創刊歌誌『玲瓏』弟88号 2014年10月31日発行

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『歌壇』3月号に提出の一首                 
 

・岩合さんの写す港の猫がいる お魚たっぷり食べられる猫

 


〈・地中海育ちの猫の視界には漣寄せる光の渚

 ・石垣の間を散歩する猫は青い海辺へ降りて行きます


 (※NHKBSプレミアム岩合光昭の世界のネコ歩き「ソレントとカプリ島」)より〉

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新しい宇宙へ連れ出す機会とか思ってみればそれも可なるや                 

・増補版『誤植読本』執筆者53名 それぞれに語る

・天晴れな誤植大賞などもあれ 古今の名著にもあるやもしれぬ

・誤植よと見せかけ意図的なる校正も 末端までも権力の及び

・冷笑で返されるのも因果なるこの形式に依存するゆえ

・中にはまた自身の名前を在り得ぬと校正された例もあるという

・それぞれの脳宇宙など交叉して第三世界へ行くのであろうか

・主語すらも変えてしまうから飛び散らう落ち葉にも似て気まぐれな助詞

・作家名、芥川龍之助やら吉行淳之助であるなら如何なる作品となり

・「細木香以」「芥川龍之介」だから成り立つ世界があって
(「細木香以は幕末の大通にして芥川龍之介の〜」だからいいが、
「龍之助」では、あの顔が既に思いだせない)

・誤植だと分かったところで瞬間の脱力すでにぬぐえざるもの





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『開放区』98号より 「渇水の夏」                 
・高市早苗議員と同じことを言っても岡井さんの場合は不問であって


・短歌界は長老を大切にする部族のようだ 誰も批判する人のいない

・弟子がいて孫弟子がいて孫孫弟子もいて長老は安泰、未来永劫

・ただ単に長老だからというのではなく天壇を意識しているその長にして

・福島の3号機からは湯気が立ち高濃度汚染水も海へ流れる

・トリチウム・ストロンチウム海中に沈澱してゆく深泥の罪も


・(もう一度同じ災厄が見舞ったら・・・)その想定は既に捨てられ

・そしてその水際に立った原発が瀕死のままに呻き続ける


・垂れ流す己の姿の醜悪さ 羞じて唸っているのであろう

・麻酔針背中に刺してつながれて揺られるような不安はつづく


・梅雨明けをした東京に降りそそぐ強い日差しよ渇水の夏


・月すでに下弦の月となりまして海底の地震、水泥を上げる



 

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☆7月入稿、10月発行予定の今号は、3か月遅れの発行となった。

 

※印刷された本を手にされる方に

誤植のお知らせ。

「未来永劫」が「未来永却」になっています。

「沈澱」が「沈殿」になっています。



 
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『開放区』98号より 「没後30年=寺山修司の一首」                 
 

「没後30年=寺山修司の一首」

・知恵のみがもたらせる詩を書きためて暖かきかな林檎の空箱

 寺山修司もまた、過剰に纏っていた衣装を脱げば、
知への純粋な憧れに跪く、素朴な芸術の使徒なのであろうか。

 芥川龍之介の作品の中に、『詩集』という短い作品がある。
貧しい青年が都会の下宿で林檎箱を机に書いた作品が、
露店に売られ、貨車に乗って北海道へ行き、林檎畑の物置小屋に置かれ、
やがて林檎にかけられた紙袋となり、
≪それからもう何日になることであらう。林檎畠を綴つた無數の林檎は今は是等の紙袋の中に、
――紙袋を透かした日の光の中におのづから甘みを加へてゐる、青あをとかすかに佑劼覆ら。

              夢みつつ、夢みつつ

    日もすがら、夢みつつ……≫

ほぼこの作品に似通うような、温かい抒情に満ちた作品。
純粋な知への憧憬と、無心な記憶。

・失いし言葉かえさむ青空のつめたき小鳥撃ちおとすごと

何ものにも紛れない、ひたむきな言葉への信仰と決意。
汚れなき無心な憧憬。

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※印刷された本を手にとられる方には、
誤植のお知らせ。

「跪く」が「脆く」になっています。
「使徒」が、「使途」になっています


      
   
   
 
(引用歌表記は、国文社刊、現代歌人文庫『寺山修司歌集』による)

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<特集・前号作品評 篩姐翔鷭住夕麌勝拭 \仞邱雄「東京二十四景」                  
 

     石川幸雄「東京二十四景」(二十四首)

 地下深く籠りて新宿御苑前駅までめくる歌集『薔薇祭』  

淑やかな人がくれたる椎の実を隠しに仕舞う金貨のごとく

青春の昭和晩期を語らんかスカイツリーより東京タワー

水彩用ポストカードの薔薇とうた投函せぬままに色褪せる

 

 ここに出て来る『薔薇祭』はロマネスクな短歌を書いた
大野誠夫の歌集『薔薇祭』
であろうか。
それとも任意の創作された歌集名であろうか。

どちらにせよ、物語性のある歌集名をここに置くことで、
この一連に華やいだ効果が
与えられている。
作者もまた、含羞とロマンを内在させる歌人であろうと想像する。

幾つものエピソードのように、心のときめきが秘め事のように訥々と語り出される。椎の実さえ金貨のように大切に仕舞われ、微かな痛みとともに投函されないまま色褪せた水彩の絵葉書がある。
人生の午後のある刻を染める残照のように
忘れ難いメモリーを、
東京の二十四景に託して歌っている。
「金貨」「黄葉」
「金風に色づく公孫樹」「黄色の灯火」「月あかり」等々、
黄金色のメモリーとして輝く、追慕のような想いがある。

    
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<特集・前号作品評 筺〜姐翔鷭住夕麌勝拭 入野早代子「手斧(てうな)」                 
 

  入野早代子「手斧」(二十四首)

 

この冬のシクラメンはもう届かないローエングリン低く流るる

 

人生の午後もよきかな日本語版「ボーンレガシー」並びて観をり

 

いはばその火鉢に飼はれしめだかにて夕焼け色のからだがほしい

 

札幌は雨続きらし うみやまを隔てて近きこころに話す

 

 

毎冬届いていたシクラメン。

送り主は亡くなったのだろうか。遠く去ったのだろうか。

人は再び帰らぬ者となって初めて、この世の掟の外の存在となる。

通常、人と人との間には禁忌が多い。地雷も沢山埋められている。

つう(夕鶴)の機を織っている姿を見てはならず、

白鳥の騎士ローエングリンに素性を訊ねてはならないのだ。

魔法は解け、苦く残酷な真実を見たものは、孤独に孤独を

重ねなければならなくなる。

伊弉諾も山幸彦も見てはならないものを見て幻想を砕かれた。

苦しみを味わった。

人の思いが如何なるものか深く知ろうとしすぎてはいけないのだ。

灼かれるような熱い思いに身を任せれば、苦しみも倍加する。

外界に憧れながら、時もなく静まる火鉢の中に飼われるめだかのように、

安寧の中に棲むがいいのだ。川に出れば、たちまち雨に流され

暗渠に吸い込まれることにもなるだろう。

他者に対しても自分自身の夢に対しても

適度な距離感だけが優しい関係を生む。

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<特集・前号作品評 篩姐罐暴住夕麌勝拭 ‘眦栂畛辧崢海瞭体」                 
    内田令子『蝶の肉体』(二十四首)
 
この夕べ子が持ちくれし桃なれば三千年の靈力ぞ 食ぶ
 
もの思ひて時経しといふ齋院の永遠を舞ふとや言の葉の魂
 
ああ秋津なきつつとぶか死のまへの朱くも遒匂ふゆふぐれ
 
這ひ出づる闇よりも濃き虚の朱過ぎゆく未來を燃やしつくせよ
 
 
世界は不安に満ちている。夕暮れ時はなおさら。
四囲のどこを見ても、不安な世界の表象のようにも見える。
宇宙空間に浮かぶ地球の、そこにひととき命を預けるものの
根源的な孤独や心細さが、朝な夕な心を揺らす。
深夜にも、その静寂とともに生々しく脳隋を占める恐れがある。
赤黒い夕暮れは死に支配されつつある今日の象徴でもある。
やがてはみな死にゆく運命。誰も逆らうことはできない。
それは明日か今日かもしれない。
この世にあって湧き出る水のように透明な涼しい時は、
ひともとのすすきや、齋院の舞にも似て、
高貴で純粋な心が生み出した
たまゆらの夢の中にしかないのかもしれない
あるいは現世の究極の具体としての、
金剛力のような桃一果にしかないのかもしれない。
 
淋しさが求めさせる永遠と、よりリアルな確かさ。
抽象的な歌の並びの中に唐突に現れる
子への思い。
世界への信頼の拠り所を求めてやまない作者がいる。
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<特集・前号作品評 籠鷭住夕麌勝拭  _檀洋祐 「夢の外」                 
      加部洋祐「夢の外」(二十四首)
 
眼窩よりあさがほの蔓伸びてゆき恍と花咲くぼくの命日

あたまから足の先まで赤ペンキ塗りたくられて昼の電車に
 
線路上刺身にされし人体を箸もて抓む醤油片手に

いづこかに上半身を忘れしかすたすた足のみがやつて来る



おどろおどろしい言葉が並ぶ。
一首目、眼窩から朝顔の蔓がのびると言えば、
河内成幸氏の、椅子から植物が生える構図の版画や、
塚本邦雄の、夏草の中に転がる兵士の髑髏の歌を思い出すが、
それが命日というのは、死が常に意識の中にある故か。
映像的に気持ちの悪い歌が多い。
特に三首目などは、とりわけ想像したくない。
何を表現しようとしているのかも解らない。
ホラー映画でも見ることが出来ない私にはこの歌の評が書けるわけもない。
作者は、この中で身体をデフォルメし解体しバラバラに存在させる。
切断され、喰いつくされる何か。他者の内臓に潜りこみ棲みつく何か。
分身し蛾にも蝶にも変身してあの世の橋を渡って来る何か。
この世にいても不確かで一個の存在としての核を持たず
彼の世とこの世の境界を彷徨う何か。
仙波龍英さんや塚本邦雄、寺山修司などを連想させる歌もあったが、
この二十四首の中では、有効に機能しているようには思えなかった。

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<特集・前号作品評> 前号二十四首評/  岸本節子「針金」                 
 
人は何を求めて短歌を書くのか。
様々な理由により、様々な方法により、
生の発露であり生の痕跡である歌を歌う。
それで満たされるわけではないだろう。
しかし書く。しかし歌う。
それほどに現実の中では表現しにくく、
理解され難い思いが、歌を書かせるのだろう。
 
                      


                  ◆

 

 

 

      岸本節子「針金」(二十四首)

猫が尾をつと立てしなり 白毛の内にひそめてゐたる針金

侵入罪もし問ふとせば さよなかにわが足元に来てゐる月光

すこしばかり舌をいだして塩水のなかなる浅蜊 海と錯誤す

壺に罅の奔るを見いづ 寝静まる深夜神のおよびは触れし


この人の歌は、どの歌も、鮮やかに情景が目に浮かぶ。
貝のみじろぎする音や壺に罅が入る微かな音にも敏感に反応する
聴覚的な歌でもある。
猫も月光も浅蜊も壺も、自ら意思し生きていることを主張する。
日常は音も立てず静かに存在し、想いを秘めて生きているものたち。
生命の発露を、夜が更け人が眠りにつき、静けさが極まった頃、
露わにするものたち。

そのことに気づくものもまた真夜中に目覚め、
微かな気配にも親愛の目を凝らし、耳をそばたてる者。
日常時間の中で摩耗し尽くしそうになるどこかに、
いまだ呼び覚まされるものを感じている繊細な神経。
厨房の塩水の中に死んだようになっていながら、
小さくみじろぎ舌を出して周囲をまさぐる貝。
人恋しさに窓辺から忍び入る月光。
神の指の交信にも似て深夜の奥まった部屋に置かれた壺に入る貫入。
日常そのままに、内なる異世界との交信を続ける作者自身の自画像であり、対象と合体した姿である。

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